第238話 甘くないマーブル


 神界に招かれた。

 ちょうど、食事会を終えてエスクードのホームへ戻ったところだったため、ユアとユナは、ユアナになったままだった。


「異界神ですか?」


 シュンは、神具だという大きな姿鏡を見つめた。

 鏡の中に、青白い煙のようなものが映っている。


『向こうの主神らしいよ』


 マーブル主神が宙に浮かんだまま腕組みをしている。隣には、オグノーズホーンが控えていた。


『挨拶が遅れたことを謝ろう。年若き主神よ』


 鏡の向こうから、年老いた男の声が聞こえていた。わずかに煙が揺らいだように見えたが、どこから声が発せられているのかは不明だ。そもそも、これが異界神なのかどうかすら疑わしい。


『良いけどね。ボクは、そっちに興味が無いし・・で、何の用?』


 マーブル主神がつまらなそうに鏡の中の煙を見ている。


『挨拶ついでに、ミザリデルンの軍勢を押し返したことを褒めておこうと思ってな』


『へぇ? ミザリデルンだって? 何だか韻を踏んだ名前だね? 君の呼称なのかい?』


 マーブル主神が鏡を見る。


『我が朋輩・・残されし唯一神が、ミザリデルンと呼ばれている』


 主神でありながら、もう一柱のことを朋輩と呼んだようだ。


『虫の神かい?』


 マーブル主神がくすくすと笑う。


『虫を苗床にした魔王種を生み出したのは、そちらの主神だった』


『金属とか喰い散らかす虫の話さ』


『・・ふむ。あれを見つけたか』


『神々の霊魂に巣喰わせた霊喰いの虫も居たねぇ~』


 マーブル主神が宙に浮かんだまま寝そべった。


『なるほど・・今代の主神殿は、良い眼を持っているらしい。良き使徒に恵まれているとは聴いていたが・・』


『君達が持ち込んだ"虫"を全部排除したいんだけど、まあ、簡単にはいかないよね』


『・・それをわれに告げるということは、準備が整ったということだな?』


『残念だけど、無理っぽいから諦めちゃった』


 マーブル主神が両手両脚を伸ばして大の字になる。


『ふむ・・主神だけではなかなか難しかろうな』


『まあねぇ・・そっちは、何柱なのさ?』


われを含めれば、二柱だ』


『操っている神々を含めたら?』


『さて・・あれは、ミザリデルンが人形遊びをしているだけだ。われのあずかり知らぬことよ』


 鏡の向こうで白い煙が揺らぎ、徐々に形を整えて人らしき造形に変じていくと、老人の姿を形作った。


『ふうん・・君の関係無いところで、そのミザリ君が暴れちゃってると?』


『報告は受けている』


『ボクの世界に入り込んで、やりたい放題やってます~って、報告を?』


 マーブル主神が笑うと、煙の老人の顔が歪んだ。


『・・直に、我らの世界になる』


『ふむふむ。今は、まだボクの世界だと認識しているわけだ』


われの世界は消失した。故に・・一時的に滞在をしている』


『ボクの世界にね? 他所の主神がね? 挨拶も無くね?』


 マーブル主神がよいしょっ・・と、起き上がって胡座あぐらを組んだ。


『前の主神との間では、世界を割譲してもらう契約を交わした』


 煙の老人が言う。


『神々の契約は、双方の存在が条件だ。片方が死滅した場合は破棄されるよね?』


 マーブル主神が片目をつぶって見せた。


『・・それは、こちらの世界における決まり事であり、われの世界では意味を成さない』


『その通り。このボクの世界においては、意味がある規則なのですよ。分かるかい?』


われの世界では・・』


『その君の世界はもうありません。ここはボクの世界です。ボクの世界の決まり事が適用されます』


『・・認めぬ』


 煙の老人がゆっくりと首を振った。


『ボクの世界の規則を破るということかい?』


 マーブル主神が明るい声音で訊ねた。


『規則そのものを認めぬ。我は主神だ。規則を決める存在なのだ』


『ボクも主神さ。だから規則を決めたよ?』


『直ぐに、ただの人形になる』


 煙の老人がマーブル主神を睨んだ。


『いやぁ、ボクは無理だと思うなぁ』


 マーブル主神が笑いながら寝転がった。


『・・余裕だな』


『ボクの創った世界だからねぇ~、駄々っ子みたいな事を言われてもねぇ~、ボクも困っちゃうんだよねぇ~』


『ミザリデルンは、ただの神では無い』


『機械の神様なんだよね?』


 マーブル主神が空中に頬杖をついて、煙の老人を見る。


『・・ほう?』


『昔、君の世界で遊んでいたことがあってさぁ~』


『貴様・・まさか、グラーレの』


 鏡の中で、煙の老人が大きく揺らいだ。


『貴様じゃないよぉ~? 主神様と呼びたまえよぉ~』


『グラーレの壺を破壊したのは・・貴様だな?』


 煙の老人の声に怒りが滲む。


『そうだっけ? いやぁ~、機人だっけ? あの種族が珍しくって、ちょいちょい遊びに行ってたんだよね。ボクにも創れないかなぁ~ってさ? ほら、ボクって真似っこするのが得意だから』


 マーブル主神が頭を掻く。


『ちゃんと移住したいって言ってくれれば迎えてあげた・・かもしれないのにね。もう、ここまでやられたら、許すことはできないよ?』


『・・もう手遅れだ。ミザリデルンは止められぬ。あいつが持ち込んだのは、世界を終焉させる装置だ』


『おまけに、前の主神から奪った終末の神器もある?』


 マーブル主神が訊ねる。


『そういうことだ』


『知ってた? あれって、殺戮人形を生み出すだけだよ? 何かの魔法で、世界が終わるわけじゃないよ?』


『ふん・・その人形こそが終焉をもたらすのだ。一度動き始めれば、神々の力を持ってしても止めることは出来ない』


 煙の老人が笑って見せた。

 その老人の後方を、真っ白な毛をした小さな獣が、尻尾を振り振り歩いている。

 鏡の中を、右から左へ、トコトコ・・と。


「俺を掴め」


 シュンに声を掛けられ、ユアナがシュンの上着の背を掴んだ。


 瞬間、2人の姿が鏡の中に現れた。


『むっ!? な、なんだ、貴様っ!』


 慌てた声をあげる煙の老人に黒い触手が巻き付いた。


『ボクの使徒さ』


 マーブル主神が胸の前で手を合わせ祈りを捧げた。


「・・飢餓縄鞭グラ・テラス


 シュンの呟きが聞こえた。同時に、巻き付いた黒い触手の表面に無数の小さな裂け目が出現し、一斉に牙を生やすと、煙の老人を喰い始めた。



 ギィァァァァーーーー・・



 老人の悲鳴が響き渡った。






=====

12月20日、誤記修正。

老人が悲鳴(誤)ー 老人の悲鳴(正)

きがじょうべん(△)ー グラ・テラス(◯)

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