テロリストって職歴に書ける?


 その頃錫乃介達はUSDビル13階にいた。ひたすら階段を登ってはいるが、このくらいならアスファルト時代のトレーニングに比べればまだまだ余裕であった。あれは身体が出来上がっていなかったこともあるが、脳髄にショックを与えられながら強制的に手足を動かされるそれは、地獄すらも生温い日々であった。


 

 思い出すのも身震いするね。でもこの階段マラソン、疲れよりも単調な景色が続くのがやだね。フロアもずっとプランテーションばかりで面白味ないんだよ。


 “驚くべき事ですけどね。よくぞここまでプランテーションを育て上げたと思いますが”


 ただの独裁者じゃこうはいかねえってか。



 錫乃介が言う通り、USDビルは4階からずっと屋内プランテーションが続いていた。中では本棚の様な土台に青白い光に当てられた農産物が所狭しと育てられている。作業員と思われる人間を幾人も見かけるが、彼らはこちらに気を留めることなく、持ち場で仕事を続けていた。


 

 “独裁者にも種類があります。欲望のままに国家の財産を食い潰し、金が無くなれば通貨や国債を発行、ハイパーインフレを起こして破綻させるタイプ。理想を追求するがあまり、国家の礎である国民を虐殺するタイプ。富国強兵を目指して帝国主義に走るが、結局は国家を疲弊させるタイプ。

 共通してるのは軍事力で物を言わせることですかね”


 

 ここのサロットルとか言う独裁者はちょっと違うな。女囲ってたり、少年兵とかはいただけないが、このプランテーション見てると、ただの愚物には思えないな。植物型機獣に地上を乗っ取られているからってのもあるが。


 

 “ある意味原始共産制を体現しているとも言えます。お気付きかもしれませんが、この新宿地下街には通貨がないみたいです。物資は全て配給制。過去の世界では実現してなかった共産制が、ここにはあるようです”


 マルクスもレーニンもどう評価するかね。


 “マルクス主義もレーニン主義も根本は一緒ですが、レーニンはそこに帝国主義とプロレタリア革命の……”


 はいはいやめやめ、興味ないわけじゃないし、共産主義について議論するのも構わないけどさ、今じゃないでしょ。仮にも敵地よここ。


 “でも、正規兵とやらは全然いないですよ。おそらく人材の枯渇です。テロリストに対する準備を怠っていますね。元々外部からのテロリスト対策なんてしてなかったでしょうが”


 そうか、俺らテロリストだよな、どうみても。しかもなんのイデオロギーも無くて、ただ先に手を出されて気に入らねーからやり返すってだけだもんな。ウケるわ俺、テロリストも職歴に書けそうだな。


 

 「さて、21階か。こっから宿泊フロアだな。幹部どもがごっそり来やがるのかな」



 ナビとアカデミックな会話をしていると、立ち止まった山下は呟く。

 


 「その様子は無さそうだけどね。私だったら階段上がってくる所をトラップなりかけて爆破するよ。なのにトラップどころか、戦闘員一人として出て来やしない。拍子抜けもいいとこだよ」


 シンディの応えに、はぁ、と深くため息を吐く山下。


 「だよな。まともな正規兵は最初だけだったみたいだな。この上からはまともな戦いになりそうにねえ」


 

 山下はそこで一回言葉を止めると、

 


 「仕方ねえから部屋一つ一つ爆破してやろうぜ!」



 室内に籠城しているであろう幹部に聞こえる様に最大限強化した声で叫び、空気をビリビリと震わせる。

 その直後どの部屋からも、ドタバタガシャガシャ物音が聞こえ始める。ドアにバリケードでも作っているのだろう。



 「グハハハハハ!情けねえやつらだぜ!少しは腹ぁ決めて、特攻してくるかと思ったが誰一人でてこねえとはな。腐ってやがるな、この組織は!」


 

 「あぁ、この人テロリストどころじゃないから、これアレだよね、魔王四天王にいる脳筋系のキャラの台詞だよね。更にタチが悪い事にその脳筋キャラが魔王になっちゃったって感じ?」

 

 「言いたい事はよくわかる。山下は相手が強ければ強い程燃え上がる戦馬鹿なんだ」


 「もう今更だね。サイ○人かよ」


 「なんだサイ○人って?」


 「とある物語に出てくる戦闘民族の事さ。搦め手、戦術、裏工作、何それ?それって美味しいの?ってくらいの脳筋馬鹿でさ、三度の飯より戦いが好きで、あ、飯も食い意地張ってたわ。とりあえず敵地に突っ込んで暴れまくるしか能の無いトンデモ民族だよ」


 「何だよそりゃ。山下みたいだな」


 「お前酷いな」


 「とりあえず、扉開けたら爆発するトラップ仕掛けて上行こうぜ!」


 

 ひそひそシンディと話していると、山下は敢えてでかい声で叫んで階段を上がって行った。もちろんトラップなんか仕掛けていない。


 「山下さん悪戯っ子なとこあるねぇ」


 「悪戯にしちゃあタチが悪い」



 そんな悪戯という名の脅迫を各階で行っては高笑いをしてもなお敵は姿を現さず、流石に山下も飽きてきたのか、28階から先は素通りするかと思ったら、スタングレネードのブービートラップを随所に仕掛けてはニヤニヤ笑っていた。



 「この人だいぶ鬱憤溜まってない?」


 「暴れられるかと思って気合いれて来たのに、手応え無さすぎて変な方に向かってるんだよ」


 「シンディ、おまえ抜いてやれよブゴォっ!」


 セクハラをかます錫乃介に、間髪入れずにワンインチ掌底を叩き込むシンディ。



 作注:ワンインチパンチ(ここでは掌底)とは。通常パンチは最大の威力を発揮するには腕が伸び切る寸前くらいの、一定の距離が必要である。ワンインチパンチはこの距離を無視し、1インチ(2.5㎝)の距離から爆発的なパワーで相手を吹き飛ばす程のパンチを繰り出す技だ!ブルースリーが有名だが、中国武術では寸勁という名で伝わっている!



 とりあえず三発程掌底を喰らい、土下座をして赦しを得た後、錫乃介達は47階まで到達した。


 

 47階展望室


 「うーーーん見渡す限りの新緑が美しいね〜、こんな新宿に出会えるなんてぼかぁ幸せだよ〜」


 「何訳わかんねえ事言ったんだよ。緑なんて見飽きたどころか、焼き払ってやりてえぜ」


 「信じられないかもしれないけど、ここ新宿は130年前世界でも有数の大都市だったんだぜ」


 「なあ、錫乃介って130年前も昔から生きてるって本当なのか?」


 「生きてねーよ!どんだけジジイなんだよ!

 シンディちゃん、俺はね過去から来た謎の男なんだよ。ただ、“来た”というより、“居た”ってのが正しいけどね」


 「何だよそれ?」


 「俺にもよくわからん。久しぶりの休みの日に記憶無くすまで飲み歩いてみたいなんだけど、気付いたらこの時代でぶっ倒れていた」


 「っていう妄想か?」


 「妄想じゃねーよ。虚言癖扱いすんじゃねーよ。俺に惚れた女科学者が、会いたい一心で次元転移装置作ってでこの世界に呼び込んだのが真実らしブンギャッ!!」


 「どした?」


 「いや、なんか突然後頭部ハタかれた」


 “次元の割れ目が一瞬出来ました。「勝手に話を盛らないでちょうだい、私の沽券に関わるでしょ」と伝言が私に入りました”


 ポラリスかよ。別次元からツッコミ入れるって何アイツ正妻気取り?しょうがねえ奴だンゴッ!



 再び要らぬ一言を思い浮かべたせいで、別次元から張り倒される錫乃介。


 

 「おい、この階にもボスらしき奴は居ねえな。後は上のラウンジと屋上ヘリポートだけだ、って何やってんだ、地面に寝っ転がって。休憩ならもう少し我慢しろや」


  

 一回りして来た山下が、シンディの足元でうつ伏せに倒れている錫乃介を軽く蹴る。



 「なんかコイツさっきから一人でドタバタしてんの」


 「ククク……、やっぱアイツ俺に惚れてるわ……」


 「気味悪ぃ奴だな、倒れてニヤニヤしやがって。ホレ、立て行くぞ!」


 「アダダダダッ!」


 

 展望室にはそろそろ傾き始め赤くなり始めた太陽光が入り込み、眩しそうに痛そうにニヤニヤしながら頭を鷲掴みにされ無理矢理立たされる錫乃介、という大変奇妙な光景が出来上がっていた。

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