デンデデンデン♪

 魔境新宿の成立は神の悪戯としか思えなかった。


 新宿には世界中のツインタワーが何故か集約された。


 当然その中には世界中の人種がいた。


 当然様々な言語や思想や文化を持っていた。


 当然善人ばかりではなかった。



 当時ラテンアメリカ麻薬王ゲーラは、ベネズエラの首都カラカスのパルケセントラル・ツインビルを拠点に活動していた。

 ゲーラの父親は反米の政治家であり、当のアメリカからは麻薬カルテルの総元締めと糾弾された人物であった。

 ゲーラもその血と組織を色濃く受け継ぎ、より組織を拡大すべくその手腕を遺憾なく発揮していた時、グラウンドスクラッチは起きた。

 混乱が世界を包む中、新宿も例外なくあちこちに出現したツインタワーやツインビルに人々は仰天していた。

 ゲーラはその中でも一人冷静に事態を判断し、手勢を率いて武力とドラッグによって新宿の掌握に乗り出した。


 新宿を根城にする日本のヤクザや、大陸系のマフィアは勿論抵抗し、当初激しい勢力争いが行われたが、いかんせんゲーラは一個大隊相当(500〜600名)の兵力を持ち、その武装も各自最低自動小銃を装備しているレベルであったため、新宿側の反社会勢力は為す術なく、その組織下に置かれる事になった。

 

 新宿を支配下にしたゲーラは、手始めにケシ畑の製造に着手するという麻薬王の名に恥じぬ行動を起こす。

 新宿にある公園という公園にケシ畑を作るだけでなく、植物に電脳を組み込む事によって、管理せずとも自ら育ち大量にアヘンが採れるケシの開発に成功する。そして、アヘンを元に、コカイン、モルヒネ、ヘロインを製造する労働力として、植物型のヒューマノイドも開発した。

 新宿には多くの自家発電を持った病院、オフィス、工場があり、更にスクラッチによってもそれら麻薬の研究開発に利用できる施設や人材が新宿に出現していた事が、人々にとっては不幸にも、そしてゲーラには幸いしてしまったのだ。


 新宿で頂点を極めたゲーラはその後お約束だが、地位を羨む者によって暗殺される。カリスマ的な頭を失ったことで組織は一気に内部崩壊。

 管理を外れたケシや植物型ヒューマノイドは自らを繁殖させ、それを止めようとした人々を自己防衛の為に襲い始めた。

 

 新宿は熱帯気候の地に転移していたため、植物達の繁殖の勢いは止まらず、人間達は日の当たらぬ地下に追いやられながらも、細々とその血を繋ぎ今に至るのであった。

 

 言うまでもなく、植物型ヒューマノイドは、錫乃介が呼ぶ“苔人間”の前身である。進化を遂げ、人の死骸に寄生することで一族を増やす能力をもったのだ。




 “と、まぁこれがスクラッチ前後の情報を分析して出た私なりの答え、いえ考察です”


 なげぇよ!

 それはそうとして、麻薬カルテルは壊滅したんじゃないのか?


 “と、推測していました。ですが”


 なんで、俺たちホールドアップしてんの?


 “人質とられちゃいましたから”


 「シンディ〜なにしんてんの〜」


 

 コブラの中にいるシンディには両サイドから拳銃が突き付けられている。

 持っているのはボロ布を巻いた格好をした少年であった。ホームには12〜3歳くらいの拳銃で武装した子供八人と年長の15〜6歳が一人

 駅構内に入って程なくして、山下が錫乃介と話し合う為に錫乃介の元に近づいて行ったところで、明かりが付いたと思ったらこの状況であった。



 “トレホマシンピストルですね。メキシコの名銃ですよ。拳銃なのに一分間に千発以上も撃てる速射力がありますのでご注意を”


 へいへい情報ありがとござんす。


 

 「山下さーん、教育甘いんじゃないですか〜」


 「面目ねーが、アイツには血生臭い事からは離れて欲しくてよ」


 「相棒にしてるくせに」


 「なかなか親離れしなくて困ってんだよ。どうだシンディは?少々お転婆だが、素直でいい子だぞ」


 「前向きに考えときます」


 ふぁーーーーーっ!

 ほらみたことか、やっぱり娘扱いだ。な、言ったろ、ナビ。マジうける。


 “ええ、残念ですねぇシンディ様”



 「何をごちゃごちゃ喋ってるんだ!貴様ら自分たちの置かれた立場がわかってるのか!俺たちを舐めるなよ!」


 一人だけ自動小銃ーーM4を持った年長の男がーーホームからこちらに銃口を向けていた。

 

 

 「山下さーん。どーします?」


 「めんどくせーな。あれがガキどもじゃ無けりゃ迷わず皆殺しにしてやるんだがな。とりあえず要求だけでも聞いてやるか。それ次第で殺すか死なすか決める。もしかしたら生かしておいてやるさ」


 山下は小声で錫乃介に愚痴る。


 おっかねーよ、この人。

 そりゃあ、ただ優しいだけじゃこの世の中生きてけないだろうけどさ。どっちが人質かわかんねーな。

 


 手を上げながら、全く怯む事なくM4の前に立つ山下。



 「この部隊のリーダーの山下だ。俺達はアスファルトという街から、この地に行方不明になったハンター達を探しに来ただけだ。お前らに危害を加えるつもりは無い」


 

 M4を持った少年も怯む事なくーーいや、気圧されながらも口を開ける。



 「そんな事はどうでもいい。早く武装解除しろ。お前らの処遇は同志達が決める」


 

 同志ときたよ。危ない香りがするな。


 “同志と呼称される人物にロクなやつが居ないのは歴史が証明してますからね”


 

 「おい、お前ら武装解除だ」



 仕方無く山下の指示通り車両から出て武装を解除していく。

 しかしこのハンター達何故か、かけらも悔しそうとか、歯痒さなどの様子が見えない。それどころか、日常的に服を着替えるかの様に、ほいほい銃を置いていく。そしてどこかニヤついている。コブラから引き摺り出された人質のシンディも何故か余裕さがある。


 

 なんなんこいつら、素直なの?


 

 少し呆れながら武器を下ろして静観していると、車から下ろされたシンディは左右から銃を突きつけられながら連れて行かれるところで、足を絡れさせて転んだ。


 それが合図となった。


 片手を地面に付いたシンディはそのまま胴回しの足払いを右の少年にかけ転倒させたかと思えば、逆側の少年に倒れた体勢から逆立ちの要領でドロップキックをお見舞いする。

 ニヤついていたハンター達もいつの間にかホーム上におり、無手のまま少年達を、ある者は腕をとり、ある者はチョークスリーパーをかけ、ある者はヒールホールドをかけ、捕らえていた。驚くべきことに、一発の弾丸も撃たせないまま、少年達を鎮圧していた。


 残された年長の男は一瞬何が起きたか理解できていなかったが、即座に気を取り戻し自動小銃M4を山下に向けて引金をひいた。

 フルオートの射撃音が鳴り響き、山下の着込む迷彩服を蜂の巣にしていく。

 

 

 山下さん!って叫んでおけばいいのかな?


 “そんな投げやりな……”


 だって他のハンターの奴ら、だーれも心配してないし。むしろニヤついてるだけだし。


 

 意に介する事なく、山下はM4の銃身をむんずと掴むと、片手で男ごと柱に向かって振り回した。

 銃を持ってられなくなった男は、投げ飛ばされ柱に背中から激突し、首倒立の状態でずり落ちる。


 「あんまり着替え持ってきてねえんだから、ボロボロにすんじゃねえぞコラ。それから俺を殺るなら頭を狙え、少しはダメージ入るかもしれねえぞ」


 「ば、化け物め……」


 「褒め言葉だな」


 ぶっ!と男は血を吐き、両手を地面に付いてなおも立ち上がる。まだ戦意は失ってないようだ。


 「そう来なくちゃな」


 と言って山下はM4を錫乃介に向かって放り投げる。

 左胸のホルスターから拳銃を取り出した男は山下の顔面に狙いをつける。



 「そうそう、頭だ頭。ちゃんと脳天狙えよ」


 「死ね!」


 と叫んで、トレホマシンピストルの全装弾数二十発をこれまたフルオートで全弾撃ちつくす。

 もちろん山下に効くわけない。男に向けて差し出した片手の掌で全て弾いていた。


 「馬鹿かおめぇは、ライフル弾が通用しない奴に拳銃弾が効くわけねえだろ。よっと!」


 と言って裏拳で男を薙ぎ倒した。

 吹っ飛ぶ男はとうとう戦意を喪失したのかうつ伏せに倒れ、山下はその背中を踏みつける。


 「俺を倒したけりゃ戦車砲でも持ってくるんだな」


 なんか、アイツ可哀想になってきた。どっちが悪役かわかんねえなコレもう。山下さん完全にターミネーターじゃん。


 

 「山下さん一応聞くけど、撃たれて大丈夫なの?」


 M4を肩に担ぎながら、山下と男の元に近寄り、念の為聞いてみる。


 「なんだその義務的な心配は。まぁ問題ねえけどよ。昨日は醜態晒したからな、これで面目躍如ってことにしといてくれや」


 

 山下は踏みつけている男の腕を後ろにして、携帯していたワイヤーで縛る。合金のそう簡単に切れる物ではなさそうだ。



 この人倒すにはアヘンの方がよっぽど効果あるな。


 “物理攻撃無効って感じでしたね。これは皆んな余裕そうなわけです”


 ああ、巨大ケシのアヘン攻撃にはやられたかもしれないけど、人間相手には滅法強いやつらだな。


 「あの、さっき武装解除したのって油断させる為っていうよりーー」


 「ああ、生捕りにしろ、って俺らの合言葉ってか、符牒みたいなもんだ。皆殺しならこんなガキども秒もかからねぇな。

 おい!そこのカメラで見ているやつら、次はお前らだからな」


 山下は四方にある監視カメラを指差して叫ぶ。




 この人元々行方不明の捜索に来たんだよね。なんかテロリスト殲滅に作戦変わってない?


 “戦いとはそういうものです”

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