第118話 神への供物


 ガアァァァァーー



 咆吼と共に、龍人が斬りかかってきた。

 凄まじい速度で振り下ろされた巨大な大剣を、アルマドラ・ナイトが"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"で打ち払いながら強引に前に出る。

 そこを狙って、龍人が黒炎を吐く。

 咄嗟に、騎士楯ナイトシールドで防いだアルマドラ・ナイトを龍人の大剣が襲う。


 単純な力業だけでは無い。切り下ろした大剣が跳ね上がり、足下をいできたと思えば喉元を狙った刺突に変わる。黒鱗の龍人が黒い大剣を鮮やかに操って攻撃していた。

 アルマドラ・ナイトは、変幻自在の龍人の攻撃を"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"で弾き、騎士楯ナイトシールドで受け流しながら一歩も退かずに切り結んでいる。騎士楯ナイトシールドの扱いが見事だった。龍人の黒い大剣による縦横無尽の連撃に加え、至近距離からの黒炎、さらには死角を突いて繰り出される龍尾・・それらを騎士楯ナイトシールドを操って巧みに受け流し、防ぎ、弾き返す。そして、龍人がわずかに姿勢を乱す隙を狙って"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"で斬りつける。


 両者の戦闘が長引いているのは、黒鱗の龍人がまとっている不可視の防護領域がテンタクル・ウィップを弾くからだ。幾度となく、黒い触手が龍人を狙って伸びるのだが、黒鱗から50センチほどのところで弾き返されていた。



「ロッシ、MP回復!」


「マイマイ、ロッシを護る!」


 ユアとユナが、ロシータとマイルズに指示をしながら、魔法の防護壁に魔力を注いでいる。"ケットシー"の少女2人はMP切れで座り込んでいた。


 アルマドラ・ナイトと龍人が切り合うだけで、凄まじい衝撃波が襲い、熱が放射されて辺り一帯を灼き払っている。

 時折、襲ってくる黒炎は、カーミュの光壁オーロラガードを突破し、双子の多重防壁を消滅させる。その時は、治癒魔法と防御魔法、蘇生魔法をかけ合い、魔法を使っている間に誰かが死んで、それを蘇生して、付与魔法をかけ直し・・回復役ヒーラーにとっては完全な修羅場となる。


「ロッシ、薬は何本目?」


「MPは?」


 双子がロシータ達に継続回復の魔法を付与しながら訊いた。


「2本よ。まだ蘇生5回やれるわ。"天女の恵み"も回復したわよ」


 マイルズや"ケットシー"のメンバーに回復魔法をかけながらロシータが答えた。

 "天女の恵み"というのは、ロシータのEX技で、効果範囲内にいるメンバー全員の状態異常を治療し、HPとMPを毎秒1000ポイントずつ3分間回復し続ける。今の状況下ではありがたいEX技だった。


「私達のEXも回復しました。使用します!」


 "ケットシー"の2人が報告する。片方は光壁オーロラガードの下位互換のような魔法障壁を生み出すEX、もう片方は魔法陣のようなものを展開し、領域内にいる術者のMP消費量を軽減するというEX技だった。


 その時、



 ダギイィィィーーーン・・



 異様な金属音が鳴り響き、龍人が大きく姿勢を乱して仰け反った。

 アルマドラ・ナイトが騎士楯で龍人の顔を殴りつけたらしい。すかさず間合いを詰めて斬りかかろうとするアルマドラ・ナイトを、龍人が大剣を横殴りにして牽制し、黒炎を噴射して距離を取っていた。


『うわぁ~、えんもたけなわだねぇ~』


 そんな騒動の最中、のんびりとした声と共に、水玉柄のズボンをはいた神様が姿を現した。


「神様、ヘルプミー!」


「おそいよ、ゴッド!」


 双子が必死に防御魔法を使いながら愚痴を言う。


『いやぁ、ここって特殊な場所でさ。見つけるのに苦労しちゃったよ。一応、イベント扱いにしちゃったんで、直接は手伝えないんだけどね?』


 神様が頭をきながら、きょろきょろと辺りを見回した。


「忙しくてご飯が食べられない!」


「発育に良くない!」


 ユアとユナがせわしなく魔法を使いながら恨めしげに神様を見る。


『ふむ・・ここを作った奴はどこかな?』


 神様が誰かを捜すように視線を巡らせる。


「金ぴかなら消えた」


「消滅した」


『金ぴか? ええと・・カーミュ君、説明を頼めるかい?』


『今、忙しいのです』


 白翼の美少年が光壁オーロラガードを多重に張り巡らせながら言う。


『魔神は居たかい?』


『ご主人が浄滅したです』


『おおっ、さすがだね! なんだ、もうクリア済みじゃないか。そういうことなら、ボクが手伝っても苦情は来ないね。あの龍君はただの乱入者だし』


 そう言って神様が人差し指を立てて、くるくると回すと、カーミュが張り巡らせる光壁オーロラガードがいきなり分厚くなり光を増した。龍人とアルマドラ・ナイトがぶつかるたびに、余波で揺らいでいた光壁オーロラガードがぴたりとしずまって、戦闘音すらほとんど聞こえなくなった。


『カーミュ君もなかなかの腕前だけど、そもそも反対属性だもんね』


 神様が勝ち誇った笑みを浮かべた。


『光は苦手なのです』


 悔しそうにカーミュが呟く。


「さすが、ゴッド」


「神は偉大」


『うははは、それほどでも・・』


 神様が両腰に手を当てて空中で胸を張った。


「カーミュちゃん、休む」


「休んだら、ボスの援護」


 ユアとユナが白翼の美少年に声をかける。カーミュが2人を見て大きく頷いた。


「ロッシ、今の内にみんなを回復」


「マイマイ、食事をとって寝る」


 双子の指示に、ロシータもマイルズも素直に頷いている。

 テキパキと指示出しを済ませると、2人はおもむろに椅子とテーブルを取り出した。

 

「魅惑の牛丼」


「温卵のせ」


 ユアとユナが、ポイポイ・ステッキから湯気の立つ丼を取り出して目尻を下げる。


『ほうう、美味しそうだねぇ』


 神様が覗き込んだ。


「ゴッドも食べる?」


「予備はいっぱいある」


『ははは、人間のように食事はできるけど・・どうせなら、君達の秘蔵の一品を味見してみたいなぁ』


 神様が双子を見て笑みを浮かべた。


「・・ポテチ?」


「・・ポップコーン?」


 ユアとユナが小声で訊ねる。


『いや、違うでしょ? ほら、冷たくて白い物を茶色くて甘い物で包んだ・・』


「ぼた餅?」


「のど飴?」


 双子が抵抗を試みる。


『神はチョコアイスを所望する!』


 神様がズバッと言い放った。

 途端、双子が顔を覆って泣き真似を始めた。


「横暴すぎる!」


「パワハラすぎる!」


『ほほう? 君達の秘蔵の品を世界に公表しちゃおうかなぁ~? とんでもない量の品を隠し持ってるよねぇ?』


 神様が意地悪そうに2人を見た。近くでやり取りを聴いていたロシータが眼を大きく見開き、食い入るように双子を凝視している。


「ちっ・・」


「ちっ・・」


 ユアとユナが舌打ちをしつつ、小さな小箱を取り出した。紅白の箱の表面に、ピノンという赤い文字が見える。


『よろしい、神へのお供え物として受け取ろうじゃないか。代わりに、あの龍にほこを収めさせるよ。決着を待っていたら何日かかるか分かったもんじゃないからね』


 神様が双子が差し出した冷気漂う小箱をどこかに収納して、激しく打ち合うアルマドラ・ナイトと黒鱗の龍人を見た。

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