第218話 ドア・ノッカー


 霊気機関車U3号の指揮車前方画面に、半球ドーム状の建造物が映っていた。

 ユアとユナが言うところの謎大陸。その中央部に位置する場所に、直径1500キロメートル近い半球形の巨大建造物があった。ちょうどお椀をひっくり返したような形状だが、濃緑色の表面にはごつごつと凹凸や継ぎ目がある。


「金属のようだな」


 シュンは画面を見ながら呟いた。建造物の材質は、画面で見る限り、何かの金属のようだった。


「謎ドーム出現」


「コンペイトウが弾かれそう」


 ユアとユナが腕組みをして唸っている。


「こちらを発見していると考えるべきだが・・」


 シュンは観測をしているサヤリを見た。


「まだ、目立った動きはありません。小型の・・あの建造物に比べれば小さく見える物がいくつか飛び回っていますが、どうやら外壁の補修を行なっているようです」


 サヤリが映像の一部を拡大表示させた。U3号霊気機関車と同じくらいの大きさをした円盤状の物が浮かび、巨大建造物すれすれを移動していた。


 U3号は、建造物の上空2万メートルに停車中だ。こちらに気付いている筈だが、脅威と認識していないのだろうか、停車から30分近く過ぎてもらしきものは出て来ない。


「守りに自信?」


「U3号を馬鹿にしてる?」


 ユアとユナが映像を食い入るように見つめている。


「リール?」


「すでに壁面に取り付いたが、入り口が見当たらぬ」


 リールが球状の魔法陣を操りながら言った。


 U3号がまだ海上上空を走っている時に、多数の小悪魔インプを放ってあった。そのまま海中へ潜んだ小悪魔インプ達が、魔法で姿を消したまま上陸し、巨大建造物へ忍び寄っている。


「排気口を探す」


「どこか傷んだ場所を探す」


 ユアとユナが、リールに指示をする。


「ふ~む・・見当たらぬのぅ」


「ボス、どうしよう?」


「突入する?」


「"蜂の巣"を突いて逃げる作戦だろう?」


 万が一、この場所でU3号霊気機関車が損傷すると、迷宮への帰還が大きく遅れることになる。


「コンペイトウを落としても無視されそう」


「ルドラで降りて叩いてみる」


 2人が強引な作戦変更を提案してくる。


「却下だ」


 シュンは首を振って、画面に映る建造物を眺めた。


「まず、予定通りに行動する」


「アイアイ」


「ラジャー」


 シュンに言われて、ユアとユナが大急ぎで座席に座った。


「コンペイトウ、1番から6番、準備ヨシ!」


「コンペイトウ、7番から12番、準備ヨシ!」


「投下」


「右列、投下っ!」


「左列、投下っ!」


 2人が全筒のコンペイトウを投下させた。

 陽光を反射しながら、小さな突起がついた金属球が巨大な建造物めがけて落ちる。なにしろ的が巨大だ。12個の金属球全てが建造物の中央付近めがけて吸い込まれて行った。


「・・サヤリ?」


 シュンは観測器を覗いているサヤリを見た。


「命中しました。障壁などによる減速認められません」


「・・ありゃ?」


「・・大穴?」


 予想に反して、12個のコンペイトウが巨大建造物に大穴を開けて内部へと突き抜けていた。白い煙が噴き出し、やや遅れて建造物の側面からも何箇所かが裂けて金属片や埃が噴出した。


小悪魔インプが入った。結界の類は無かったのぅ」


 リールが報告する。


「無警戒過ぎるな」


 シュンは眉をしかめた。


「ちょっと気味が悪い」


「何のトラップ?」


 ユアとユナも訝しげに首を傾げている。


「上へは何も上がって来ないのか?」


「はい。音も、魔法反応も・・何も感知できません」


 サヤリが観測器を覗いたまま答えた。


「・・外れか?」


 シュンは地図へ視線を戻した。

 やたらと巨大で目立つ建造物だったが、まだ異界からの入植は行われていないのか?


「地下はどうだ?」


わらわ合成獣キメラを地中に潜らせておる。地下に施設があったとしても見逃すことは無いはずじゃ」


「こちらが感知出来ない手段を持っている可能性はあるが・・他の場所に拠点があるのかもしれない」


 "蜂の巣"どころか、静まり返ったまま何も飛んで来ない。


小悪魔インプ共は、生き物の生気を感じ取ることに長けておるのじゃが・・どうも妙じゃな。何も居らぬぞ?」


 リールも首を傾げている。


「ここの探索は、小悪魔インプに任せて少し移動しよう」


「ボス、どこ行く?」


「ボス、一度帰る?」


「コンペイトウはまだあるな?」


「右列、各筒に残9ずつ」


「左列、各筒に残9ずつ」


「よし・・まず建物から離れた海岸線へ投下してくれ」


 シュンは巨大な建造物から遠く離れた大陸の沿岸部を指さした。


「ビーチ?」


「何も無いよ?」


 ユアとユナが小首を傾げた。


「やってくれ」


 シュンは、次の投下地点を探して地形図へ視線を配った。


「主殿、空間を破って何かが迫っておる」


 不意に、リールの緊張した声が響いた。


「ユア、ユナ、戦闘速度」


 シュンは壁面に映し出された映像に視線を配った。


「アイアイ」


「ラジャー」


 シュンの指示に、2人が霊気機関車U3号を前進させた。停止状態から3秒後には、時速300キロを超える。さらに、ぐんぐん速度を増していく。


「・・危険感知」


 シュンは小さく眉をひそめた。


「主殿・・来るぞ」


「上か」


 シュンが呟いた時、U3号が影に覆われた。

 地上にある巨大建造物と同等の質量を持った何かが上方に出現していた。


「吼えろ! マーブル・ワン!」


「唸れっ! マーブル・ツゥ!」


 ユアとユナが叫んだ。強烈な加速が指揮車を襲い、霊気機関車全体が激しく震動する。


 一瞬にして、頭上から押さえつけるように迫って来る巨大な影の下から抜け出して、明るい陽光の下に出た。


「回避!」


「アイアイサー!」


「イエッサー!」


 シュンの指示に、2人が反応して操舵輪を回す。


 大きく右に傾いたと感じた瞬間、指揮車壁面の画面を紡錘形の物体がはしり抜けていった。異様な擦過音が車内に聞こえ、霊気機関車を覆っている神聖光が激しく削られて宙に飛び散っていた。


「巨大な銃弾に見えたな」


 シュンの眼には、直径が5メートル近い銃弾が擦過して抜けたように見えた。


「主殿、空間の向こうからじゃ」


 リールが舌打ちをした。

 今の攻撃をしてきた相手は、こちらの空間に姿を見せず、空間越しに撃って来たらしい。


 対応方法を考える間も無く、


「・・回避」


 シュンの声が指揮車内に響いた。直後、何も無い場所から巨大な銃弾が出現してU3号を襲った。


「"蜂の巣"は空間の向こう側か」


 シュンは画面いっぱいに迫る巨大銃弾を見つめて呟いた。


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