第56話 海辺の攻防
『道に人影』
『木が揺れた』
双子の囁きが"護耳の神珠"から聞こえる。
道というのは、獣道らしい微かな踏み跡のある場所だ。よほど注意しないと判らないほどの痕跡だったが、シュンの猟師としての経験が役に立った。
『目視・・確認した。魔狼2、迷宮人6だ』
シュンは茂った葉に身を隠し、隙間から覗いていた。距離は200メートル。
『狙撃を開始する』
シュンはVSSを構えて照準器を覗いた。5発ずつ。魔狼から撃ち殺す。ダメージに、CPが必ず混ざるので、びっくりするくらいに大きなダメージポイントが跳ねた。
『ユア、ユナ』
道を挟んで逆側に隠れている2人に声を掛ける。
すぐさま、くぐもった連射音が小さく聞こえ、
それをシュンが狙撃した。
『ユア、ユナ、宝珠を回収しろ』
『アイアイサー』
『ラジャー』
"護耳の神珠"に返事が返り、小柄な人影が地面から這い出る様子が見えた。
『宝珠4個』
『宝珠2個、ワンの毛皮』
声が聞こえるのを待って、シュンは視線を巡らせていった。
『前進、300』
『300サー』
『ラジャー』
応答を聴きながら、シュンも葉の陰から
南端の海辺を目指している。
ケイナ達、"ガジェット・マイスター"が陣地を造った岩山を出発して2日が経っていた。
"護耳の神珠"のような遠隔地との念話、通話をする魔法や魔導具は非常に稀少で、18階に長く居たケイナ達でも、1度噂に聞いただけだと言う。
今の迷宮人のパーティがどこかにある本拠地へ報せた可能性は低い。
(海側に向けて木々が疎らになり、身を隠す場所は減る。こんな所に本拠地があるのか?)
よほどの大戦力で立て籠もっているのか、こんな所まで異邦人は来ないと油断しているのか。
『止まれ。空に飛影・・鳥竜3』
シュンは前方上空に眼を凝らし、木陰に身を潜めた。高度800くらいを飛んでいる。こちらに気が付いた様子は無い。
(・・餌は何だ?)
毒蛇や呪蜥蜴といった魔物は居たが、本来なら密林には多いだろう虫の魔物が見当たらなかった。牛や豚といった生き物も何処かに居るのかもしれないが・・。
『いっぱい来た』
『ワンも居る』
双子の声に緊張が混じった。2人は風魔法を使って動くものを探知している。かなり正確な索敵だった。
『方向は?』
『ボスの右後方』
『ボスから600』
『どちらへ移動している?』
『追って来てる。18人』
『ボス、まっしぐら』
シュンは前方をしばらく注視してから、すぐに後方への行動へ切り替えた。迷宮人にも風魔法などで索敵ができる者が居るだろう。潜伏は意味をなさないかもしれない。
『派手にやる。2人は引き続き周辺警戒』
『アイアイサー』
『ラジャー』
応答を聴きつつ、リビング・ナイトを召喚して背後に身を置きながら、追って来る18人めがけて真っ直ぐに突撃をする。
「ジェルミー、左からだ!」
シュンはジェルミーを出して、左側から斬り込むよう指示した。何しろ脳で繋がっている。本来なら声に出して指示する必要は無いが、どうしても声に出して指示をしてしまう。
リビング・ナイトは敵を感知して動く。
こうした見通しの悪い場所では、猟犬の役割も兼ねていた。
迷宮人が銃弾を撃ち込んだところで、ほとんどのダメージが一桁だ。少々の人数で取り囲んでも手に負えるような存在では無い。シュンのリビング・ナイトは規格外の存在に進化していた。
リビング・ナイトを回避して、何とかシュンを見つけようと動く迷宮人も居たが、木々から垂れ下がる蔦のように、上から伸びてきた黒い触手が首に巻き付き締め上げる。枝上に吊されたままVSSで息の根を止められていった。
『終了した。他に動きは?』
『無さそう』
『反応無し』
2人の応答に安堵が混じる。わずか18人程度で、シュンが危なくなるわけが無いのだが・・。
シュンは18個の宝珠を回収した。
(宝珠に違いは無さそうだ)
ポイポイ・ステッキの収容物表示で確認しても、名称は「宝珠」となっていた。
迷宮人はテンタクル・ウィップで捉えて斃しても他に何も落とさない。リビング・ナイトを送還し、ジェルミーを戻してから、シュンは一旦、双子と合流することにした。
2人が隠れている場所へ行くと、
「ボス、風船」
「ボス、気球」
双子が空を指さした。
「・・なるほど」
シュンはまだ上昇を始めたばかりのようだが、白い気球に人が乗る籠を吊った物が1つ、2つと浮かび上がっていくのが見える。シュン達が目指していた海岸の方向から浮かび上がっているようだった。
「これは、大空の支配者の出番だな」
シュンは鳥竜などの飛影が無いことを確認しつつ、双子に声を掛けた。
途端、
「ユア、1号機、発進っ!」
「ユナ、2号機、発進っ!」
待ってましたとばかりに、黒い小翼を背に生やし、ユアとユナが高空めがけて急上昇して行った。あっという間に豆粒のように小さくなって、気球のさらに上方へと飛翔して行く。
シュンは地上を進んだ。
海岸に集結していた理由の一つは、気球を上げるためだったようだ。"ガジェット・マイスター"が立て籠もる岩山を攻撃するためか、あるいは遠く北側に居るだろう異邦人を襲撃するためかは分からないが・・。
(気球はどうやって手に入れた?)
シュンは
上空で銃声が鳴り響き、耳に覚えのある爆発音が混じった。ユアとユナが攻撃を開始したらしい。
ちらと振り仰ぐと、直上から急降下しながらMP5SDを乱射し、通り過ぎざまにXMやMKを迷宮人が乗る籠の中へ放り入れている。
(ああなると、ただの棺桶だな)
乱射された銃弾の何発かは"ディガンドの爪"をすり抜けて双子の体に命中していたが、練度が上がりまくった防御魔法で身を護っている上に、恐るべき回復魔法の使い手である。
(・・あいつらの高笑いが聞こえて来そうだな)
シュンは思わず口元を弛めた。
その時、離れた場所で銃声が鳴り始めた。
(見張り塔・・木製か)
どうやら上空の双子を狙っているらしく、狙撃銃らしい長銃を手にした迷宮人2人が撃っていた。
(2人だけか)
シュンは真っ直ぐに見張り塔めがけて走ると、VSSの射程に入ったところで、迷宮人2人を撃ち斃した。
見張り塔に登ってみると、海岸に円柱状の塔が建っていた。乳白色の石造りで、高さは50メートル近いだろうか。白塔の近くには、まだ離陸していない気球が4つあった。
(迷宮人は、20人以下か)
どうやら、総出で出撃するつもりだったらしいが、大空の支配者によって潰えてしまった形だ。
「ジェルミー、地面に落ちた宝珠の回収を頼む」
呟くと、ジェルミーが姿を現して見張り塔から身を躍らせて密林へと消えて行った。
シュンは海岸へ向かった。
気球の周囲に居た迷宮人をVSSで狙い撃った。真っ白な砂浜の上だから、人がそこに居るだけで目立つ。撃ちながら走って塔を目指す。途中、気球の籠に隠れていた迷宮人が銃撃して来たが、水楯で防いで逆に撃ち斃した。
そこへジェルミーが駆け戻って来た。
シュンの横に立つなり、左腕が溶け崩れるように変化して、体内に取り込んでいた大量の宝珠が放出される。
「次は、塔内の敵だ」
シュンが指示した時には、ジェルミーが白い塔めがけて駆け込んでいた。
(宝珠は150・・25パーティか)
1つの気球に1パーティが乗っていたなら、25の気球が墜ちた事になる。
ジェルミーを追って白い塔の入口に立った時、大空の支配者達が舞い降りてきた。
「ユア、1号機、帰還!」
「ユナ、2号機、帰還!」
意気揚々、双子の鼻が斜め上方を向いている。
「よくやった。ジェルミーが宝珠を回収してくれたが・・まだ持てるか?」
「無理、99」
「無理、99」
双子が両手を交差させて首を振った。
「なら、このまま俺が持っておこう」
シュンはVSSを手に塔内へ踏み込んだ。入った場所は円形の広々した部屋。壁際に階段があり、上へ向けて弧を描いている。ジェルミーは上に向かったようだった。
シュンは、双子を振り返って床を指さした。
一瞬首を傾げかけ、すぐにユアとユナが頷いて床に眼を向けて風魔法を使い始め、
「いる」
「3人」
短く告げた。
シュンは左手からテンタクル・ウィップを伸ばして床を貫通させた。下に向けて12本の黒い触手が貫き徹し、そのまま獲物を求めて蠢く。床下の倉庫に隠れていた3人の迷宮人が巻き取られて叫び声をあげ、そのまま絶命していった。
「上に居た連中は片付いたようだ」
ジェルミーが宝珠を持って降りて来ている。
「塔内の調査をして、少し休憩する」
「アイアイサー」
「ラジャー」
双子が敬礼した。
"文明の恵み"のおかげで、しっかりと睡眠をとっても時間が過ぎない。シュンの言う休憩とは、MPの自然回復の時間だった。
何もめぼしい物は無く、塔内の探索を終えた3人は、それぞれ"文明の恵み"を心ゆくまで堪能し、すっかり心身をリフレッシュしてから、塔の上にある見張り場へ登って食事をすることになった。
夕暮れが迫り、緋色に染まった海原は風が強まっているらしく、かなりの数の白波が目立っている。
「天気が荒れそうだな」
「ボス、海の幸を獲るべき」
「ボス、魚と貝を希望する」
双子が吹いてきた風に黒髪を舞わせながら、はしゃいだ様子で要求してくる。
「海の・・そうだな。周辺の迷宮人は駆逐できたようだし・・これ以上、宝珠を集める必要は無さそうだ。魔物を獲ってみようか」
シュンは海に眼を向けた。
外で暮らしていた時、たった1度しか見たことが無い。河を下る商船を護衛するエラードに連れられ、河口の港町まで行ったことがある。海というものを見たのはその1度だけだった。
「魚か・・あれは、どっちなんだろうな?」
シュンは陽が沈んだばかりの海を眺めながら呟いた。
全身が鱗に覆われた怪人達が、四つん這いに近い姿勢で背を丸め、波打ち際から上陸して来ていた。
シュンの知っている魚で言えば食人魚のように下顎の迫り出して裂け口に牙の並んだ厳つい顔で、耳のような物は無い代わりに大きなヒレが張り出し、頭頂から背にかけてにもヒレが生えている。分類すると、魚なのか、人なのか・・。
「食べたく無いでゴザル」
「食あたりするでゴザル」
双子が嘆息した。
「後ろから大きいのも来ているな」
200匹ほどの魚人の後ろから、海水を盛り上げて小山のような巨体が姿を現した。
「
「オクトパス!?」
「たこ? あれを知っているのか?」
シュンにとっては、見た事も聴いたことも無い化物だったが、異邦人の2人は心当たりがあるらしい。
(ニホンには、あんなのが居るのか)
頭のように膨らんだ部分だけでも直径が100メートルはある。多数ある触手らしき物はそれぞれが意思あるように蠢き、海中に巨体を置きながら触手だけを塔に向かって伸ばしてくる。
「ユア、ユナはXM、MKを上から投げ落としつつ、銃で魚人を撃て。狙いは適当で良い」
「アイアイサー」
「ラジャー」
「たこは俺がやる」
シュンは塔に巻き付いてきた巨大な触手へ、逆にテンタクル・ウィップを巻き付けて絞り上げると、水渦弾を連射して浴びせて引き千切った。
(・・500発近く撃ち込んでやっとか)
たった一本の触手がとんでもない頑強さだった。かなり太い部分で千切ったのだが、思ったより体液らしきものが散らなかった。
「ボス、取り付かれた!」
「ボス、塔に入ってくる!」
双子が声を上げる。
「ジェルミー」
シュンはジェルミーを
「そのまま、魚人を狙い続けろ。もう少し観察したい」
「アイアイ」
「ハイサー」
ユアとユナが塔の上から手榴弾を放り、MP5SDを撃ち込む。
(痛みは感じないのか?)
シュンのテンタクル・ウィップが海の怪物が伸ばしてきた2本目の触手に巻き付き、ぎりぎりと絞り上げた。そこを狙って、水渦弾を連続して撃ち込んで引き千切る。
水渦弾ではダメージポイントが150前後。水棲の生き物だけに、水魔法の効きは悪いのかもしれない。
「ユア、ユナ、交替で休め」
「ユア、早番」
「ユナ、遅番」
即座に順番決めをして、ぴたりと攻撃を止めたユアが座る。
その時、
「サウザンド・フィアー」
シュンのEX技が発動した。
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