第85話 "ネームド" 騒動
「あんたたち!?」
いきなり
「どうした?」
シュンはメンバー全員が無事に転移を終えて帰還できたことを確かめてから、何やら騒がしい
「どうしたじゃないでしょ? なにやっちゃってんの!?」
「なにを騒いでる?」
シュンは顔をしかめた。帰還早々、何をきゃんきゃん騒いでいるのか。
「なんなのっ! もう、何から突っ込めば良い?」
「俺が知るか。用が無いなら行くぞ?」
すでに不機嫌である。
「ちょ、ちょっとぉーー・・」
「なんだ?」
「・・55階に行ってたの、本当にあなた達? レベル23とかでしょ?」
「行っていたが、どうした?」
きちんと一階層ずつ階層主を仕留め、きっちりと隅々まで魔物を掃討し、上層階の魔物が出現した時は時間がかかっても放置せずに斃してきた。討ち漏らした上層魔物によって他のパーティに迷惑を掛けるような事はやっていない。
「おっかしいでしょっ!? 55階よ? ヤバイところじゃん! 攻略組がいっぱい死んじゃった階層なのよ!」
「・・ふうん?」
「いやいやいやいや・・ふうん? じゃないからっ! どう考えてもおかしいから!」
「騒いでいるお前がおかしい。あの程度の魔物で命を落とすなどありえない」
シュンは
「な・・なによ。そんなこと言って、逃げ戻ってるじゃない! 言っておくけど、55階層は関所よ? 55階の階層主を
「もう
シュン達は55階の階層主を
「・・へ?」
「区切りが良いので戻って来ただけだ。しばらく街を離れていたからな」
シュンは軽く手を振って
「ふふん、レベルなんか飾りなのよ」
「妖精ちゃんはそれが分かっとらんのですよ」
ユアとユナがさりげなく左右からシュンの腕を掴む。ちらと2人を見たものの、シュンは何も言わなかった。テンタクル・ウィップで2人を振り回した事件以降、少々
「レベルというのは能力の目安だろう? 同じレベルであっても、練度に差があれば、まるで能力が変わるはずだ」
おぼろげながら、迷宮内における"強さ"が理解できている。
「神様が言うイレギュラーだからかな」
シュンは溜め息混じりに苦笑を漏らした。
その時、
「ん?」
双子が掴んだシュンの腕を左右へ拡げて脇へ身を入れてきた。
「・・なんだ?」
「そのまま肩を抱く」
「乙女には癒やしが必要」
ユアとユナが澄ました顔で言う。
「それは、良いが・・」
何を急に・・と続けかけ、シュンは口を
ざっと100人近い完全武装の集団が中央通りを封鎖して居並んでいた。人間だけで無く、精霊らしきものが浮かび、獣魔らしい大型の
「邪魔でゴザル」
「馬に蹴られろでゴザル」
双子がシュンの左右で不機嫌そうに唇を尖らせた。
シュンは、左右に双子を抱えるようにしたまま、集団から3メートルほどの距離まで近付いて行った。
「街中で戦闘でもやる気かな?」
シュンが集団に向かって声をかけてみたが、明確な答えは返らず、失笑にも似た空気がざわめいただけだった。どうやら、まともに会話ができる相手では無いらしい。
「・・こういう手合いには街の外で会いたかったな」
シュンは軽く眉間に皺を寄せながら呟いた。まだ先ほど
ふつふつと荒れ始めた気分のまま集団めがけて踏み出そうとした・・寸前で、
「ボス、このままで良い」
「ボス、このままが良い」
双子が平静な声で言った。その和んだ声音に、シュンは動きを止めた。
「ボス、ここは待つべき~」
「ボス、ゆっくり待つべき~」
「・・む?」
よく分からないが、ユアとユナは持久戦が希望らしい。
シュンとしては、さっさとホームへ戻って創作をやりたかったのだが・・。
(96人か。EXも回復済みで、HP、MPも完全回復状態だ。やれば、10秒程度で片付くが・・カーミュ?)
『はい、ご主人?』
(あそこで浮いている精霊は手強いか?)
声に出さずに確認をする。
『中位精霊なのです。カーミュが焼くです。簡単なのです』
残るは従魔の方だが、ジェルミーが犬や猫を相手に後れを取るとは思えない。10秒もかからないで終わりそうだ。
「ボッスぅ~、やる気が
「ボッスぅ~、殺意がダダ漏れでデスよぉ~」
ユアとユナが左右から
「・・街中でやるつもりは無い」
答えたシュンの眼は、すでに魔物を見る目付きになっている。96人の一挙手一投足を逃さず見つめ、呼吸を聴き、仕草に表れる癖を観察する。
ダークグリフォン譲りの双眸は、すでに96人全員を獲物として捉えて品定めを始めていた。
相手の顔立ち、目の色、髪の色、肌・・。解体を前提にした眼差しで、じっくりと1人1人を観察している。
薄ら笑いを浮かべていた武装集団も、ただならぬ気配を感じて次第に表情を硬くし、緊張を強いられていく。ものの数秒後には、急激に冷え込んだ空気に支配され、
「動くな」
呟くように命じたのは、シュンだった。
それだけで、ひやりとした恐怖に全員が震える。寝そべっていた魔狼も黒虎も怯えて身を縮めてしまっていた。
「・・行こう」
シュンは双子の肩を掴んで真っ直ぐに歩き出した。背後を、ユキシラが静かについて歩く。
次の瞬間、4人は宙へ跳んでいた。
96人が幾重もの横列になって道を封鎖した上を、シュンと双子、ユキシラが身軽く跳び越える。その間、武装集団の誰1人として身動きがとれなかった。ただ身を固くして前を見つめたまま動かずに居た。恐怖に
「人様を
「マナー違反」
拡がるスカートの
「跳ばないと通れなかったんだ。仕方が無い」
シュンの顔にも少し柔らかさが戻っている。
場合によっては、あの場で殺し合いも辞さないつもりだったが、今のところ集団にそうした動きは無いようだ。
「・・ところで、どうして肩を?」
武装集団の上を飛び越えた時も、左右に双子がひっついたままである。
「ボス、小さなことを気にしちゃダメ」
「心を広くする」
そう言いながら、双子が左右からシュンの背に手を回す。
「ユアの肩はいつでも空いている」
「ユナの肩もいつでもオープン」
「・・ふむ?」
例によって、よく分からないことを言い出した。
「ノーベイカンシー」
「ボスが予約済み」
「・・いや、よく分からないが?」
詳しく
「ボスは、ユアの肩を手に入れた」
「ユナの肩は、ボスが占領済み」
「ふむ・・?」
「千里の道も一歩から」
「チリツモ伝説の始まり」
双子が澄まし顔で言った。機嫌は良さそうだ。
「・・そうか」
どうやら言葉の迷宮に入り込みそうだと感じて、シュンはそれ以上は
「ボス、約束を覚えてる?」
「ケーキの刑」
「・・ああ、覚えている」
シュンの表情が曇った。砂漠で、双子の足にテンタクル・ウィップを巻き付けて振り回した一件だ。あれの
「刑の執行を見送る」
「肩で我慢する」
「こんなことで良いのか? 甘味を食べるくらいは我慢できるぞ?」
シュンは首を傾げた。あれほど
「そういう訳で、肩を優しく抱いて欲しい」
「ふんわりと抱く」
「・・こんなものか?」
シュンは心持ち優しく2人の肩を掴んだ。
「うん、凄く良い」
「魂が満足」
双子が目元を和ませながら感想を口にする。
「
シュンは苦笑交じりに息をついた。機嫌良さげな双子の小さな肩を両手に感じていると、シュンの荒れていた気分が
(そういえば、前はいつだったかな?)
オグノーズホーンに手玉に取られた時だったか?
あの時は生きた心地がしなくて、3人して震えていた。あれから鍛えて、少々のことでは不安を覚えない胆力が身についてきたように思う。今でも、あの怪老人に勝てるとは思えないが・・。
「ボッスぅ~、乙女の肩に集中する~」
「ボッスぅ~、手抜きはペナルティ~」
「いや・・オグノーズホーンの時を思い出していた」
「あれは美しい想い出」
「あの時は心が震えた」
双子が笑みを浮かべた。
「体が震えっぱなしだったが・・」
シュンは苦笑した。
ここまできて、どうやら2人に
(・・こいつらには、敵わないな)
シュンは小さく口元を綻ばせた。
「ボッスぅ~?」
「ボッスぅ~?」
何を感じ取ったのか、双子が左右から見つめてきた。
「どうやら・・おまえ達のおかげで無用の騒ぎを起こさずに済んだ。ありがとう」
シュンは2人の肩から手を放して小さな背中を軽く叩いた。肩は、この辺りで許して貰おう。
「肩が役に立った」
「色々役得だった」
ユアとユナが両手を腰に当てて胸を張る。
「これで、ケーキは無しなんだな?」
シュンは念を押して
「・・甘味は楽しみ~」
「・・甘味は癒やし~」
双子の顔が曇る。
「まあ・・まずは神殿で、帰還転移のお
シュンは先頭に立って歩き出した。
4人は、役場のある通りを避け北にある神殿へ立ち寄ると、聖印金貨10枚を納付して、ファミリア・カードの転移機能を復活させてから、そのまま住宅街の中を抜けて商工ギルドへと向かった。
方々から好奇の視線が向けられたようだが、呼び止められる事も、行く手を
館内に入った途端、
「お帰りなさい! お待ちしておりました!」
「何か、連絡事項でも?」
「山のようにございます! まずは、ギルド長より、ぜひ面会をしてお話をしたいと」
「ムジェリが? 分かった。時間と場所は?」
「予定を訊いて来ます。お部屋の方でお待ち下さい!」
「ムジェリが何の用かな?」
シュンは受付の後ろにある扉から2階へ通じる階段を上った。後ろを双子とユキシラが黙ってついてくる。
「カーミュ、開けてくれ」
シュンは扉の解錠を命じた。
『はいです』
カーミュの返事と共に、扉が内から解錠された。
『カーミュの結界に触れた精霊がいるです』
白翼を生やした少年の姿を現し、狭い部屋の中をふわふわと移動して何やら調べ始めた。
「
シュンは苦笑しつつ、本当に何も無い部屋を見回した。家具一つない室内には、壁際にギルドの受付にある物とそっくりな、円柱状の石碑が2つ置かれていた。街や迷宮内の人名・パーティ名による詳細検索や委託販売の状況、宅配や郵便の記録など、ファミリア・カードを使って様々な事ができる神具だった。双子は"端末"と呼んでいた。
「ボス、端末でチェックしていい?」
「郵便あるかも?」
双子が壁際に置かれた神具の前でシュンを振り返った。竹を斜めに切ったような形状で上部に、ちょうどファミリア・カードを置けるくらいの四角い窪みがある。
「自由に使ってくれ」
シュンは、やけに念入りに結界を調べているカーミュの様子を見守りながら改めて部屋の中を見回した。カーミュの結界に干渉した者が居るそうだが・・。
ギルドの人間はムジェリに逆らわない気がする。外部の、精霊を連れている何者かが侵入を試みたのかもしれない。
ユアとユナがファミリア・カードを手に、円柱状の端末にカードを置いて起動させた。壁に情報が投影されて、離れているシュンの位置からでも文字が読める。
「訪問者874人だって」
「千客万来っ!」
双子が壁に投影された情報を見ながら言う。留守中"ネームド"のホームを訪ねて、ずいぶんと大勢が来たらしい。
「売り子さんから伝言」
「在庫ナシ。完売したって」
これは想定通りだった。
「ギルドから伝言ある」
「委託販売の数を増やしたいって」
売り物を増やせるということか。
「ミリアムから依頼」
「20階以降の無毒化した食材を求む」
双子が読み上げる。
「ディーンからも依頼」
「また望遠レンズの依頼」
「ケイナからは・・」
「角、牙、骨を材料に、ボタンの製造依頼」
素材の依頼と加工依頼か。
「"ガジェット"の依頼は受けよう。ギルドの件はムジェリの話を聴いてからだ。品物の補充は今日中に行う」
「アイアイ」
「ラジャー」
2人が端末に置いたカードの上に人差し指で文字を書いていく。手紙に返事を書いているのだろう。空いた時間で創作をやろうとして、ポイポイ・ステッキの収納物リストを眺めていると、
「お待たせしましたぁーー」
「ギルド長が別室にてお待ちです! ご案内します!」
言うだけ言って、返事も待たずに外へ飛び出して行く。どうやらホームで一息というわけにはいかないらしかった。
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