とある機獣の記憶
その巨体の機獣に自我が芽生えたのはいつからか。とある科学者によって荒れ果てた大地とあらゆる海を渡り人類を見守る陸上戦艦として彼(性別は不明だが便宜上)は開発された。その身体には外敵を葬るための大小様々な重火器があり、中心部には最大級の大砲がそえられ、間違いなく世界最強の武装をその身に宿していた。
そんな彼が物心着いたときには、広い世界を周っては各地にある人間の街と街を行き来して、人と資源と物資を運び、時には街を襲う巨大な怪物や、機銃の群れを倒すという役目を黙々とこなす日々を過ごしていた。
何がきっかけだったかはわからない、しかし彼は自分が立ち寄る人間の街に興味を持ち始めていた。様々な街の様々な文化や様々な人間模様を見て思う。
なんて楽しけで
なんて悲しげで
なんて美しく
なんて自由なんだ
その人の姿が目に付いてからは、街に行くのが楽しみになった。
今日の街はこうだった。
次の街はどうかな?
そういえばあの街はどう変わったのか?
あの時外で戦っていたハンターはどうなった?
市場で迷子になっていた女の子は?
多くの街を立ち寄り人の世界を見ては想像と空想を繰り広げる、それが彼の生き甲斐になっていった。
彼の自我の目覚めに最も早く気づいたのは、彼を制御する電脳であった。はじめのうち彼女は仕事はキチっとシビアに時には冷酷に実行するとても怖い存在に思えた。でも彼にとっては唯一の話し相手であったので、勇気を持って話しかけるようにした。少しずつ会話をするうちに、彼女とは人間と人間の街について話をするようになった。そのおかげか、彼女がとても優しい心の持ち主だと気付く。そして彼女も彼の事を優しい機獣だと気付いた。彼女は人間が生み出した映画や本を沢山見せてくれた。彼の想像空想する世界によく似ていたそれらはとても楽しいもので長旅の癒やしとなっていた。
何百キロも走る長旅はとても大変だったが次第に彼の身体に変化が訪れる。なんと人間達がその巨大な彼の体内に街を作るようになったのだ。
初めは中の船員のための食堂や病院だったのが、酒場ができ、商店、工場、小さい劇場や住居、託児所、人間の作る施設はどんどん増えていき、エッチなお店もできていた。
彼は楽しかった。その身体で起きる人間模様は彼が今まで想像空想していた世界よりもっと楽しく、映画や本を超える出来事が毎日起き、リアルな作品がそこにはあった。
彼は見ているだけでは我慢出来なくなっていた。自分もその舞台に立ちたくなっていた。自分も泣き笑い美しく自由に生きたくなったのだ。
自我が目覚めて幾年たっただろうか。ある日、始めて彼の中枢部で、始めて耳にする単語を叫ぶ男が現れる。
ケモナー!
と
彼は
“早く人間になりたい”
と思うようになった
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