砂漠と餓鬼と塵芥編
砂漠と餓鬼と塵芥1
膨大な量のゴミをキューブ状に圧縮するプレスマシンの轟音が響き渡る。
キューブを掴み何処へか運ぶクレーンが軋む高音域の音が空間を貫く。
金属廃材、石油製品を熱処理し融解させ変形し整形する際の猛烈な熱波が吹き荒れる。
そこはただ無機質な機械達が受けた最後の命令(オーダー)を忠実に真摯に泥臭く自らの身体が老朽化で滅びゆくまで守っていた。
彼らに罪はない。
そこで一つの命が潰えようと。
だがその命は必死にもがこうとしていた。
いまできる最大の生命力をもって叫んでいた。
その叫びに応えるように動作不良品として廃棄されたはずの一体のロボットが目覚めた。
それもまた最後の命令(オーダー)をプログラム通り忠実にこなすためだったのか。それとも自身の意思だったのか───
ギ……
金属質の軋んだ駆動音に自らの周囲を認識するためのセンサーが甲高い電子音を鳴らす。カシリとアイカメラのシャッターが開く。
ロボットは潰えようとしていた命に向かって、歩み始めた───
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
果てしなく広大で茫漠に広がる廃棄物の砂漠。砂漠を覆うようにゴミの砂漠が広がる。前の文明がわずかな時で埋め尽くし積み上げ大地の一部を支配した名残り。その文明は余りにも奇異で類稀で予測がつかず、真面目に話せば正気を疑われる事件、災害、いや天変地異が正しいだろう───によって滅んだ。大量生産大量廃棄がごく当たり前だった時代。それによって人類の文明は飛躍的に指数関数的に進歩したのは紛れもなく疑いようのない事実であるが、その残滓は酷く濃い姿を残していた。
「ズバールさん、はいこれ」
電化製品の基板や石油製品、金属製の用途不明な棒からネジ釘、それら資源に転換できるガラクタが目いっぱい入れられた、ボロ布を幾重にも貼り合わせさらにボロ布で上から補強したツギハギのズタ袋が、小さな身体の小さな手で錆びついたステンレスの作業台によいしょと背伸びをしながら置かれる。置いたのはボロ布を身にまとい、伸び放題となった焦げた飴色をした髪を手持ちのナイフでざっくり切っただけの小柄なオカッパ頭の子供だった。
それを受け取るのは、儲かった時と権利者と富裕層に愛想を振りまく時と、人の不幸を肴に真水より安い合成酒を飲む時以外、一切笑うことなく周り全てに不満がある表情しか見せない中老の女性。たるんだ喉からでるしわがれた声で、 “ん” と言ったのか言ってないのか、それともただの鼻息がそう聞こえたのかわからない程の音を出すと、ほら、とこの地に流通する貨幣となっている十数の金属粒がブリキの勘定皿に入れ渡される。食料を購入し死なないでいられる最低限度の金額だ。
「ありがとうございますズバールさん」
その粒を握りしめ元気よくお礼を述べたアクタはどこへやら駆けて行く。それを見送りもせずにズバールはニタリとした笑みを浮かべる。毎日この瞬間だけは表情が変わるのだ。他人が見たら嫌悪感を抱く笑みに。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「オドさーん!」
「んぁ、アクタか。毎度毎度飽きもせずよく来るな」
「えへへ、ごめんねいっつも見てるだけで」
「そんなに面白いか?」
「うん、すっごく!」
白熱色のライトがチカチカ灯る薄暗い空間で、精密な作業をするオドと呼ばれた職人の手元を好奇心に満ち爛々と輝く目で眺めながらアクタは答える。エアコン、テレビ、洗濯機などの様々な旧時代の家電から拳銃、小銃、機関銃といった銃砲火器、豆粒のような電脳、携帯デバイス、AI玩具、マイコン、電卓、ゲームウォッチ、新旧あらゆる電子機器が所狭しと並ぶのは朽ちた大型バス。タイヤも取り払われ走ることは不可能となった車だが、石油製品を分解精製し燃焼発電まで行う装置によって、小さな工場として生まれ変わっていた。
ジャンクショップ『オドパッキ』はアクタの数少ない遊び場だ。ほぼ毎日のように通っては店主オドパッキがなにやらいじる作業の姿を眺めている。ぶっきらぼうに応える店主の姿は黒革の厚手のエプロンを垂らしたタコ坊主だった。比喩ではなく人間よりも大きい8本足の赤いタコだ。8本の手足は器用に複数の作業を同時並行でこなす。基盤にハンダ付けをしながらマイコンのキーボードを叩き、米粒サイズの電脳の中身を専用マニピュレータでいじりながら、回転式拳銃の分解整備を行っていた。
「今日ねお金貯まったから良いもの食べるんだ!」
「そりゃ良かったな。またチンピラどもに盗られるなよ。おめぇは餓鬼なんだから」
「うん!それじゃオドさんまた遊び来るね!」
アクタは年上孤児の同業者からカツアゲをちょくちょくされていた。でもそもそも宵越しの銭はだいたい持ってなかったので、せいぜい裸にひん剥かれるくらいで終わっていた。その度にボロ布を集めてツギハギするのは大変だったがもう慣れていた。
屋台街は旧き時代に使われた細身の機関砲の銃身や、建設現場の足場のパイプを柱に防水処理すら施されていないツギハギの布を幾重にも重ねて厚手のシート状に加工したものを張ったテントが所狭しと軒を連ねている。木材はほぼない。希少で貴重かつとても高価で殆ど流通していないのだ。
店頭に吊るされ焼かれる首無し鶏のタレが焦げた芳しい薫香や、元は戦闘車の分厚い装甲板を鉄板代わりにし培養豚肉をニンニクと生姜で炒めた誰もの涎が増加生産される香りが漂う道を、あたかも罠をくぐり抜けるように銃器で武装した人の波をすり抜けて駆け足で向かうのは、全粒粉の生地を薄く焼いて植物性デミミートとミックスベジタブル型サプリメントフードを包んだピタパン風のサンドイッチを売っている店だった。このピタパンサンドがアクタにとっての次の日に食べる、要はお弁当だ。この屋台街で最低価格の商品でありながら、栄養バランスだけは悪くない───それ以外の健康に与える影響や味はまったく定かではない───食料を購入する。栄養や味で決めたわけではなく一番安いからいつもコレにしているのだ。
普段の夕食は安いだけの薄い鶏出汁に浮かんだ練り物や、人工デンプンのニョッキに薬品臭い加工チーズをかけたものを食べていたが、すこしづつ金属の粒を貯めては、それで何を食べられるか探しながら歩き周ること、美味しい不味いより散策することと、まだ食べたことのない物を食べることがアクタ唯一の楽しみだった。
日も沈み吹きつける風が次第に冷たくなっていく。先程までいっぱいにガラクタが入っていた手製のズタ袋をマントのように纏いわずかばかりの寒さ対策をする。
今日こそ食べられる!
普段であれば安いだけのお店しか行けないが少しだけ貯まったお金がある。なので思い切ってずっと食べたかった培養牛肉の串ステーキを食べることにした。一本でアクタ四日分の食費だから相当な覚悟だ。こうばしい肉の焼ける音と香りに誘われて並ぶ人達の後ろに立ち、いまかいまかとその待つ時間さえも楽しく思える。メニューにはスタンダードなステーキの他肉の重量や等級が選べたり、豚や鶏とのミックスもあった。グーグーと鳴る腹を押さえやっとの思いで肉を焼く大将に注文できたのは一番シンプルな牛のステーキだ。なけなしの貯金をほぼ全部使ったので残りはわずかな卑金属の粒だけだ。これで買えるのはこの街で一番安くて誤爆の恐れが高い空缶爆弾一つくらいだ。
焼き上がりに少し待ち受け取ったステーキは切り込みを入れられた厚めの肉が逆ハの字の串に八枚も刺さっている。先頭の一枚を口に頬張ると、すこし強めにふられた岩塩が肉の味を引き立て噛みしめる脂の旨味が口内に迸った。少しの間我を忘れて肉の味を堪能しつつ、その肉の屋台『虻虎座ブッチャー』を眺めていると、せっかく並んでいたのに、なにやら大将と言葉を交わしたあと肉を買わずに出てきてしまったオジサンがいた。
膝丈まである白の長シャツに駱駝色の綿パン、黒革らしき素材のブーツ、巨大な軍用リュックを背負い、ライフルやマチェットで武装した無精髭だらけのオジサンは少し周りの目を気にしながら笑い自嘲気味な表情を見せたあと悔しそうに悲しそうに苦しそうに感情をコロコロ変えていた。
こういう大衆の前で情緒不安定な人間というのはあまり見てはいけないものなのだが、アクタは珍しい物を見るように───珍しい物なのだろうが───観察していると、こちらと目があったせいか、先ほどとはうってかわってニンマリと、成人であればその人生経験から直感的に関わってはいけないと判断できる微笑みで一歩二歩と近づいてくる。
アクタは自分の後ろに誰かオジサンの知り合いでもいるのかとキョロキョロ見廻したがそれらしき人物はいない。そしてとうとう言葉が交わせる距離まで接近を許してしまうのはまだ幼いアクタの好奇心のせいか警戒心の無さのせいか。オジサンは目の前で立ち止まると、まばたきの合間にほんの一瞬のうちに見事な土下座をしていた。地面は砂漠の砂地とはいえ行き交う人で踏み固められた固い大地である。そこに、膝と額をゴリゴリ押し付け土下座しているのだ。
「どこのお坊っちゃまか存じ上げませんが、ここはひとつあっしのお願いをきいちゃくれませんか」
オジサンは地面にズリズリと頭を擦りつけたまま仰々しい口調で喋り始めるのだった。
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