第55話 ジャンプ・ジャンプ・ジャンプ

「ええと・・何て言うか、申し訳無いね」


 ケイナ達が戸惑い顔で礼を言っている。

 孤島の東海岸近くにある切り立った岩山の上で無事合流したところだった。樹々の無い禿山で、周囲をぐるりと見渡せる高さがある。山頂部は2、3パーティが野営できる程度の広さしか無い。麓から山頂部を攻撃するとなると、18階層辺りに居る迷宮人では、魔法は届かず、狙撃するには射程が2キロ近い銃が必要で、おまけに優れた技量が必要となる。陣地を築くには良い立地だった。


「宝珠を1人に2つずつ渡す。各自の責任で保管してくれ」


「分かった。感謝するよ」


 ケイナ達メンバー全員が頭を下げた。


「その・・そちらは、"ネームド"は大丈夫かい? こんなに貰ってしまって」


「問題無い」


 シュンは小さく笑った。

 足元でユアとユナが背中合わせに座って鼻歌を吟じて寛いでいた。


「・・本当らしいね。まあ、君のパーティだと、これくらいは当然なのかな」


 ケイナが苦笑する。


 実際、ケイナ達と合流するまでに4度の戦闘があり、"ネームド"合計で418個を所持している。ユアとユナが99個ずつ。シュンは220個を持っていた。


 シュンは"霧隠れ"をかけ直しながら、周囲へ視線を巡らせた。


「ひんやり」


「気持ち良い」


 双子が眼を細めて呟く。


「それは、どういう効果なのですか?」


 サブリーダーのミリアムがパンを炙りながら訊いて来た。料理人のミリアムは食事を準備してくれている。


「敵の認識を阻害する。視覚、聴覚、嗅覚に関係無く、こちらの正確な位置を分からなくする魔法だ。狙撃を回避するには有効だけど・・まあ、魔狼が居れば、だいたいの位置は突き止められるけどな」


 説明しつつ、シュンはケイナのパーティメンバーの男に少し後ろへさがるように言った。

 言われた通りに男が後退る。その頭上を銃弾が掠めて抜けた。


「ぎりぎり弾が当たる位置に頭が出ている。立って居たいなら下がった方が良い」


 こちらは岩山の上に陣取っている。下からの狙撃はよほど不注意に動かなければ当たらない。


「す、すまん・・助かった」


 男が慌てて屈んだ。


「うちらは、ここに陣地を構築するよ。動き回るより、そういう工作の方が得意だからね」


 ケイナが言った。


「曲射で狙う武器もあるぞ?」


「うん、グレネードとかね。でも、そのくらいなら問題無い。完全に防ぐのは難しくても、命を落とさない程度に攻撃を防いで、迷宮人を登って来させない程度ならやれる」


 ケイナの言葉に、"ガジェット・マイスター"のメンバー全員が笑顔で頷いていた。どうやら自信がありそうだ。


「迷宮人には腕の良い狙撃手がいる。不用意に射線に体を晒すと危ない」


「うん、気を付けるよ。それより、君達は・・"ネームド"はどうするんだい?」


「この島は中央がくびれて・・瓢箪だったか? そういう形になっているみたいだ。他に異邦人のパーティを見かけないようだし、俺達は迷宮人が多く居る側に転移させられたんだと思う」


「なるほど・・確かに、周りは迷宮人ばっかりで、こっち側のパーティは・・1つしか居なかったね」


「迷宮人は普通の魔物と違って、狡く頭を使った行動をしてくるし、対人戦の経験を積むには丁度良い」


「練度上げデスネ?」


「ワカリマス~」


 双子がぼそりと呟いた。


「出来ました」


 ミリアムに呼ばれて、双子が物凄い速さでダッシュする。


「ふおぉぉぉーーー」


「ひょえぇぇーーー」


 歓喜の声を響かせつつ、


「ボス、食事です!」


「ボス、ランチです!」


 双子が催促の声をあげる。


「火が使えたので、少し工夫しました」


 ミリアムが"ネームド"全員にお盆に載せた料理を出した。炙ったパンに焼いた挽肉と香草を挟んだ物、温かい野菜のスープ、3種類の果物と果実水が並べられている。


「これは・・豪華だな」


 シュンは素直に感心しながらお盆を受け取った。


「・・美味い」


 思わず声が漏れるくらい味が良かった。


「ボス、食材リストを見せるべき」


「食べて大丈夫だったリストがある」


「魔物の食材ですか?」


 ミリアムが軽く眼を見開いた。


「そう、勇気の結晶」


「胃と腸が涙した」


「・・そもそも、そんなに食材がドロップしますか?」


 ミリアムが首を傾げた。


「山のようにある」


「山より高くなる」


「そんなに?」


 ミリアムがシュンを見た。シュンは食材手帳を取り出した。


「これは食べて毒味をした記録だ。○は無害、△は少量なら無害、×は少量でも危ない」


 シュンが差し出したのは、実際に食べて調べた結果が細やかに記載された帳面である。

 受け取って内容を読みながら、ミリアムが食事を採るのも忘れた様子でじっと読み耽り始めた。


「面白そうな話だねぇ?」


 ケイナが紙に包まれた串焼きを手に近付いて来た。


「素材が欲しければ"ネームド"に依頼」


「ボスなら受ける」


 双子が言う。


「うん・・ただ、どんな素材があるのか、どんな素材が採れるのかさえよく分かって無いんだ。低確率で採れた品も、外の商人に売られてしまうし、ほとんど出回らない」


「リスト化は気が遠くなる」


「千年かかる」


「・・そんなに種類があるのかい?」


 ケイナがシュンを見る。


「対象の魔物を死体そのまま手に入れて解体したと考えてみてくれ。その時に手に入るだろう物を依頼してくれれば調達して来よう」


 シュンは果物を口に入れながら言った。


「解体で手に入る物・・そうか、そういう事なら、何となく想像できるし、一つでも実際に手に入れば何に使えるか、どう加工するか、なんとなくでも判る。依頼を出させて貰うよ」


「組合を通さず、直接でも良いぞ?」


 "郵便"が使えるのだ。わざわざ掲示板を介さなくても取引は出来る。


「良いのかい? まあ、あの組合は外からの依頼を取りまとめるためにあるからね。地雷板だって"ガジェット・マイスター"が自作で設置しただけだし・・だけど、たぶん、外に売った方が儲かるよ?」


「全部を"ガジェット・マイスター"に売るつもりは無いし、全部を外の商人に売るつもりも無い。"ネームド"に必要な金は必要なだけ稼ぐから気にするな」


 シュンは果実水を飲み干して一息ついた。


「貴重な記録です。後で書き写させて下さいませんか?」


 ミリアムが真剣な表情で頼んできた。


「1000デギンでどうだ? ユアとユナが言ったように身体を張って調べた結果だ。無料とはいかない」


「はい。お支払いします」


「どうやら、良い取り引きだね」


 ケイナが微笑する。


「友好的なパーティとしてお互いに登録をすると、リーダー間だけじゃなくて、メンバー同士でも何処に居ても郵便のやり取りが出来るわ。依頼の事もあるし、君が良ければ"ネームド"をフレンド登録しておきたいんだけど?」


「構わない。うちからも依頼がありそうだから」


 シュンは双子を見た。


「オシャレを楽しむ」


「乙女の楽しみ」


 ユアとユナが言った。


「という訳なんだ」


「あはは・・そういう依頼は大歓迎さ」


 ケイナが嬉しそうに笑う。


「戦う時はちゃんと着替える」


「休む時はちゃんと着替える」


 双子がじっとシュンを見つめる。別に、許可など必要は無いのだが・・。


「好きなだけ作って貰えば良いじゃないか?」


「許可出た」


「この耳が証人」


 双子がくるりと向きを変えてケイナを見る。


「お頼み申す」


「お願い申す」


 2人が揃って頭を下げた。


「あ、ああ・・うん、任せて!」


 ケイナが自分の腕を叩いて見せた。


「さて・・ああ、洗浄は俺がやろう」


 シュンはお盆や食器を水魔法の清浄水で包み込んだ。


「便利ですね・・乾燥は風魔法でやります」


 洗い終わって清浄水から出した食器を風が包んで巻き上げる。ミリアムが風魔法を使って、そのまま空中に舞わせて乾燥していった。


「よく店でやっていたから、これだけは得意ですよ」


 ミリアムが笑顔を見せる。


「なるほど。町の生活も訓練になるんだな」


「食材は風で切っています。他には撹拌したり、コツが要りますが物を運ぶ事もできるようになりました」


「切断に撹拌・・」


 水魔法でも同じ事ができそうだ。乾燥にしたって、濡らしている水そのものを移動させて取り除けば良いのではないか? 勢いよく水を当てれば硬い石にだって穴を穿てるのだし、やりようによっては物を切断できるかもしれない。


 シュン達は"ガジェット・マイスター"のメンバーと色々な話をしながら、ゆったりとした食事の時間を過ごした。


「さて、ここまでは上出来だ。ただ、迷宮人には奴が居る。気を緩めると殺されるぞ」


 シュンの脳裏には、狙撃銃を手にしたユキシラの姿がある。まだ確認はできていないが、あいつは来ている筈だ。そして、あいつに狙われたら、かなりの数の異邦人達が命を落とすだろう。

 幸い、このイベントでは本当の意味で死ぬ事は無いらしいが、危険な奴に大量の経験値を稼がせる事になる。


「帰るまでが遠足」


「油断禁物」


 双子が理解した顔で頷いた。

 シュンは太陽の位置を確かめた。少し傾いていたが、まだ夕刻には間がある。


「地図は描けたか?」


「こんな感じ」


「高低差が曖昧」


 双子が描いた地図を見せる。この2人、東西南北が絶対に狂わない。常にシュンの見立てより正確だった。

 まだ描きかけの地図を見つめ、シュンは立ち上がって、通って来た密林、海辺へと視線を巡らせた。すぐに屈む。遅れて銃弾が3発空中を抜けて行った。


(悪くない腕だけど、あいつじゃ無い)


 まずは、ここへ来るまでに歩いた密林をもう一度。それからシュンの転移先だった海岸。双子が言う通りに、ここが瓢箪の形をした陸地で今居る場所が南端ならば、調べるべきは北ではなく南側だ。ケイナ達が岩山を動かないと決めたのなら、


(その前に、ここを包囲している連中を突破しないとな)


 シュンは双子達を見た。すでに準備を整えている。


「リビング・ナイトを先行させて降下する。ユア、ユナは楯に身を隠しながら。俺は最後尾を行く」


「アイアイサー」


「ラジャー」


 2人が頷いた。


「リビング・ナイト」


 シュンは漆黒の甲冑騎士を召喚した。


「突撃しろ」


 シュンの指示を受け、リビング・ナイトがゆっくりと向きを変え、切り立った岩山の上から一気に飛び降りて行った。


「ユア、行きまぁ~す!」


「ユナ、行きまぁ~す!」


 2人が黒い小翼を背に降下を開始する。


「報せは郵便で。救援の要請も受ける」


 シュンは目を見張り息を呑んでいるケイナ達に言い置いて、岩山の頂上から身を躍らせた。

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