サンドスチーム編
西方浄土のアフタヌーンティー
「え〜もう行っちゃうの? サンドスチーム来るまでゆっくりしてけばいいのに」
「脅迫契約、電脳ハック、後ろからしがみつく放射性物質、そんなやつらとゆっくりできる程俺の心臓は丈夫にできてないんでね」
「まぁ、ほんの冗談だよ」
「冗談で大量の放射線ばら撒くんじゃねぇよ! 歩くデーモンコアが!」
「ただちに影響はない」
「ほざけ」
「しょうがないなぁ、また来てね!」
「二度と来るか!」
燃料などの補給をキ○イダーの店ですませていると、アンタはプロフェッサーと仲が良いのか? と聞かれたので、別に、と答る。なんでだ? と問うと、プロフェッサーはこの街で汚染された河を浄化し受電設備を管理しアンドロイド部隊で外敵と戦うなど、とても頼りにされ敬愛されていたそうだ。しかし、老齢でしばらく姿を見かけないと思っていたらアンドロイドと融合していた。それからというもの美少女とおっさんが同時に喋るもんだから、どうも絡み辛くて街の人も少しずつ疎遠になってしまったという。
「無理もねえわ。あれの正体メカロリ美少女受肉フェチのただの変態だぜ」
「受肉、羨ましいぜ……」
「は?」
「よっしゃ、俺もプロフェッサーのところ行ってくるわ。じゃあ道中気をつけてな」
「お、おう」
しばらくしたらこの街変態だらけになってそうだな。
“変態ばかりならそれはもう正常なのでは?”
メカロリ美少女受肉フェチが正常って全盛期の変態国家の日本でも辿り着けなかった領域だぜ。
“錫乃介様が知らないのは無理もありませんが、スクラッチ前の電脳を手にした日本は凄まじかったですよ”
なんか予想つくけどどうだったん?
“バ美肉なんてもう古く、アンドロイドの電脳に自分を投影させて五感がフィードバックされるのが普通に出来る様になりましたから、おっさん百合同士専用の出会いカフェなんてできましたよ。逆もまたしかり、女性が操るショタっ子同士のゲイカップルとか大人気だったそうです。更にはふたなり、ケモナー、スライムと、姿形は自由自在。ハードなプレイもなんのその。ある意味本当のファンタジー世界が生まれていたのかもしれません”
罪深すぎるだろ日本人。
“そんなもんですからメギドの炎が落ちる! なんて某宗教が騒ぎ立て、教育、人権団体からも抗議が殺到しましたが、それらの幹部が揃いも揃って変態ギルドのギルドマスターだったり、レジェンドだったりしたのが暴露されてからは誰も手がつけられず政府が規制に乗り出す騒ぎ。その規制前にスクラッチが起きましたけどね”
それじゃあスクラッチがメギドみてぇじゃねぇか。ソドムとゴモラかよ。でも、日本だけが変態じゃなかろ? 欧米だって大したもんだと思うぜ。
“欧米ではLGBT運動みたいに受肉したアンドロイドは別人格だから人権を持たせるべき、アンドロイド同士の結婚も認めようとか公民権運動ばりの騒ぎでした”
あーそっちいっちゃったかぁ。それってなんか冷めるよな。変態の話はもういいや。次の町は?
“次の街はリボルバです。ユニオンの情報によれば銃器の製造が盛んだそうです”
おっ、いいじゃんいいじゃん。なんか男心をくすぐる街じゃん。楽しみだぜ。
残金2,364c
……………………
リボルバに向かう道中、廃墟になった集落で野営することになった。というのも街道沿いをまっすぐ走っていたのだが、巨大な機獣が道を塞ぐように鎮座していたので、大きく迂回することにした結果偶然辿り着いたのだ。軽く砂嵐も起き、日も落ち始め、機獣と幾度かの戦闘をしてきた疲れもあったのでタイミング的にも丁度良かった。
砂でだいぶ埋もれていたものの、4〜5階建の廃ビル内部に入れたため、そこにテントを張る。
携帯コンロを取り出し湯を沸かして暖かい紅茶を淹れる。大地溝帯からは離れたものの砂漠に変わりはなく夜は冷える。
すんげぇでかかったな。あんなん襲ってきたら街の一個や二個あっというに消滅するぞ。
錫乃介が言うのは、街道を塞いでいた巨大な機獣だ。100メートルを超えるビルのような鉄塔を持ち、その先には20メートルを超える下手な住宅よりも大きい掘削機。見るものを圧倒する動く工場の様な化物だった。
“あれは『鉱山開発陸上戦艦エクスカベーたん』。現在確認されている陸上機獣の中で最大の大きさを誇る機獣です。賞金も8,000万cと、フライングオクトパスを超えます”
バケットホイールエクスカベーターか、前の時代で世界最大の乗り物だって聞いたことあるな。それの機獣化だな。
“そうです、かつては人類史上最大の自走車でした。元々全長225メートル、全高96メートル総重量14,000t程でしたが、機獣化した今は更に大きくなってます”
いったいどんなエンジン積んでるんだろうな。武装は?
“不明です。あの姿みたら誰も戦おうとしませんから戦闘記録がないのです。唯一わかるのは、主砲と思われる巨大な連装砲塔が推定600ミリ。放たれたところを見た人間はまだいません”
だろうな。まともにやりあえるのサンドスチームだけじゃねえか?
“でしょうね”
君子危うきに近寄らずだ。あんな化物こっちも関わらないに越したことねぇ。
淹れた紅茶にクリームのプロテインパウダーを入れてミルクティーにして飲む。錫乃介は紅茶もコーヒーもストレートが好きだが、冒険中は栄養面に気を使う。ただの気休めかもしれないが。
クリームチーズとハニーナッツをウエハースに載せて齧ると、チーズの塩味とハニーナッツの濃厚な甘さと香ばしさが堪らない。少し口内が甘ったるくなったところを無糖のインスタントミルクティーで洗い流す。遮るものはなにもない空を廃ビルのガラスが抜けた窓枠から見上げれば、夕焼けから星空に至るグラデーション。その優雅な気分はペニンシュラのアフタヌーンティーを凌ぐ。
ずいぶん遠くまで来たな。アスファルトからしたらもう数千キロは進んだんじゃないか? 三蔵法師かよ。
“三蔵法師は30,000キロと言われてますからまだまだですね”
マジかよ、三蔵すげぇな。
“ちなみに三蔵法師というのは敬称なんですよ。経蔵・律蔵・論蔵の三蔵に精通した僧侶って意味で、シルクロードを旅した三蔵法師は沢山います”
え、そうなんだ。知らんかった。
“ですから、いわゆる西遊記の三蔵法師を指す場合は『玄奘』と表記されます”
勉強になったわ。あの西遊記ってさ、三人のめっちゃ強い配下いるじゃん。
“いますね”
しかもその配下は天界の元将軍とかでさ、乗ってる馬も実は龍王じゃん。
“ですね”
シルクロードなんて楽勝じゃん。なに大変そうにしてんだよって子供心に思ってた。
“実際、作中のトラブルは玄奘が起こすことが多いですからね”
アイツさえいなけりゃ余裕でガンダーラ行けたんじゃね?
“作品の根幹から全否定ですか”
あの三人の手下って設定って桃太郎にも影響あるんじゃね?
“話が飛びますね。猿しか共通点ないじゃないですか”
いや、猪八戒の豚ってまだ日本で畜産化されてなくて一般的じゃなかったでしょ。
“はぁ、まあ”
沙悟浄のモデルなんて、カワイルカとかワニとか言われてるから、なおさら馴染みないじゃん。
“馴染みがなさすぎて河童になりましたね”
そうそう、だから桃太郎書いた人は西遊記読んで、ちょっと俺も書こうって、馴染みある獣であの作品書いたんだよ。
“強引すぎる説ですね。両作の成立が西遊記16世紀で桃太郎16世紀前後ですから絶対無いとはいえませんが、まあ違いますね。犬猿雉は鬼を示す丑寅の方角の反対側が戌申酉だから、という説の方が説得力あります”
違うかぁ、と一人戯け気味に両手を挙げたアクションをしつつ傍に置いてあるアサルトライフルAK308を手元に近付ける。外はとっくに日が落ち暗闇の世界だ。
“獣型三体、いずれも小型です”
携帯コンロの火を消すと、廃墟の壁に位置を変え、片膝を着きいつでも射撃に入れる体制をとる。暗闇の砂の起伏でターゲットはまだ視認できない。
へへ、旅のお供に丁度良さそうじゃねえか。団子食わして手下にしてやろうか。銃弾という名の団子をな。
“情報を訂正します。三頭のうち二頭は大型犬サイズです”
早く逃げようぜ!
“こうも人って豹変できるもんですかね?”
野良犬くらいだと思ってたから……
“今からだと突入されたらジャノピー乗り込む前に餌になるだけですよ、腹括って下さい。さ、構えて”
ひぇぇ……
“ゴ……「ワン!(待て)」
ナビが先手の合図を上げるため息を吸い込んだ(もちろん本当に吸ったわけではないが)瞬間聞こえた声は、前方の三頭から発せられたものだった。錫乃介は躍り出ようとしてずっこけた。そして再び幾度か吠える声が聞こえる。
“こちらに攻撃する意思はない、話がしたい、と言っています。いつまで砂に顔を埋めてるんですか?”
黙りねぃ、信用出来るのか?
“さて、機獣の言うことですから。しかし、危害を加える気ならもう既にやられてますよね”
違ぇねえ、しゃあない。
背嚢からランタンを取り出すと灯りを点し、こちらに来るようジェスチャーをすると、視界に入ってきた三頭は、
犬
猫
トムソンガゼル
であった。
トムソンガゼルは予想してなかったなぁ……
“私もです”
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