第57話 槍魚祭!

 予想に反して、タコの怪物は半夜で斃れた。

 サウザンド・フィアーを5回。1500万のダメージポイントを叩き込んだところで斃れたのだった。

 もちろん、多くの強い魔物と同じように、ダメージを受ける端から、HPの回復をし続けていただろうからHPの総量は分からないが、


(回復量が少なかったんだろうな)


 シュンは、テンタクル・ウィップをリビング・ナイトに握らせて、綱引きのような事をさせていた。

 テンタクル・ウィップの先には、死んだタコの怪物が繋がれている。なんとか浜辺へ引き摺り上げようとしているところだった。

 夜が明けて朝日が昇り始めるまで作業は続けられ、リビング・ナイトは任務を果たして送還された。

 満潮時に開始された作業だったが思うように引っ張れず、それでもじわりじわりと陸に移動してきた蛸の怪物が、干潮時を迎えたところでその全体を陽の光にさらすことになった。


 今度はジェルミーの出番だ。


「こんなの解体したことが無い」


 困惑顔で切開し、白い肉塊におぼれるようになりながら、懸命に作業をするシュンを手伝って、ジェルミーも刀を存分に使ってタコの身を裂き、切断をする。途中、真っ黒い液体が噴出して、浄化水を使い、さらには風呂に入ってくるという一幕もあり、ひたすら苦行のような解体作業となった。


「パール」


「パール」


 双子が騒ぎ出したのは、光沢のある雪のような色をした大きな玉が出て来た時だった。


「宝石なのか?」


 見上げんばかりの巨大な白玉をポイポイ・ステッキに吸わせてみると、"クトゥラの真核"という名称だった。

 直径が3メートル近いものが8つ。直径が5メートルを超えるものが5つ出てきた。


「こっちはクトゥラの触腕しょくわん?・・腕だったのか」


 巨大な触手は、どうやら腕だったらしい。

 他には筋肉、軟骨と嘴、脳、目玉、色素、麻痺疱が手に入った。


 魚人はテンタクル・ウィップを使っていないので、ドロップ品だけだった。鱗、ヒレ、牙、魔石の4種類だ。


「あれが夜行性なら陽が沈むとまた来るかもな」


 シュンは穏やかにいでいる青い海を眺めた。


タコはもう良い」


タコが夢に出る」


 ユアとユナが波打ち際でぶつぶつと言っている。

 2人が言うには、ニホンの蛸というのはもっと小さくて可愛い生き物らしい。


「よし・・ありがとう、助かった」


 ジェルミーに礼を言ってかえし、シュンは最後に残っていた頭の部分をポイポイ・ステッキで収納した。


「とりあえず、タコの身を塩で焼いてみるか?」


 波打ち際でしゃがんでいる双子に声を掛けるが、2人が聞こえないふりを決め込んでいる。

 シュンは無言で右手を前に差し伸ばした。


「水渦弾」


 無慈悲に水魔法が発動され、無数の水弾が双子の目の前を薙ぎ払う。

 ユアとユナが大急ぎで後退って海から離れた。

 水中で何かが撃ち抜かれ、眼を怒らせた人の顔らしきものが海面に浮かび上がって来た。何かが忍び寄って来ていたのだ。


「セ、セイクリッドォーー」


「ハウッリングゥーー」


 双子が尻餅をついたまま波打ち際めがけて聖なる咆吼セイクリッド・ハウリングを放った。白銀の閃光が海中を輝かせて右から左へ薙ぎ払って行く。


かめ・・いやカニか?」


 シュンは海中で粉々になっている魔物の集団を眺めながら不快そうに顔をしかめた。


 亀だか蟹だか分からない魔物は、その甲羅が苦悶する人の顔にそっくりだった。どす黒く変色した肌の色と言い、絶望に見開かれた眼、苦しげに叫ぶ形の口・・。おまけに、毛蟹のように黒い毛まで生やしている。


(聖法技が効いてるのか)


 双子の咆吼を浴びた端から不気味な形の蟹が光る粒になって昇華していた。


「・・天に還した」


「・・狙い通り」


 双子が青ざめた顔のまま波打ち際を離れてシュンの方へ近付いて来る。


「何が居るか分からないから気を付けよう」


「イエッサー」


「アイアイサー」


 双子が背筋を正して敬礼した。

 なお、ドロップ品は、呪面蟹の狂化面、呪面蟹の汚毛、呪面蟹の腐肉、魔石の4種類だけだった。


「ボス、助かった」


「ボス、大感謝」


「あんなに数がいるとは思わなかった。小さな魔物が近付いて来たから、ユアとユナを脅かすつもりで撃っただけなんだが・・」


「ボス、ひどいでアリマス!」


「ボス、非道ひどうでアリマス!」


「あ・・」


 シュンが軽く眼を見開いた。


「い?」


「う?」


 シュンの視線を追って、双子が背後を振り返った。


 そこに、槍のように尖った魚が飛来して迫っていた。咄嗟とっさの動きで、前に出てテンタクル・ウィップを打ち振るう。

 同時に水楯を出現させた。


「ユナ、EXだ」


「ラジャー」


 ユナが"聖なる剣"を使用した。白銀の剣が無数に降り注いで前方広範囲を斬り刻んでいく。

 海から飛来した無数の槍状の魚が飛び散った。


「ユア、EX」


「アイアイサー」


 ユアの"聖なる楯"が顕現し、海面から躍り上がって飛来する魚群を防ぎ止める。


「ジェルミー・・雷撃で撃ち払え!」


 シュンは水楯を張り替えながらジェルミーをんで命じた。


「ユナ、銃を乱射!」


「ラジャー」


「召喚っ、リビング・ナイト」


 シュンの呼び掛けで、漆黒の重騎士が出現した。


「楯で護れ!」


 リビング・ナイトに防御を命じながら、水渦弾の連射を始める。


「ボス、そろそろ"聖なる楯"が消える」


「ナイトの陰に入って防御魔法と回復。途中でユナと代われ」


「アイアイサー」


 ユアがリビング・ナイトの後ろへ駆け込む。

 遠距離魔術を習得しているユアは、100メートル以内であればパーティメンバーに防御や回復の魔法をかける事ができる。膨大なMP量と相まって、パーティの継戦能力を跳ね上げる。そして、ユナも同じ事ができるのだ。


 雷鳴が轟き、まだ海中にいる魚群めがけて轟雷が降り注ぐ。ジェルミーの雷撃が海中を流れて無数の魔物を灼き、海面へと浮き上がらせている。

 指示を出しているシュンは、水楯で防ぎながら水渦弾を点射しつつ周囲へ視線を配っている。


「ジェルミー戻れ」


 MPを使い果たしたジェルミーを送還し、それまでとは比較にならない大きな水楯を作り出す。


「送還・・」


 呟きと同時に、損傷した漆黒の重騎士が消え去り、


「召喚、リビング・ナイト」


 再び、召喚をして楯を使わせて壁にする。同時に、水楯を消して、シュンもリビング・ナイトの陰へ入った。

 どうやらペースを掴めた。

 押し寄せるのは、槍のように突き刺さってくる細長い魚の魔物だけだ。当然、海の側から飛来するだけの単調な攻撃だ。こちらも、防御と攻撃を単純にできる。


「ボス、EXいく?」


「やってくれ」


「ラジャー」


 ユナがEX技:聖なる剣を再使用した。最初に使用して10分が過ぎたのだ。


「ユナ、交替」


 ユアがリビング・ナイトの陰から駆け出ながらMP5SDを撃つ。

 代わりにユナが駆け戻って来た。


「ユア、楯を使え」


「アイアイサー」


 ユアの元気な声が聞こえて、白銀の光る楯が出現して周囲を護る。


「このまま深夜まで粘ろう」


「日付が変わる前にMP薬」


「撃って呑んで撃つ」


 MP回復薬は、一日に3本までしか効果がない。日付が変わる直前まで粘り、一気にMPを消費して大型の魔法をつぎ込み、MP薬で回復、大魔法・・を繰り返すのだ。


「"ネームド"流」


 ユナがにんまりと目尻を下げて笑う。おもむろに"文明の恵み"を出して入ったと思ったら、すぐに石鹸の香りをさせながら外に出てきた。


「ユアと交替するでアリマス」


「少ししたら、リビング・ナイトの送還と再召還をやるから気を付けてくれ」


「ラジャー」


 くるりと振り向いたユナが笑顔で敬礼した。

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