栄枯盛衰また栄え

 

 テールガンパイソンを踏みつけ、ハンニバルクイナを跳ね飛ばし、ヘラクレスオオカブトリッパーとライフリングナナフシはブローニングで仕留め、デミピューマとドラグノフフライはリヴォルバーカノンで撃破するも命の前に立つ物無し、と回収は諦めて先を急ぐ。

 それでも久しぶりに出くわしたバルコンドルの一掃射撃をなんとか切り抜けるも、不意に出てきたマッスルゴリラに道を塞がれ万事休すかと思ったが、その後すぐに登場したサーベルジャガーと縄張り争いの乱闘を始めたので、傍から素知らぬ顔で通り過ぎるという一幕もあった。


 そんなこんなでようやく辿り着いたシャオプー。

 密林に囲まれた街は、そのエリアだけポッカリと整地されており、焼畑で広げたであろう耕作地帯も少なからず見られる。

 ダムを思わせる街を囲む高さ数十メートルの城壁は、他の街と違いコンクリートではなくレンガ積みだ。夕陽に焼けたその壁は何者をも遠さぬ強固な意思を主張する。

 その城壁上に設置される多くの要塞砲や櫓から覗く機関砲は、災いをもたらす者は容赦なく討ち滅ぼすという威嚇の叫びが虚空の砲口から聞こえる。

 街の外周と中心部には隣接する大河の支流を通して再び本流に戻している。上水と下水の意味だけでなく、物流と防衛の要ともなる大動脈でもあるのだろう。



 つ、着いたぞぉ……


 “あぶかったですね、結構な数の機獣に襲われましたが、首の皮一枚繋がりましたね”


 で、でも、もう弾も燃料もすっからかんだぞ……

 

 “しばらくこの街に逗留ですね”


 いいっしょ、それで。そのうちサンドスチームも着くかもしれねぇし。何よりもう限界よ。



 ボヤく錫乃介は街へ入るレンガ造りのゲートの前へ進む。煤けて古びたレンガは今もなおその強大な門を支えるているのが感じられる。



 なんか趣きがある壁だな。歴史を感じるぞ。


 “これ間違いなく中国の元世界遺産『平遥古城』の城壁ですよ。800年前の建築物です”


 はぇ〜、こんな密林で世界遺産とご対面とはね、長生きするもんだ。しっかし中国は万里の長城もそうだけど、壁に関しちゃ右に出る者はいないね。ベルリンの壁だって無くなったというのに。


 “この街、壁だけじゃありませんよ”


 どういうこと?


 “ま、中に入りましょう”



 メインゲートは水門の様な極厚の鋼鉄製の門だが、その脇に車一台程が通れる通用口があり、そこで審査を受ける。以前のタルマックのようなふざけたAIではなく、こちらは人が行っていた。

 小銃などで武装された軍人数名と背後には重機関銃や対戦車ロケットが配備されているのが見てとれる。物々しいというより、これくらいがこの辺りでは最低限防衛に必要なのだろう。

 名前や街への目的など質問に答え、ハンターユニオンの会員証を提示するとすんなり街の中へ入れた。そして開いたゲートより見渡せた街並みに瞬間、錫乃介は息を飲むのであった。

 

 

 何ここ……すごっ……



 石畳みの道に切妻型と呼ばれる八の字の瓦葺き屋根の建物が、八卦の方位に準じて配置されており碁盤目上に並ぶ。目抜き通りには市楼と呼ばれる100メートル程の高さの楼閣がそびえ、商店や屋台が軒を連ねる道は戦車一台がようやく通れる程の広さだ。その決して広いとは言えない道を、喧しく日に焼けた人々が行き交い、軒下ではタバコを咥えたおじさんおばさん達が路上で麻雀や囲碁、象棋(シャンチー)と呼ばれる将棋を楽しんでいるその光景は、中世中国にたった今タイムスリップしたと聞いて疑う者は少ないだろう。



 “平遥古城は近世中国の街並みがそのまま残っています。街内に川が通りましたがそれ以外スクラッチ後も変わらずなようです”


 いや〜これは凄いよ。語彙なくなるわ。

 色んな歴史ある街とか観光したけどね、流石中国規模が違うわ。

 

 “ここの築城は約3,000年前の西周時代まで遡ります。それから徐々に大きくなり、明代1370年くらいに今の形になったと言われています。20世紀初頭の清朝末までは商人の街として栄えましてね、近世では金融の中心地だったこともあるくらいめちゃくちゃ歴史が長い街なんですよ”


 こんな古い街が金融の中心地?


 “『日昇昌(じっしょうしょう)』って聞いたことありませんか?”


 知らん。


 “日昇昌とは清朝に設立された銀行のようなもので、主に手形の発行をしてましてね、『銭荘』と呼ばれる両替商とで中国全土と周辺諸国の金融を支配してたんですよ”


 清朝ってことは1,800年代か。日本は幕末の頃か。


 “そうです。でも20世紀初期に辛亥革命があったじゃないですか”


 ああ、孫文な。


 “はい、それで清朝が倒れたせいで債権回収が出来なくなり財政が傾きまして、20世紀中頃には貧困地域になったんですよ”

 

 歴史の波に呑まれてますなぁ。


 “でもそれが幸か不幸か街の開発が出来なくなったせいで、古い街並みがそのまま残ったわけです”


 そんで世界遺産と。何が転ぶかわからんなぁ。ん? ってことはここ中国そのままか! 


 “そういうことになりますね”


 ナビ! ここは中国の何省にあたる所だったんだ?


 “山西省ですが”


 ってことは刀削麺だな! 本場の刀削麺食えるぞ!


 “その前に文無し弾無し宿無しですが”


 ぐぬぬ! 先にユニオンだ、換金して宿の確保して、刀削麺食うぞ!


 “弾薬燃料の補給は?”


 俺の心身の補給の方が先だ。第一に補給できるほどの金もない!


 “まぁ確かに。何にせよユニオン行きましょうか”

 

 

 今までの街は受電設備から他の施設や家に送電線が蜘蛛の巣のように空中で張られていたので、送電線の中心地がイコールユニオンであったが、ここシャオプーでは元々世界遺産で街並みを維持するために送電線は地中に埋められている。

 その古都の街並みに1ヶ所だけ巨大な鉄塔が立つ異彩を放つレンガ造りの建築物、そこがユニオンであった。

 早速ジャノピーでハンガーに乗り付け獲物を引き取ってもらう。

 


 収穫

 とっことこガブ太郎 2体×50

 野良ドローン 5台×50


 収支

 350c

 


 おおぉぉぉぉ、久しぶりの金だ! これで美味いもん食えるぞ。


 “もう日暮れなんですから宿の確保が先です”


 それな。ヨシ、そこの受付で聞こう。



 入り口付近にある受付では、立折襟で胸と裾に二つずつポケットがあるボタンの人民服と赤い星が入った人民帽に身を包んだ老齢の男性が忙しなく作業をしている。



 「サーセン。この街のやっすい所でいいんで、宿教えて下さい!」


 「はいはい、安い所と申しますと、木賃宿でよろしいか?」


 「一向に構いません!」


 「飯も風呂もないぞ?」


 「良いです!あ、でも別で風呂あれば紹介して欲しいです!」


 「何でそんな元気か? 宿要らんのと違うか?」


 「灯滅せんとして光を増す、つまりは最後の灯火です!」


 「それはいけないね、金はあるか?」


 「殆ど無いです! あれば木賃宿なんて行きません。嘘です! あっても木賃宿行きます!」


 「なんなん貴方。それなら、そこのタバコ屋の暖簾くぐって通り抜けた先に風前の灯火のようなボロ宿あるから、貴方にぴったりよ。風呂はそこの爆弾屋の角曲がったところよ」


 「あざます!」

 


 変な受付に戸惑いを覚えることなく、1週間ぶりに金が入ったデバイスを手にできて感動に打ち震えるが、事態はまだ好転していない。なんせ、今日の宿代と飯代くらいは出るかもしれないが、弾薬代も燃料代には回らない。その事実はとりあえず明後日の彼方においやり、まずは今日の寝床と食欲を満たすため、ユニオンを後にする。

 時刻はもう夕暮れ。赤く染まるシャオプーこと平遥古城の街並みは一際美しく、ユニオンをでたばかりの錫乃介は少しの間歩みを止めるのであった。

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