厄災の申し子と聖女の迷宮(原題:厄災の迷宮 ~神の虫籠~)

ひるのあかり

第1章

第1話 色白な冒険者


(外は暑いな・・)


 あまりの日差しに、なんとか日陰を探して歩こうとするが、西門から続く石畳の大通りは大きな建物が少なく、影を落とすほど軒のある家も無かった。

 一本脇へ入れば小さな商店や屋台が連なった賑やかな小道がある。そちらは、布やら何やらを張って日陰を作っているはずだった。


(でも、人混みがなぁ・・)


 とぼとぼと頼りない足取りで歩きながら、少年は青白い顔でちらと頭上の太陽を振り仰いだ。


(うぁ・・)


 これは駄目だ。

 今日は嫌味なくらいに雲一つ無い晴天だった。

 いつも、こうなのだ。

 地下坑道から出てくると、なぜか晴れているのだ。

 雨や曇りだった事が無い。


「・・ふぅ」


 よろめくように辻に立つ道標の落とした影に身を入れて、少年はひっそりと息をついた。こうなると黒い髪の毛も恨めしい。黒色は熱を集めやすい気がする。

 北へ向かえば"大神殿"だと書いてあるだけの道標だが、結構古くから立てられているらしい。旅外套の内ポケットから折り畳んだ手ぬぐいを取り出して、そっと額の汗を拭うと、同じく取り出した水筒の水を口に含んだ。

 ふと弱った視線を地面へ落とすと、餌でも見付けたのか、小さな蟻たちが忙しげに動き回っていた。


(・・元気そうだ。羨ましいな)


 道標を背に顔をしかめていると、西門の方から騎馬の一団が駆けてきた。

 大通りに限られるが、町の中を騎馬で移動できるのは、騎士位以上の身分の者か、特務を受けた従士、あるいは第二階梯以上の冒険者だけだ。


(確か・・ノイブルの、カイさんだったかな?)


 先頭の馬に乗っているのは、襟を短く刈った金髪頭の黒い魔導服姿をした女性だった。後ろにいるのは甲冑姿の壮年の男だ。名前は、コウと言ったはずだ。


(夫婦だったよな?)


 駆け抜けていった2騎を見送りつつ、少年はよろよろと歩きだした。

 途端、


「どけっ!」


 叩きつけるように怒鳴って、少年を脇へ突き飛ばすようにして、大柄な青年が走って行った。

 少年はたたらを踏んで道端に座り込んでしまった。それでなくても痩せて小柄な体である。軽く押されただけで、吹き飛ぶようにして道端まで転がっていた。そもそもが、不眠不休で7日間も肉体労働をやった後で、朦朧もうろうとして身体がふわふわと頼りないというのに。

 

「すまんが急いでいる」


 さらに一人、神殿の聖衣を羽織った女性が少年に声を掛けながら駆け抜けていった。


「・・くそっ」


 小さく吐き捨てて、少年は重たい体を引き上げるようにして立ち上がった。

 念のため、西門の方を振り返り、さらに道の端へ寄ってから、項垂うなだれるようにして歩き出した。


(なんだって、こんなに遠い所に作ったんだ)


 向かっているのは、冒険者協会の事務所である。

 もう西門からずいぶんと歩いたというのに、まだ建物が見えてこない。

 酷い話だった。

 少年は力なく首を振りながら、なだらかに上る大通りを歩いて行った。

 広かった大通りがさらに広くなり、円形の大きな広場に突き当たったところに、目指す冒険者協会の建物が建っていた。

 古びているが、石造り3階建ての立派な建物だ。

 両隣には、冒険者向けの薬や雑貨を扱う店が並び、裏手には武具の店などもある。

 なにより、建物の中には待望の日陰が待っている。

 少年はラストスパートをかけた。

 3秒間に一歩踏み出していた足取りを速め、2秒間に1歩という速度にあげたのだ。

 その効果は劇的だった。

 みるみる内に石館が迫ってきた。

 

「おっ、シュンじゃねぇか」


 不意に声を掛けてきたのは、知り合いの中年冒険者だった。確か、事務局の手伝いもやっているはずだ。


「エラードさん、ご無沙汰してます」


 少年----シュンはぺこりと頭を下げた。


「相変わらず青白い顔して、細っこいなぁ・・ちゃんと喰ってんのか?」


「ええ、食べてますよ」


「今日は何だ?素材換金か?」


 エラードが呆れたように言いながら、館の扉を開けてくれた。

 連れ立って中に入ると、何やら館内の空気が慌ただしい。


「何かあったみてぇだな」


「じゃ、おれは素材窓口行きます」


 シュンは軽く手をあげて、そそくさと移動して素材の買い取り窓口に出来た冒険者の列に向かった。


「ちょっ・・少しは興味持てって」


 エラードがシュンの袖を引こうとして、すぐに思いとどまって、やれやれと嘆息しつつ首を振った。


「しばらくアンナの店に顔を出してねぇだろ?今日ぐれぇ、ちびっと顔見せて来いよ」


 エラードの声を背中で聴きつつ、シュンは6人ほど並んだ冒険者の列に加わった。

 最後尾に立っていた3人組の冒険者の男女が代わる代わるシュンの様子を眺めて互いに視線を交わした。


「見ない顔だけど、新人さん?」


 20歳手前くらいの女性冒険者が声を掛けてきた。


「5年目です」


 シュンは疲れた顔のまま呟くように答えた。


「あら・・そうなの。私達より先輩なのね」


「はぁ?嘘だろ?」


 横に立っていた若い男がのし掛かるように見下ろしてくる。


(うざい・・これだから、協会ギルドには来たくないんだ)


 冒険者組合というのは、暴力慣れしていることを自慢にしているような連中の集まりだと、シュンは思っている。肌の合わない場所だった。

 シュンはそれ以上は無視を決め込んで床のシミを数えていた。

 3人の冒険者が何やら話し掛けようとしていたが、


「おうっ、ちょっと通せや!」


 大声で言いながら強引に割り込んできた若者を相手に喧嘩腰で言い合いを始めていた。


 ちらと見ると、先ほど大通りでシュンを突き飛ばした青年だった。


(なんだ、ノイブルって、ゴミの集まりか)


 シュンは軽く舌打ちをした。


「・・なんだよ?」


 大柄な青年がシュンの舌打ちに気づいて向き直った。


「おれの後ろが最後尾だ」


 シュンは下から見上げながら感情の抜け落ちた声で告げた。

 大嫌いなタイプの馬鹿だった。

 汚物を見る眼で青年を見つめる。

 当然のように、青年が殴りかかってきた。冒険者には、腕っ節が自慢の粗暴な人間が多い。この青年は典型的なタイプだろう。


 わずかに首筋が力み、右足をやや引きながら肩より先に二の腕を持ち上がり、握った拳を腕力で突き出して来るのが見える。

 青年の拳は立ち尽くしているシュンの顔面をまともに捉えていた。

 十五歳にしても、小柄で痩せっぽちなシュンの体が軽々と吹っ飛んで壁際に置かれていた観葉植物の鉢をひっくり返して派手派手しい音を響かせた。

 そのまま勢いよく転がって石壁にぶち当たって止まると、壊れた人形のように力なく手足を曲げたまま動かなくなった。


「・・殺りやがった」


 列に並んでいた誰かが呟いた。


「い・・いや、おれは・・」


 殴った青年が顔を青ざめさせて狼狽うろたえる。当然だが町中での殺人は極刑だ。しかも、列に割り込んでのトラブルだ。目撃者はそこら中に居た。


「あいつ、ノイブルのメンバーだぜ」


「マジかよ・・ノイブルが町で殺しか?」


「列に横入りして殴り殺したぜ」


 青年の所属するのは冒険者協会でも有名な冒険者が二人も居るパーティである。


「何をやってる!?」


 聖衣を羽織った若い女が血相を変えて走ってきた。


「あいつもノイブルだぞ」


 尖った声が方々から漏れ聞こえる。自然、集まる視線も厳しい。露骨な態度で、腰の剣へ手を添える輩もいた。


「何だ?何をやった?」


 女が狼狽え気味に青年に詰め寄った。


「いや・・その・・・やっちまった」


 青年が蒼白な顔色で壁際に倒れて動かないシュンを指さした。


「き、貴様っ・・町中で人をあやめたのかっ!?」


 女のまなじりが吊り上がった。


「シリカ?何かあったの?」


 もう一人、漆黒の魔導服姿の女が近づいて来た。


「団長、こいつが・・レンドルが殺しを・・」


 聖衣の女が呻くように告げた。


「・・なんてことを」


 冷え冷えと感情の失せた眼で、魔導服の女が青年を見据えた。


「ああ、ちと待ってくんな」


 のんびりとした声を掛けながら近づいて来たのは、いかにも古強者といったたくましい体つきの中年冒険者である。


「エラードさん・・」


「カイ、おまえんところは、列に割り込んだついでに苦情言った奴を殴り殺すようにしつけてんのかい?」


「・・・そ、そんなことを、レンドルが?」


 呻くように声を絞りつつ、魔導服の女が青年を睨み付けた。


「まあ、殴ったところまではな。ただ、運が良いことに、あの坊主は生きてるぜぇ?団員を縛り首にされたくなけりゃ、せいぜい誠意を見せるこったな」


 エラードはすたすたと近づくと、いきなりレンドルという青年の鳩尾みぞおちに拳を突き入れた。

 一撃で身を折って崩れ落ちるレンドルの頭髪を掴んで引きずり起こすと、横合いから顔を覗き込んだ。


「おう、鼻垂はなたれが、うちの協会でなめた真似してんじゃねぇぞ?」


 短く告げると、返事を待つこと無く、髪を掴んだまま顔面から石床に叩きつけた。




=======

7月13日、誤字修正。

戦闘(誤)ー 先頭(正)


10月4日、誤記修正。

止まと(誤)ー 止まると(正)

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