第254話 悪い夢
先に動いたのは、ミスティスだった。
シュンが間合いを詰めようとするところを、右手の光剣で袈裟斬りに、左手の光剣を斜め下から脚を払うようにして斬りつけてきた。
シュンは、下方から迫る光剣を
直後、ミスティスの両腰から半球状の突起が突き出し、至近距離から光弾を連射する。
小さな閃光が明滅して両者を照らす。
瞬間移動で光弾を回避したシュンが、ミスティスの背後から"
それを予想していたかのように回避したミスティスが、振り向きざまに光弾を連射し、身を捻って自身の右方へ向かって光剣を振り払った。
ミスティスの右方から襲って来たのは、黒い触手群だった。
光剣をもってしても斬れない漆黒の触手が、その表面に無数の口を開き、鋭い牙を覗かせて縦横に角度を変えて襲って来る。
ミスティスの周りに、無数の光楯が出現し、テンタクル・ウィップ一本一本の行く手へ回り込んで受け止めた。
防御を光楯に任せた機神ミスティスが光弾の連射をしながら、光剣を両手に輝かせてシュンを追って斬りつける。
互いに無言。
衝突音と小さな炸裂音だけが鳴り響き、閃光が明滅する中を、シュンとミスティスは激しく移動しながら斬り結んだ。
その様子を、ユアとユナが隅っこに座って、"ディガンドの爪"の陰から観戦していた。もちろん、手には赤い小箱を握り、すでにピノンを頬張っている。
2人の支援が必要ならシュンから指示が飛ぶ。それまでは、黙って座っているのが"吉"なのだ。
うっかり包丁を握って飛び込めば、よくて光弾で蜂の巣、下手をすれば"
そもそも、このくらいの敵が相手なら援護など必要無い。
ユアとユナの婚約者殿はとても強いのだ。
もちろん、機神ミスティスだって強い。
凄い威力の光弾を連射するし、小さな光楯はテンタクル・ウィップを完全に防いで寄せ付けない。光剣は"
でも、それだけなのだ。
ちょっと強いだけじゃ、ユアとユナの婚約者殿には勝てない。
絶対に勝てない。
勝ち筋が存在しない。
やる前から結果は定まっている。
速く動けるだけじゃ駄目だし、強い腕力があるだけでも駄目。手数が多いだけでも駄目・・。
たぶん、認識させる間も無いくらいの一瞬で消滅させるくらいの火力をぶつけないと・・。いや、それでも駄目かもしれない。
ユアとユナの婚約者殿は、すっぴんでも恐ろしく強いのに、常時何枚もの水楯で周囲を護っている。
幸運が味方をして何かの偶然で水楯を貫いたとしても、多重の"霧隠れ"に惑わされて本体に触れられない。
そして、当たり前の事だが、そもそも素直に当たってくれない。
あれだけ強いのに油断がない。
あらゆる攻撃を回避し、とにかく直撃を受けないように立ち回る。
ユアとユナが見守る中、機神ミスティスが、光楯の他に、無数の光剣を浮遊させてシュンを押し包むように攻撃を浴びせた。
追尾して浮動する光剣が、瞬間移動を繰り返すシュンを追って飛び交い、水楯を掠めて小爆発を起こしている。
テンタクル・ウィップの攻撃を完封し、"
機神ミスティスは、シュンの戦い方をよく分析し、対応策を練っていた。それだけ、シュンを警戒していたのだろう。
「でも・・シュンさん、だからねぇ」
「シュンさん、だもんねぇ」
ユアとユナは、ピノンを頬張りつつ腕組みをした。
もしかして、機神ミスティスに、何かとっておきの強い攻撃手段があるのなら、早くやらないと終わってしまう。
ミスティスがほんの少し防御を失敗すれば、テンタクル・ウィップが巻き付いて自由を失い、戦いは終わる。
"
手数で圧しているように見えるが、実際には機神ミスティスが防御を失敗した瞬間に決着する戦いなのだった。
キュイィィィーー・・
シュンの"
あの高周波音が鳴る"
「よく頑張った」
「君の勇姿は忘れない」
自分達を多重の光防護壁で包みながら、ユアとユナが機神ミスティスに向けて敬礼をした。
直後、"
光の奔流が高熱を伴って荒れ狂い、床や壁が溶解して飛散する。
だが、ユアとユナの予想に反し、機神ミスティスが破壊光を浴びながら消滅せずに耐えていた。
『見事だ・・使徒シュン』
下半身が消し飛び、上半身が溶解しかかった状態で機神ミスティスが存在していた。
テンタクル・ウィップを防いでいた光楯を集めて、破壊光を防いだらしい。
ただ、消し飛ばなかっただけで、もうまともに戦える状態では無さそうだ。
シュンは機神ミスティスに近寄ると"
瞬間、機神ミスティスの眼前に光防壁が現れて"
軽く眉をしかめたシュンが周囲へ視線を巡らせる。
いつの間にか、シュンを囲むようにして光の檻が出現していた。
『神光・・獄・・』
機神ミスティスが掠れた声で告げる。"
『わずか3分で消えるが・・いかなる存在であっても、内側からの脱出は、不可能・・』
「そうなのか?」
シュンは、神光獄の外に伸ばしていたテンタクル・ウィップを動かそうとしたが、動かすことが出来なかった。
『そして・・命を・・消去する光砲だ』
呟いた機神ミスティスの手元に、大きな筒状の武器が出現した。
『私の・・勝ちだ』
機神ミスティスの抱える大筒から、真っ赤な光線が放たれ、神光獄に囚われて動けないシュンの身体を貫いた。
紅い光線に貫かれたシュンの身体が灰になって崩れていく。
『さらばだ・・使徒シュン』
安らいだ声を漏らし、機神ミスティスがゆっくりと目蓋を閉じた。
瞬間、
ドシュッ・・
短い音が鳴り、ミスティスの胸を突き破り、団扇のような形状の切っ先が現れた。
機神ミスティスの背中から胸にかけて、"
『・・ま・・さか』
機神ミスティスが首を真後ろへ回転させた。
そこに、シュンが立っていた。
『そんな・・どうや・・て』
「神光獄か。面白い術だな」
シュンは、間近に神光獄を観察しながら呟いた。
『し、使徒・・シュン』
テンタクル・ウィップが、機神ミスティスの体に巻き付いた。
これで、もう逃れることはおろか、動くことすら許されない。
"
『ご主人?』
「他に何か巻き込んだようだが?」
先ほど、"
『幾つか魂が飛んだです。あっちなのです』
カーミュが指差した方は、例によって構造物が綺麗に消滅して広々と見渡せる場所になっていた。
「魔王種か?」
『違うのです』
カーミュが首を振って、機神ミスティスを指差す。
『・・私の・・予備・・命』
機神ミスティスがゆっくりと呟いた。
『なのです』
「そうか」
シュンは小さく頷いた。
狙った訳では無いが、結果として機神ミスティスを追い詰めた一撃になったわけだ。
「ユア、ユナ」
呼び掛けると、2人が小走りに駆けて来た。
「さっきの初めて見た」
「何の術?」
「分身か? 技の名は知らない」
ブラージュが使っていた技を、シュンなりに解釈して会得した技だ。
機神ミスティスは、神光獄で捕らえたシュンを本物だと誤認していたようだから、技としての完成度は高いのかも知れない。
「分身というより空蝉?」
「ニンニン?」
ユアとユナが興奮気味に言う。
「うつせみ?」
知らない単語だった。
「身代わり」
「普通は丸太」
「・・丸太?」
シュンは頭の中で"うつせみ"というものを想像をしながら、機神ミスティスを見た。
テンタクル・ウィップで拘束されたミスティスが首だけを回してシュンを見ている。
「おまえ達は、外の連中に状況を伝え、迷宮まで撤収してくれ。ブラージュの攻撃を防げるのは、おまえ達だけだ」
あの真珠色の龍人は、危険な槍を持っている。ユアとユナは、近接戦の立ち回りでこそ劣るだろうが、単純に攻撃を防ぎ止める力と回復力は計り知れないものがある。
ブラージュが本気で攻め込んでも、2人の防御を突破することは難しい。
「気を付けてね」
「ラグカル注意ね」
ユアとユナが、念を押すように言ってから身を翻して走り出した。交戦中のアレク達に合流するのだ。
シュンは2人の背を見送ってから、ミスティスが落とした筒状の武器をポイポイ・ステッキで収納し、上空へ視線を向けた。
『あっちなのです』
カーミュが右後方を指差す。
そこに白いものが、チラチラと覗いて見えた。マリンの尻尾だ。
『し・・と・・しゅ』
「脱出した民が、おまえの予備の体や命を持っているのだろう?」
ここで殲滅しなければ機神の脅威が継続する事になる。
戦う前に長々と話している間、マリンは脱出する異界の民を追いかけて、別の世界へ行っていたのだ。
『・・や、やめ・・ろ』
シュンの意図を正しく理解した機神ミスティスが呻いた。
「召喚、アルマドラ・ナイト」
シュンの呼び掛けに応じて、漆黒の巨甲冑が出現した。
「我が甲胄と成れ!」
シュンは漆黒の巨甲胄に命じた。
漆黒の胸甲が開き、黄金色の宝珠を覗かせると、シュンに向けて眩い光の帯が伸びる。
『やめ・・ろ・・』
懇願を繰り返すミスティスの掠れ声を、
ブゥゥゥーーン・・
低い羽音のような音が掻き消した。アルマドラ・ナイトの背に水の膜がマントのように拡がる。
『・・やめて』
唯一動かせる頭部を回して、機神ミスティスが声を出す。その頭部を、アルマドラ・ナイトが鷲掴みにして持ち上げた。
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