第42話 メタルワン

 約1ヶ月間、11階と12階を行き来して、わずかな経験値を稼ぎ続けた。


 ポップする魔物に低確率で混じる上層階の魔物が出ると、死にそうな思いをしながらも、逃げて引きずり回したり、EX技のゴリ押しをやったり、時には狭い通路に逃げ込んで大きな魔物が入れないで引っかかっているところを痛撃したり・・・あと1万ポイントほどでレベル12になるというところで、13階へ続く階段を上がる事にした。

 1ヶ月経って、ようやく3人の"ディガンドの爪"や防具類が完全に復活したのだ。重度に破壊された防具類が自動で修復するには、かなりの時間が必要になるらしい。


 オグノーズホーンという老人に遊ばれた13階への石段を踏みしめ、シュンはまだ自分の中に怯えが残っている事を感じて苦く笑った。


「ボス?」


「親分?」


「いや・・俺は自分で思っていた以上に臆病だった」


 シュンはVSSを手に階段上を見ながら、ゆっくりと上る。

 後ろを、MP5SDを構えた双子が続く。新しく手に入れた銃の慣らしも終わり、それなりに扱えるようになっていた。思ったほど命中精度は悪くない。やたらと硬い平たい虫には弾かれるが、褐色の小鬼ゴブリン相手なら十分に威力を発揮していた。


(銃は、人の形に近い相手には効きやすい気がする)


 対して、XMやMKといった手榴弾は、どんな形状の魔物にも安定した効果やダメージを与えている。武器によって多少の相性があるのは当然だが、この迷宮では極端なくらいに顕著だった。


 シュンは、都度都度つどつど、気づいた事や感じた事を備忘録として帳面に記録している。根拠のない直感めいた事も、書き留めておいた。

 今は、どうすればオグノーズホーンを相手に生き残れるか、そればかりが脳裏を巡る。座って休む時も、食事の時も、恐らく眠っている時も考えている。


 それで良いと、シュンは思っていた。

 あの体験を忘れようとする方が無理がある。


「ボス、今日も魔物肉?」


「苦いのは苦手」


 お腹が空いたらしい双子が訊いてくる。


 テンタクル・ウィップの特殊な効果と断定して良いだろう。必ずという訳では無いが、魔物をたおしても迷宮に吸われて消えずに死体が残る。そういう時に、シュンが解体してポイポイ・ステッキで収納してあった。

 急いで町を目指さず、1階ずつ踏破していくためには、どうしても買い込んだ食糧が尽きてきて、魔物肉を食べなければならなくなる。おかげで、双子の解毒魔法は練度が上がって、何種類かの毒や病気を一度に治せるようになっていた。それに、いつでも駆け込める"文明の恵み"がある事が心強い。


「この階段は、危ない奴も通るからな。上に着いて、適当な場所を見つけたら食事にしよう」


「アイアイサー」


「ラジャー」


 双子が応えつつ、上って来た階段下へ注意を払う。この2人も、オグノーズホーンの姿を思い出しているのかもしれない。


「上に気配だ」


 シュンのささやきに、双子が身を寄せた。


「・・こちらを意識している。XM、MKで仕掛けよう」


 シュンの言葉に、ユアがXMを、ユナがMKを取り出して安全ピンに指を掛けた。合図を待って、シュンに視線を向ける。


(動かないな・・丁度、階段を上りきった辺りか)


 シュンはVSSを構えて照準器を覗き込んだまま動きを止めた。

 双子がかゆいと騒がない。魔狼ガルムなどでは無さそうだが・・。


小鬼ゴブリン犬鬼コボルトの類とも違う?)


 この頃は、気配でどんな魔物かが把握できるようになってきた。


 距離は17メートル。


 12階から13階への階段は、ひたすら真っ直ぐな石段になっていて、身を隠す場所などは何処にも無い。


(銃撃されると無傷では済まないが・・)


 防御魔法がかかった防具を装備した状態でなら、かなりの時間耐えられる。双子のような手榴弾を持った相手なら、もう攻撃してきてもおかしくない。あるいは、小鬼ゴブリンのように火炎瓶を投げたり、弩を射かけてくるのか・・。


「・・やろう」


 シュンは双子に頷いて見せた。

 2人が安全ピンを引き抜いた。軽く助走をつけて下手投げに放り投げようとする。


「あ・・ま、待てっ!」


 シュンは慌てて双子を引き留めた。ぎょっとなって、投げかけた手榴弾を握り、双子が一瞬考え、


「・・ちゃい」


「・・ぽい」


 くるりと向き直った双子がシュンの後ろ・・階下側へ放り投げた。

 咄嗟とっさに、"ディガンドの爪"を出して背中側を護ったシュンを凄まじい衝撃が襲った。


「治癒する」


「危うくボス殺し」


 すかさず、双子の治癒魔法がシュンの身体を回復させた。


「ボス?」


「親分?」


「・・すまん、銃を出してくれ。このまま上ろう」


 シュンは小さく息をつき、VSSを手に先頭に立って階段を上り始めた。双子がMP5SDを取り出して続く。


「なるほどな・・」


 13階に上がった所で、シュンは小さく頷いた。


「ロボ・ワンコ?」


「メタルなワンコ?」


 双子がMP5SDを構えたまま言った。


(溶けてる?・・かした銀みたいだな)


 双子が言うように、大きな犬のような形をした銀色の塊が、階段上のちょっとした広間に転がっていた。犬であれば、胴体の途中から脚にかけてが液状化して床に溜まっている感じだ。

 体長というのかどうか・・もし脚が溶けていなければ、3メートルくらいあるだろうか。もっと大きな魔物を見慣れているので、特に大きいとも感じないが・・。


「首から上が無いな」


 シュンは周囲へ視線を巡らせてから言った。


「何かにたおされた?」


「魔物同士で喧嘩?」


「・・かもしれない」


 シュンは頷いた。ちらと、脳裏にオグノーズホーンという老人の顔が浮かんだ。


「消え去るだけなら・・」


 シュンは、テンタクル・ウィップを取り出した。

 何かの素材になるかも知れない。

 素材が残るかどうかは運任せだが・・。

 勢いよく振り下ろしたテンタクル・ウィップが金属質な塊を乱れ打った。


「・・ダメージポイントが出る」


 200~300の数値が次々に躍って見えた。


「ワン、生きてる?」


「ワン、まだ死んで無い?」


 双子がシュンを見上げた。


「治癒を試すか?」


 シュンは、これが犬だったら心臓があるだろう場所へ掌を当ててみた。ひんやりとした硬質な手触りだった。脈動する感じは得られないが・・。


「あぁ・・」


「ワンが・・」


 ユアとユナが悲しそうに表情を曇らせた。

 目の前で、みるみる金属が溶け崩れて液溜まりのように床へ拡がった。


 カツーーン・・


 乾いた音が鳴って、透明な玉が一つ転がり落ちた。


(これは・・)


 シュンは玉を拾い上げると、足下へ拡がった銀色の液体を見回し、また透明な玉へ視線を戻した。



****



『やあ、また君かい?』


 水玉柄の半ズボン姿で、少年神が姿を表した。


「神様?・・すると、この玉は?」


『レア物だねぇ・・って言うか、君にはまだ絶対にたおせない魔獣なんだけどねぇ?』


「・・瀕死で倒れていたのです。結果的に、止めを刺した形になったらしく」


 シュンは、13階に上がったところで起きた事を説明した。


『それより、まさかオグ爺と出くわして生き残るとは思わなかったよ。絶対、死んだと思ったんだけどなぁ』


「ええ・・死んだと思いました」


『あの爺ちゃん、気紛きまぐれなところがあるからなぁ・・ああ、君は幸運値が高いからねぇ、少しくらいは作用したのかも』


「事実、運が良かったのだと思います」


『そんでもって・・その魔獣を半殺しにしたのはオグ爺だねぇ』


「やはり、そうなのですね?」


『ほら、前に君達がやったように、延々とポップさせて強い魔物を出現させるってやつ。13階でやっているパーティが居てね。その子達が魔獣を出現させちゃったんだよ』


「そのパーティは?」


『2秒で全滅した』


 少年神が、にたりと笑みを浮かべた。


「・・そうですか。そして、そのまま残っていた特別な魔物をオグノーズホーンがたおしたと?」


『そういうこと。まあ、たおしたというより、散歩の邪魔だから脇へ退かした感じだけどね』


「魔物に頭部がありませんでしたが?」


『獄葬かな? 切り取って別の空間に放り込んじゃったんじゃない?』


「・・怖ろしい話です」


『そう? でも、上の階層で暇している連中って、そんな奴ばっかりだよ?』


「そうなのですか・・」


 上の階層というのが、いったい何階からを指しているのか知らないが、とんでもない場所のようだった。


『さてと・・ご褒美の時間だねぇ。まずは、厄災のオグ爺に遭遇して生き残った褒美として、"折れない心"を授けるよ。名称そのまんまの能力さ。それから、"テンタクル・ウィップ"が進化するよ。もう、取り出して握らなくても腕から生やせるね。どっちの手でも良いよ』


「はあ・・?」


 まるで意味が分からない。


『元々、特別な魔物に由来の素材で創られていたからね。成長して色々と変わるのさ。どう変わったかは、いつもの様に頭に刷り込まれるよ』


「・・そうなんですね」


『オグ爺と遭遇戦をやって生き延びたんだよ? 本当はどばっと経験値とかあげたいけど、斃してないから無理ですぅ~』


「・・はい」


『なので、練度をどばっと上げてあげますぅ~』


「感謝致します」


 シュンは素直に礼を言った。


『うむっ! 感謝したまえ! あと、報奨金として500本だね。その価値はあるね』


 シュンの目の前に、聖印棒金が500本浮かび上がった。


「これは・・もう、なんだか、お金の価値が分からなくなりますね」


 シュンは山吹色の輝きに気圧されつつ、遠慮無くポイポイ・ステッキで収納した。


『さてさて、お次はジェルミネルの討伐報酬だ。漁夫の利って言うんだっけ? 瀕死のジェルミネルを鞭打っただけで討伐だもんなぁ』


「なんか、すいません。あれは、本当に素材欲しさにやっただけで・・」


『良いんだ。経緯はどうでも、君が仕留めたことは事実なんだから。う〜ん、ジェルミネルの討伐報酬は特殊能力だね。あぁ、これって・・なんか微妙かも。まあ、仕方ないね。それと、素材の交換・・例の玉もあるんだったね』


「はい」


 シュンは、ポイポイ・ステッキから、液状の金属塊と透明な玉を取り出した。


『無色透明・・大きさは、ジェルミネルの魂玉にしたら最大かも。これで交換できる品はジェルミーの使役だね』


「ジェルミネルでは無く?」


『ジェルミネルは雄。ジェルミーは雌なんだ』


「・・・そうですか」


 このドロッとした液状の金属には性別があるらしい。驚きの事実だった。


『ジェルミネルは特殊能力系、ジェルミーは魔法系だね』


「召喚するんですよね? リビング・ナイトはどうなるんですか?」


 以前の水馬のように手放すのは困る。リビング・ナイトは、もう無くてはならない存在だった。


『召喚じゃ無いから共存できるよ。ジェルミーは寄生生物だから。召喚じゃ無いんだ』


「寄生?」


『大きな犬に寄生してただろう? オグ爺に殺されちゃったけど・・本当はかなり厄介な魔物だよ』


「・・そうですか」


 寄生とは何だろう? 魔狼のような生き物に、別の魔物が取りいていたという事なのか? だから、犬の姿をしていたと?


『君がどうしつけるかで、性質は大きく変わる。まあ、放っておいても、それなりに育つから良いんだけどね』


「性質・・育つ?」


 分からない事だらけだ。


『使役者には危害を及ぼさない』


 そう言って、少年神がふわりと飛んで移動すると、シュンの額へ手を当てた。


『ジェルミーは脳の波動を拾って動くからね。脳に宿してやるのが正解なのさ。まあ、普通は逆に乗っ取られて頭が壊れちゃうんだけど、神の技にかかれば問題無し!』


「頭が・・?」


『大丈夫ぅ、大丈夫ぅ〜。神様に任せなさぁ〜い』


「・・はぁ」


 シュンが言われるまま、静かに立っていると、少年の姿をした神が真剣な表情で何やらブツブツと呟き続けている。

 5分近く経った頃、


『はいっ、出来上がりっ!どこか痛むかい?吐き気とか、目眩は?普通に立てる?』


 少年神が晴れやかな顔で訊いてきた。


「特に変わった感じはしません」


『やった! 崇めたまえ、神様パワーをっ!』


 神様が拳を握って成功を喜ぶ。


「・・ありがとうございます」


『うんうん、こんなに上手く成功するとは思わなかったよ! いつもは、もうちょっと苦労するんだけど・・まあ、君の運が成せる技かな。いやぁ〜、君って本当に運が良いんだね』


「感謝します」


 シュンは溜息交じりに礼を口にして項垂れた。どうやら、たった今、大変な危機に瀕していたらしい。


『君って、あんまり驚かないよねぇ〜。廃人確率が抜群に高い難手術だよ?神の手だって震えちゃう難易度だったんだからね?』


「つまり・・報奨で死にかけたのですか?」


『ぅ・・まあ、そうとも言えるね。でも、ちゃんと成功したから報酬だね。危うく罰になる所だったよ、あはは・・・これでもう、ジェルミーは君に絶対服従だ。身体の一部でもあり、自我を持った別の生き物としても行動させられる。ジェルミーは凄く役に立つよ』


「ありがとうございます」


 ともかく、シュンは新しい力を手に入れたという事だろう。知らない内に命を賭けさせられるような事はもう勘弁して欲しいが・・。


『じゃあ、またね。生きていたら、また会いに来るよ』


 少年の姿をした神様がひらひらと手を振った。

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