地下鉄を意味するメトロはメトロポリタンから来てるんだよ
新宿地下36メートル地点、サロットルに先導され錫乃介とシンディは辿り着いた。
装飾用の壁面は剥げ落ち、あちこちクラックは見られるも130年たった今でも地下ホームは堅牢な姿を残していた。
サロットルはホーム下に降り、こちらを少し振り向く。
「ここから少し歩く」
暗闇が続く通路を線路伝いに歩みを進める。時折設置されている古びたランプが頼りだ。
錫乃介やシンディは電脳による暗視力強化で足元はさほど問題は無い。
シンディはこれ程地下深くに潜ったのが初めてなのであろうか、辺りを物珍しそうに見ていたが、すぐに飽きた様子を見せていた。
「これ、何処へ続いているんだ?しかもこの線路っていったよな。昔はこれで何かを走らせていたんだろ?」
言われて見ればこの時代に鉄道は今の所見ていない。何処かにあるのかもしれないが、少なくとも錫乃介はまだお目にかかっていない。シンディからしたら、地下街も地下鉄も歩く事が本来初めての経験なのだろう。今まで勢いとノリでここまで来てしまったが、落ち着いて周りを観察する事がようやく出来たのかもしれない。
「そうだな、地下鉄って言ってデカイ車が何両も繋がって、この線路の上を走っていたんだ。主に人だけど地上にあった鉄道は何でも運んでたよ」
「よくもまあ、こんな地下深くにこんなモン作ったよなお前の時代は」
「俺もそう思う。でも地下鉄って存在そのものは俺の生まれる更に100年以上も前だったはずだ」
“正確には1863年のロンドンですよ”
って事は今から300年近く前か。江戸時代末期には出来てたっての?すげぇなロンドン。
「今電脳で調べたら1863年だってさ」
「って事は300年近く前か!」
「そうだな、その後ポコポコ出来て世界の主要都市には必ず地下鉄があったぞ」
「何でわざわざ地下に?」
何で?ナビ。
“基本的にどの地下鉄も都市部が過密状態になり、鉄道を走らせる事が出来なくなって交通機能が麻痺し始めたからです”
成る程。ナビの受け売りそのままシンディに説明する。
「ふーん。錫乃介の時代はそんなに発展してたんだな。ま、この新宿見ればそうだったのも不思議じゃないか」
「新宿は特にな。地下鉄と地上の鉄道含めた人の動きは一日で数百万人で世界一。毎日毎日何百万人もこの駅使ってたんだよ」
“新宿は2030年時点で乗降者500万人を超えてました”
「500万人だってさ」
「数が凄すぎて凄さがわからないくらい凄いな」
シンディとくっちゃべってると、サロットルが興味深々に耳がダンボになっていたのか、こちらを振り向いた。
「話に割り込んで済まないが、今の話だと錫乃介、まさか君は過去の新宿から来たと言うのか?」
立ち止まり振り返ったサロットルの目は疑惑やら訝しみやら好奇心やらが満載であった。
「新宿からっていうかスクラッチ前の日本から飛ばされて来たんだよ。新宿は家も近くて映画館とかショップとか遊ぶ場所沢山あったからしょっちゅう彷徨いていた。そういや言ってなかったな」
サロットルは左手でこめかみを押さえている。動揺しているのか、先程まで銃を突き付けられても平然としていた男がだ。
「なんてことだ……一体どうやって過去から?」
「知らんよ。気付いたらこの時代に飛ばされていたんだ」
「と、到底信じられんというか、荒唐無稽な話だが……」
「まぁ、そりゃそうだよ。無理もないさ」
「錫乃介、もしかしたら新宿に何があったか、とか覚えているのか?」
サロットルは昂る気持ちを抑えながら尋ねる。
「いや、自分が遊びに行ってた場所くらいだよ。でも電脳に過去の新宿のデータなら入ってるから大概の場所はわかる。もちろん当時のだけど」
それを聞くと、サロットルはふぅと大きく息を吐くと呼吸を整える。
「私は、いや、新宿に生まれ育った我々は新宿に居ながらにして、何がこの街にあったのか、あるのか、未だ殆ど知らないんだ。かろうじて地下街から通じているビルの探索は行けるが、それ以外となるとプラントノイドに邪魔されて、思うように進まなかったため、ほぼ諦めていたのだ」
「そうだろうな。何か聞きたいことでもあったか?
「主に物資調達の為の探索先だ。供給自体は130年前に止まりその後掠奪やらプラントノイドが出現するやらがあって100年たった今、地下街近隣の物資は使い果たし、外に調達に向かわねばならぬのだが、何がどこにあるかがわからん。外に出るのも命懸けだから、気軽に調査にも出掛けられん」
サロットルは再び興奮気味になってきているようだ。
「食料品が欲しいのに、電化製品ばかりだったり」
「あ〜それヨドバシとかビックカメラね」
「飲食店かと思えば、酒とドレスしかなかったり」
「あ〜歌舞伎町のキャバクラかな」
「医療品が欲しくてに、命がけで調達に向かえばアパレルだったり」
「あ〜それ東口辺りね。医療品欲しいのに衣料品ってな」
「だいたいこの辺りはなんでどこもかしこも服屋だのカバン屋だのばかりなのだ!しかも女物ばかり!」
「スルーすんなよ。昔からデパートとか商業施設の六割はレディース物で三割が飲食店って相場が決まってんだよ。女を呼び込まなきゃ商売にならねえんだよ」
「あんな、服とカバンばかりどうする気なのだ女は!」
「アイツ等の服とカバンとあと靴な、ファッションに対する欲望は底抜けだぜ」
と、そこまで言ってサロットルと錫乃介はシンディの方を見る。
「何でアタシを見るんだよ!何にも持ってないだろ!」
「でも、シンディちゃんもあれだぜ、服とか靴とか選び放題になったら凄いぜ、キャーキャー言う様になるんだぜ」
「ならねえよ!」
「なるんだなコレが。女の本能なんだよ」
「ならねえって!」
「この街の女どもは凄いぞ、服だけは山ほどあるからな。毎日飽きずに仕事が終わればファッションショーをやってるそうだよ」
「女からしたらある意味夢の国だな」
「だからアタシはファッションになんて興味無いって!」
暫し三人でやいのやいのやってたが、サロットルはハッとして本来の落ち着きを取り戻す。
「いかん、つい興奮してしまった。つまり、今まで物資調達も命懸けの探索で大変だったのだ。それが錫乃介の登場に一気に楽になる」
「あ〜でもそれも終わるぞ。俺が持つ新宿の古いデータも必要なくなる。新しい地図を作れ。どうせスクラッチでぐちゃぐちゃなんだ」
「そうだな。よし、着いたぞ」
錫乃介達はたどり着いたのは、大江戸線『都庁前』であった。
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