仮題 立ち登る 砂の蒸気は どこへ消えゆく

もう大砲全部レールガンでいいんじゃね?


 パンツァーイーター討伐から三日後。



 「そんなわけで、新宿にハンターユニオン支部を立ち上げるために動かないといけないんですよ」


 「確かにそこまでの案件ですと本部に掛け合わないといけませんね」


 「だからさ本部があるっていうサンドスチームに乗りたいんですけどね、アレどうやって乗るの? どっかで乗船券でも売ってるんですか?」


 「いえ、アレは元々ポラリス様の指揮で建造された陸上巡洋戦艦です。移動要塞と言っても良いでしょう。目的は主にこの世界での交易と巡視で、乗船はユニオンや軍部の許可を得た幹部職員の他トレーダーだけです。

 船全体がオーバーテクノロジーの塊なため、一般人は簡単には乗船出来ないようにしていました」



 木目調の不思議な石のカウンターを照らすダウンライト。酒が並ぶ棚は下から青白い間接照明が怪しく光る。光と闇が織りなす店内のカウンター内では1人の老齢なバーテンダーが立ち、近頃ひょんなことから常連となった中年の男ーー錫乃介の相談にのっていた。

 BAR『万魔殿(パンデモニウム)』の店主ジョドーは、この男自身の人懐っこさもあるが、ポルトランドを守るために共に戦ったこともあり、妙な絆を感じていた。



 「ま、そんなとこだろうとは思っていましたよ」


 

 右手に安物の赤ワインが継がれたグラスを持ち、左手にはウォッシュチーズ、蜂蜜漬けのクルミ、生ハムのカケラがクラッカーに乗ったフィンガーフード。

 謎の小魚のオイルサーディン缶詰をそのまま缶ごとオーブン焼きにして、ドライトマトにエシャロットとニンニクをみじん切りにした物をあしらった逸品。

 茹で上げたスパゲティにガリガリした海水塩の粒がたっぷり入った発酵バターをあえただけの素パスタ山盛り。

 これらを頬張りつつ、錫乃介は話を続けていた。


 

 「で、現在はどういう基準で許可が出るかわからないってとこですか?」


 左手に持つフィンガーフードを齧りつつ問いかける。

 ウォッシュチーズは酒や塩水でチーズの表面を洗って発酵させた、納豆の様な臭みのあるチーズだ。とても癖はあるが、旨味が濃厚で強く、ワインやウィスキー、ブランデーに良く合う。錫乃介はこの癖のあるチーズが大好きで、今夜はダメ元でジョドーに聞いたら、たまたま仕入れていたとの事で、小躍りしながらコレを食べていた。



 「ええ、そうです。私共の手を離れてから随分と時が経ちましたので、どう乗船許可を出しているのやら……」


 「ジョドーさんなら一筆書けば乗船許可出るんじゃないですか?」



 安物赤ワインでフィンガーフードを流し込むと、オイルサーディンに手を付ける。オイルサーディンは通常イワシ類をオイル煮にした物だが、この世界のオイルサーディンはイワシに限らず色んな小魚をごった煮にしてオイル漬けにしたものだが、コレがなかなか魚の旨味が効いてイケる。



 「機獣津波の件もありますからね。でも軍はまだしもユニオンの方には私の顔では効果が無いんじゃないですか?」


 「それなら大丈夫。この街のユニオン支部長の首はもう抑えてますから」


 バタースパゲッティをモリモリ食べながら、得意気にする。


 

 「それはまた、どういった経緯で……」


 「この前話したマリーってオバハンがここの支部長の弱味を握っていたんですよ。これで軍からも口きいてもらえば、向かうところ敵無しじゃないですかね」


 「悪い人ですね、相変わらず」


 「1,000万cかかってりゃ、悪くもなりますわ」



 バタースパゲッティを全部たいらげ、赤ワインも飲み干し、ワインのおかわりをもらう。


 

 「あと、あのサンドスチームについて聞きたいんですけど、あのバカでっかい船どうやって動かしてるんですか?」


 「あの船は受電設備を備えているだけでなく、冷却水を必要としない核融合炉に蒸気タービンを動力としています」


 「ほ~ここで核融合炉が出てきたかぁ」


 「はい、この時代ではポラリス様にしか建造出来なかった物といえましょう。」


 「創造主かよあいつは……なんかすんごい大砲もありましたよね?」


 「はい、主砲80サンチ砲ですね。おそらく、いえ間違いなくこの世界最大でしょう。それから副砲46サンチ三連装砲塔2基、15.5サンチ連装砲塔2基、88ミリ高射砲8基、対空砲機関砲機関銃無数。主たる砲塔はすべて電磁加速砲です」


 「…………ちょっと言葉が出て来ないんですけど。主武装全部レールガンだってぇの? やり過ぎでしょあの女」

 

 「否定できませんね。それからスペックを申し上げますと。総発電量1,000万キロワット。全長525メートル、全幅98メートル、総重量35万トン、載貨重量80万トン、主機出力50万馬力、乗員8,000名、最大速度時速30キロ……こんなとこでしょうか」


 

 でかさだけでも俺がいた時代にはそんな船なかっただろうな。


 “仰る通り、錫乃介様がいた頃でも『ノックネヴィス艦』というタンカーが世界最大で、全長458メートル、全幅68メートル、載貨重量56万トンでした”


 お、いい線いってるじゃん。縦に並べたら東京タワーよりデカいって並じゃないよそれ。



 「成る程ね。サンドスチームの異常さはよく分かりました。でも、そんな最強無敵の船じゃ、変な奴に乗っ取っとられたりしたら世界征服されちゃわない?」


 「ええ、なのでこの船ではポラリス様が開発した人工知能が意思決定機関になっているのです」


 「それって人間に反乱起こしたりしないよね?」


 「ポラリス様も人工知能が反人間になる可能性を組み込むかどうか悩んだそうですが、流石にそこは理性が勝って止めたそうですよ」


 「あっぶねぇ女だな、そんな2001年なロマンいらねぇし」


 おかわりでもらった安物赤ワインを飲み干すと、チェックを頼む。


 「じゃ、俺はそろそろ行きますよ。っとその前に一筆お願いしますよ、乗船許可の推薦文」


 「私ので役に立ちますかね?」


 と言いつつ、懐より取り出したカランダッシュの万年筆でサラサラと推薦文をしたためる。


 「サンキュー! これで乗船許可はもらったも同然ですよ」


 

 お礼を言い会計を済まして店を出ると、その日はサウナに入って宿に向かう。

 パンツァーイーター討伐の報酬が残っていたので、必要物資を買い込み弾薬の補助をしてもなお、懐は多少は暖かい。

 ポルトランド周辺の雨季はまだ終わっておらず、一回降り始めると池が街のあちこちにできるレベルなため、外でのテント生活は無謀にも等しい。そのため大人しく宿住まいである。とはいえ以前も泊まった『メイドインヘブン』は一泊200cと高級ホテルであったためそこは避けた。


 街の工業地帯側に少しばかり離れた地域に廃車を再利用した『野積み峠』という名のカプセルホテルがあり、錫乃介はそこをしばらくの間常宿とすることにしていた。

 スクラップとなった乗用車や特殊車両が無雑作に野積みにされているここは、いっけん見た目は廃材置き場のゴミ捨て場だが、そこにある明かりが灯る車は全て宿である。


 錫乃介が借りているのは小型のワーゲンバス風にカスタムされたスバルサンバートラックであった。タイヤもエンジンも無いが、雨風はしっかり凌げるし、シートは取っ払ってあるので意外に広く横になれる。電気はきているので、エアコンも照明も問題ない。外から丸見えだが、カーテンを閉めればプライバシーも無問題。立ち上がれないとか、隣でカーセッ○スしてるのが丸聞こえとか、逆隣ではモックモクに外まで煙がでるまでマ○ファナを焚いていたりとか、しょっちゅう怒鳴り声や銃声が響いてたりとか、やたらアル中が多いとか、細かい事さえ気にしなければ快適な事この上なかった。何と言っても一泊20cという安さの魅力には勝てなかった。


 

 “まだお金あるんですから、雨季が過ぎるまでもう少しマシな所に泊まれば良いじゃ無いですか。精神衛生的に最悪ですよここ”


 いーのいーの。考え様によってはここだけサイケでヒッピーでウッドストックみたいじゃん。俺あの時代の曲好きだしさ。ボブディランとかジャニスジョプリンとかジミヘンとか出てきそうじゃん。


 “どーいう神経してるんですか、あなたは”



 それよりさ、軍の方はこれでいいとしてさ、タヌ山支部長のやつ明日どうイビってやる?裏帳簿の事だけじゃなく、他にもマリーから色々聞いちまったしよ、楽しくなりそうだぜぇ。


 “今まで一番ゲッスい笑顔してますね”


 そりゃそうよ、俺を陥れた罪をとくと味わうが良いさ。


 “あの人には廃ビル探査を押し付けられたくらいで、そこまで酷いことされてないんじゃ……”


 良いんだよ、おれを1000万の連帯保証人にさせやがったドンチャックの分、あいつにユニオン支部長同士の連帯責任としてまとめて味あわせてやるぜ。



 “あーあ、変な人に絡まれちゃった”

 



 あちこちの廃車から奏でられる様々な美しいノイズを子守唄に、錫乃介は明日の復讐という名の八つ当たり陰謀を脳内に張り巡らせ、安らかに眠りにつくのであった。



 残金11,080c

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