砂漠と鋼とおっさんと

ゴエモン

序章

キートンはすごい


 砂だ

 サラサラと

 きめの細かい砂だ

 風にのった砂が目に入る口に入る耳に入る

 鬱陶しい


 暑いな

 砂からの照り返しが眩しい

 暑いな

 垂れる汗に砂が絡みつく

 暑いな


 ひどく吐き気がする

 喉が渇く


 ここは、砂漠?

 砂だらけだ。砂漠なんだろう。

 そこかしこに膝丈まである草や、枯れているのかどうかわからない木らしき物、あれはサボテンの仲間か?

 わからん。

 もしかしたら鳥取砂丘とか?

 そういえば青森県に一般の人は立入禁止の日本最大の砂丘があると聞いたがそこか?

 いや、もしかしたら日本じゃないのか?

 ゴビ砂漠、タクラマカン砂漠、サハラ砂漠、アラビア砂漠etc

 地球の大地は25%、1/4が砂漠だそうだから、俺が砂漠にいるのは確率的に割合的に公算的に不思議ではない。

 日本は国土の7割が森林で河川や農地や道路で2割なので、残り1割程度に国民は住み生活を営んでいるのだから、そう不思議ではない。

 不思議なのは何故どうしてどうやって此処に来たのか?いるのか?立ってるのか?

 正確には倒れていたのだが。

 暑さで目が覚めた。


 わからない。


 記憶がない。


 気付いたら此処にいた。

 こんな事って今まであっただろうか?


 あ、あるな。


 気付いたら見知らぬ土地の植え込みで倒れてたり、見知らぬ土地のゴミ捨て場で倒れてたり、見知らぬ病院で点滴受けてたり、見知しらぬ牢屋(留置所)の中で倒れてたり。


 まぁあるか。


 大体調子乗って酒飲みすぎた故の結果なのだ。


 今回もそういう方向性かな。

 最後どこで飲んでた?

 六本木行ったな。それから西麻布で知り合いに呼ばれて恵比寿、からの中目黒。

 までは思いだせるが。


 まぁ、数年ぶりの記憶喪失だが、おおかた調子のってタクシーでわけわからんこと言ってこんなとこに来て捨てられたのだろう。


 何か動物?

 蠢く物が見えるな。

 もしかしてサファリパークとかか?

 でもサファリパークって砂漠じゃないよな。

 行ったことないけど。


 あぁ吐き気がする

 喉が渇くな


 とりあえず、位置の確認だな。


 スマホ、スマホ…と


 あぁ、やっちまった。

 無いよ。


 それどころかカバンも無いじゃんか。


 あぁ、やっちまった。

 もぅ酒は止めよう。



 今まで何十回何百回とした誓いを心にし、男は持ち物を確認したが、着ている赤いTシャツとデニムに、家と職場の鍵が入ってるキーケース、それから少しばかりのお金と各種カードが入った財布だ け。ジャケットすら失くしている。

 多分乗ったかもしれないタクシーか、最後に飲んだ店かわからないが一縷の望みを胸に、先程からチラチラと見える蠢く物に向け歩き始めた。



 蠢く物は何かはまだ判別つかないが、仮に人や自動車などであればラッキーだ。動物であっても、日本でこんな砂漠の様な原野に野生動物がいるなんて事は無いだろう。近くに飼い主なり管理する施設があるだろう。

 風で樹木が揺れている様には見えないが、樹木であっても目印になるかもしれないし、何より何の当てもないのだから、あんな物でも目標に歩こうと男は思っていた。



 照り付ける太陽光は暑く、砂漠の表面からの照り返しも強い。

 男が酒を飲んでいたのは6月なので、確かに暑くなる季節とはいえ、これは7月8月の猛暑レベルを超える。



 しばらく歩いていたが男は考える。

 此処はもしかしたら日本じゃ無いかもしれない。

 砂丘だとしても赤道直下の砂漠とは違うのだ。日本の季節相応の気温だ。

 これは明らかに異常だ。

 そしてこの遙かなる地平線。地平線の向こうには山脈が陽炎の様に見える。日本では地平線が見える北海道でもこんな景色、無いだろう。

 ふと、昔読んでいたマンガを思い出す。

 とある事件がきっかけで砂漠に放置された背広をきたサラリーマン風の男が、持ち前のサバイバルの知識と技術を駆使して、一緒に捨てられた仲間と共に砂漠から生還する話だ。



 でも、主人公は元々が特殊部隊だしな〜

 そういえば、あの話では太陽が出てる間は穴掘って日陰で休んでいたな

 んで、夜に歩くと

 もし日本じゃないなら、俺もその通りにした方がいいかもな〜




 などと最悪の事態を冗談混じりに思いつつ足を進めた。

幸いにも砂漠は足が沈む様な質ではなく、カラカラに乾いた大地に砂が舞うような感じであり、足がとられる事はない。

 ふと、そこかしこにある膝丈の草やサボテン?の様な自分の背丈ほどの植物を観察してみる。



 こう見えて男は農業学校にいたのだ。

 といってもこの学校、農業学校なのに農業科は無く、園芸科や造園科、服飾科、食物科、といった学科がある不思議な学校であった。男は造園科で学んでいた。

 造園科とは早い話が庭造りだ。木の刈り込みをしたり、竹垣作ったり、敷石を引いたり。当然ながら、樹木や花の知識が必須であるため、男は植物の知識が多少は人よりあるので、何かわかるかもしれないと思い、見なれぬ植物に近寄った。



 わかるか!

 草は花もなければ実もない

 引っこ抜いてみたが、拳大の球根の様な玉ねぎのような物があるので、齧れば水分くらいはとれるかもしれない。

 同様にサボテンみたいな植物も見た目は枯れているようだが、齧れば水分はあるだろう。だが、毒とかあるかもしれない可能性を考えるとその勇気はないが。

 植物の周りには蟻や名前もわからない小さな虫がいる。

 という事はこれを食料にするこれより大きい昆虫やトカゲや鳥が近くにいる可能性があるか。

 わかった事といえばせいぜいこの程度。



キートンすげぇな

助けてくんねぇかな。



 いかほど歩いただろうか。なんせ時間がわからない。二日酔いだし感覚も鈍くなってる。辛い時間というのは長く感じるものだから、

 2時間は歩いたと思っても、実際は30分くらいだったりする。とはいえ多少は蠢く物に近づいたのだろう、ようやく判別がついてきた。


 蠢く物の正体は砂嵐だ。

 砂が何かを中心に舞っているのだ。

 最初は砂嵐か?とも思ったが、なんせ本場の砂漠で起きる砂嵐なんて体験したことはおろか、見たこともない。

 逃げられるかどうかもわからない。

 腹を括ってそのまま進めば、どうやら砂嵐の真ん中にあるものが、砂を巻き上げながら動いているのだ。

 こちらに向かって。



 男は心で乗り物だ!助かる!とガッツポーズをとった。

 ジープとかバギーとか、オフロードの自動車に違いない!


 と思った反面


 もし、なんちゃら原理主義のテログループとか、『マッドマックス2』や『北斗の拳』に出てくる無法者だったらどうしよう?


 という考えもよぎる。


 ここ日本じゃなさそうだし無くはないか…

 とはいえ、このままじゃ埒があかない。

 ええぃ、いざとなったら、自慢のローキックをおみまいしてやる!



 男は総合格闘技のジムに通っていたことがあ

る。週2回ほど2年間、自分が引っ越しするまで頑張った。そしてついた称号は『ジム最弱の男』

 そう、女性にもスパーリングで負けるほど男は弱かった。

 しかし、2年間の努力は無駄ではなく、ガリガリだった身体は肉付きが良くなり、2回りほど体が大きくなり、服のサイズがアップした。ある時サンドバッグに向かってトレーニングしているとコーチが、“いいローキックだ”と一度だけ褒められたことがある。

 それを男は少しばかり自信にしていた。

 もちろんコーチは"たまには褒めてやらないと"という思いがあったことなど、男は知る由もないが。



 閑話休題



 不安と期待を胸に砂嵐に足を進める。比較対象物がないので距離感や規模がわからない。

 徐々に大きくなっていく砂嵐とその中心物。

 それと共に伝わってきた振動。


 ただの車にしちゃ音大きく無い?


 徐々に

 

 徐々に


 じょじょに


 ジョ・ジョ・に

 

 その姿を男の前に現しつつ…


 って、でかっ!!

 でっけぇーーーー!

 なんじゃこりゃーーー!



 ようやく距離感やわかるくらいの位置まで来たそれは、

 

 巨大かつ巨体

 轟音で鳴動する大地

 武骨で荒々しく


 砂漠に走るそれは、黒々しく鈍く光る船底に、甲板までのおよそ半分くらいまでの高さまである無限軌道。

 甲板には映像でしか見たことない三連装の大砲にそれを遥かに凌ぐ大きさの巨砲が一門。


 それは、船だった。

 正確には巨大なタンカーの様な船に巨大なキャタピラが付き、これまた巨大な砲台が甲板から覗いていた。



 船は大地を揺らしながら、悠然と無限軌道を走らせる。男の存在など全く無視したままだ。

 男は呆気にとられその走りゆく姿を唖然と観ることしかできなかった。


 なんじゃありゃ。

 あんな物が走ってるなんて、どこだよここ…

 陸上戦艦なんて聞いたことはあるが、そんな物創作の中だけだし…

 構想や設計まではあったけど、実現はされなかったはずだよな。それも第一第二大戦中とかの話しだし。



小一時間走り去る船を見つめていたが、ふと我に帰る。



 ここが日本じゃない、ってか現代ではない、それどころか地球かも怪しい。

 これは異世界転生か?マトリックスのような脳内世界か?それとも夢か?

 冷静になろう。

 いずれにせよ、あの軍艦の来た方か向かう方どちらかには、それなりの施設がある事は確定だ。

 どちらに行く?

 少し悩んだが、男は船が向かった先に歩みを変え追うことにした。

 もしかしたら、船員の誰かが自分の事を認識して救助があるかもしれないからだ。



 まぁ、結論から言うと救助はなかったのだが、男は頑張って歩いた。

 幸いにも船のスピードはそこまで早くはなく、目算では自転車より少し早い程度だ。



 これなら、見失わずに追えるぞ。

 どこまで体力がもつかわからんが。



 目標が見えた事でまた男は奮起した。



 それから3時間が経過。

 船は大きな汽笛を挙げた。

 船が汽笛をあげる時は方向転換や他の船への合図等だ。

 もしかしたら止まるかも!

 男は歩き疲れてもうヘロヘロだったが、汽笛の合図に、自分に喝を入れ歩みに力を入れる。

 男の願いが届いたのか、船は目的地に向けて減速したため、ようやく追いつくこととなった。



 船が着いた場所は、アスファルトの隔壁に囲まれた街であった。


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