はじめてのアコム
〜会員制BAR『パンデモニウム万魔殿』〜
カウンターに座る黒衣の貴婦人と、黒い長髪のバーテンダーがカウンターを挟んで言葉を交わしていた。
「来ないですね」
「ふふ、別に待ってるわけじゃないんだけどね」
「あの者に何か感じるものが?」
「あの人、この時代の人間じゃないわ」
「と、申しますと?」
「言葉のままよ。たぶん次元転移装置の影響かしら、どこの時代からかはわからないけど、この時代に飛ばされて来たのよ彼」
「巻き込まれた?と」
「ええ、確認してみないとわからないけど、興味あるわぁ。ふふふ」
美しい微笑みをみせながら、少しだけカルヴァドスを入れたシャンパンを口にする。
「少し、警戒させてしまいましたか?」
「どうかしらぁ?そんな人にも見えなかったけど。でも私にまた会いに来ると思ったのに、自信なくしちゃうわ〜」
「猊下の所為ではありませんよ。確かに彼は猊下に魅了されていましたから」
こんなやりとりが行われていたのは、錫乃介が留置所にぶち込まれた2日前。どんだけ、誘惑されてようと、魅力有る女性が待っていようと留置所にいたのでは来れるはずもない。
そんな事をお互いに知る由もないが、錫乃介は今、ハンターユニオンで用水路の報酬を受け取るのと、ローンの事をロボオに相談していた。
ちなみに黒衣の貴婦人は次の日も、つまり昨日も当てが外れて待ちぼうけをくらい、自分の魅了の自信を少々無くしていた事を、フォローするのにジョドーは胃を痛めるのであった。
「融資?『ハンターほっこりローン』の事ですね。それでしたら、担当はキルケゴールさんですので、詳しくは彼に聞いて下さい。はい、これ用水路整備の報酬と、ウージーの弾薬代です」
残金8,450
「キルケゴールさんが担当って、あの人尋問とかが担当じゃないの?」
「もちろんそちらもやりますが、ローンの方が仕事多いですね」
「絶対嘘も誤魔化しも効かない人が担当って、最強最悪消費者ローンじゃね?」
「大丈夫ですよ、なんてったって、『ほっこりローン』なんですから」
「何も大丈夫じゃ無いでしょ、踏み倒したら抹殺されるって聞いたよ?」
それを聞いたロボオのモノアイが、キラリと、光った、様な気がした。そんな、ハズはないのだが。
「それ、あんまり人前で言わない方がいいですよ」
「なんでだよ、だってさっき……「あんまり言わない方がいいですよ」
「え、いや…「言わない方がいいですよ」
「わ、わ、わかった。わかったから聞かなかった事にしてくれ」
「はい、キルケゴールさんでしたら、左曲がった、突き当たりの右手の部屋です」
「うん、そ、それじゃ」
「お気をつけて」
ナビ、俺消されるのかな?
“まだ、大丈夫でしょ。ギリ、セーフじゃ無いですか?”
今のでギリかよ。こえーよ。やめよっかな?でも、まだ借りた訳じゃないしな。
一応キルケゴールがいると言う部屋の前には来た。ドアには『ハンターほんわかローン』と書いてある。
ほっこり、じゃねーのかよ。グダグダだな。しかたねー、入ってみっか。
勇気を出してノックをしドアを開けると、打ちっぱなしコンクリートの殺風景な室内にデスクがちょこんと置いてあり、キルケゴールは何やら書き物をしていた。こちらに顔を向け、ニコリと笑う。
「やぁ、錫乃介さん。今日はどうしたのかな?」
「あの〜ローンの事について少々お伺いしたくてですね、借りると決まったわけじゃ無いんですが、どんなもんか相談してみたくて、参上したしだいです」
「なんだい?改まって。この前とはずいぶん雰囲気が違うじゃないですか」
ったりめーだろ!下手な事言って抹殺されたらどーすんだ。
「あの時はほら、ヤンチャしたばかりでしたから」
「そうですね、機関銃乱射してたんですからね」
「へへへ、まぁそれは言いっこなしで」
「それで、用件はローンですよね、おいくらで?」
キルケゴールの丸眼鏡が光る。
空気が…変わった…
何が腹芸出来ないだ。威圧感マシマシじゃねーか。
「いやですね、その前にどんなシステムか聞きたくてですね、金利とか返済とか…」
少し威圧感が引いていく。その間もキルケゴールは柔かな表情を崩さない。
「そうですね、金額にもよりますが、基本的には年利10%。10万借りたら、1年返済なら11万。2年返済なら12万。5年返済なら15万。それを月割りで期日までに払って貰えればいいんですよ」
無担保だとしたら案外良心的だな。
(参考までに言うと2020年の日本の消費者金融で無担保ローンだと、金額にもよるが年利15%は覚悟しないといけない。100万円を5年返済で借りたら総額150万返済になったりするんだぞ!もちろん返済の仕方やシステム、条件、会社によって色々違うが、調べないで済むにはそれに越した事はない!)
「100万借りたら?」
「100万でも変わらないですよ。基本的には5年返済でしたら150万。年間30万で1ヶ月あたり25,000返済。もちろん条件やなんやかんやで変動しますけどね」
「担保は必要ですか?」
「100万くらいになると必要ですね、錫乃介さんだったら、バイクとか」
「あんなんでいいの?」
「もちろん付いてるブローニングとかも一緒ですよ」
「とられちゃっちゃあ商売にならないんですが」
「いや、融資の時は契約書で充分ですよ。後は労働も担保に出来ます。こちらが指定するリクエストを幾つか遂行してもらうのです」
「成る程ね」
ものすごく聞いてみたいけど、勇気がでないな。でも、えーいままよ!どーにでもなーれ!
「えーと、支払い…出来なかったり、遅れたら?」
「抹殺されます」
「ひぇっ!」
「……なんて、噂が流れてますけど、そんな訳ないじゃ無いですか、常識的に考えて。担保含めてハンターの身柄が一時ユニオン預かりになります。それで、様々なリクエストをしてもらったり、ユニオンの業務をしてもらいます」
「つまり身体で返せと、単純な話だな」
「そうですよ、決まってるじゃないですか。抹殺されるのはそれでも逃げた場合です」
「やっぱ殺されんじゃねーーか!」
「そりゃあ、踏み倒しの抑止力として、多少は手荒なことしますよ」
多少ね……
「でも、私が面談すれば、逃げるかどうかすぐわかるので、最近はそういう事件もないですよ」
「そのためのアンタなんだな」
「ま、そう言う一面もあるって事で。で、いかがなさいますか?」
「借りる」
「おいくらで?」
「100万」
「用途は何ですか?」
「バイクのチューンナップだ」
「返済期間は?」
「10年」
「1ヶ月当たりの返済はおよそ16,700c払えますか?」
「最初のひと月はバイクをチューンしてるから無理だ。2ヶ月目からになるが、返済はできる」
「わかりました。少々お待ちを」
ここまで話すと、キルケゴールは資料のようなものをデスクから取り出して、何やら調べ、電卓を叩いている。
計算が終わったのか、こちらを向いて眼鏡を外す。
「では、100万借り入れで、返済期間10年、総額は180万。ひと月当たり15,000の返済。担保としてバイクとその装備一式を査定します。更にユニオンのリクエスト10件分が担保です。つまりタダ働きです」
「リクエストの内容は選択権はこちらにはあるのか?」
「無いです。ですが、フライングオクトパスを倒せとか、デミブル100体ハントしろとか、そんな無茶な事は言いません」
「例を聞いて見ていいか?
「今でしたら、農場警備、用水路整備、地下宮殿調査、廃ビル13号練探査、こんなとこでしょうか」
「つまり、他のハンターがやりたがらない仕事ばっかりって事だな」
「お察しがいいですね」
「決まりだ。やるぜ」
「ご利用ありがとうございます。それでは契約書の用意がありますので、しばらくお待ちを」
「バイクが修理中なんだ、明後日でいいか?」
「それでしたら、明後日またお越し下さい」
「了解、それじゃよろしく」
キルケゴールは再び眼鏡をつけ、デスクワークに戻る。
ユニオンを出る前にロボオの頭を叩いておいた。こちらの手が痛かった。
「おめー脅すんじゃねーよ」
「あらぬ噂を立てないで下さいって事ですよ。何もおかしな事言ってません。それに半分は本当ですから」
「じゃあ、そこまでちゃんと説明しろや。意味深な語りしやがって。ってか半分本当ってとこがタチ悪いわ」
と、クレームをつけてユニオンを後にした。
“これはまた思い切ったことしますね”
だけど、無謀な訳じゃない。コツコツやれば雑魚狩りでも1日2,000cは稼げる事がわかってる。10日やれば必要経費差っ引いてもひと月の返済額に足りるはずだ。
“楽しそうですね”
目標と道筋が明確なのと、夢とロマンと適度なプレッシャー。楽しくない訳がないさ。だけどな。こういう時って必ず目の前に落とし穴が出来んだ。
さぁ、やったるぞ!って気合い入れて一歩踏み出すと必ずだ。俺はいつもそれで失敗してきた。
だけど今回は命かかってるからな。人生折り返しに来て、漸く楽しくなって来たかもしれねーや。
“またフラグになっちゃいますよ”
へっ!ドンと来やがれ。
ドンッ!
と車に跳ねられ、空を舞う錫乃介。
ゴロゴロ地面を転がる錫乃介。
グシャッ、と仰向けに大の字で倒れる錫乃介。
“錫乃介様すごいですよ。この時代にクラシックカーですよ。『フォード・リンカーンゼファーV12 1938年型』珍しいですね〜”
なんか違うんだよな
今見るとこそこじゃないよね?
大丈夫とかじゃないの?
“でも、器用に受け身とってましたし”
なんか違うんだよな
パリッとしたスーツに丸い帽子の運転手付きのクラシックカーから降りて来たのは、見覚えのある黒衣の貴婦人だった。
「錫乃介さん、抱き締めに来ていただけるなら、せめて私が車から降りてからにしてくださる?」
なんか違うんだよな
でもそれって抱き締めていいって事?
錫乃介は大の字に寝転んだまま、顔だけ上げて、こちらを覗き込む貴婦人を見つめる。
相変わらず形容する言葉が見つからないほど、美しくてエレガントだ。
「いや、なかなか情熱的なハグが出来たよ」
少しため息を吐きながらも、クスリと笑うクラリス。その姿はまるで絵画に描かれたごとく様になる。
「変わらずユニークな方ね。さ、早くお立ちになって、皆様のお邪魔ですよ」
後ろで前でブーブークラクションが鳴り始めている。
そりゃそうだ、道路塞いでるんだからな、俺が大の字に寝てるから。
「さ、お乗りになって」
「え?いいの?」
「周りも見ずに、ボケーっと、フラフラ、飛び出して来たとしても、怪我が全く無かったとしても、運転手に全く罪は無かったとしても、こちらの不始末ですから、お詫びは致しますわ」
と、目の前に丸い黒い帽子ボーラーハットを被り、黒のスーツを着込んだ運転手が、錫乃介の顔をマジマジと見る。
「大変申し訳ございませんでした。お怪我は大丈夫でしたでしょうか?」
と心配そうに聞いてくる。
これがフツーだよなぁ。
俺間違ってないよ。
なんか最近常識が狂って来てるな、
と思いながらも、ダイジョブジョブ!と返す。
運転手に開けてもらったドアを潜り、座り込む。すんごい座り心地。何これ。昔トヨタのレクサス乗せてもらった事あるけど、あれみたい。クラシックカーなのに。
「俺そんなにフラフラしてた?」
「ええ、何か思い詰めたように、周りを見る事なく、まるでこちらの車に飛び込む様に。お話くらいなら聞きますわよ」
「いや、悩みとかじゃなくて、よっしゃ、やるぞーって気合い入れてただけなんだけどね。周り見えてなかったかな〜」
「なら、良いんですけど。お食事はまだかしら?」
「まだだよ〜今日はなーんも食べてないんだ」
「何をなさってたの?」
「ドブさらい」
「…昨日は?」
「牢屋の中だった」
「……お、一昨日は?」
「子供達に袋叩きにされて、ドブさらいして、人助けした」
「……こ、個性的な日々を過ごしていらっしゃるのね錫乃介さんは」
そう考えるとこの3日間碌なことに合ってないな。
まあ、最後美女に会えたのは、
良かったか……
悪くなるのか……
どっちだろうね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます