カーリマン再び

 二面のプラットホームに四本の線路。都営大江戸線の二面四線の起点駅『都庁前』に辿り着いた錫乃介を待ち受けていたのは、薄暗い中で鈍く光る角張ったストロベリーレッドのボディ。そこに白い一本のラインを持つ電気機関車が己の存在を誇示するかのように鎮座していた。

 その背後には数両の列車が連結されている。そして、それぞれの車両には機関銃、機関砲、更には数十ミリはあろう戦車砲まで搭載されている武装装甲列車となっていた。



 「うおぉぉぉぉぉ!!!!武装列車だとぉ!!!!ロマンだーーー!!!」



 『都庁前』駅中に響く錫乃介の絶叫。その列車の姿を見た錫乃介は一瞬地面の方を向いたかと思うと、拳を握りしめて肘を脇腹に付け天井を見上げながら咆哮をあげる姿は、まるでスーパーサイヤ人に覚醒したかの様であった。



 「いきなり叫ぶんじゃねーよ!ビビっただろうが!」



 と、シンディは本気で驚いた様子で、力いっぱい錫乃介の頭をはたいた。


 

 「ぶへっ!いや〜失敬失敬。つい我を忘れてしまった。いや〜すげぇなぁ。武装列車生で見られるなんて、写真か999でしか見た事なかったのによ」


 「999?」


 「ああ、俺の時代の漫画でな、宇宙を蒸気機関車で旅する話なんだけど、その中に出てくるんだわ。三連砲塔が屋根両サイド底の四箇所に付いていて、そりゃあ格好良くてさ、ちょっとしか出て来ないんだけど、子供心に鮮烈な印象に残っててさ……」


 「ふーん」


 「興味なさげーー!」


 “錫乃介様。これは前の時代でも珍しい『東京都交通局E5000形電気機関車』日本の地下鉄史上初の電気機関車ですよ”


 ほうほう。地下鉄史上初って響きがいいね。なんで珍しいの?


 “大江戸線と浅草線の両線を直通できる牽引用の機関車だからです。早い話が車両規格が違う両線の為だけに製造されたので、非常に数が少ないんです”


 鉄道マニア垂涎の一品だな。


 “連結されているのは『東京都交通局12-600形電車』いわゆる大江戸線の電車です”


 これは、見たし乗ったし、でも武装されててポイント高し!


 

 錫乃介の興奮が収まるのを、暫し腕組みして待っていたサロットルは、いつまで経っても列車を舐め回すように観ているので、喉を鳴らし、良いかね? と、注意を促す。



 「あ、さーせん。フヒヒ……」


 「キモいなぁ……」


 

 恥ずかしそうに不気味に笑う錫乃介を横目に、少し距離をとるシンディ。



 「これが我々が密かに造り上げた武装列車『バリカタ』だ」


 「博多ラーメンかよ……」


 「私が名付けた訳では無い」


 「んで、これ凄いけどさ、どうすんの?」


 「この地下鉄の線路はカルデラ壁をぶち抜いて外界まで繋がっているのだ。だからここから新宿からは容易に出られる。もちろんこの列車もな」


 「おいおい、電車は電気なきゃ走らねえだろうが。いくら電気機関車の蓄電器でもそう距離は走れないだろ」


 「舐めるなよ。ちゃんと内燃機関車としても走れるハイブリッド機関車なのだ」

 

 「マッジかよおい。こんな設備がない所でようやったなぁ」


 「エンジンや武装は表から来るハンターの武装車両を拝借してな。列車の整備場は新宿で多く見つけられたので、そこからどうにか改良を重ねていってな、線路上だけでなく道路も砂地も走行でき、ハンドル操作で自由な方向転換も可能にしたのだ」


 

 サロットルが指差す所は、線路にかかる車輪の台車には無限軌道も搭載されていた。



 「大したもんだぜ。腕の良いメカニックがいるんだな」

 

 「ああ、優秀だ。粘り強くよく働く」


 

 そんな話をしていると錫乃介達が来た方角が俄に騒々しくなってくる。

 来たか、とサロットルは呟く。

 暗闇からは拘束された幹部達が少年兵に連行されてこちらに向かって来る。

 幹部達の怒鳴り声や叫び声が時折り上がるが銃声と共に静まり、そして罵声や泣き声が上がると再び銃声が鳴るのを繰り返している。跳弾の音も聞こえる為、当ててはいないようだ。



 「危ねえな、跳弾が俺の耳元通ったぞ。なんだよアホ幹部共なんか連れてきて……そうか、外に捨てるのか。」


 「そうだ。遠方に捨て、もしここまで戻って来れたら助けてやる」


 「砂漠のカーリマンかよ……」


 「何だそれは?」


 「そういう話が俺のいた時代にあったのさ。罪人を罰として、着の身着のまま手ぶらで砂漠に放置して、帰ってこれたら無罪にするってな。元は砂漠の英雄が部下の罪滅ぼしの為に自らやって神に裁きを委ねた話だそうだ」


 「また漫画からか?」


 少し距離をとっていたシンディが聞いてくる。


 「そうだよ〜ん」



 戯けて答える錫乃介に、得心した表情でサロットルは頷く。


 「面白いではないか。錫乃介、ここから最寄りの街までどれくらい離れているのだ?」


 「北にエーライトっていう集落みたいな補給所があって、そこまで確か500キロくらいだ」


 「では、250キロ地点で降ろす。後はあいつら自身の生存能力次第という事にしよう。奴らにとって初めて己の力だけで生き延びる試練を与えるのだ」



 「あ〜それ体の良い事実上の死刑ね。哀れナンマイダブ」


 「哀れなのは奴らの犠牲になった者達さ」


 「それもそうか」



 抵抗する幹部を無理矢理乗せると、今度は車のエンジンらしき音が複数響いてくる。


 「山下達が来たようだな。では錫乃介、少しの間新宿を頼むぞ」


ゆっくりと列車は動き始める。


 「ああ、って俺かよ」


 「反乱分子は粗方潰せた。エヴァに力を貸してやってくれ」


 そう、言い残してサロットルは電気機関車E5000形改に飛び乗ると、レールが擦れる甲高い音をたてながら列車は徐々にスピードを上げ、暗闇を走り去って行った。


 その姿を、甲高い音が聞こえなくなるまで、暫く見送る錫乃介とシンディであった。

 



 


 「アレ、アタシ置いてかれた?」


 「マジウケる。俺なんかエヴァちゃんの事任されちゃったよ。どうしよう、あたっ!」


 「どう解釈したらそうなるんだ」



 シンディは錫乃介の軽口に思わず頭をはたいてしまうのであった。

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