第235話 スキンシップ


「どうだった?」


 シュンは、ユアとユナ、そしてロシータを見た。

 ブラージュという龍人との会談中、神聖魔法による真偽の判定を依頼してあったのだ。


 約束の時間を過ぎ、ブラージュは何処かへ去って行き、霊気機関車"U3号"は迷宮に戻っていた。今は、ユアとユナ、ロシータとリール、そしてシュンが部屋の中に居る。


「私の神聖術では、言葉の真偽が判別できませんでした」


 ロシータが首を振る。


「同じく・・見えず」


「同じく・・無念なり」


 ユアとユナも首を振る。


 この3人の神聖術で真偽を判定できないとなると、魔法による真偽の判定は不可能ということだ。


「リール、どう思う?」


 シュンは女悪魔を見た。


「彼奴の言葉に嘘は感じられなかったが・・魂を乗っ取られているなら、言葉の真偽は意味を成さぬ」


「そうだな。カーミュはどう見た?」


 シュンの呼び掛けに、白翼の美少年が姿を現した。


『魂は汚れていなかったのです。でも、異物の痕跡はあったです』


 カーミュが言った。


「どういうものなんだ?」


『線虫みたいなものを霊魂で創造したです。あの龍人が言っていたように、霊魂を一定量食べると数が増えるです』


「寄生を防ぐ方法は?」


『定期的に霊気で体を包むだけで良いのです。霊虫自体は弱いのです』


「寄生された後の対処は?」


 シュンは訊ねた。


『霊魂にくっついて直ぐなら、霊気で体を包めば良いです。でも、時間が経って、魂深くまで食い込まれたり中で増殖されたら、とても難しいのです』


「手立てはあるのか?」


『魂を削るです』


「削る?」


 シュンは眉を顰めた。


『林檎をくみたいに・・魂を外側から削っていくです。すべての"虫"を取り除けるところまでくです』


 カーミュが手元にまりのような光球を出現させて、文字通りに薄皮をぐように削って見せる。


「それで、魂は無事なのか?」


『ボロボロになるです。生き物として不完全な・・体を持った幽霊みたいな状態になるです』


「・・なるほど」


 無事とは言えない状態になるようだ。魂を"削る"とはそういう事なのだろう。


『でも・・カーミュは、ご主人と色々な場所に行っているのに、まだ一度も見たことがないのです』


「霊虫を?」


『霊体の虫・・どんなに小さくても、カーミュは見えるです。なのに見なかったです』


 カーミュが首を傾げる。


「これまでに、神を何柱か斬ったが・・その時はどうだった?」


 神の魂に霊虫が付着していたなら、なにかの弾みで離れたり、飛んで逃げたりしなかったのだろうか。


『体の外には出て来なかったのです。魂はちゃんと死の国へ旅立ったです』


 カーミュが首を振る。


「魂の持ち主の死と共に消えたか・・霊虫には自分で移動する能力が無い?」


『そうかもしれないです』


 カーミュが頷いた。


 しかし、自分で動けない"虫"がどうやって獲物の魂に付着できたのだろう?


『分からないのです。動いている実物を見てみたいのです。カーミュが知っている"虫"とは違うのです』


「・・そうだな。リール、その霊虫とやらは、探せないか?」


「リセッタ・バグとやらが運んでいるのやもしれんぞ? 眼に見える大きさでは、すぐに気付かれるからのぅ」


 リールが笑う。


「確かにな」


 シュンも笑みをこぼした。


「リセッタ・バグは、ムーちゃんが調査中」


「ムーちゃんは霊虫だいじょうぶ?」


 ユアとユナがシュンとリールを見る。


「マージャは霊気の虫ごときに侵食されぬ。むしろ、侵食する側じゃ・・あぁ!」


 リールが何かを思い付いた顔でシュンを見た。


「神界に、神々に霊虫を付着させる仕掛けがあるのではないか? 地上に散った後に霊虫を付けるより容易であろう?」


「・・なるほど」


 頷いたシュンは、すぐさまファミリア・カードを使ってマーブル主神に連絡を入れた。



****



『急ぎの用事? リセッタ・バグ用の対抗バグは完成したやつから撒いているよ? もうちょっとで、別の種類のも出来るんだけど?』


 マーブル主神が作業服らしい白い上着を羽織って登場した。いつものように空中に浮かんで座っている。


「失礼します」


 シュンがいきなり近付いた。


『・・へっ?』


 よく分からない顔でマーブル主神が何かを言いかける。

 その肩をシュンが掴むなり、くるりと回して背を向けさせると、霊気を満たした平手でマーブル主神の背中をひっぱたいた。



 パァァァーーン・・



 良い音が鳴った。



『・・っだぁーーーー! なっ、なにするんだいっ!』


「霊虫予防です」


『な、何んだい、それは? れい? なんだって?』


 真っ赤な顔でシュンをにらむマーブル主神の背中を、ユアとユナが左右から優しくさする。


「ゴッド、注射のようなもの」


「ゴッド、ちょっとした荒治療」


『いやっ・・治療って何なの? どうして叩いたの? 何が注射っ?』


「実は・・」


 シュンは手短にブラージュから聴いた霊虫のこと、異界神に支配されているだろう神々のことを伝えた。


『・・だからって、いきなり叩かないでよ! 滅茶苦茶、痛かったんだからね?』


「万一、主神様に霊虫が付着していた場合、不意を突かなければ、対策をとられる可能性があります。ご無礼をお許しください」


 シュンは深々と低頭した。


『・・ひどいよ! とうとう、君まで裏切ったのかと、泣きそうになったよ? 心が痛かったんだからね!』


 マーブル主神がふくれっつらで口を尖らせる。


「私が主神様を裏切るなど、有り得ない事です」


 シュンは断言した。


『・・それで、ボクは背中をひっぱたかれて・・どうなったの? 霊虫というのは?』


「どうだ?」


 シュンは、カーミュを見た。


『変な虫はいなかったのです』


 カーミュが残念そうに首を振った。


「良かった。主神様には付着していなかったようです。オグノーズホーンが居ますから、心配はしていませんでしたが・・」


『いやいやいやいや、心配してない割に、思いっきり叩いたよね? すんごい音が鳴ったよね? 絶対、手の形にれているでしょ?』


 マーブル主神がシュンに詰め寄る。


「ゴッド、これは優しさの裏返し」


「ゴッド、ボスはとても心配だった」


 ユアとユナが宥めるように言った。


『・・そう? ボクのことを心配してくれたの?』


「はい」


 シュンは小さく頷いた。


『ふうん・・それなら、良いんだけどさ? まあね? 霊虫だっけ? なんだか気味が悪いし・・』


「主神様・・神々は、異界神によって魂を侵されていたからこそ、主神様を裏切るような愚行を行ったのだと思います」


 シュンの言葉に、マーブル主神が表情を明るくした。


『そうだよ! それだよっ! ほら、やっぱり・・何か理由があるって思ってたんだよ! 異界神が悪さしてたのかぁっ!』


「・・それをはっきりさせるために、主神様のお力を借りたいのです」


『む?』


「霊虫なのか、何なのか・・地上に降りた神々が、どこでどうやって異界神から接触されたのか。それを突き止めなければなりません」


『ふむっ! そうだね! 対抗策をとらないといけないし・・ああ、そっか! まずは、神界の掃除だね?』


 マーブル主神が納得顔でシュンを見た。


「はい。もし、神界に仕掛けが無ければ、地上で個別に接触したか・・何にせよ、一つ一つ疑わしい場所を確かめながら、絞り込みを行う必要があるでしょう」


『その通りだね!』


「色々とご無礼を働きましたが・・」


『もう良いよ! ボクのためにやってくれたんだ。水に流します!』


「ありがとうございます」


 シュンはお辞儀をしてから、右手にポイポイ・ステッキを取り出した。


 途端、


『え?・・なんだい?』


 マーブル主神の顔が蒼白になった。


「実は、龍人を大量に仕留めまして・・」


 つい最近の戦いにより、龍人の魂石が大量に収納されている。


『・・まさかの?』


「今後の戦いに備え、アルマドラ・ナイトの強化と、ルドラ・ナイトの数を増やして頂きたいのです。十分な数の魂石を用意しました。どうか、よろしくお願い致します」


 シュンが丁寧に頭を下げた。


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