草はえる
山下達が戻るまで往復4〜5日はかかる予定だ。その間錫乃介はただ待ちぼうけしてたわけでは無く、バーテンダーをやったりキッチンに入ったりシンディをおちょくって張り倒されたりしていた。
USDビル内を改めて見学したが、上階の元幹部達の住居跡は別として、室内プランテーションの設備は大したものだった。最低限度の水量と光合成のための投光器を使った水耕栽培には、野菜はもちろん芋米豆などの穀類、果樹が揃っており、それらの加工場や、養鶏場まで作られていた。
野菜系は男性、穀類や加工は女性、など仕事の区分もされており、合理的かつ効率的なオペレーションが組まれていた。
そして地下にはバイオトイレを利用した排泄物の再処理場、南口のバスタ新宿付近には廃棄物処理場まで建設されていた。
見学が終わった後、錫乃介は貸し与えられた部屋でナビと振り返りながら話をした。
あれ凄くない?俺の時代でもここまで完全に完結された共同体は無かったよ。
“驚くべき事業をこなしていますね、あのサロットルという男は。もちろん彼一人の代でやり遂げたわけではないのでしょうが。しかし、独裁とはいえ乱れた治安を統制し、まとめ上げ、事業を完遂させた手腕は歴史上のどの偉人にも劣らぬ所業です”
すげぇ電脳もってんのかな?
“どうでしょう。それ以前にヨドバシカメラやビッグカメラには数々の電脳があったと思いますが、現在までメンテナンスもせず使える物がどれだけあるか……”
だよなぁ。紀伊國屋の本とかで勉強したのかなぁ。
“かもしれませんね。まぁ本も100年以上も経って劣化し、どれほど読める物があるかわかりませんが”
そういや、あのプラントノイドも電脳が原因で機獣化してるわけだろ?って事は生きた電脳が結構あるんじゃないか?
“植物ですからね、自己複製してる可能性があります”
それってズルく無い?3Dコピー機すら要らないじゃん。上手く使えばこれ以上ないくらいの機能だけど。
“そうですね。生産がコントロール出来る様になれば間違いなく新たな産業となるでしょう。
新たなアプリをどうやって入れるかが問題ですが、流石にこの新宿には……いや、ありますね。工学院大学の施設ならほぼ間違い無くありますし、受電設備もあるでしょう”
なるヘソ。あの建物じゃ知らない人間はただのオフィスビルだと思って探索してないだろうしな。でも、残念エンジニアがいねえや。
“説明だけならできますよ”
なら、そのデータをさ、生きてる電脳にコピってプレゼントしてやるべ。
“ナイスアイデアですが、ずいぶんサービスしますね?”
エヴァちゃんに良いとこ見せたいからな。
“次はエヴァさんにちょっかい出す気ですか……”
ちょっかいだけよ、ほんの出来心だ。
“出来心は前もって言う単語ではないです”
それはいいとして、話しは変わるけど。
“はい”
ケルン大聖堂、新宿中央公園、千駄ヶ谷料金所、それから先日バリケードが破壊された時、全てプラントノイドが群れを成して襲ってきたよな? あれどう解釈する?植物同士にコミュニケーション能力があったとして、仲間を集めたのだろうけど、どうやって意思の疎通とってるのか?少なくとも声や音ではないよな?
“コミュニケーションをどう定義づけるか? にもよります。聴覚や視覚で得た情報のやり取りをする事だけがコミュニケーションだと思いますか?
うんにゃ。犬は嗅覚で得た情報を使ったコミュニケーションをとる。犬だけじゃない、野生動物のテリトリーを示すマーキングは匂いだ。あれだって情報伝達の一種だからコミュニケーションだな。
“よろしい。では、話がわかりやすいと思います。
結論から述べますと植物はコミュニケーションをしています”
やっぱりな。
“植物のコミュニケーションの研究は、実は錫乃介様のいた時代2,000年代から盛んになってます”
へぇ、そうだったんだ。よく、植物に話しかけると育ちが良くなるとか、悪口言うと枯れるとか言われてたな。
“そんなオカルトじゃありません”
オカルトかーい。
“オカルトですよ。耳があるわけじゃ無いのに。それが本当ならアメリカに植樹されたソメイヨシノはバイリンガルってことになりますよ”
それはそれで面白い。
“まあ、ネタとしては”
そのソメイヨシノが日本に戻って来たら、なんか上から目線だったりしてな。
“他の桜に煙たがられたりして”
そうそう、「ヘーイ、そこのダンデライオン!ミーはチェリーブロッサム!ゴートゥーカッフェしない?」とか言ってきて。
“トニー谷かルー大柴か、ですね”
古っ!
“話を戻します。植物のコミュニケーションは化学物質の伝達で行われているこたが、2010年代には既に明らかになっています。最も可能性が指摘された最初の論文が出たのは1983年ですけどね”
ほっほぅ、無理矢理戻したね。それで?
“草花を剪定した後、特有の匂いがするでしょう?あれが植物のコミュニケーション能力の一つなのです”
青臭いやつ?あれが?
“はい。植物にとって自分の体を食べられるのは好ましくありません。ですので体を傷つけられた時にでる匂い物質が、自分の体を食べた害虫の天敵を呼ぶという研究があるのです”
成る程ね。でもそれだけじゃ信憑性は薄く無い?
“何も害虫を呼ぶだけではありません。体を食べられた個体の周りにある草も似たような匂い物質を発生させているそうです”
周りの草もか。それは何で仲間が食われたってわかるんだ?
“植物は鼻はありませんが、匂い物質を捉える器官があるからです。それだけではありません。根っこ同士で化学物質の伝達を行なっていた事も判明しています。それによって、害虫に被害があった個体の周りの植物全体に情報が行き渡っていることがわかっています”
はえ〜それは確かにコミュニケーションと言えなくもない。
“他にも、イモムシに食べられた後、自分の体を固く不味くする植物も発見されています。更に食べられた個体は周りの植物に匂い物質を飛ばして情報を拡散。その一帯全体の草を固く不味くするのです。そしてイモムシはどうなると思います?”
え?餓死?
“そこまでいきません。いえ、むしろもっと酷いです。植物の葉は食べられなくはないんです。固くて不味くなるだけ。それを食べていたイモムシは草を食べるのをやめ、別のイモムシと共食いを始めるそうです”
ひぇっ!何で?
“他のイモムシの方が柔らかくて美味しいからです”
餓死よりもその方が害虫減るよな。それって防衛と攻撃を一緒に始めてるってことだよね?草が?すげぇな植物。
“もう一つオマケに、コウモリの超音波を使ったコミュニケーションにも干渉する植物が発見されています。その植物はコウモリを呼び込むことで、その糞を自らの養分としているそうです”
し、知らんかったことばかりだな。そりゃプラントノイドも仲間呼べますわ。合体してデカくもなりますわ。
“自分達の住処を荒らす害虫を、排除しようと進化しているのでしょうね”
害虫扱いか。ま、お互い様だ。これは植物と俺ら人間の生存競争なんだからな。いや、戦争だな。こればっかりは勝ちを譲る訳にはいかね〜よな。
と、話も終わりかけたところで、緊急アラームと放送が入る。
「プラントノイド侵入!!」
シェスクの声が地下街にこだました。
フラグっちゃったかなぁ。
“フラグりましたね”
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