砂漠と餓鬼と塵芥9

 敷地だけでサッカースタジアム2〜3面はありそうな建造物にゴミ収集車を始めとする廃棄物を満載に積んだ車両が入っていき、別の出口からは圧縮された廃棄物のブロックを積み込んだダンプカー達が何処へとなく運んでいる。ただひたすら械獣達はそれを繰り返す。巣から乱れぬ行列を作って出入りする蟻の生態によく似た異様な光景だ。中への侵入はあっさりだった。以前も入ったことのある外階段から中へ。


 膨大な量のゴミをキューブ状に圧縮するプレスマシンの轟音が響き渡る。


 キューブを掴み何処へか運ぶクレーンが軋む高域の音が空間を貫く。


 金属廃材、石油製品を熱処理し融解させ変形し整形する際の猛烈な熱波が吹き荒れる。


 そこはただ無機質な機械達が受けた最後の命令(オーダー)を忠実に真摯に泥臭く自らの身体が老化で滅びゆくまで守っていた。


 アクタは懐かしそうにその空気と音に全身の感覚を傾け、瞳を潤ませていた。


「また来れると思わなかった……」


「そういや、アクタにとってここは実家みたいなもんだな」


「うん。マムと…… 僕を育ててくれた育児ロボットなんだけどね、ここでね、僕のことをね…… いつもね…… もう…… ごめ……」


「ほら、こっちこい」


「うん……」



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



「落ち着いたか?」


「……」


「おい?」


「エへへ」


「なんだよ」


「お父さんってこんな感じなのかな?」


「やめろよ。子供どころか妻も彼女もいない身で子持ちにはなりたくねぇよ」


「奥さんも彼女もいないんだ。モテないんだねオジサン」


 ゴフッ!


「どうしたの? 突然崩れ落ちて?」


「おーーまーーえーーなーー何言っちゃってんの! モテるしー、オジサン超モテオだしー、むしろ俺が選ぶ方? 街歩いてる女ごときちょいと声かければ全員俺に首ったけは確定事項だしー、今たまたまいないってだけだしー、これから行く街全部に愛人作ってる最中だからあえて結婚もしないし彼女も作らないだけだしー」


“あーあ言っちゃった”


「オジサンそんなことしようとしてるの」


「あーそうさ、そうだよ。女作るために俺は旅してんだよ。どうだ幻滅しただろ!」


「ううん、僕もその中に入れて」


「あぁん!? アクタも各町に愛人作りたいって? 馬鹿言ってんじ……」

(まてよ、いや、そうか…… そうだよな、今までそういったこと誰にも教えてもらってないもんな、そうだよな、わかる、ここは一つ俺がこいつを男にしてやるのも、人生の先導者としての義務か……ヨシ!)


「わかった仲間に入れてやろう。だが! まだ早い! そんな若い身空で各町に愛人など30年早い! ってか羨ましい! そんなことは許さん。あと少なくとも5年は待て。それからいきなり愛人を作るだなんて不健全すぎる。まずは一人あてがってやろう。そうすれば女のなんたるかが少しはわかるだろう。うんそれがいい。それでも羨ましいぞこの野郎。だいたいな俺なんか最初の女知るまで30年かかったんだぞ。ってやっぱりそれってモテてねーじゃん。いやチャンスはあったんだ、ものすごくあったんだ。何回も! 俺が純粋過ぎて手をだすタイミングを逸しちゃったんだ。女ってな、そのタイミング逃すともう駄目、ああ駄目、ほんと駄目。それの繰り返しだったんだよ! もっと欲望に身を任せてりゃ良かったんだよ! わかったか!」


「全然」


「ですよねぇ! 自分でも何言っちゃってるのこのひとぉ、って感じでしたよ!」


「よくわかんないけど5年待てばいいんだね!」


「おうともよ!」


“……”


 ナビなんか言いたそうだな。


“いいえべつに。5年後までに愛人できてればいいですね”


 余裕っしょ!


 ナビの煮えきらない態度を気にすることなく建屋の奥深くへ歩みを進める。以前オジサンが侵入した際は上階で事が済んだため、そのまま内部を探索することなく終えていた。

 量子コンピュータがあると思われる地下は、通常であれば貨物用エレベーターで向かう場所なのだが、故障なのか途中の階で止まってしまうらしい。その止まっている階まで階段で降り、そこからエレベーターを使って降りるのだという。ちなみに階段だけで降りようとすると途中で防火シャッターが閉まっていて進めなくなるそうだ。

 プレスマシンの轟音が響く通路を進んでいるときだった。先導していたアクタがピタリと歩みを止め何かを凝視し始めた。


 どうした? と声をかけつつアクタが向いている方向にはプレスマシンで固められた2メートル四方の金属廃棄物の立方体があった。その一部に……



 唇が震え、表情が固まる


 熱い何かが込み上げてくる


 声が出ない


 もしかして


 あの色は……


 くすんだ淡い翡翠色


 いつも優しく撫でてくれた丸いマニピュレータ


 転びそうな自分を抱きとめてくれたボディ


 忘れもしない


 どんなに歪んで潰され 


 ひしゃげていようとも


 あれは───



 ……マム



 呟くアクタを


 後ろから抱きしめる者がいた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る