第41話 オグノーズホーン
「いつかリベンジ」
「心残り」
双子が、8階、9階の地図を描けなかった事を悔やんでいる。
「あいつが居なければ、探索をやっても良いんだが・・」
「美人男子」
「敗北感」
「ユキシラだったな。あいつは、危険な狙撃手だ。前に撃たれただろう?」
どっちだか分からないが。
「まさかの?」
「脇腹の
ただの遭遇戦なら、リビング・ナイトと、ユア、ユナの手榴弾で有利な状態を作り出せる。しかし、あのユキシラが居て、しかも助け出した女達が一緒では逃げるしかない。対話により、一時休戦できただけでも儲けものだ。
11階、12階を制覇し、13階へ続く階段で一息入れつつ、シュンは迷宮人達の様子を思い出していた。
「町を攻めた?」
「総攻撃?」
双子がいきなり言った。
シュンは素直に驚いて2人の顔を見た。考えていた事を見透かされたようだ。
「今頃、7階の町は占領されたかもな」
「迷宮人の町」
「新人が来たら餌食」
「そうだな。知らずに町に立ち寄ったら殺されるだろう」
町に立ち寄らなくても、10階を突破するのは至難だ。塔から狙撃を受けながらの砦突破は困難を極めるし、無限に湧き続ける魔物達を相手に城館へ辿り着いたとしても、中には人数が必要な強敵が待ち構えている。今後、新しく迷宮に連れて来られる者達にとっては厳しい関門になりそうだ。
「12階におかしな部分は無いな?」
「地図は完璧」
「距離ぴったり」
「よし、それなら13階へ・・?」
シュンは、ふと口を噤んだ。通って来た12階の岩の
「迷宮人では無いが・・人間でも無いな」
シュンの呟きを聴いて双子が楯を浮かべて護りを意識する。
「全力でやる」
囁きながら、シュンはリビング・ナイトを召喚した。
「・・っ!?」
シュンは
凄まじい衝撃が弾けて、握っていた短刀がもぎ取られた。
シュンは、"ディガンドの爪"を前に出しつつ、テンタクル・ウィップを横殴りに打ち払う。しかし、虚しく空を
「ちっ・・」
短く舌打ちが聞こえて、視界の隅を人影が飛んで上方の階段へと舞い降りた。
「無事か?」
「無傷」
「傷無し」
双子の声が緊張に震える。対峙する相手の危険さに気付いたのだ。
シュンは、テンタクル・ウィップを片手に、全神経を眼に、耳に、五感すべてに行き渡らせて相手に集中した。
2メートルそこそこの体躯をした大柄な老人・・。魔導師のような黒い法術衣に身を包み、手には武骨な木の杖を握っている。
「妙な物を持っておるのぅ」
赤黒く猛る双眸が、階段上から見下ろしてくる。
「我が一撃を払った技は見事・・見たところ、駆け出しの小僧っ子のようだが、場数だけは踏んでおるか」
「・・行け」
シュンはリビング・ナイトに命じた。
応えて、重甲冑の巨躯が突進を開始する。
だが、
「
老人の一言で、リビング・ナイトが粉々に砕けて飛び散っていた。分厚い鎧の破片が飛び散って周囲の壁、階段を削り、火花を散らす。双子の"ディガンドの爪"にも命中して硬質の擦過音を響かせた。
「おうっ!?」
老人が軽く眼を見張り、わずかに身を引いて脇へ動いた。
爆散したリビング・ナイトの破片が飛び散る中を、シュンが強引に飛び込んで、テンタクル・ウィップを振り下ろしたのだ。
「くくっ・・無茶をしおるのぅ」
老人が喉を鳴らし、眼を細めながら、片手に握った杖を前に突き出した。
無数に枝分かれしたテンタクル・ウィップが激しい殴打音を鳴らして老人を包み込む。しかし、すべてが眼に見えない壁に止められて弾き返されていた。
「ボス!」
「戻って!」
双子が悲痛な声をあげながら治癒魔法を放つ。
シュンが階段上に片膝をつき、姿勢を崩している。その身体にリビング・ナイトの破片が無数に突き刺さっていた。捨て身で突っ込んでの攻撃だったのだ。
「・・くっ!」
苦しげに呼気を吐いて、シュンがテンタクル・ウィップを横殴りに振った。
「ふん・・
老人が杖を前に出して受け止めた。
直後、老人の足下近くで、大爆発が起こった。
シュンは身体に刺さった破片を力任せに次々に抜き捨て、双子の治癒魔法を浴びた。
これで終わる相手では無い。そんなことは分かりきっている。
「・・やりおったな」
老人の声は頭上から聞こえた。
ぎょっと上を振り仰いだ双子が、慌てて"ディガンドの爪"を上方へ持ち上げようとする。
「動くな!」
シュンが
そこへ、眼に見えない衝撃が襲ってきた。上からでは無く、真横からだった。
危うく上へ持ち上げかけた双子の"ディガンドの爪"が重々しい衝撃を受けて破砕音を立てる。
「治癒に集中!」
声を掛けながら、シュンは2人を抱いて横っ飛びに階段の壁際へ倒れ込んだ。
「リビング・ナイト!」
三度目になる召喚を行った。
「俺の背中に」
唯一無事だったシュンの"ディガンドの爪"を前に、シュンは双子を背中に庇った。双子が必死の形相で防御魔法と治癒魔法を掛け続けている。
「正直、感心したぞ」
老人が階段上で破顔していた。だが、眼光は射貫くようにシュン達を見つめて動かない。
(・・絶望的だな)
攻めの糸口が見えない。リビング・ナイトは紙の人形を引き裂くように細断され、眼に見えない力を受けただけで"ディガンドの爪"が破壊される。
(だが・・テンタクル・ウィップは嫌がった)
この老人は、
「
「貴方は、この迷宮の王か?」
「・・王とな? ふははは・・愉快なことを言いおる。儂など、彼の御方にとっては地を這う地虫に過ぎぬよ。ただ、暇を持て余しておるから、少しばかり自由にさせてもらっておるがのう」
老人が笑いながら階段に腰を下ろした。
「小僧、レベルは?」
「11です」
「・・・なんとのぅ。そんな低辺のレベルで、ここまでやりおるか」
「この迷宮は、いったい何階まであるのです?」
「人の身で認識できるのは、700階までだろうな」
「・・700」
シュンは呆然と呟いた。
「待っておっても誰も登って来んから、こうして散歩に降りて来るのだが・・小虫を追い回して潰すのはさすがに許されておらん。それこそ、誰もおらんようになるでな。故に、小虫と
「3分・・」
「よもや5分も費やして、小虫を仕留め損なうとは思わなんだぞ」
「名を
「足らぬ。が・・今日は機嫌が良い。名乗ってやろうか」
老人がゆっくりと立ち上がった。
「オグノーズホーン・・儂につけられた名じゃ。覚えておくが良い」
「・・はい」
シュンは硬直したまま答えた。
いつ移動したのか、老人の声が耳元で聞こえたのだ。それは幻聴などでは無く、真後ろから、老人が大きな体を屈めていた。
「くくくっ・・精々、生かされた命を謳歌せい。小僧っ子よ」
シュンの頭に
ふうぅぅ・・・
シュンは長々とした息を吐いて座り込んでしまった。今になって、体に震えが這い上がってくる。
「どうにも・・情けないな」
シュンは震える自分の手を見ながら苦笑した。
「生きてるか?」
「はい、ボス」
「はい、ボス」
双子の声も元気が無い。
「お前達の治癒が無ければ死んでいた。ありがとう・・礼を言う」
「ボスこそ、ありがとう」
「護ってくれて、ありがとう」
双子が
シュンは、左手の甲に浮かんだステータスを見た。
<1> Shun (183,107/675,000exp)
Lv:11
HP:2,250
MP:5,186
SP:102,355
EX:1/1(30min)
<2> Yua
Lv:11
HP:6,225
<3> Yuna
Lv:11
HP:6,225
(EXを使う間など無かった。仮に使えても、あの老人に効くのか?)
シュンは階段の壁に背を預けて座った。
真似をして、ユアとユナがよろよろと這って移動し、なんとか座る。
MPは思ったほど消耗していない。リビング・ナイトの召喚しかやっていないのだから当然か。
「楯を壊されたな」
"ディガンドの爪"が粉々だ。リビング・ナイトの破片を受けた騎士服も方々破けている。3人共、壊れた鎧などは収納し、騎士服に長靴だけの軽装になった。
「時間で治る」
「自動修復」
「・・だったか? 俺のHPがお前達より低いぞ・・本当に死ぬところだったんだな」
「胸が痛む」
「激痛」
双子が
「胸・・?」
シュンはちらと双子の真っ平らな上着の胸元を見た。どこまでが胸で、どこから腹なのか・・。すぐに何も言わずに視線をステータス表示に戻した。
「視線が停止しなかった」
「もう死にたい」
「・・いや・・謝罪する」
シュンは頭を下げた。
「上着を脱いでも良い」
「ガン見もオーケー」
「すまなかった」
シュンは重ねて謝った。
「泣きそう」
「無価値?」
「いや・・配慮が足りなかった。つい・・身内のような感覚で・・その、馴れ馴れしかった。許して欲しい」
シュンはとにかく謝った。気の緩みが招いた失態だ。こういう時は嘘を言わない方が良い気がする。
「・・困った」
「・・怒れない」
ユアとユナが腕組みをしたまま顔を見合わせた。そのまま顔を寄せて、ひそひそと
「すべてを水に流す」
「でも、提案がある」
「提案?・・なんだ?」
シュンは少し安堵しつつ
「少し甘えたい」
「とても怖かった」
理不尽なほどの絶望的な死に直面したのだ。少しどころか、かなり怖かっただろう。
「・・それは分かるが、甘えるというのは?」
「肩を抱いて欲しい」
「肩で我慢する」
大きな黒瞳がキラキラと期待で輝いている。
「・・そんな事で良いのか?」
「そんな事が良い」
「それが良い」
ユアとユナが間に隙間を作った。2人の間に座れという事だろう。
「そうか・・それで良いなら」
シュンはともかく、それで双子の機嫌が直るならば・・と、双子の間へ腰を下ろし、ユアとユナの肩にそっと腕を回した。まだ肉の薄い尖った肩を掌で包むように握る。
「うん、とても良い」
「うん、すごく良い」
双子が満足げに呟きながら左右から頭を預けてくる。
(・・無理も無いな)
肩へ回した腕に小さな身体の震えを感じて、シュンは元気付けるように2人の肩を強く抱いた。恐怖の中で悲鳴もあげず、よく耐えてよく動いてくれた。この双子の治癒魔法が無ければ命を落としていただろう。
オグノーズホーンという老人は、死そのものだった。双子にすれば、何が起きたか分からないままに翻弄され、砕け散るリビング・ナイトを目の当たりにし、"ディガンドの爪"まで破砕された。しかも、相手はまるで本気を出しておらず、いつでもシュン達を殺せたのだ。
「ボスも、震えてる?」
「ボスも、怖かった?」
「えっ?」
シュンは何を言われたのか分からずに左右の2人を見た。
「これ・・俺が震えているのか?」
「ユアも震えてる」
「ユナも震えてる」
「そうか・・俺は、まだ震えているのか」
震える両手を目の前に持ち上げて見つめ、シュンは軽く奥歯を噛み締めた。
(情け無いな、俺は・・)
オグノーズホーンという老人は去った。震えている暇があるなら、あの化け物と次に遭遇した時にどうするか考えるべきだ。次は遊ばずに殺される。
「今は休む」
「今は休憩」
双子が左右から背をさすってくる。
「・・情けないな」
シュンは正面を見据えたまま呟いた。なんだか小さな女の子に慰められている構図だ。
「せめて震えないようにならないとな」
「萌える」
「満たされる」
双子が小さく笑った。
「ん?」
「ご褒美貰った」
「筋肉質」
「よく分からないが・・良かった」
シュンは身体の力を抜いた。ユアもユナも、死の淵へ追い落とされる寸前の無力感を味わっている。心が折れ、もう探索をやめたいと言い出しても無理が無い状況だったのだが、何だか2人とも大丈夫そうだ。
(もっと冷静に・・もっと鋭敏に・・)
どれほど絶望的に思える状況下でも、諦めずに考え続ければ必ず活路はあるのだから。オグノーズホーンの力を前に心が萎縮して思考が鈍った。十全の力を発揮できずに命を落とすところだった。
「ボス、肩が寂しい」
「ボス、肩を抱くべき」
双子に言われ、シュンは素直に腕を回して2人の肩を抱いた。
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