第237話 うたかたの夢


 ユアナが、ミリアムとジニー、アオイやロシータ、さらにアンナやキャミまで引き連れて登場し、天馬ペガサス騎士の営舎は大変な賑わいとなった。


 さらに、食事会が一段落した後、公約通りに甘味の数々が並んだ時には、"ケットシー"の一団が押し掛けた上に、楽しそうな声に惹かれ、近所で店を営んでいる住人まで参加しての大騒動と化した。


 なし崩し的に、甘味の評論会が開始され、やれ投票制だの、議長は誰だの・・主にユアナの仕切りでお祭り状態となり、評論が討論となって食堂内が大変な熱気に包まれる。


 シュンとアレク、タチヒコは早々に脱出し、営舎前の空き地に食卓を引っ張り出して熱い茶を飲んでいた。3人とも腹が満足し、立ち上がるのも億劫おっくうな状態だ。


 聞こえている声から分析すると、冷やしたチョコレート菓子を推すユアナとアオイ、チョコレートで覆って果実を飾ったケーキを推すロシータ、果物を満載した白いクリームで飾り付けたケーキを推すルクーネとアリウス・・これに、シュンの知らないプリンという甘味を推しているミリアム。



「終わりそうにないな」


 シュンは、お茶の渋みを楽しみながら呟いた。


「・・もう喰えねぇぜ」


「よくケーキなんか食べられますね。もう・・見るのも辛い」


 アレクとタチヒコが身をよじるようにして椅子に座り、苦しそうに呻いている。


「あいつら・・食べ比べてやがるぜ」


 アレクが呻きながら地面へ崩れ落ちて、そのまま寝始めた。


「・・どうかしてる」


 タチヒコが椅子の上で上体を傾ける。少し姿勢を変えないと、耐えられない状態だった。


「・・お邪魔かしら?」


 声を掛けて近付いて来たのは、ジータレイドだった。


「いや・・どうぞ」


 シュンは立ち上がると、アレクが座っていた椅子を引いてジータレイドを座らせた。地面に転がっているアレクを足で押して退かす。


「・・どうも、ありがとう御座います」


 意外そうに、驚いた顔をしながらジータレイドが腰を下ろした。


「まだ、決着がつきそうに無いな」


 シュンは自分の椅子に座りつつ言った。


「ええ・・あれは終わりませんよ。皆さんが、外へ逃げたのは正解でした」


 ジータレイドが微笑する。


「何が優勢ですか?」


「どうでしょう・・ミリアムさんのプリンという物に、白いクリームを合わせるとか・・別の方向にズレ始めましたから」


「ああ、それは・・終わらないな」


 シュンは苦笑した。どうやら、新しい甘味の創作が始まったようだった。


「シュン様・・この度の大戦をどう着地させるおつもりでしょう? 先の展望などあれば、教えて頂けませんか?」


 ジータレイドが穏やかな口調で問いかけた。


「大戦にならずに終わる」


 シュンは即答した。


「・・と申しますと?」


「大戦というものが、規模なのか期間なのか・・何を基準に大小を定めているのか知らないが、期間が短く、局地的な戦いで終結する以上、大戦とは呼べないのではないか?」


「局地戦で決着を?」


 ジータレイドが僅かに首を傾げて見せる。


「大勢は1日以内に決する。後は、逃げ隠れた者達が叛乱の真似事を散発的にやる・・その程度だ」


 いつもの、淡々とした口調で語るシュンの顔を、ジータレイドが見つめた。


「彼我の戦力差は、それほどまでに?」


「そこで転がっているアレク、タチヒコ・・2人のレギオンだけでも、時間を掛ければ勝ちきる事ができる戦いだ。向こうの優位性は、数の多さと、こちらに本拠の位置を知られていない点・・それだけしかない」


「しかし、数の多さは軽視できません」


「その通りだが・・」


 シュンは、ちらとジータレイドの顔を見た。


「数の不利は、こちらが少数で奇襲を掛けた場合に限る。戦う場所が判っていれば数は、こちらの方が多いだろう」


「個々の戦力差があり、数でも優位、・・となると、後は敵の居所ですね?」


「そうだな。探索させているから、近々突き止めることが出来るだろう。元々、この戦いに負けは無いからな・・ただ、俺の懸念は別にある」


「お伺いしても?」


「異界神は、この世界を滅ぼしにかかっている」


 シュンは言った。


「・・何か根拠となるものが?」


「俺達が"異界神"と呼んでいるものは、世界を滅ぼすために存在している。こちらが勝手に"神"と呼称しているが、俺は一種の滅亡装置・・創造する神々と対極する存在だと考えている」


「異界神・・いえ、異界の破壊神ということですか?」


「あそこで大騒ぎをしているユアとユナの言葉を借りるなら・・文明を消去するための存在だな」


「文明を・・」


 ジータレイドが言葉を反芻しながら俯いた。


「異界で見つけたリセッタ・バグ・・そして、ブラージュという龍人が語っていた霊虫などは完全に悪意の化身だ」


 特に、リセッタ・バグは人の生活から金属を奪うものだ。


「金属だけでなく、植物、水や空気を喰うバグが存在しても不思議では無い。マーブル主神の方で対応してくれるそうだが・・」


「生き物を死滅させることを目的に動いている存在・・それが、この戦いの敵ということですね」


 ジータレイドが呟く。


「霊虫・・というものが存在したとして、結果として大勢の神々が叛乱を起こし、世界の危機を招いているのは事実だ。魔王種のような雑魚はどうにでもなるが、異界神の動きに同調するかのような立ち回りをする神々を放っておくわけにはいかない」


 シュンは空になった湯飲みに視線を落とした。


「この世界を護るために、マーブル主神には無事で居て貰わないといけない。そのためには、輪廻の女神様の支えが必要不可欠。逆に・・他の神々は存在しない方が良い」


「シュン様、それは・・」


「マーブル主神に神々の殲滅を提案したが、却下されてしまった」


「・・そうでしょう」


「こことは別に新しい世界を創造し、そちらで神同士が争い事をやってくれれば良いのだが・・」


「ふふ・・そう都合良くはいきませんね」


「だが、戦えば戦うほど、この世界は傷つく・・それでは異界神の思惑を助けることになる。神界の争乱から始まったこの騒動は、そろそろ終わりにしたい」


 シュンは、営舎の方を見た。

 賑やかな歓声があがり、拍手が湧き起こっている。


「ジータレイドは・・いや、あの騎士達はこの先の事をどう考えている?」


「全員と何度も話合いました。私達は異界人です。シュン様が訪れた異界とは別の・・ですが、こことは別の世界で生まれ育った者ばかりです。騎士とは申しましても、アルダナという国があればこそ・・私など、国が無ければただの女です。そこも含めて、率直な意見を交えて語り合いました」


 ジータレイドが苦笑した。


「改めて、私を団長とする騎士団を創設し、正式に"ネームド"の麾下きかに加えて頂きたいと・・これが、彼女達、天馬ペガサス騎士の総意です」


「ジータレイド個人としては?」


「"ネームド"の麾下きかに・・という点は異論ありませんが、私は王族という事で担ぎ上げられていただけです。たしなみ程度の剣技しか使えない身で騎士団の長は務まりません」


「だが、騎士達に頼まれた」


「・・はい。何度も断ったのですが・・いえ、卑下するつもりでは無く、アルダナという国の後ろ盾を失った私の価値は非常に低いのです。あの子達にも、そのように言って聞かせたのですが」


「隠居は、許されなかっただろう?」


 シュンは、ポイポイ・ステッキからお茶の入った壺と湯飲みをもう1つ取り出した。


「ジータレイド、俺からも依頼する。諦めて団長をやってくれ」


「・・宜しいのですか?」


「こんな戦いは直ぐに終わらせる。ジータレイドに頼みたい仕事はその後だ」


 お茶を注いだ湯飲みをジータレイドに勧める。


「ありがとうございます」


 ジータレイドが、両手で包むようにして湯飲みを受け取った。


「この争乱を機に、世界は大きく変わる」


「シュン様?」


「俺の夢は、迷宮で平穏な狩猟生活を送ることだ」


 シュンは、口元に淡い笑みを浮かべた。


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