第277話 捜査
『おかしいな・・何だろう? どうして治らないのかなぁ?』
マーブル主神が首を傾げている。
ユアとユナの治療を受けて小康状態にまで持ち直したケイナだったが、快復とは言いがたい容態で、未だ意識は不明のままだ。
「カーミュ?」
寝台のケイナを見下ろすように浮かんでいたカーミュが、シュンの傍へ戻って来た。
『女王様に訊いてみるです』
「死の国の女王に?」
『死者の霊魂がかかる病気に似ているのです。女王様にお手紙出すです』
硬い表情で呟いて、カーミュが姿を消した。
「シュンさん?」
「カーミュ、なんて言った?」
勘の良い2人がシュンの近くへ来た。
「死者の霊魂がかかる病気に似ていると言っていた。死の国に問い合わせるそうだ」
「死者の霊魂?」
「ケイナは生きてるよ?」
ユアとユナが、寝台のケイナを振り返った。
『死者のって・・それはおかしいな』
マーブル主神が首を傾げた。
『生きてる間は色々あるけど、死者の霊魂は病苦からは解放されるはずだよ?』
「霊虫の類では無さそうだが・・」
オグノーズホーンが、ケイナの額に手を置いて霊気を纏わせながら呟いた。
「シュンさん、どうしよう?」
「何だか変だよ?」
ユアとユナが不安げにシュンの上着の袖を握る。2人の神聖術で完治できない傷病は初めてだった。
「落ち着こう。しっかり調べて、正確に対処すれば大丈夫だ」
2人の神聖術で外傷や病は癒え、生命力も回復している。また徐々に生命力が削れていたが、しばらく命に別状は無い。
シュンは"護耳の神珠"に指を触れた。
「グラーレ」
『シュン様?』
即座に返事が返る。
「リセッタ・バグや霊虫とは別口の何かが原因となって人を変調させている。影響する死者の霊魂がかかる病気に似ているらしい。心当たりは無いか?」
『どのような症状でしょう?』
「魔法器官に障害が出ている。意識が戻らない。後は肉体の衰弱だな。ユアとユナの神聖術で完治しない」
シュンはケイナの様子を伝えた。
『症例だけで申しますと、霊瘴の類に似通っていますが・・それなら、そちらに居る主神殿が感知するでしょう。カーミュ殿は何と?』
「死の国の女王に会いに行くと」
『ふうむ・・主神殿は御無事なのですね?』
グラーレに問われて、シュンはマーブル主神を見た。
「御無事だ」
マーブル主神、輪廻の女神共に何の変調も見られない。
『お聴きする限り、"終焉の秘紋"を想わせる症状です。慎重に対処すべきですね』
「・・新種の霊虫のようなものが存在するということか?」
『近くに、それらしい紋章・・陣を描いた物がありませんか?』
霊虫のように霊体を漂わせるものでは無く、埋設した魔法陣などのが、効果範囲内に居る生き物の霊魂を時間を掛けて破壊していく・・グラーレが神であった時期に、そういう仕掛け作りが流行った事があったらしい。主に、神敵を討つための代物だったそうだが。
「探してみよう。同様の品が迷宮内に持ち込まれている事を想定し、迷宮内の調査と対策をしてくれ」
『マージャ・・ムジェリに協力を依頼しても宜しいですか?』
「任せる。別の原因だと判明した場合は、また連絡する」
シュンは通話を切ってロシータを見た。視線に気付いたロシータが近付いて来る。
「ロシータ、魔法陣や呪具は無かったか?」
「まだ見つかっておりません」
ロシータが首を振る。"ケットシー"のメンバーが探しているのだが、まだそれらしい物を発見できていない。
「ユキシラも探索に加わってくれ」
「はっ」
「リールは地中の探査を頼む」
「了解じゃ」
ユキシラが外へと走り、リールが魔法陣球を手元へ浮かび上がらせた。
「シュンさん何か分かった?」
「グラーレは知ってた?」
ユアとユナが訊いてくる。
「"終焉の秘紋"の効果を真似たもの・・そうした効果を発生させる魔法陣か、仕掛けが存在するらしい」
『なんだって?』
マーブル主神が顔をしかめる。
「主殿・・宜しいですかな?」
オグノーズホーンがマーブル主神に声を掛けて近付き、主神の背に手を触れた。
『ど、どう? ボク、何かおかしい?』
「・・いや、霊核に異常はありません。御身は大丈夫です」
オグノーズホーンが首を振った。マーブル主神の中の終焉の秘紋が動いているのでは・・と、心配したのだろう。
『・・もう、焦らせないでよ』
マーブル主神がオグノーズホーンを軽く睨む。
「なるほど・・」
シュンは小さく頷いた。
『・・はい? 何が、なるほど?』
「"終焉の秘紋"の効果を知っている者は、どの程度存在しますか?」
『秘紋の? う~ん・・結構な古株しか知らないんじゃない? ボクも詳しくは知らなかったし?』
マーブル主神が腕組みをしたまま唸る。
「ゾウノードやミザリデルンのような異界の神はどうでしょう?」
『あいつらも何が起こるかまでは知らなかったと思うよ? 主神になって初めて教えられる伝承だし・・』
「では・・前の主神は?」
シュンは訊ねた。
『前の? そりゃぁ・・まあ、知ってたかも?』
マーブル主神が考え込んだ。
『神様・・冥神の妻が、向こうの・・異界の主神と密通していたことは御存じですか?』
不意に、輪廻の女神が口を挟んだ。
『へっ? 冥神の妻? 妻って・・宵闇の?』
マーブル主神は知らなかったらしい。ぎょっと眼を見開いて輪廻の女神を振り返った。
『風の女神です』
『あの大神が? 異界の主神と密通? 信じられない・・けど、闇ちゃんが言うなら、そうなのか』
マーブル主神が唸る。
神というのは、限りの無い時間を生きている存在だ。夫婦神となるのも一時のことで、短ければ数十年、平均して百年そこそこで関係を解消する。珍しい事では無い。
ただ、それでも夫婦の関係でいる間に、別の神と褥を共にすれば醜聞とされる。
『冥神や太陽神に、異界の主神を引き合わせたのは、風の女神ですわ』
『・・その事を前の主神は知ってた?』
『宵闇の女神から聴いていたのでは?』
輪廻の女神が首を傾げた。
『はい? なんで、主神が冥神の奥さんから・・って、まさか宵闇の女神まで?』
『前の主神と仲睦まじかったですわ』
輪廻の女神が微笑する。
『・・もうやだ。酷すぎるよ、あの神界・・なんだよ、もう・・滅茶苦茶に乱れてたんじゃないか』
マーブル主神が、両手で顔を覆って呻いた。その背中に輪廻の女神が身を寄せる。
『あぁ、神様・・御安心下さい。闇は、ずうっと神様だけのものです』
「"終焉の秘紋"について把握している神々はどなたでしょう?」
シュンは、項垂れるマーブル主神に声を掛けた。
『・・ボクが知るわけないじゃん』
やや不貞腐れた顔でマーブル主神が答えた。
「女神様は、いかがです?」
シュンは輪廻の女神に訊ねた。どうやら、輪廻の女神の方が情報通だ。
『前の主神、冥神、太陽神、月神、光の女神、風の女神、宵闇の女神、異界の主神、ゾウノード、ミザリデルンは知っていたでしょう。生き残っているのは宵闇だけですね』
『宵闇? 闇ちゃんの母神?』
マーブル主神が眼を剥いて輪廻の女神を見た。
『私という存在が生じる因子を産み落とした女神です』
輪廻の女神が穏やかな笑みを浮かべた。
『ばら撒いた霊虫を操っている者・・魔王種を管理している者・・あのおかしな声を響かせる者・・今この時も、前の主神の仕掛けを護っている者がいるはずです』
魔王を討伐する度に世界に響く声。あれを発生させる仕掛けが何処にあるのか、気になっていたが・・。
「・・宵闇の女神は、今どこに?」
シュンは輪廻の女神を見つめた。
『居場所は分かりません。でも・・神界には居ませんでした。ねぇ、オグ爺?』
「そうだな。仕留めた神々の中には居なかった」
オグノーズホーンが言った。
10日間の封鎖状態になった間、叛逆する神々、使徒、戦乙女達・・すべてをオグノーズホーンと輪廻の女神が撃滅して回った。その中に、宵闇の女神は居なかったそうだ。
『ええと・・つまり、あれ? でもさ? そもそも宵闇の女神って、何か問題を起こしたとかで、前の主神が手打ちにしたって・・あれも嘘だったの?』
マーブル主神が呆然と呟いた。前の主神から、宵闇の女神は死んだと聴かされていたらしい。
『宵闇が死ねば、闇には分かります』
輪廻の女神が言った。
宵闇の女神は、闇の精霊として自我を宿した時の母神として因縁があるらしい。ただ、場所までは掴めないそうだ。
「宵闇の女神が、"終焉の秘紋"・・それに似た物を作ることは出来ますか?」
『出来ないわ。宵闇は、滅ぼすことしかできないの』
「では、誰かに"終焉の秘紋"についての知識を与えて作らせたという事ですね」
『そうなるわ』
「主神様のお知り合いで、それが可能な方はいらっしゃいますか?」
シュンは、マーブル主神を見た。
『現物を見てみないと分からないけど・・出力は大した事無いんだよなぁ・・ってことは、神籍じゃなくても作れるか。いや・・妖精族くらいの力は要るかも?』
宙を漂いながら、マーブル主神が考え込む。
その時、
『グラーレです』
"護耳の神珠"から声が聞こえた。
「迷宮内はどうだ?」
『迷宮階や町、神殿町、シータエリア外まで範囲を拡げて探査しましたが、持ち込まれた形跡はありません。それらしい反応もありません』
「そうか」
『職人ムジェリが対抗手段としての装備品の製作を検討中ですが・・やはり、実際の魔導具なり、魔法陣なりが欲しいですね』
「そうだな。入手できたら送る」
『畏まりました』
『シュン様、ロシータです』
グラーレとのやり取りが終わった途端、今度はロシータから連絡が入った。
「見つけたか?」
『はい。建物の北側に1基、村の南側に1基です。まだ他にもありそうです』
「よし、すぐに向かう」
シュンは、ユアとユナを見た。
「魔導具らしき物が見つかった。おまえ達は、ケイナの
「・・シュンさん」
「・・ケイナを助けて」
ユアとユナが、シュンにしがみつくようにして頭を下げる。
「大丈夫・・だが、精査に時間がかかる。ケイナの生命力を維持しておいてくれ」
「うん」
「任せて」
ユアとユナが、ケイナの枕元へ向かって小走りに去って行った。
「
「リール?」
「建物のすぐ横・・これは井戸じゃな。底に何かの異物がある」
リールが、球形の魔法陣を操りながら言った。
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