ワン・ナイト・ラブ

残金3,145c


「錫乃介!」


 クーニャンに着いてからハンターユニオンで情報を仕入れていると声をかけるものがいた。ウェーブのかかったブラウンショートヘア。黒いピタッとしたパンツスタイルにチューブトップのグラマーな曲線美が美しい肉体にダークブラウンのサマージャケット、黒縁眼鏡のアッシュだった。眼鏡にヒビは入っていなかった。

 なんでもショーロンポンのマフィア同士の抗争が落ち着きが見えたのにも関わらず、また新しいマフィアが生まれてどうにも治安が改善しないのだという。

 そこで、自分がクーニャンのマフィアを壊滅させたからもう大丈夫と、弟を連れてこちらの街に引っ越して来たのだそうだ。



「自分が壊滅ねぇ……」


「ほ、ほら、嘘はいってないじゃない?」


「まーねぇ」


「そ、それよりさ、約束覚えてる?」


「なんだ、蟹か? 話したくない相手と飯食わなきゃならない時の定番な」


「そうそう、ほらこの前はアレだったじゃん?」 


「まあ、いいけどさ。どうせ食べ行くつもりだったし」


「よし、じゃあまたあの店にリベンジマッチね」


「大丈夫……だよな? もう俺賞金かかってないよね」


「なんにもないから大丈夫!」




 というわけで以前来た海上の木造船が個室代わりのシーフードレストランに再訪する。

 ちょうど時刻は日没前で夕焼けの灼光を揺らめく波が乱反射してレストラン一帯を彩る。どこかモノトーンな風情を錫乃介が感じるのは、どことなく過去東南アジアで見た海上レストランの記憶のせいか。


 少々警戒しながら席に着き、ドリンクからオーダーまで手慣れたもので速やかに行う。半円形のソファー席にアッシュは膝が触れ合うほど近くに座って来たが、そのことはスルーして普段通りの会話が始まる。



「どうだ稼ぎは?」


「何にも変わらない、カツカツ」



 そこそこの白ワインに口をつけながら、物憂げそうに答える。



「賞金はどうした? まさかギャンブルに──」


「使ってないから! 引っ越しに使ったの!」


「どーだか。ぜってー使ったべ1,000cくらいな」


「そ、そ、そ、そんなに……そんなことない、よ」 

  


 他愛もない会話を時折しながら夢中で蟹を割り、脚をもいで、身をほじくり、ガツガツと二人は食を進める。

 なんとなくアッシュの距離が近くなってきているのは気のせいかと思いながらも、白ワインをガブガブ飲む。



「蟹追加するか?」


「とーぜん! あと、蟹のパスタと蟹リゾットに蟹チャーハンに土鍋蟹飯に蟹寿司」


「よしきた! オーダー追加!」


 それから、どれほど食べただろうか、カニの残骸が惨たらしくテーブルを埋め尽くしている。

 食後のデザートワインを傾けながらアッシュはますます近くに寄り添い、たまに肩にもたれかかったりしてきている。錫乃介も悪い気はしないし、今晩いけるのかな? くらいの期待は芽生えていた。

 甘い雰囲気が船内を包む中、ふと思い出したのか弟の分だといってカニ弁当を注文していた。


 

「そのアッシュの男への弁当も俺もちなわけ?」


「これくらい払えるもん。それに男じゃなく弟だって」


「これくらい、ってことはそれ以外は奢ってね、って言ってるようなもんじゃーん」


「そこはーほら、ね、前回結局奢ってくれるって話しが流れちゃったしさ」


「俺の全財産と共にな〜」


「それはいいっこなしで。そういえば錫乃介のものすごい借金ってどうなったの?」


「無理矢理話題変えたな〜 まあ、なんとかなるかな。1,000万cならサンドスチームで一回交易すれば完済余裕だよ」



 アッシュはピッタリと付き、腕は絡めて、顔は互いの息がかかり、潤んだ瞳で見詰め、幼女バーチャルアイドルみたいな媚び媚びの声になる。



「2回目以降の利益は、錫君にもいくの?」


「錫君? ああ、歩合は決めてないけど貰える予定だな」

 

 その言葉に、絡めていた腕を錫乃介の首に回してくるアッシュ。チューブトップの隙間から見える谷間が眩しい。



「ねぇもしかしてぇ、錫君はお金持ちになっちゃうの?」


「え、あ、ま、まぁ、そうなる……かもな?」



 期待していたよりも積極的な行動に出られさすがの錫乃介も動揺して答えがつまる。それは、アッシュの眼に黄金に輝くcの文字が浮きでた瞬間でもあった。



「錫乃介! 結婚しよ!」 



 錫乃介が言い終わらぬ前の結婚宣言。その言葉と共に首元に抱きつかれて目がくらみそうになるが引き離す。



「アッシュ目が金! cの字ギラギラ出てる!!」


「そりゃ、私2,000cの賞金のためにあなたのことマフィアに売ろうと狙った女よ、それくらい当たり前じゃない!」


「ナチュラルに言い切ったよこの女!」


「さ、結婚するのよ!」


「そんな危ねえ女と結婚できるか! だいたいお前男いるだろうが!」


「まだそんなこと言ってるの? 弟だって言ってるでしょ。なんだったら今からその弟に結婚の報告行くわよ!」


「は? マジで弟なん? でも結婚なんて冗談じゃないよ! 俺まだ女遊びいっぱいいっぱいするんだから! 各街に愛人作るんだから」


「んーと、ちょっと嫌だけど我慢する。いいよ5人までなら許す! だから結婚して、夫婦共同口座つくろ!」


「少しは金のこと隠せーー! ホラ弁当来たぞ、これも奢ってやるからとっとと帰れ!」


「いいじゃーん。エッチなことさせてあげるから〜結婚しよー」


「そ、その申し出は揺らぐ! 凄い揺らぐ! くっそぅ!! だがな! 結婚すんのに、エッチが特別ご褒美っておかしいだろ! あぁーーちくしょう、もったいねえなぁ! いいから可愛い弟が待ってるんだろ! ホラ行け行け!!」



 それから駄々を捏ねるアッシュを説得できずに、それじゃあ弟に挨拶を、の体でアッシュの家まで行ったあと、中に入る前にスタングレネードを投げつけ、逃走を決め込む錫乃介の姿がいたとかいなかったとか。



 「くそっ! あと一歩だったのに! 次は逃さないからね、玉の輿! いや、錫乃介!!」

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