第236話 休日


「良さそうだな。まずは使って不具合の有無を確認してくれ」


 シュンは、頭に被っていた兜を脱ぎながら席を立った。


「お任せ下さい」


 ユキシラが代わって席に着きながら兜を受け取った。


 霊気機関車"U3号"の基地内にある観測棟と呼ばれる建物の最上階。暗く照明を絞った観測室には座席が1つあるだけだ。座席を中心にして大小の半透明な板が並び、それぞれに線図や数値が表示されていた。後は、部屋の壁面から天井に、荒廃した土地の光景、空の様子が映し出されている。


 ムジェリに製作して貰った観測装置からの情報が全て観測室に集められている。

 リールの合成獣にムジェリが製作した観測器を取り付け、各地へ派遣してあった。壁面に投影されている映像は、以前に異界からの移民船が侵入し、巨大な建造物があった大陸だ。今は、更地さらちになっているが・・。


「発見したら、連絡してくれ」


 シュンは"護耳の神珠"を指先で叩きながら観測室を出た。


 次の戦いの備えを進めている。そのために、迷宮領域外の状況を把握することを優先することにした。合成獣と観測器による調査は、その1つだ。


『シュン様』


 "狐のお宿"のタチヒコから通話が入った。


「どうした?」


『"お宿"の3番隊が、例の武装集団に接触しました』


 龍人の隠れ里を攻める直前、魔王種を襲撃した武装集団があったと、天馬ペガサス騎士から報告が上がっていた。天馬ペガサス騎士達は、武装集団との接触を控え、追尾して所在確認だけを行っている。


「様子は?」


『元探索者、原住民の騎士などが集まった200名ほどの集団のようです』


「束ねているのは?」


『それが・・』


 タチヒコが何か言いにくそうに口籠もった。


「どうした?」


『勇者・・らしいです』


 タチヒコの声に僅かに笑いが混じる。


「勇者? 何だそれは?」


 シュンは眉をしかめた。


『報告によれば、人外の・・使徒らしい存在のようです』


「使徒か・・」


 呟いた時、ふとシュンは口を噤んだ。すっかり失念していたが、それらしい存在が居た事を思い出したのだ。


 空中の迷宮を破壊した時だったか・・?


『シュン様?』


「・・以前、空中迷宮を消した時に、地上へ逃れた奴が居た。魔王種に追い詰められていた奴だ・・名は忘れたが、天職が"勇者"だと・・言っていた気がするな」


『本物ですか?』


「さあな。あの時は、魔王種から逃げ隠れしていたようだが・・今は戦えるようになったのか? まだ、例のワールドアナウンスというやつを聞かないようだが・・?」


 あの時は、毒にも薬にもならない感じだったが・・。


『魔王種を撃退する程度の力はあるようですが、魔王と称されるほどに育った相手と戦えるのかどうか・・如何しますか?』


「位置は?」


『"U3号"で3時間ほどです』


「・・放置で良い」


 かなり遠い。交流を持とうにも、距離があり過ぎて疎遠になる。向こうから接触があるまで放って置いて良いだろう。


『了解しました』


「ルドラ操者の選定は進んでいるか?」


 マーブル主神に、ルドラ・ナイトの数を増やして貰ったのだが、肝心の乗り手が揃っていない。


『レベルの割にSP値が低い者が多く・・難航しています』


 タチヒコが苦笑した。


「そうか・・」


『"竜の巣"の方はどうなのでしょう?』


 タチヒコが訊いてきた。


「あそこは、人数は少ないが・・全員がそれなりにやる」


 アレクの方針だろう。"竜の巣"は、個人戦を好む連中ばかりが集まっている印象だ。対して、"狐のお宿"は大人数で効率よく連携をする集団戦が得意だった。


「人数が揃うまでは、またアオイ、タチヒコ、アレク、ロシータ・・それにミリアムか」


『ルドラが無くても、魔王種くらいなら問題ありません。問題は・・向こうの甲胄人形ですね。ユアさん達は、あれをドールと呼ぶことにしたそうです』


 タチヒコが言った。


「どーる?」


 耳慣れない単語だ。


『人形という意味ですね』


「人形・・ドールか」


『ちなみに、こちらの甲胄人形を総称して、ナイトと呼ぶようにと・・先ほど通達がありました』


「・・そうか」


 ユアとユナがまた何やら始めたらしい。あの2人は、甲胄人形や霊気機関車の事になると、やたらと熱心に様々な活動を始める。


「あの2人はどこかな?」


『先ほど、うちのアオイを誘って出掛けたようです』


「ケーキ屋か?」


 2人がシュンと別行動を取っている時は、ほぼ確実に甘味屋に居座っている。


『恐らく・・』


「そういうことなら・・アレクを呼んで、一緒に食事をしないか? ミリアムが作ってくれた料理だが、店では出していない物がある」


『良いですね! 何処へ行きましょう?』


「そうだな・・ああ、天馬ペガサス騎士達の話を聴きながら・・というのはどうだ?」


 天馬ペガサス騎士団は、迷宮領内の見廻りや、領域外の偵察など、献身的に活動してくれている。金銭や薬品類など、対価としては十分に支払っているが・・。


『面白そうですね。アレクに声を掛けて行きます』


「俺は、エスクードの商工ギルドに寄ってから行く。1時間後に神殿町で」


『了解』


 タチヒコとの連絡を終え、シュンはファミリア・カードでエスクードへ転移した。


「統括!」


 早速、シュンの姿を見つけて羽根妖精ピクシーが飛んで来る。


「迷宮内はどうだ?」


「大きな問題は起きていません。でも・・」


 羽根妖精ピクシーの女が俯いた。


「何か気がかりが?」


「迷宮をずっと離れていた探索者が戻って来て・・下の階ですけど、時々、町で問題を起こしているようです」


「警邏の石人形ゴレムが居るだろう?」


 そういう者が現れた時の為に、神殿町はもちろん、迷宮内の町にも、警備用の石人形ゴレムが配置してある。


「はい。なんですけど・・ええと、1階の町に居る石人形ゴレムって、エスクードの石人形ゴレムと同じ子ですよね?」


「そうだな」


 特に種類を変えず、どの町にも共通の石人形ゴレムを配置してあった。


「なんか・・探索者がほとんど死んじゃうみたいで・・子供が泣いちゃって・・すっごく怖がっているみたいです」


 石人形ゴレムが強すぎて、抵抗する間も無く、叩き潰してしまうそうだ。


「悪い事をするなという教訓になるだろう」


「でも、即死はさすがに・・」


石人形ゴレムが動くということは、殺人や強姦などの重犯罪が予見される場合だろう? 何の問題がある?」


 仮に生かしたまま捕らえて獄舎に繋いでも、数日後には斬首か射殺だ。


「万一、誤解というか・・間違っていたら?」


「それは石人形ゴレムが悪い」


 間違ったのなら、石人形ゴレムの罪だ。


「・・ええと?」


「その石人形ゴレムを処分すれば良いだろう?」


「いや、それはそれで・・だって、石人形ゴレムは与えられた命令のとおりに行動しただけですし・・」


「警邏の石人形ゴレムは、低位だが真偽を確かめる神聖術を使っている。きちんと規則を守れば・・いや、仮に規則を破ったとしても、殺人や強姦のようなことを企まなければ石人形ゴレムは攻撃行動を取らないはずだ」


 石人形ゴレムの行動については、色々な状況を想定して何度も試してある。誤って無実の者を襲う確率は極めて低いはずだった。もちろん、無いとは言い切れない。しかし、誤認をする確率は、人間が取り締まっていたとしても大差無いだろう。


「・・ですかねぇ」


 羽根妖精ピクシーの女が俯く。


「現に、エスクードは問題が起きないだろう? 探索者にとっては、窮屈な規則では無いそうだぞ?」


 探索者が多く住み暮らすエスクードの街では石人形ゴレムによる問題は皆無だ。


「はい。なんだか、自分で言っていて、こんがらかってきました」


 羽根妖精ピクシーの女が苦笑した。


「それより、75階の方はどうだ?」


 この羽根妖精ピクシーは、75階で天職を与える役務に就いている。


「そうでした! 先日、9度目の挑戦で突破した人達が出ましたよ!」


 羽根妖精ピクシーの女が拳を握った。


「ほう?」


「リールさんがボコボコにしちゃいましたけど・・とにかく、75階を担当して初めての仕事をすることが出来ました!」


「何人だ?」


 今の迷宮で、諦めずに上を目指す者が居るというのは嬉しい誤算だった。


「512人です」


 四方龍・改を突破したのだ。当然の人数か。


「後で名前の一覧を送ってくれ」


「了解しました!」


 羽根妖精ピクシーの女が敬礼をして身を翻した。


「統括」


 今度は、羽根妖精ピクシーのカリナが姿を現した。


「霊虫はどうだった?」


「可能な限り見て回りましたが・・」


 カリナが首を振った。迷宮内に霊虫が潜んでいないか、探索して貰っていたのだ。


「そうか」


 頷いたシュンが、ファミリア・カードを取り出した。手紙が届いていたらしく、カードの隅で光点が明滅していた。


「・・キリング・バグという虫が散布されたそうだ。リセッタ・バグを捕食して回る虫らしい」


 マーブル主神からの手紙だった。


「霊虫も?」


 カリナが訊ねる。


「そちらは、別のものを創っていると書いてあるな」


 シュンは、マーブル主神からの手紙を閉じた。


「カリナは、迷宮へ戻って来る探索者の動向を監視してくれ。外部の何者かの指示を受けている可能性がある。霊虫が巣喰っているかもしれない」


「畏まりました。では・・」


 カリナが、溶けるように消えていった。


「あっ、統括様!」


 次の羽根妖精ピクシーが飛んで来た。商工ギルドの職員で、シュンが納品する薬品類の在庫管理を担当している羽根妖精ピクシーだった。


 細々とした用事を済ませたシュンが神殿町に着いた時、アレクとタチヒコが騎士の営舎前でジータレイドと立ち話をしていた。

 すぐに、アレクがシュンに向けて片手を上げて見せる。


「待たせた」


「おう! 美味いもん食わせてくれるんだって?」


「お待ちしておりました」


 ジータレイドが微笑する。

 シュンも穏やかな表情で会釈を返しながら招かれるまま、営舎の食堂へと入った。

 果たして、食堂内にずらりと並んだ食卓を前に、ずらりと女騎士達が整列していた。


「婚約者殿は?」


「甘い物を食べる会を主催中だ」


「あら、そういうのも楽しそう!」


 ジータレイドがクスクスと笑う。


「今度、お菓子の品評会をやるらしいから、参加してみれば良い。甘味が得意なら・・だが」


 シュンは苦笑しながら、大きな食卓の上にポイポイ・ステッキに備蓄されていた料理を並べ始めた。


 ひと目で極上だと分かる分厚い肉、骨付きの肉、串に刺して焼いた肉、茹でた数種類の腸詰、付け合わせの根菜、蒸した野菜、葉野菜の和え物、透き通ったスープ、乳白色のスープ、真っ白な柔らかなパン、ねじりパン・・次々に取り出されて食卓に置かれる。


「それぞれ、好きなだけ取り分けて食べるようにしよう。どれも抜群に美味い」


「良いですね!」


 女騎士達が喜色満面、声をあげる。


「飲み物は、炭酸入りの水に、果実水に、冷やした甘味茶、渋茶、酒・・」


 シュンが大樽を並べる。


「スゲェな、おい!」


 アレクがそわそわとシュンの手元を見ている。


「肉とパンは、いくらでもある。食後には甘味も出す。溶ける物があるから甘味は後で出そう」


「"ネームド"の秘匿兵器ですね」


 タチヒコが笑った。


「さあ、食べよう」


 シュンの合図で、アレクと女騎士達が歓声をあげて食卓を取り囲んだ。

 その時、"護耳の神珠"からユアとユナの声が聞こえて来た。


『もしもしボッス~、何をしてますか~?』


『ボッス~、なんだか悪寒がしますよ~?』


天馬ペガサス騎士の営舎で、食事会を始めたところだ」


 シュンが笑いの衝動に耐えながら答えた。

 途端、ギャァーーーー・・と、耳をつん裂く悲鳴のような声が響き、ぴたりと静かになった。


「婚約者殿は、ご立腹ですか?」


 ジータレイドが笑いを我慢しながら訊ねたが、シュンは笑みを浮かべただけで答えなかった。






=====

12月18日、誤記修正。

観測機が(誤)ー 観測機を(正)


3月17日、誤記修正。

可能が(誤)ー 可能性が(正)

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