生理的に無理


「モディ一つ聞きたいんだけど、なんでこの変態が乗船してるのかしら? もう用はないはずよ」



 諸事情により前回お目にかかることができなかった美麗なる声の持ち主ルーラーは、ホログラムや特殊なアンドロイドなどを想像していたがその姿は無く、伽藍堂の部屋に響く音だけであった。

 これでは彼女の言うとおりブラジャーもパンティも必要ないはずだ、つまらんと、錫乃介は思いながらサンドスチームの中枢部に立っていた。今度はちゃんと服を着ているし、ズタ袋も被っていない。



「危険人物という疑惑が晴れ、ただの変態だと判明した今、正式な乗船許可のマイクロバーコードを所持しておりますので、理由なき乗船拒否をするわけにはいかないかと」


「いいのよ、どうせ私達はマフィアなんだから理由なんて適当に因縁つけて断れば」


「因縁……例えば?」


「視線がセクハラだとか、吐く息が公害だとか、存在が公序良俗違反だとか、ナニが小さいとか、なんでもあるでしょ」


「艦長……この男と会ってから随分と下品になられてませんか?」


「冗談はよしなさい。半裸でケモナーの変態ってだけで充分乗船拒否に値するわ」


「半裸にひん剥いたのはこちらですし、ケモナーはただの性癖で、ケモナーは乗船拒否の規定がない現在それはできませんな。我々はマフィアでありながら軍事機構のトップでもあるのですぞ、規律に厳格な艦長のお言葉とは思えませぬな」


「だって……なんかムカつくのよこの男!」


「どうもー!ナニが小さい錫乃介です〜。あのさ、君達本人前に言いたい放題言ってくれるじゃないの。俺っちまた厄介になるから挨拶に来ただけなんだよ。先日の事は水に流して仲良くしてやるって言ってるのにさ」


「こりはこりはぁ、かんだぁいなお心ろに感謝でぇす」


「なんで、俺と喋るとき変なイントネーションになるの」


「こっちぃが素でぇす」


「ちょっと待ちなさい。なんで勝手に和解してるのよ!」


「無駄な争いをせずに締める、それが一番かと具申します」


「感情的に生理的に拒否ぃ!」


(今まで見たことない反応ですな。いったいこの男となにが……)


 モディは今まで見たことないルーラーの感情の発露に些か驚いていた。

 原因は錫乃介だ。時空を超えてこの世界に連れてこられた際にできた身体の時空の歪みが女性型アンドロイドーーガイノイドの女性を女性たらしめんとする乙女回路に誤作動を与えてしまうのだ。

 以前アスファルトで元セクサロイドのウララと飲んでる時に(要因は判明してないものの)指摘されたが、飲みの席の戯れと記憶の彼方に葬ってしまったと思われる。

 


「んじゃ、そんなわけで宜しくルーラーちゃん。船内散策させてもらうわ」 


「OKしてなーいー!」


「あんな〜いしまっしょう」


「お、ありがとモディさん」


「いえいえ~」


「勝手に進めるなぁ!」

 

 その姿を見ること適わないがルーラーが地団駄を踏んでいる光景を思い浮かべ、ほくそ笑んでその場を後にする。


 案内されて来たのは船内の居住区であった。吹抜けのホールはそこらの体育館より広く、多層構造となった壁際には飲食店、雑貨屋、銃砲店、花屋、板金工場、小劇場、病院、宿、サウナなどなど、前時代のショッピングモールかと見紛うばかりの、いやそれ以上に施設があって人も多く賑わいを見せる。建物の殆どはどこぞで集めて作ったバラック小屋だが。

 路上ライブをしている者も多く、手品、歌、ピアノ、バイオリン、ハーモニカ、ギター、サックス、トランペット、ツーピース、スリーピース、皆が鎬を削るように演じている。少々音が混じって五月蝿いかもしれないが。

 モディに説明を受けながら始めて上京して都心の高層ビル群を見た人のように、キョロキョロしながら各店舗を冷やかしているとあることに気付く。それは花屋の前を通った時に嗅いだ香りからだった。



「なぁ、モディさん。もしかして俺ここ通ったことない? ごく最近」


「よぉく、気付きましたねぇ。この前歩いたばかーりでんす。あのとーきは、連行のじゃまーになるから路っ上ライブの連ちうはどいてもらてたけどねー」


「じゃあなにか、俺ここで頭ズタ袋被ってパンイチ半裸の状態でストリーキングしてたんか⁉」


「声大きな! 皆んな見てたけど、どっせ、誰も今のあなた! と気付いてなーいからだいじょっぶよ」


「今わざと声でかくしなかった? ……ま、いっか、バレても。減るもんじゃないし」


「その、いーきでーす」


「宿はいくら?」


「だいたいどこも一泊100cでーす」


「ポルトランドまではどれくらい?」


「半とーしくらいでっかねー」


「持金じゃ足りねーや。よーし! 出発まで旅費稼ぎにハンター活動でもしてきますかねぇ」


「いてらっしゃーい!」


 

……………………




 錫乃介がサンドスチー厶を出発したその少し後。ルーラーにモディは呼びだされていた。


「あの変態におかしなところは?」


「全てご覧になってると存じますが、言動はイレギュラーばかりで基本おかしなところしかない人物ですが、邪なところはないかと」



 モディの報告に、そう、と一言つぶやく。ルーラーはサンドスチームの制御AIであり艦長も兼任している。この船の中では最高意思決定者であり、それはこの世界最大戦力の保持者をも意味する。しかしその戦力の持主が独裁となれば、それは世界の支配者を意味する。それを防ぐためにも、人間の意見は取り入れるように彼女はプログラムされこの世に生み出された。

 ルーラー自身この世界でどんな高度な電脳すら適わないレベルの高次元の情報処理能力を有しており、船内の事象は全て監視していると言っていい。そんな彼女がわざわざモディを呼び出してまで話を聞くのは、そんな理由があるからだった。




「先程外に出ていったようね……」


「はい、旅費を稼ぐと」


「今すぐ出発するわ」


「なりません、あと5日は停泊予定です。だいたい艦長が気に入らない客人が戻ってくる前に運航計画無視して出発するなんて、そんな暴挙が許されるわけありませんよね」


「だめかー!」


「だめですね。それでは報告を終わりましたので退室します」



(……あんな砕けた方でしたっけ?)


 退室したモディは思う。今まで厳格に船の運航もハンターユニオンや軍、マフィアの監視及び統括をしてきたのに、この数日見せる彼女の言動には中空を見つめ頭を捻るのだった。

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