砂漠と餓鬼と塵芥44

 死刑はなんとか免れた。皮肉なことに僕を捕らえるために衛兵隊を動かしたクアドラプル・オーが減刑嘆願をしてくれたおかげだ。しかし、死刑にはならなかっただけで、簡素な黒のスウェット上下にわずかな食料と水を入れたナップザックだけ持たされ追放された。放逐された場所はガービレッジであった。なぜだかすっきりした気持ちはあったがそれは最初だけだった。その想いのすぐ後にはこれからどう生きていけばいいのか言い様のない不安と焦燥感が襲ってきて、僕は道端で座り込んでしまった。

 温情で耳につけたピアス型の電脳は残しておいてくれた。先程からウェイストが励ましとも皮肉ともとれる言葉を投げかけているが放心状態なのだろうか、脳内にかけられる言葉は両耳から流れ出ていくのが感じ取れ、鬱陶しくなってスリープモードにした。


 一台の武装車両が目の前に止まった。連装砲を牽引しているバイクとも三輪トラックともいえない不思議な車だ。そういえばUSSで共に戦った車によく似て……いや、あの時の車だ。


「レシドゥオスさん?」


 あの時の子供だ。そうか、おっさんと子供はこの村の住人だったのか。彼らは車から降りる。


「ようボンボン、みたところ死刑にゃならなかったが国外追放ってところか?」


「察しの通りだ」


「まあ、良かったじゃねえか。命あっての物種だ」


 何が良いものか……もうじき僕はのたれ死ぬのだ。いっそのこと死刑のほうがまだマシだったかもしれない。かけてきた言葉には無言でしか応えられなかった。


「財産も地位も全て失って生きる気力無くしたってとこか。まあおいたが過ぎたボンボンにはお似合いの末路だな」


 煽ってるつもりなんだろうが、なにも感じやしない。


「どうした、ティラノと戦ってるときゃあんなイキイキしてたじゃねえか、案外ハンターがお似合いなんじねぇかお前さんは」


「だったとしてどうしろというのだ。この一銭も無い、何も無い状態でどうしろというのだ」


「甘ったれんじゃねえよ、餓鬼じゃねえんだから自分で考えろ。どうせ最高級の電脳つけてんだろ、色々相談しろ。売って金に変えてもいいしな。それに見ろやこの村の餓鬼ども。どいつもこいつもゴミの砂漠で塵芥にまみれて有毒ガスばんばん吸ってそれでも生きようとしてんだ。俺たちみてぇなカスだって生きられるようにできてんだよこの世界は」


「僕は……お前らみたいに……図太くはない」


「ならのたれ死ね、迷惑だから村の外でな。戦ってる時は噂ほどボンクラじゃないと思っていたが、俺の思い違いだったようだな。行くぞアクタ」


「え……う、うん。レシドゥオスさん、ピッキングっていうゴミ拾いのことなら僕教えてあげられるから、それじゃまたね」



 無情にも走り去っていく車に目をやる。無情? そう思ったということは、何かを期待していたのか僕は。苦笑しつつ日が落ち薄暗くなった通りをぼうっと眺める。瓦礫をつんだリアカーを引っ張る汚い身なりの男、顔や手を浅黒く染めた職人らしき者、家畜を乗せた運搬車、何かの資材を大量に運ぶ武装軽トラック、子供連れの行商人、オルドゥールでは見たこともなかった人々が行き交っている。いや、見たことないわけではない、目に入らなかったのだ。自分とは住む世界が違う格下の人間。同じ存在とは到底思っていなかった人間達だ。僕は生まれてすぐにあらゆる物が手に入った階梯の存在だった。物心ついたときからそれが当たり前の存在だった。だからこそ底辺の貧民の暮らしなんぞ自分とは全く関係ない別の世界のことだと思っていた。機嫌が悪い時、ときおり魔が差して下町に降ってはそういった者達に傍若無人な振る舞いをして憂さ晴らしをしたこともあった。だが今は、これからは、彼等と同じか、それ以下の存在になろうとしているのか──何やら詰めた身の丈もある袋を抱え、欠損した片足を棒で繋ぐ隻眼の浮浪児が立ち止まり僕のことを残った瞳が射抜く。その眼差しを払おうとだした手に、その子は袋からなにやら取り出した物を差し出してきた。


「あげる、それで串焼き一本くらいなら食べられるよ」


 それだけ言って、その子は去って行った。


 渡されたのは両手に収まるサイズの基盤だった。


 僕は──


 その場で何度も嗚咽した。



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



 目覚めることができた。良いのか悪いのかわからないが、どうやらまだ死んでないらしい。たしか、アタシは居酒屋で飲んでて──そこから記憶がないが一人で帰ってきたのか? 飲み過ぎて記憶が無くなることは幾度もあるけど、だいたいその後は酷い吐き気と全身の痛みで大変なことになっている。しかし今日はやけに具合がいい。具合がいいどころか内臓の鈍痛もない……


「あ、ズバールさん起きた? 調子はどう?」


 ア、アクタ? 帰ってきた? まさか──


「ズバールさん、ごめんなさい何日もあけちゃって。またしっかりピッキング頑張るからね」


「お、おまえあのオジサンと行ってしまったんじゃなかったのか」


「うん、オルドゥール行ってきたよ。それで色々大変だったけど、マムの電脳も治ってそれで昨日戻ってきたんだ。それで、オジサンがご飯食べようって入ったお店でズバールさんが酔いつぶれてたから、運んできたんだ。人数オーバーで車に乗れないから、オジサンがズバールさんのこと背負って僕が車運転して来たんだよ」


 なんだ、一旦補給かなにかで寄っただけだろう。どうせまた今日明日には行っちまうんだろうよ。


「そうかい。それでそのオジサンはどこにいるんだい?」


 手癖の悪そうな男だったからね、店の物漁られたりしてトンズラされたらかなわないからねぇ。


「もう、行っちゃった」


「どこに?」


「旅に、だよ」


「お前は着いていかなかったのかい?」


「うん」


 何があったか知らないけど……結局面倒見切れなくて捨てられたのかねぇ? といっても早いねぇ? それにアクタの表情からは捨てられた感じはない。むしろ──


「そうだ、ズバールさんにお願いがあるんだ」


「お願い? 珍しいことを言うもんだね。小遣いなら上げないよ。もっと欲しいんだったら出ていきな」


「違うの、この人も一緒に面倒見て」


 そう言ってアクタが表から引っ張ってきたのは一人の青年だった。貧相な服を着てるがひと目で育ちが良いのは見抜ける。


「レ、レシドゥオスだ……です。よろしく頼む……お願いします」


 居候を増やせ? とんでもないお願いだね。どこで拾ってきたブランド犬か知らないけど、まぁ男手はあったほうが何かと便利だから使い倒してやるかね。


「男を取っ替え引っ替え連れ込むようになるとは、ちょっと見ないうちにずいぶんアバズレになったねぇアクタ」


「ふふぅ〜、でしょ。最初は僕の助手として教えていくからいい?」


 流された……ちょっと見ないうちになにがこの子に起きたんだ?


「小遣いはアクタと一緒だよ。それでもよければ勝手にしな。世話もお前がするんだよ」


「うん! それじゃ、早速ピッキング行ってくるね!」


「ちょっと待ちな」


「なあに?」


「アクタ、お前……」


──妙に……色気づいた? いや貫禄、自信か……一気にいろんなものが成長して戻ってきやがったねぇ。まったく、ただでさえあの世に片足突っ込んでるっていうのに、この先心労が増えそうだねぇ。


「いや、なんでもない。さっさと行ってきな」


「うん! あ、そうそう、ズバールさん連れ帰るとき、酔い醒ましの薬貰おうとスパッツァトゥーラさんのところ寄ったらね、寝ててもいいからついでにこれも口に入れとけって言われたから、ズバールさん寝てるうちにそのお薬も飲ませちゃった。だから気分いいでしょ? それじゃあね!」


「なんだって!?」


 あの埴輪! 余計なことを! 


 元気よく走り去るアクタとその後を必死に着いていくレシドゥオスの姿を見送り一人憤慨する。


 野盗の女として過ごした半生は惨憺たるものだった。生き延びるために色事、盗み、裏切り、殺し、あらゆる手段を講じた。老いてからは持ち逃げした金でガービレッジに隠れ住んだ孤独な女ズバール。守銭奴と呼ばれ他人の不幸で笑みを溢し、人を利用することしか考えられなくなって不信で凝り固まった老女の何かが氷解を始めていたことに、本人が気付くのはまだもう少し先のことであった。

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