俺の目を盗んだのは!
じっとりと、そして、じっとりと、汗が頬から首筋にかけて伝わる。暑いだけでは無い。緊張感だろう。電脳がすぐ様緊張感をほぐす為の処置をしてくれるが、また、すぐに緊張感が生まれてくる。
無理もない、野良犬達と正真正銘命のやり取りをした後の、生まれて初めての潜入戦なのだ。電脳の補正を受けているとはいえ、訓練も何も受けた事のない、ど素人が緊張しないわけが無い。
ただ、錫乃介には何でもチャレンジするという、ポリシーというか好奇心の強い人間であった。
幼少の頃より、クローバーが食べられると聞けば公園でクローバーを毟って生のまま食べ、ノビルが食べられると聞けば河原に行って毟って生のまま食べ、土筆が食べられると聞けば裏の畑で生のまま毟って食べ…。
ただ食い意地が張ってただけかもしれないが。
ともかく、現在の状況に緊張はしても怯む事無く進んで行った。
サバゲーは好きだったけどさ、こんなマジモンやる羽目になるとは思わなかったよ。
“これからはこれがサバゲーがわりですよ”
ゲーがねーじゃねぇか。サバだけじゃんか!
“ゲームといえど本気でやらないと、ほら上の階に行きますよ”
ビル全体が埋もれているので、2階と言って良いのかわからないが、階段1段づつゆっくりと上がっていく。上がりきる手前でナビが足を止める。
“すぐに顔出さず、手鏡は無いですね。異音がします。犬が20メートル先に3頭居ると思われます。おそらく相手もこちらに気づいて警戒している様子です。ウージーで射撃した後、近づけた犬をマチェットで撃破しましょう。ウージーを構えたまま中腰で身を通路に、合図をしたらお願いします"
了解
“ゴー!”
サッと身を通路に出し、状況を確認
機獣犬が3体こちらに向かって歩いていたのが、走り始める所だった。
“ファイア!”
ダダダ!
という音と共に射出される銃弾。初撃は先頭の犬に命中。そのまま横にスライドさせ、2体目3体目共に討ち取る事ができた。
“お見事です。まだ近づかない様に、後ほど証明部位と回収と探索をしましょう”
ああ、
心臓がバクバクいっている。落ちつきを見せたところで3階に上がる
“トラップはない様ですが、やはり犬が居ます2体。先程と同じ要領で大丈夫ですが、距離が近目なのでご注意を”
了解
錫乃介にも補正された聴力で物動く音は聞こえるが、何頭いるか?や距離まではナビが分析してくれないとわからない。そう考えると、売れ残りとは言え、命を預ける値段としては安い買い物だったんだと思う。
“それは褒めてるんでしょうか?貶してるんでしょうか?”
聞こえてた?最大級の賛辞だよ。行くぜ!
通路に身を出し、ウージーでダダダン!と弾をばら撒く。10メートル程の距離だったが2頭とも頭に命中し、こちらまで向かってくる前に討ち取れた。
“お見事”
いやいや、ナビのサポートのおかげさ。
“今の私補正してませんよ”
へ?何故ゆえに?
“だって、私の合図を待たずに、自分から突入したじゃないですか”
言われてみればそうだな。慣れって怖いわ〜
言われてガクンと脱力する。
はぁ、力抜ける〜
“休憩はまだ早いですよ”
わーってるよ。
少し落ち着いた所で4階にそっと上がる。踊り場で通路に出る前にナビと作戦を練る。
“鏡で確認できませんが、相手はおそらく窓枠の高さからいって、ブローン(うつ伏せ)ではなく、ニーリング(膝立ち)もしくはスタンディング(立ち撃ち)でしょう。
良いですか?怖いかもしれませんが、こういう狭い通路には伏せたまま中央に出て下さい。壁際ですと、跳ね返った弾が当たる可能性が高いです。
ああ、跳弾な。それ『パイナップルアーミー』で読んだ事あるわ。
“ご存知なら僥倖です。
それから一つだけ。標的がどれだけ人間に見えても、決して人間ではありません。決してです。人間ではなく敵です。躊躇なく迷う事なく引金を引いて下さい"
心遣いありがとうよ、ナビ。
“私が売れ残っていた事を感謝してください。さぁ、覚悟がついたら、行きますよ”
これで死ぬかもしれないな、とそんな不安が脳裏をかすめる。が、
まぁ、本来この世界来た時点で死んだようなもんか。
と、考え直したら楽になった。
じゃ、ナビ、最後かもしれない合図を頼む
“では、ゴー”
合図と共に勢いをつけて身体をゴロンと転がり、通路中央まで躍り出る。
標的を視認
ニーリング(膝立ち)だ
銃口がこちらに向く
顔が見えた
が
顔を認識する前に
ウージーの引金を引けた
パラララッ
さっきより銃声が小さく聞こえる
銃弾が飛んでいくのが見える
標的が引金を引くのが見えた
が
俺の銃弾が
眉間を、胸を、腹を、
撃ち抜く方が早かった
1発だけ
俺の頭上を弾が通っていった
標的は崩れ落ちた
“まだです。生きてるかもしれません。伏兵がいるかもしれません。辺りを警戒しつつ、目を離さずゆっくり立ち上がり、2〜3発標的に撃ち込んで下さい”
ナビに声をかけられると、視野が広くなっていく。通路を吹き抜ける風の音も聞こえてきた。
立ち上がる時人は無防備になる。その隙を狙われない様に、ナビの指示通り辺りを最大限警戒しながら、立ち上がる。
標的はうつ伏せに倒れたままピクリとも動かない。
ウージーを構え、ダダッと死体に撃ち込むが、動く様子は見せない。
“狙いを外さずに近寄り、相手のライフルを蹴飛ばし、すぐにバックステップで離れて下さい”
銃口を死体に向けたまま、一歩二歩と近寄りライフルに足が届く距離になったところで蹴飛ばし、後ろに飛んで距離をとる。
“もう大丈夫でしょう。標的を検見しましょう”
ああ、と言って錫乃介は死体を足でゴロンと転がし仰向けにした。
コイツは…人間、なのか?
標的の身体は大きいが、コンクリート色の迷彩上下を着込み、革のコンバットブーツを履いている姿は人間そのものだ。しかし、頭には髪がなく、ゆがみ歪な形をしており、顔はオペラグラスの様な目に、眉毛も鼻も無くノッペリとし、血を流している口は非常に小さく五百円玉くらいしかない。
“ヒューマノイド、ですね”
なんだそりゃ。ちゃんと見た訳じゃないけど、ハンターユニオンの機獣データには無かった気がするぞ。
“長くなるので詳しくは後ほど説明しますよ。まずは、この標的の戦利品と野良犬の証明部位の回収、それからこのビルの探索の方が優先度高くないですか?”
それもそうだな。でもなナビ。
“何ですか?説明を先にしますか?”
いや、まずは水を飲ませてくれ。
それから、お前が売れ残っていてくれて良かったよ。
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