第9話 選別会

 シュンが本気で隠れたら見つけられない。

 アンナが言っていた言葉だ。

 完全に物と気配を同化させて、生物としての気配を断ち、獲物を待ち続けるための技だった。呼吸の音はもちろん、鼓動も鎮まり、体臭まで消え去る。生物としての痕跡が消えるのだ。

 魔狼の鼻ですらあざむく隠形の技・・これだけは、エラードよりも上手だった。

 大公の影武者との一件はあったが、シュンは無事に選別会に参加していた。


 選別会は、名前を帳簿に記載し、後は牛馬の品評会よろしく、番号札を首にぶら下げて立っているだけだ。

 すぐに退出を促されて控え室へと移動する。

 結果は掲示板に貼り出される。


(げっ・・)


 シュンの名前があった。

 どうやら探索の資格が与えられてしまったらしい。身長や体重の測定があり、体格審査があるらしいと気が付いて、少し希望を持っていたのだったが・・。


(はぁぁ・・・仕方無いかぁ)


 3年は長いけど、死なない程度に頑張るしかないようだ。


「迷宮都市の決まり事を説明する。これらは、神託によって下ろされたものだ。質問は受け付けない。文字が読める者は居るか?」


「はい」


 シュンは手を挙げた。他にも何人かが手を挙げたようだった。


「規則を記した本を渡す。ここでの説明は聞かなくても良い。受付で受け取ったら、基本装備を受け取って迷宮入口へ集合しろ」


「はい」


 シュンを含め4名が席を立って受付へ向かった。


(おお、本だ)


 迷宮の規則と背表紙に記された厚みのある本。これを貰えただけでも、迷宮に来た価値はあるかもしれない。


 基本の装備は並べられた中から自由に選んで良いとのことだった。鎖帷子と革鎧、革帽子に金属板を縫い込んだものを選び、背中に背負える小型の円楯、それから傷薬や解毒薬を選んでいく。


(買わなくて良かった)


 最初だけの支給らしいが、十分な品だった。


「槍かい?」


 声を掛けてきたのは、同じように本を貰った少年だった。体格は一回り大きい。よく鍛えて来たのだろう。二の腕や肩周りなどが大人顔負けの逞しさだった。背丈はシュンよりも頭一つ高い。


「そっちは大剣?」


「おう。こいつで訓練してきたからな」


 少年が分厚い剣を拳で小突いて見せる。


「向こうは・・剣を2本? みんな色々なんだな」


 シュンは感心したように呟いた。


「今回は、異邦人も混ざるらしいぜ」


「異邦人?」


 どこで仕入れたのか、この少年は情報通らしい。


「神官様が話しているのを聴いたんだ。神様の御神託があったんだって」


「異邦人か・・それって、一緒に迷宮に入るのか?」


「どうだろうな。異邦人は異邦人同士になるんじゃないか?」


「それもそうか」


 シュンは頷いた。すぐに本に眼を戻す。


「パーティ?・・最低でも3人の組を作らないといけないのか?」


「そうらしいぜ。最大の6人で挑むのが有利だって聴いた」


 少年も本に眼を通しながら言った。


「この経験値というのは?」


「さあ・・魔物を斃したら得られると書いてあるから、神様からの褒美かな?」


「そうか・・1人じゃ駄目なのか」


 シュンは一気に気が重くなってきた。迷宮規則には、他にも、レベル、スキル、ステータスなどなど知らない単語が登場する。


「なんか、大変そうだな」


 シュンが呟く。


「ごちゃごちゃ考えないで剣を振っちゃ駄目なのかよ」


 少年がぼやいていた。


「ああ、丁度良い。4人だな・・ちょっと来てくれ」


 先ほどとは別の神官服の男がやって来て神殿へ来るように言った。


(嫌な予感・・)


 シュンは他の少年達を見た。みんな何が起こるか気が付いたらしく、あまり良い顔色をしていない。


 先ほど異邦人の話を聴いたばかりだ。

 神殿に集まれと言われた時点で、もうそれしか無いだろう。


「ご神託により、異邦の者達が現れることになっておるのだが、異邦の者達故に、文字の読み書きが不得手の可能性がある。同じ教えるにしても、同年代の者達がおった方が良いだろうと思ってな」


「・・すぐですか?」


「いや、確かな時刻は分からんのだ。30分前になると神託によって報せが届けられる」


「そうですか」


 シュンは迷宮規則を開いて眼を通し始めた。

 どうやら、異邦人に文字の読み書きを教えることになるらしい。異邦人がそれを望めば・・ということか。


「それから・・・異邦の者達は、神様によって祝福の技と呼ばれる特異な武器や魔法、武技などを授けられる。いずれも、異邦人固有の所有物、知識、技能であり、我々が望んで得られるものでは無い。一方で、そうした特異な力を使い切れず、命を落とす者達も多い。異邦人達の平均年齢は、15歳。孤児の選別会が15歳と規定された由縁でもある」


「異邦人は、俺達よりも強いんですか?」


 大剣の少年が訊いた。かなり不満を持った声だ。


「神より与えられた能力を使いこなせば、我々では敵わんよ。ただ、精神的な脆さからか、十全に力を使えぬまま落命する者が大半のようだ」


「・・そうですか」


「レベル・・という、この数値が25に到達すると領域外に出られると書いてありますが、どういうことでしょうか?」


 シュンは本の一頁にある記載について質問した。


「それらの用語は、異邦人に固有の物らしい。領域とは、迷宮都市の結界だ。これは、レベル30に達した異邦人によって実証された。他にも、その異邦人によって用語の説明、数値の意味するところなど様々な情報を得ている。それらを取りまとめた記録から抜粋、転記したものが、お前達に配った本なのだ」


「なるほど・・」


「使用武器の熟練度によって、武技スキルを得るとありますが、この武技スキルとは何でしょうか? 我らが習得している剣の技とは違うようですが?」


「今、お前達には人の世として、迷宮に入る資格を与えた。これを人界の資格と認識しろ」


「・・はい」


「だが、実際にはさらなる審査が行われる。神による査定だ。この査定に合格することで、迷宮に入る資格が初めて得られる。これを神界の資格と言う」


「つまり、先ほどの選別会は仮の物だと?」


「そういうことだ。そうせよとのご神託でな。人の立場である程度選別し、後、神による評価を行うという事になる」


「資格が与えられない事もあるんですね?」


 シュンは期待を込めて訊ねた。


「無論だ。さほど多くは無いが、それでも神の評価を得られずに、人界の資格を剥奪された者はいる」


「それで、先ほどの技のお話は?」


「うむ・・神界の資格を与えられた者に固有のものだ。つまり、迷宮探索の資格を持った者だけが習得できる技である。習熟、研鑽、鍛錬、戦闘経験・・何が切っ掛けになっているのかは不明。ある日、突然として剣から炎球が飛び出すようになったり、体の表面に鉄と同じくらいに硬い光の膜が出現したり・・様々なのだ」


「・・事実ですか?」


 シュンは思わず訊き返した。


「事実だ。信じ難いことだがな」


「戦い方が根本から変わります」


「その通りだ。剣しか持っておらん奴が遠間から攻撃できるようになるのだからな」


「すげぇ・・本当かよ!」


 大剣の少年が興奮した声をあげる。

 シュンにとっては大問題だった。クロスボウや弓の優位性が大幅に失われてしまう。


「おぉ・・そろそろらしい。祭祀の場へ参るとしよう。最後になるが、神は遊戯あそび好きであらせられる。覚えておくが良かろう」


 そう言って身をひるがえした神官を追って、シュン達4人も長い廊下を歩いて移動した。


(ん?・・ここ何か違う?)


 シュンは廊下の雰囲気に違和感を覚えていた。空気の流れが感じられないのだ。ただ、呼吸はそのまま出来ている。足音の反響も微妙にズレている。


 間も無く、神官が大きな扉の前で4人を振り返った。


「ここより先は、選別者しか進めぬ」


 神官が大扉の脇へ退く。


「すでに神域である。神気を乱さぬよう、心して入るが良い」


「・・はい」


 シュンは他の3人を見た。それぞれ頷くのを見てから、大扉をそっと押し開けていく。


(暗い?)


 大扉の先は光の無い闇だった。ちらと神官を振り返ったが、


(・・え?)


 いつの間にか、背後も闇に包まれていた。他の3人も見えなくなっている。


(完全な闇というやつか)


 エラードの訓練できつかったのが、この闇部屋だ。

 あの闇部屋よりも徹底している。

 光が全くないため、目の前に持ち上げた自分の手すら見えない。

 

 対処方法は2つ。

 自分をしっかりと持って闇の中で自己を保ち続けること。自身の身体を認識し続け、そこに在るのだと信じ続けることで何も見えず、何も聞こえない状態に耐え続けるのだ。

 そして、もう一つ。

 シュンは身体の力を抜いて闇に自身を同化させていった。狩猟でやる隠形の奥義でもある。樹木になり、岩石と化し、流水に化ける・・シュンは闇になっていた。何時間でも、何日でも、肉体が衰弱して死を迎える瞬間までその状態を維持できる。エラードにも真似が出来ない、シュンの隠形技であった。


『うわわわ・・・消えちゃった!? えっ、居るんだよね?』


 不意に、闇の中に幼い少年の声が響いた。




=======

7月22日、誤記修正。

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