第54話 迷宮戦、開幕!

『やあ、紳士と淑女と、そうじゃ無い皆様、お待たせしました。2年に1度のバトルロイヤルの季節がやって参りました~。戦闘が得意な方も、そうじゃ無い方も全員参加の迷宮戦で~す』


 少年の姿をした神によるアナウンスが始まった。

全員の目の前に、画面が現れている。少年神は画面の中で、機嫌良さそうに笑みを浮かべていた。


『優勝したパーティは、レベルアップ。優勝賞金は10億デギン。さらに、レベル25で手に入る従魔をプレゼントしちゃいま~す』


(お元気そうで何よりだ)


 シュンは打ち合わせ通り、部屋を出て宿屋前に向かった。すでに宿の受付前で双子が待っていた。


『場所はいつも通りに特別ステージ。制限時間は30日。課題は、迷宮人が持っている宝珠の奪取。最低1つは持って無いと、終了時にメンバー全員がレベルダウンのペナルティ、身体能力値の低下、1億デギンの罰金です。なお、奪取した宝珠を6つ集めると、神様にお願い事ができるチケットを進呈します』


(いくつ集めても30日間は続くという事か?)


 シュンは少し離れた場所に立っている別のパーティを見た。

 見るからに重そうな甲冑姿の少年が2人に軽鎧の少年が4人。その向こうに見えるのは、赤い竜を狩った時に追って来たパーティだ。ケイナ達の"ガジェット・マイスター"は見当たらない。


(そもそも、11階から18階の間に、迷宮人が1人しか居なかったらどうなるんだ?)


 さすがに1人だけという事は無いだろうが、都合よく異邦人と同数が存在するとは思えない。


(・・異邦人同士が宝珠を奪い合う事もあるわけか?)


 少しずつ、危険さが理解できてきた。

 開始直後に宝珠をメンバー分集めても、それを30日間奪われないように守らないといけない。迷宮人、魔物、異邦人・・全てを警戒し続ける必要がある。場合によってはレギオンのパーティ、あるいはメンバーすらも疑わないといけなくなる。


(パーティ内での殺し合いはできなくても、盗みはできるだろう)


 シュン達のように、収納の魔道具を持っている者ばかりでは無いのだ。

 収納の革ポーチは泥棒除けが付いているとケイナが言っていたが・・。付けている腰ベルトごと奪われたら、どうなるのだろう?

 シュン達のポイポイ・ステッキは、それ自体が収納されて見えない上に、他人が使用できないので心配いらないが。


 レギオン・チーフになった以上は、全員分の宝珠を手に入れる事が最低目標になる。

 盗難や紛失などに備えて、できれば倍の数を目指すべきだろう。


『なお、このイベント中に限り、死んでもイベント終了時に蘇生してあげます。パーティメンバー同士の蘇生魔法は、死後9秒以内にかけないと効果無し。死体は10秒後に消滅します。奪った宝珠を持ったまま死んだ人は、罰金100万デギンだけ。他のダウンペナルティはありません。なお、迷宮人が死後に遺した宝珠は3分で消滅します』


(なるほど、遠距離からの狙撃しただけでは宝珠を奪えない・・が、協力者を対象に接近させておいての狙撃は有効か)


 3分以内に駆けつけて宝珠を拾える位置に居ないと狙撃する意味が失われる。


『イベント中も犯罪判定は通常通りに記録されているから気をつけてねぇ~。それでは、ルーレット・スタート!』


 少年神が指を鳴らした。

 途端、上空に影が射し、巨大な円盤が現れて回転を始めた。中心から外縁にかけて線を引いてあり、線と線の間は色分けされて文字が書いてあった。かなり高速で回転しているのだろうが・・シュンの眼は全てを読み取っていた。


(氷雪地帯、岩山地帯、城塞都市、砂漠地帯、大海原、大湿原、森林地帯、熱帯雨林・・・)


 1つずつ書かれた枠もあるが、2つ3つと並べて書かれた枠もある。


『はい、ストップ!』


 少年神が、パンッ・・と、手を打ち鳴らした。


『おおっ!? 今回は、熱帯雨林・大海原・孤島のセットかぁ~。ああ、海には魔物が居るから泳ぐ時は気をつけて? じゃあ、行ってみましょう! 神様チケット争奪戦、始まり、始まり~~』


 楽しそうな声と共に足下に輝く魔法陣が出現し、円柱状に光を放ちながら回転を始めた。


『転移後、背中合わせに周囲を警戒』


 "護耳の神珠"で連絡を入れる。


『アイアイサー』


『ラジャー』


 2人から落ち着いた返事が返った。



ボーーーーーーン・・・



 間の抜けた大きな銅鑼どらの音が鳴った。


 いきなり湿気が増し、強い日差しが照りつける。そう感じた直後"ディガンドの爪"を正面にVSSを構えて周囲へ視線を配った。


(散らされたか)


 パーティメンバーは近くに居なかった。シュンが立っているのは、果てしなく続く白い砂浜の上だ。真っ青な海と密林、奥には岩山が見える。


「ユア、ユナ、身を隠して周囲に見える物を報告しろ」


 シュンは"護耳の神珠"に呼びかけつつ、海に向かって真っ白な砂浜を左右に見比べ、背後の密林へ目を向けた。


『ユア、木ばっかり・・蛇発見』


『ユナ、切り立った岩の下』


「その場を動くな。俺が行く。ただし、危険だと判断したら、EXでも何でも使って逃走しろ。くれぐれも、不用意に音を立てるなよ」


 2人に指示をして、シュンは真っ直ぐに密林へ駆け込んだ。目指したのは岩山だ。


(む・・)


 どこからか銃声が聞こえた。

 かなり距離がある。脅威を感じるような距離では無い。視線を巡らせたシュンの視界、500メートルほどをこちらへ向かって来る人影が見えた。


(・・あれは迷宮人)


 密林の中を散開し、銃を構えて進んでいる。開始早々、迷宮人との遭遇だ。


 人数は24名。

 他に動くものは見当たらない。


 シュンは木に身を寄せて気配断ちをした。相手の意図するところは分からない。数の優位を確信しているのか、奇襲を受けても反撃できる自信があるのか。かなり堂々と足音を立てているし、24名を囮にして別働隊が潜んでいるのかと疑っていたが、どうやら近くで動いているのは4パーティだけだった。


 シュンが潜む木立の左右を銃を構えた迷宮人が通り過ぎる。


「リビング・ナイト」


 シュンは召喚の呟きと同時に、12本のテンタクル・ウィップを繁った木や蔦の間へ伸ばした。


「敵だっ!」


「異邦人かっ!?」


 声を上げる迷宮人めがけてリビング・ナイトが長剣を突き出し、ナイトシールドで殴りつける。至近距離にいきなり現れた巨躯の甲冑騎士に迷宮人は恐慌状態パニックおちいっていた。同士討ちが起こりやすい距離で銃の連射が始まり、けたたましい銃声が慌てる迷宮人達をさらに混乱させる。


 シュンは最寄りの迷宮人を捉えて短刀を振り下ろし、迷宮人の鎖骨脇から心臓を刺し貫いた。すぐさま足早に離れる。無秩序に流れ弾が飛び交う中に身を置くつもりは無い。


 迷宮人が狂乱状態に陥った場所から100メートルほど移動して、周囲を確かめてから、シュンはテンタクル・ウィップで首を絞め付けた迷宮人12人をずるずると地面を引き摺り、声を出させ無いまま近くまで連れてくる。そして、1人1人、短刀でとどめを刺していった。


 死後10秒が過ぎた迷宮人から順に消え去っていき、黒い宝珠や武器が残される。シュンは宝珠を片っ端から収納してから、木立に身を寄せてVSSを構えた。

 リビング・ナイトに肉薄され、慌てて銃を乱射するばかりの迷宮人に狙いを付けて、静かに引き金を絞る。


 照準器の中で迷宮人がダメージポイントを散らせて仰け反り、5発目で斃れる。さらに、隣の迷宮人を撃つ。未だ、どこからどう狙われているのか分からないまま大声で対処方法を相談し合っていた。改めて、罠を疑いたくなるほどに無防備だ。


 さらに4人を撃ち斃し、残りはテンタクル・ウィップで首を絞め付けながら木の枝に吊るした。これで24名、全員を仕留めた。


「送還」


 シュンは、リビング・ナイトを還した。今の騒動を聞きつけた者達が接近してくる事を予想して、手早く宝珠の回収を終わらせると、気配断ちを行いながら現場を離れた。


 木立の間へ視線を差し向けながら小走りに移動する。


(・・ん?)


 シュンは斜め前方、800メートルほど先の樹上に人影を見つけて僅かに目を細めた。すぐに"護耳の神珠"に指を触れる。


『木の上は目立つ。狙撃を受ける危険が高い』


『・・すぐに降りる』


 樹の上で小柄な人影が耳元へ手をやりながら、きょろきょろと周りを見ている。


『慌てなくて良い。枝葉を揺らしたり、折ったりしないように気をつけて動け』


『ユア、了解』


 返事が聴こえ、樹に登っていた小柄な人影が危なっかしい様子で降り始めた。どうやら、ユアだったらしい。


『・・ユナ、無事だな?』


『返事がない。ただの死体らしい』


『よし・・』


 シュンは物音に耳を澄ませ、鬱蒼うっそうと茂る枝葉やつたへ視線を配りながらユアが見える位置まで移動した。

 ユアの眼の動きを観察してから、静かに近づいて行った。


「待たせた。すぐに移動しよう」


「アイアイサー」


 ユアがMP5SDを手に頷いた。


「撃たれたら転がって木の根元に。傷の程度に関わらず、すぐに傷薬を飲むように」


「アイアイ」


「俺の後ろを歩く時は真後ろじゃなく半身だけずらして立ち、上方、後方に7割以上の意識を向けておけ」


「アイアイ」


 ユアが頷くのを確認して、シュンは"護耳の神珠"に指で触れた。


『ユアと合流した。死体になっている方へ向かう』


『残り者には華がある』


 ユナの返事を聴いて直ぐ、シュンは振り向きざまにユアを押し倒して木陰へ引きずり込んだ。

 唇の前に指を立て、ユアの眼を見る。ユアが落ち着いた顔で小さく頷くのを見て、シュンは静かに身を起こして仕草だけで敵が居る事、その方向を教える。

 再び、ユアが頷いた。


(俺を追って来たな。どうやった?)


 息を殺して気配を探りつつ、すぐ理由が思い当たった。


(犬・・魔狼か)


 迷宮人は魔狼を使う。これ以上は包囲する間を与えるだけだ。


「リビング・ナイト・・敵を薙ぎ払え」


 シュンは召喚と同時に"霧隠れ"を唱えた。


「魔狼で臭いを追って来たらしい。迎撃する」


「アイアイサー!」


「だいたいで良い。リビング・ナイトの近くを狙え」


 シュンはVSSを構えて木陰から身を出し、魔狼を狙って撃ち殺した。木陰に引っ込む時には、次の狼の位置を見ている。


 ユアがMP5SDを連射した。


「続けてくれ」


 指示をしながら、木立の逆側に顔を出して魔狼を2頭、連続して撃ち殺す。

 リビング・ナイトが索敵し追い回すため、ユアが敵を捜す必要は無い。リビング・ナイトの向かう先を狙って撃てば良い。


 ・・霧隠れ


 シュンは水魔法をかけ直した。

 魔狼を連れた別の一団がリビング・ナイトを迂回して、左手から迫っている。


 ・・水楯


 続いて、分厚い水楯を出現させると、木立から離れた場所に身を晒して、見つけた端から迷宮人、魔狼構わず撃ち斃していく。

 ばら撒かれる銃弾を浴びて行動を乱された迷宮人達はリビング・ナイトの長剣で斬り倒され、次々に斃れていた。


(50くらいか)


 別働隊の数だ。

 シュンは、リビング・ナイトの周辺にいる敵から先に撃っていった。


 すぐに、別働隊からの銃弾が集まり始める。

 だが、今のシュンが生み出す水楯は巨竜の炎息ブレスを受け止めるほどに強靱だった。銃弾は水の表面をわずかに潜るだけで、力無く地面に流れ落ちて転がる。仮に貫通しても1発2発なら当たっても良い。連続して浴びさえしなければ回復できる。


(時間を掛けすぎると、さらに別の部隊も来る)


 "霧隠れ"をかけ直し、


「水楯の正面方向にXM! 隠れる位置を変更!」


 ユアに指示を出しつつ、リビング・ナイト周辺で生き残っていた最後の迷宮人を仕留める。リビング・ナイトが索敵範囲の敵を失って戻って来かけ、すぐに別働隊を感知して突進して行く。


「リビング・ナイトめがけて投げろ」


「アイアイサー!」


「・・ジェルミー」


 シュンはVSSを撃ちながら、ジェルミーを外へ喚び出した。


「狩れ!」


 シュンの命令を受けて、ジェルミーが腰の刀に手を添えながら、正面の集団では無く真横へ走る。

 そちらから、数人の迷宮人が回り込んで来ていたのだ。

 接近に気付いた時にはもう遅い。

 魔狼が切断され、左右に迷宮人が斬り捨てられる。


「水渦弾」


 シュンは未だ破られない水楯の裏に手を触れて、水渦弾を発動した。

 水楯の表面から無数の水渦弾が連射されて密林を貫き、木々を撃ち貫き、穿ち、木も草も魔狼も迷宮人も、穴だらけにして粉々に千切っていった。


「宝珠を回収。この場を離れる」


「ガッテン!」


 ユアを従えて宝珠すべてを回収し、シュンはリビング・ナイトとジェルミーを帰還させた。


「こそこそ行くのは止めだ。ここからは、見かけた端から攻撃する。どんどん撃って良い」


 今の交戦だけで、94個の宝珠。先の24個と合わせて118個を手に入れた。すでに目標個数を大きく上回っている。


(魔狼のHPが3万前後、迷宮人は2万程度)


 レベルは分からないが、防御力が特別高い訳では無いし、苦労するほどの敵では無かった。どうやら敵地のど真ん中といった雰囲気だが、これなら隠れ回る必要は無い。


 シュンは、"護耳の神珠"に指を触れた。


『ユナ・・死んだふりは中止だ。今からユアがXMを放り上げる。防御と回復で攻撃を凌いで空を飛んで来い』


『ラジャー』


 ユナの返事が返る。


「ユア」


「お任せあれ~」


 ユアが安全ピンを引き抜いたXM84を頭上へと放り上げた。

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