男達の覚悟


 「と言う訳なんだ」


 一通りの状況説明を終えたシェスクは、司令室にあるパイプ椅子に座り、深く溜息を吐いた。



 「つまり、山下達が帰って来たはいいが分断された地下とどうやって合流するか? だな」


 「そうだ」


 

 山下一行が到着した事は僥倖だったが、USDビルと地下街は完全にプラントノイドによって分断されてしまっている。

 そこでエヴァとシェスクは錫乃介の訳の分からない発想力に、望みは薄く無駄かも知れないが駄目元で期待しないで聞くだけ聞いてみることにした。



 「何回層駄目元の類語重ねんだよ!戦況が悪ぃから覚悟して来てみれば」


 「溺れる者は藁をも掴むと言うだろ?」


 「それ掴む相手にいう言葉じゃねえから。相手を藁扱いしてる事になるから」


 「そうか、言葉とは難しいな。どうだ?何か良い案はあるか?」


 「んなもん簡単だわ」


 錫乃介が司令室に呼び出された事は置いといて、話は山下が出発した日まで遡る。



 


 滞りなく新宿カルデラを脱出する事が出来た山下は、数日ぶりの砂漠と建ち並ぶ廃墟ビルの姿に郷愁の念さえ覚えていた。



 こんな、見飽きたカスみてえな景色が懐かしく思えるとはな。たいした時間離れていたわけでもねえのによ。


 

 吹き荒ぶ風が砂を巻き上げフロントガラスを叩きつける。申し訳程度にワイパーが砂を押し除け僅かな視界が出来る。

 山下他3名のトラック乗りハンターが先導し、サロットルが乗る武装装甲電気機関車E5000形改が後に続く。背後には三両の12-600形が接続され全四両編成の異色な列車が荒野を走る。

 内燃機関を搭載するハイブリッド機関車であり、電気でも石油燃料でも稼働する優れものだ。

 

 サロットルは先程、幹部と呼ばれていた100名余りの人間達を荒野に捨てて来た。モルヒネを利用したガスにより身体を弛緩させ、抵抗すらさせずに生きたままだ。その時のサロットルの表情を山下は思い出していた。


 

 あの表情、復讐とか粛正とかそんな単純なモンじゃねえ。奴等の命を背負う覚悟の面だ……自分の命を狙った奴等のな。



 サロットルと初めて対面した時に感じた重苦しく纏うオーラの様なものの正体を山下は見抜いていた。



 あれは今まで犠牲にして来た人間達か……



 山下も多くの戦場を駆け抜け生き抜いていく中で、部下や戦友の命を少なくない数見殺しにしてきた。だからこそ感じたのかもしれない。

 

 

 戦場なんぞまるで経験ないだろうに、戦士の面してやがる。



 当然肉体的戦闘力を山下とサロットルを比べたら山下が遥か雲の上の存在だ。しかし、サロットルは謀略と奸計が渦巻く伏魔殿で戦い生き残って来た事は、山下のそれに引けをとるものではない。



 覚悟……か。最後まで付き合ってやるか。


 

 二日後セメントイテンに到着した山下達は取り急ぎハンターユニオンに向かう。

 サロットルの列車は街中を走らせるには無理があったので外壁側で待機してもらい、正規兵に見張りを任せサロットルも山下と共に同行した。


 

 「廃ビル13号棟調査に関わった行方不明者捜索隊隊長のアスファルト守備隊山下だ。喫緊にセメントイテンハンターユニオン支部長に報告したい事がある。早急に取り次ぎを頼む」


 受付のベテランの風格を持つ女性に口早に要件を伝える。


 「かしこまりました。アスファルト守備隊山下少佐ですね。緊急案件として支部長に取り次ぎます」


 「助かる」


 受付の女性は固定電話を取り二言三言やり取りすると受話器を置き、山下を支部長の元へと案内した。



 案内された部屋は奥に合金製のデスク、手前に来客用のくたびれた機獣の革張りソファと、鉄パイプを繋げた脚に合板が置いてあるテーブルというシンプルなものだった。


 デスクの前で、グレーのワイシャツとブラウンのチェックが入ったスラックスにサスペンダーを付けた50代程の男が立っていた。

 


 「よう、ドンチャック。久しぶりだな」


 「山下さん。ドンは入りませんって、ビーバーのキャラクターじゃないんですから。ただのチャックです」


 「ただのチャックだとチ○コが間から見えてそうだろ?」


 「いきなり下ネタですか、そんな事思うのアンタだけですよ」


 「いやーさ、最近年頃の女が近くにいる所為で下ネタもロクに話せなくてストレス溜まってんだよ」


 「ん?また新しい女ですか?そんな下ネタがどうこう気にするアンタじゃないでしょ」


 「今回のはちげぇんだよ。娘みたいなもんなんだよ。下品に育っちまわねえように気ぃつかってんだよ。そんな話はどうでもいいからよ、ちょっと話を聞いてくれや」



 三人はソファに座り漸く本題に入った。山下は過去には部下であり旧友とも悪友とも戦友とも言える、セメントイテンハンターユニオン支部長チャック・ドン・ボラスに、今まであったことをサロットルと共に話をした。


 廃ビル13号棟周辺のカルデラはプラントノイドと呼ばれる植物機獣に支配され調査不能なこと。

 行方不明者は絶望的なこと。

 先時代より生き残った人々がいること。

 独自の社会形態が出来上がっていること。  

 植物との戦いが控えていること。

 そのためガソリンをはじめとする物資と資金が必要なこと。


 長い話になり日は完全に暮れ、深夜と呼べる時間になっていた。



 「塩、ガソリン、はどうとでもなります。火炎放射器もいいのありますよ。それから電動ポンプって要は水を撒ければいいんでしょ、だったらすんごいのがありますよ。ただ問題は……」


 「金だな」


 二人の言葉が詰まった時、サロットルが口を開いた。


 「新宿を解放出来れば潤沢な植物資源を提供できる。それを担保には出来ないのか?」



 チャックは難しい顔をしながら受け応える。


 「勿論植物資源はこの辺りじゃどこの街も喉から手が出る程欲しい物だ。だがまだ取引の実績も無いどころか、資源の確認もしていない案件に対してユニオンは金を出せんよ。少なくとも保証人がいる」


 「私では駄目か……」


 「そうだな、新宿って街のトップと言ってもなんの信用もないのが事実だからな」


 シビアにそして組織の責任者としてチャックは言い放つ。だがそれは決して冷たく突き離すものではない。


 「山下さんなら充分保証人として合格だが?」


 「すまねぇ、俺はコブラの借金がまだだいぶあるんだ。借り入れ中の保証人は無理だろ?」


 「無理と言うわけではないが信用が薄い。他の連れて来た連中は?」


 「腕っ節は強いが金に関しちゃ宵越しの銭を持たねぇ駄目な奴等ばかりだ。それは自信持って言えるな」


 「まぁ、ハンターなんかどいつもこいつも似た様なもんだな」


 「アイツはどうだ?」


 諦めムードの中、サロットルがふと思い出したかの様に山下に聞く。


 「アイツか、意外にああ見えて堅実かもしれねぇな。おいドンチャック、ちょっとコイツのデータあるか?」


 「ああ、あるな。だがまだ未確認な内容だ。先のラスト・ディヴィジョン侵攻で、アスファルト側勝利の影の立役者だとか……」


 「むっ!そう言えばアイツ、直接聞こうと思ってたんだが、確かにその可能性は高いんだった。今のところ状況証拠しかないがな」


 「まだあるな、これも未確認だがポルトランドで起きた『機獣津波』を未然に防いだ『ポルトランドの奇跡』を起こした者の一人だとか……」


 「んだと、あの野郎一体……」


 「そして、ついた二つ名が……」


 「なんだ、人知れぬ英雄とでもついたか?」


 「『ドブさらいの錫乃介』」


 「……何したんだアイツは」


 「ポルトランドの地下用水路を全部綺麗にしたんだと。これだけはハッキリ履歴が残ってる」


 「ただの掃除のおじさんじゃねーか!」



 

 山下の叫びが深夜のユニオンにこだましていた。

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