終わる終わる詐欺 大人って汚いよね
先陣を切るのはローゼンバウアー社製空港用化学消防車パンサー。
12,500リットル級の放水車であるが、今回放水するのは水でも消火溶剤でも無い。
コイツ消防車として生まれたのに、まさか放火する側に回るとは思わなかっただろうな……
錫乃介達が見守る中、運転はジャームッシュ、放水はトムエイツが担当する。
新宿御苑は既に庭園の面影などなく、ジャングルの様相を呈している。入り口から中に入る事なく、パンサーはジャングルに向けて放水を開始する。仰角75°射程高度80メートルに到達する水圧で撒き散らすのは当然水では無くガソリンだ。
御苑沿いの道路から園内に向けて届く範囲を満遍なくガソリン浸しにしていく。辺りは特有の匂いが充満してくる。
パンサーの後に続くは、M132自走火炎放射器だ。1960年代装甲車をベースに開発されたこの車両は、ベトナムのジャングルに潜むゲリラ兵を、そのジャングルごと焼却してしまう事が目的だった。しかしながら、射程の短さによりその性能を充分に発揮できないまま350台が作られて終わった兵器だ。
運転を担当するのはエメリッヒとローランドだ。パンサーの後に続いて御苑の焼却を始める。
ガソリンが撒かれたジャングルは瞬く間に燃え広がる。
地獄の業火とはこのことか、数十メートルはある板根の樹々が、天を突くように、お互いの炎の高さを競う様に高く高く燃え、その面積を拡大していく。
炎の明かりによって目覚めたプラントノイド達が動き出すが、もう彼らには何もすべき事は無い。ただ、この業火の燃料の一部になる事だけが残された道であった。
プラントノイドにも執念があったのだろう。以前千駄ヶ谷料金所で出現したヘドロと植物の融合したモンスターを三体出現させた。
そうくるよな。もう、お前らにはそれしか手が無いもんな。でも、そろそろ終わりにしようや。
錫乃介の頭上でエンジンの高速回転が始まる甲高い音が聞こえてくる。
ビッグウィンドに乗り込んだ錫乃介は装甲車で運転、山下はジェットエンジンを操作する。
徐々に甲高い音は更に高くなり、人間の可聴域を超えてくると、エンジンより生み出された秒速300メートルの暴風は毎秒800リットルで供給される引火したガソリンを纏いヘドランテに襲いかかる。
炎の竜巻が真横から飛んでいってるな。炎の龍がいたらこんな感じだろうな……
「グハハハハハ! くらいやがれぇ!」
叫ぶのはエンジンを操作する山下だ。ようやくこのモンスターマシンを動かす事ができて、今まで見た事もないような凶悪な笑顔を浮かべている。
「地獄の獄卒ってのはこんな奴なんだろうな。ナンマイダブ」
錫乃介はモニターから山下のその姿を見ながら呟く。
一体目のヘドランテはその身を灼熱の火龍に食らわれ全く何も出来ないままその身を灰に変えて行った。
残りの二体もその余波を受けただけで、成す術なくただ炎を巻き上げる動く物体と化している。
「な、なんという……」
武装列車から見守るサロットルは、ビッグウィンドらが巻き起こす惨状に驚きを通り越して唖然としている。
街灯に集う夏の虫の如く、周辺のビルからゾロゾロとプラントノイド達が出現し始めるが、光量が足りないのか動きが鈍い。
「我々の出番か。武装列車『バリカタ』撃ち方始め!」
迷い込んだハンター達の車両から拝借した武装達は統一性無く換装されている。
ブローニングM2、MINIMI汎用機関銃、コルド重機関銃、などの機関銃が8挺。主砲は62口径76ミリコンパクト砲だ。
今まで弾薬が殆どなく武装は飾りとなっていたが、セメントイテンへ買出しに出た際補充できたため、ようやく此度のお披露目となった。
動きの鈍いプラントノイド相手では、もはやオーバーキルといっても差し支えない武装であり、もはや錫乃介達の進軍を止めることは出来なかった。
新宿御苑外周が全て炎の壁に囲まれるまでそう時間はかからなかった。
園内中心部へもビッグウィンドウの暴風によって炎が周り、新宿御苑全体が火炎地獄へと変貌していた。
植物共は人間の技術力を甘く見過ぎていたな。この囲われた世界の技術しか知らないんだからしょうがないんだけどさ。
もし、カルデラ外の技術力を学習して対策とられたら終わってたな。
“それ以前に人間を観察対象として、舐めてかかったところでしょう。人間でも飼っていたチンパンジーにドアの暗証番号を覚えられて脱出され、被害を被った記録があります”
人間が猿山でボス争いと内紛ばっかしてたからってのもあるんだろうよ。油断して飼い犬に手を咬まれるってのはいつの時代もあるんだな。
さ、次は日本人としてかなーり気が引けるが……明治神宮ーー燃やしますか。
“ご安心を。本殿まではカルデラ内にありませんでしたから”
だから良いってもんじゃないけどね。
その日、新宿御苑、明治神宮、新宿中央公園が炎上し、声をあげる事が出来ないプラントノイドの叫びがカルデラ内にこだましていた。
猛火は一晩では収まらず、夜が明けた今もまだ火柱を上げ燃え盛っていた。
「心配していたんだが、意外と園外に燃え広がらないんだな」
一夜明け展望ラウンジより昨夜の戦場を見渡すサロットルは呟く。
「あの公園とかは元々、新宿で地震や大規模火災が起きた時の避難場所に指定されている。だから他の区域で火災が起きても燃え移らないよう様に距離がとられているんだ」
「それを逆手にとったか」
「まあ、結果的にだけどな。山下達が持ってきた、ビッグウィンドとかが無かったらもっと大変だったさ。ナパームも除草剤も作る暇が無かったからな」
サロットルの後ろでソファ席に座りながら、仕事終わりのビールをガブガブ飲みつつ受け応えするのは錫乃介だ。
昨晩のうちに要所を攻め終えた錫乃介がUSDビルに帰還すると、既に地下街全域の奪還は済んでいた。その日のうちに応急処置でバリケードを築き隔壁の復旧にとりかかる。
まだ避難住民を戻すことは出来ないが、この分であればその時は早々に来るだろう。
「廃ビルに住み着いていたプラントノイドは、新宿御苑と明治神宮から無限の様に供給されていた。やつらの武器は諜報網とこの兵量だった。ここを叩いて終えば無力化は簡単だったんだ」
「我々では到底気付かなかったな」
「いや、この街の中で権力闘争とか人間同士のくだらん争いせずにこっちにリソース回してりゃ、俺らなんぞ必要無くもっと早く解決してたかもしれんぜ」
「それは耳が痛いな」
「でもまだ終わりじゃないぜ、各ビルに残ったプラントノイドの数はまだまだ計り知れない。もしかしたらどっかに統率者がいるかもしれねえ。まだまだ向こうから攻めてこないとも限らねえからな。それに植物資源を産業化するんだろ? お前さんこれから寝てる暇無いぜ」
「頭が痛いな。ま、アイツらに馬車馬の様に働いてもらうさ」
「わざわざアホ幹部共を助けたのはそこまで考えてか?」
「どうだろうな、錫乃介の砂漠のカーリマンを聞いたからかな……」
「理由にしちゃ、適当すぎだぜ」
錫乃介はビールグラスを空にしていた。
「俺は明日には新宿を出る。後はお前たち次第だ」
「世話になった、本当に。この街の英雄として讃えたい」
「そんなのいらねえよ。それより一生酒をタダにしろ。あと金だ。早く産業化成功させて報酬をくれ。出世払いをさせる方に回るとは思わなかったぜ。そういや、よく資金の調達出来たな? あんだけのガソリンと化け物車両借りてきてよ、どうやったんだ?」
「む……それなんだが……この街の植物資源を担保にしようとしたが出来なくてな……それで、その……」
「なんだよ珍しく歯切れワリぃな。まぁ、まだ産業化してなきゃ無理だわな」
「おーー!いたいた!」
と、その時エレベーターより大声を上げて、ラオウ山下とシンディが二人の会話に乱入してきた。
「錫乃介ぇ!お前さんから色々聞きたい話があるって言ったよな!」
「あぁ言ってたな、なんだ? 説教だったらゴメンだぞ」
少し警戒感を露わにしながらムスッとした表情の錫乃介
「違ぇって! 説教なんぞ言うのも蕁麻疹がでるわ! アスファルトの時の事だ。お前さん、ラスト・ディヴィジョンの自走ロケット砲ヴァルキリーを壊滅させたのは本当か?」
「まあ、確かにそうだけど。ヘッドの奴に用意してもらった炸裂弾が山程あったから、ちょっとだけ手伝ってやろうかなって」
「それで何も言わずに街を出てったか! かぁーー格好良いなぁ! 意外にニヒルな奴だな!」
「炸裂弾の支払いが嫌で踏み倒しただけなんだけどよ」
格好良くてニヒルな所に反応して少しだけ口角が上がり始める錫乃介。
「それからよ、ポルトランドだよ! あれ行方不明だったハルフォード元帥を連れて来て『ポルトランドの奇跡』を起こした立役者だってのは本当か?」
「ま、まぁな。偶々な。」
「いや〜てめぇ格好良いじゃねえか。オトコだな、漢の方な。前々からただ者じゃねえって思ってたけどやっぱり俺の目に狂いは無かったな」
「な、なんだよ突然、やめろよ」
口角は緩み妙に照れ始める錫乃介。
「それでいて、人攫いから子供を助け、ポルトランドの地下用水路も全部ピッカピカの綺麗にして住民には二つ名まで貰って、小さい事から大きな事まで錫乃介様に任せておけば何とかしてくれるって持ちきりで、慕われてるらしいじゃねえか!」
「え、そ、そうなの? ふ、二つ名っても『どぶさらい』だよ? そんなんで慕われてたの俺?」
「何言ってんだよ。ようやく街に噂が広がって来たんじゃねえか。お前今帰れば英雄だぜ!」
「えぇ〜困っちゃうなぁ〜もう、俺さ、騒がれるの苦手でさぁ、でも補給もあるし街に帰んなきゃ行けないしなぁ。どうしようかなぁ? 別に騒がれたいから帰るんじゃなくてさ、補給があるからさぁ」
完全に誉め殺しにされている錫乃介。
「セメントイテンでこれだぜ! お前ポルトランドに帰ったらどうなることやらだぜ!」
「あーーどうしよっかなぁ! 俺のジャイロキャノピー、『ジャノピー』はさ、専属のメカニックはポルトランドにいるんだよなあ! 騒がれるの嫌なんだけどなあ! でも直さなきゃいけないしなあ! あーー困っちゃうなあ!!」
既に山下の隣にいたシンディは呆れて勝手にハイボールを飲み始めている。
サロットルは何かを察したのか表情が青ざめ始めている。
「そいでよ錫乃介、セメントイテンのユニオンでお前のファンって言う可愛い女の子に会ってさ! 俺が知り合いだって言ったらサイン貰って来てって! セメントイテンでさえコレだぜ! あーー超可愛いかったなぁあの子!なぁ、サロットル!」
サロットルを見た山下の顔は、この世の生物とは思えない、それでも人の子なのかと疑いたくなる凶悪で邪悪な笑みを見せていた。
「あ、ああ、こ、この新宿にいたら、ナ、No. 1だな」
山下の表情に数々の奸計と権謀術数を知り尽くし潜り抜けて来たこの男さえ、答えるのを窮してしまった。
「えーーーーー! マッジかよ! サロットル! 俺もうセメントイテン戻らないといけないわぁ! いや、騒がれたいんじゃなくてさ、『ジャノピー』直さなきゃならないからさ!」
「ポルトランドじゃないのか……?」
「そこはホラ、一回セメントイテンで補給しないとな!」
「まぁ、待て待て錫乃介。可愛い子ちゃんにサインしてやれよ。ホラこれな、指でな」
「なになに、最近はサインもタブレットなんだね〜、俺の時代はさ“色紙”って紙だったんだよ〜知ってる?」
「そうか〜時代変わればだな〜」
「ほ〜らサラサラサラと、こんな事もあろうかと練習しといて良かったよ。そんじゃ、これ俺が直接渡しに行ってくるわ!」
「おーおー、セメントイテンのハンターユニオンにいるドンちゃんだからな」
「わかった! ガンコちゃんみたいだな。個性的な子も良いね! 待っててね〜ドンちゃん!」
あ、おい待っ……と言うサロットルの声も虚しく、錫乃介は素早くエレベーターに乗り込んで“じゃあね!”と一言発して降りてしまった。
取り残された三人にしばし流れていた沈黙を破るのは、がなり声の山下だった。
「ガハハハハハ! 行っちまいやがったぜ! あの馬鹿! 最後まで付き合いやがった!」
「あそこまで女に弱いとはねえ。エヴァとかアタシとか手辺り次第だね」
シンディの呆れた様に言葉を吐く。
「こ、これは少しやり過ぎでは、まがりなりにも新宿を救ってくれた人間に対して……」
俯いたサロットルは冷酷だった面を無くし一人の仲間として錫乃介を心配していた。
「おいおいシンディはともかく、サロットル、お前までそんな事言い始めるんじゃねえよ」
「だが、しかし……」
「俺は付き合いやがった、って言ったんだぜ。わかるか?」
「何が……まさか、騙していた事に気付いてた?」
サロットルは、はっ、として顔を上げる。
「アイツはここ新宿地下街に着いてからずっと道化を演じてやがったんだよ。少年兵達が仲間になった時も俺たちがクーデターを潰した時もだ」
「何でそんな事を?」
シンディは純粋に疑問に思った。
「俺達だけだったらどうなる? 少年兵も正規兵もエヴァもアミンもシェスクも」
「あ……そうか……」
「まぁまず間違いなく殺してるぜ。こっちも何人か死んだろうな。アイツはわけわかんねぇ馬鹿やって俺達の殺伐とした気をずっと抜いてやがったのさ」
「錫乃介が……」
シンディは呟く。
山下はバーカウンターに置いてあったグレンリベットを洗ってないロックグラスに注ぐと、そのまま煽ってどかりとソファに座った。
「大体考えてみろ、あの野郎は馬鹿でも頭ん中にある電脳はどう考えても優秀だ。タブレットのサインなんかに気付かないわけねえだろ。気付いてこの茶番、最後まで付き合いやがったのさ」
「そうか……アイツにはとんでもない借りが出来てしまったな」
「さっさと金作って返済してやんな。このままだと、あの野郎しばらく文無しで野宿だな!ガハハハハハ」
山下の高笑いが展望ラウンジに鳴り響く
「まったく、とんでもねえ英雄がいたもんだぜ」
グレンリベットを口にしながら呟き、ラウンジから新宿を睥睨した。
錫乃介、まだ飲みに行く約束は済んでないからな……
サロットルも新宿を睥睨しながら見つめる先は、砂漠を走る錫乃介の姿だったのかもしれない。
なぁ?ナビ、これサイン帳じゃなくね?
“何を今更”
え? どういう……
“え? 全て折り込み済みと思いまして何も申し上げませんでしたが”
いや、ちょっ……
“錫乃介様10,000,000c融資の連帯保証人になってます。今回の資金の保証人です”
は?
“いや〜騙されたフリして指紋認証するなんて、男の鑑と思いましたが、違いました?”
いや? あの。 うん。 男の鑑だよ。俺。でも、さ。
“偉い偉い。本当に錫乃介様は偉いですよ”
……大人って、汚いよね。
「大人ってきたねーーー!」
“オッサンの癖に”
荒野を走るジャイロキャノピーが砂漠に刻む轍は
またも酷く蛇行し始めていた。
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