第40話 包囲されている!

「ボス、包囲網」


「ボス、十重二十重とえはたえ


 双子が悲しそうな声で告げた。


「突破するしか無いが・・」


 シュンは洞窟の前後へ視線を向けた。

 魔狼ガルムと迷宮人の混成部隊に通路の前後を挟まれてしまった。


 上を目指さず、5階へ降りて転移門を目指していたのだが、動きを読まれたのか巡りが悪かったのか・・。


「ワンコいっぱい」


「かゆい」


 双子が、"ディガンドの爪"の陰でぶつぶつ言っている。


「さて・・これは、無傷とはいかないな」


 シュンは突破の方法を考えながら、リビング・ナイトの陰から武器を構えた迷宮人達を観察していた。

 すでに10分近い対峙が続いている。


(MP切れで、リビング・ナイトが消えるのを待っているのか?)


 ちらと左手甲に浮かんだMP残量を確認し、シュンは双子を見た。


「死なば諸共」


「爆死上等」


 ユアとユナが手に手榴弾を取り出して握っている。


「向こうには腕の良い狙撃手が居るはずだ。ここからは見えないが・・防御の魔法を切らさないようにな」


「練度うなぎ登り」


「練度上げ上げ」


「・・お前達が居ると追い詰められた感じがしなくて良いな」


 シュンは小さく笑った。


「高評価?」


「好評価?」


 双子が大きな瞳を輝かせる。


「・・動きがありそうだ」


 シュンは、VSSを後背の集団へ向けた。


(ちっ・・)


 同じように、銃の照準器を覗いている奴が居た。美麗な容姿の狙撃手だ。これで何度目の対峙となるのか・・。


 ・・撃たれる。


 そう覚悟したが、銃弾は飛んでこなかった。

 いぶかしく思いつつ引き金を引こうか迷っていると、照準器越しに、向こうの狙撃手が唇を動かしているのが見えた。

 ゆっくりと、同じような動きを繰り返している。


(ぶき・・おろ・・せ?)


 投降を呼びかけているのか? なぶり殺されるのが分かっていて?


(ふざけるな)


 シュンは試しに唇を動かしてみた。


(・・ころさない?)


 向こうは、しっかりと唇を読んで答えて見せた。


(おんなをかえす)


(ここではまずい・・か?)


 シュンは照準器越しに、相手の女のような唇を見ながら眉根を寄せた。


(みちをあけろ・・みちをあけろ)


(うちあい・・なる)


(みちをあけろ)


 シュンが唇を動かした時、どこかで銃声が鳴り、"ディガンドの爪"に銃弾が跳ねた。


(みちをあけろ)


 そちらは無視して、シュンは狙撃手に向けて唇を動かし続けた。


「リビング・ナイトを送還し、女達を楯にする」


 双子に声をかけた。


「おお、誘拐犯的な」


「いよいよ悪役」


「ユアのXMを投げろ」


「アイサー」


 ユアが閃光爆弾を転がした。派手な炸裂音と共に眩い閃光が満ちる中、シュンはリビング・ナイトを送還した。5人の女達が地面に転がり出る。シュンは手早く女達で囲みを作り、その女達の中へ身を入れた。ユナがMKを手に、安全ピンに指を掛けている。


「風呂に入ってくる」


 シュンは双子に声を掛けて扉を出現させた。


「アイアイサー」


「ハイサー」


 双子が答えた。

 

 シュンが扉に入り、そして出てくる。一瞬の間すら経過しない出来事だ。


「2人も風呂に入って来い」


「行くでアリマス」


「楽しむでアリマス」


 ユアとユナも扉を出して、一瞬の出入りを行う。

 それだけで3人共、完全にリフレッシュできている。何しろ、たっぷりとしたお湯に浸かり、伸び伸びと身体を休め、冷たい飲み物を飲み・・時間を気にせずに満足してから外に出て来たのだから。


 包囲している迷宮人にとっては、何が起きたのか分からなかっただろう。3人が背中合わせにしゃがんで"ディガンドの楯"で壁を作り、今度は食事を始めた。

 屋台で買い込んでおいた、紙で包まれた腸詰ソーセージめと野菜を挟んだパンである。


「包囲されてお風呂」


「最強過ぎる」


 双子がにこにこと上機嫌だ。


「いつでも爆死できる」


「乙女は綺麗に散る」


「・・いや、散らなくて良い」


 苦笑しつつ、シュンはパンを頬張った。すでに、VSSは収納していた。


「このまま包囲?」


「いつまで包囲?」


「女達の体力が保たない・・ように見える。どこかで強引に取り返しに来るだろうな」


 シュンは周囲に転がる裸の女達を見た。実際には、双子が治癒しているので命に別状は無い。


「他にも居たんだろうな」


「どうやってさらった?」


「どこからさらった?」


 双子が首を傾げる。


「どこかの集落でも襲ったのか? 迷宮人が取り返しに来ていたから、町の人間にさらわれた事は気付いていたようだが・・」


「あの町長?」


「宿の2人?」


「もっと大々的にやったのかもな」


 シュンは、MPの回復具合を見ながら、水魔法の"霧隠れ"で3人を包んだ。


「転移門まで、どのくらいだ?」


「400メートル」


「ひとっ走り」


「・・数の差で押しきられるな」


「籠城?」


「女の城?」


「それだと女達を助け出した意味が無い」


 死なせるために連れて来たわけでは無いのだ。


「町民の敵」


「指名手配」


「町長達を殺したからな・・もう、あの町には入れないな」


「殺人鬼」


「悔い無し」


 軽口をたたきつつ、双子が壁代わりにしている女達に治癒魔法を掛けている。それぞれ、MPの残量を把握した上で行っていた。


「私に話をさせて・・」


 いきなりの声に、


「え?」


「へ?」


 双子がぎょっと声の主を見た。

 俯せに転がっている女の1人が、顔をねじ曲げた姿勢でこちらを見ていた。


「自由に話してくれて良い。ただ、武器を取り出したら自衛のために殺す」


「・・分かってる。私は、アイーシャ。ランソンと話がしたいと伝えて欲しい」


「アイーシャか・・ランソン?」


 包囲している連中に、そういう名前の奴がいるのか。それとも、何かを知らせる言葉なのか。


「アイーシャという女が、ランソンと話がしたいそうだ!」


 シュンは声を張り上げた。


「ドキドキ」


「ビクビク」


「・・一斉攻撃の合図かな?」


 迷宮人が、にわかに殺気立つのが分かる。しかし、暴発ギリギリで踏み止まっているようだ。


「そう・・ランソンは死んだのね。ユキシラを呼んでくれない? あいつは絶対に生きてるから」


 女が言った。


「アイーシャが、ユキシラと話したいそうだ!」


 再び声を張り上げる。


 果たして、姿を現したのは、例の美貌の狙撃手だった。


「敗北決定」


「勝利を知りたい」


 双子が項垂うなだれた。

 シュンは短刀を引き抜いて女の近くへ寄ると首筋に刃を添えた。


「ユア」


 双子を振り返る。

 すぐに意図を理解したユアが、女の脚を拘束するために巻いていた白布を外して、女の胸乳から膝までを包んだ。


「好きに話せ。そのまま逃げても良いが、こちらに武器を向ける事だけはするな」


 女に耳打ちして、シュンはユアと一緒にユナの近くまで下がり"ディガンドの爪"に身を隠した。女が鉄枷の付いた手を地面について身を起こし、ちらとシュン達を振り返ってから、ユキシラという美貌の狙撃手の方へ歩いて行った。


「一斉射撃?」


「蜂の巣?」


「MPが回復した。攻撃を受けたらナイトを出すぞ」


「了解」


「了解」


「女達は放置して転移門を目指す」


「アイアイサー」


「ラジャー」


 双子が手榴弾を握る。

 その間も、ユキシラとアイーシャが話をしていた。親しげな感じはしないが、何となく、アイーシャの言葉にユキシラが従っている様子だ。


「封鎖を解く。あの連中をこちらへ移動させるから攻撃は控えてくれ」


 ユキシラという狙撃手が話しかけてきた。その声を聴くなり、


「まさかの男子!?」


「惨敗過ぎる」


 双子がいよいよしょげる。


 シュン達が緊張して見守る中、転移門のある方向を封鎖していた集団が、こちらを睨みつけながらシュン達の横を抜け、ユキシラがいる側へと集結して行った。これで、転移門へ行ける。


「拐われた女達の救出に感謝し、今回だけは見逃そう」


 ユキシラが言った。


「だが、お前は危険な男だ。次に見かけた時は必ず仕留める」


「何度も撃ち倒された奴が何を言う。俺は、この場で勝負してやっても良いぞ?」


 シュンはユキシラの眼を見据えながら言った。


「・・大事の前だ。今は見逃してやる。だが、いずれ決着はつけるぞ」


 ユキシラが小さく指笛を鳴らして魔狼ガルムを呼んだ。


「そこの女達はアイーシャと、この狼が砦へ帰す。そのまま置いていってくれ」


「そうしよう」


 シュンは素直に頷いた。

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