第248話 ハイド&シーク


 下半身が蛇身の巨人と化したのは、勇者一行だけでは無かった。地上で細々と暮らしている人間達が、次々と蛇身の巨人になっていった。


 改めて説明するまでも無く、黒翼を持つ蛇身の妖女が成した呪われた秘術の結果である。

 条件を満たすこと無く"終末の神器"を稼働させたが故に、本来の"終末"という結果は得られなかったのだが・・。


『ジューラン・・』


 蛇身の妖女に声を掛けながら姿を見せたのは、真珠色の鱗をした龍人だった。


『ブラージュ様、追っ手の方は如何ですか?』


『ここも見られているようだ。あまり時間は無い』


 ブラージュが小さく首を振った。

 悠長な時間を与えてくれる相手では無い。


『私の転移を追えるとは思えませんが・・いいえ、そのような常識が通用する相手ではありませんでしたね』


 蛇身の妖女が苦く笑った。

 蛇身化した勇者と使徒をさらう寸前、わずかながら手傷を負っている。


『ジューラン、この神器はもう使えないのか?』


 ブラージュは、円筒形の"終末の神器"を見た。


『異質に歪めて作動させましたから・・直に動かなくなります』


 ジューランと呼ばれた蛇身の妖女が、赤黒い瘴気を放ち続ける"終末の神器"を見ながら答えた。


 元々、太陽神と光の女神では"贄"として不足なのだ。それをジューランの秘術によって大量の"贄"が存在すると誤認させ、無理矢理に稼働させている状態である。


 予定では、地上に住み暮らす人間の過半数を蛇身の巨人へ変異させるはずだったのだが、どうやらそこまでの成果は得られなかったようだ。

 それでも、世に混乱をもたらすという点で、一定の成果はあったと言うべきか。


『これは、私の世界の産物なのです。歳月が経ち過ぎて、まともに動作する保証など無いくらいに傷んでいましたが・・使われぬまま朽ちては、この子も浮かばれないでしょう』


 ジューランが"終末の神器"を見つめたまま微笑む。


『ふむ・・こちらで魔族の世界・・魔界と呼ぶ世界の産物を前の主神はどうやって手に入れたのだ? 魔界との往き来は神界では禁忌とされていたはずだ』


 ブラージュが訊ねた。


『さあ・・古き時代のことまでは存じません。ですが・・古来、何柱かの神々は、その魔界に入り浸って遊んでいたようですよ?』


『なんと・・』


『存外、今の主神なども、悪魔の女とお遊びになっていたのでは?』


 ジューランが艶を含んだ眼差しをブラージュへ向けた。


『ふうむ、槍一本で生きてきた私には分からぬが・・』


『うふふ・・その内、分かって頂ける日が参りましょう』


 艶然と微笑んだ妖女だったが、ブラージュの様子を見て表情を引き締めた。


『お主の騎士として、早急にここを放棄することを進言する』


『あら・・もう参りましたの?』


 ジューランが嘆息しながら周囲を見回した。


『呆れるほどに対処が早い』


 ブラージュは、蛇身の妖女に近付きながら上方へ視線を向けた。


『同胞が到着するまでは、逃げ回るしかありませんねぇ』


『・・行こう』


 脱出を促すブラージュに、ジューランが頷きつつ転移の術を使った。


 直後、頭上の岩盤を突き破って"P号"が出現した。大量の熱が噴出し、洞窟内の空気を灼いて拡がる。



****



「転移確認。転移位置・・捕捉」


 観測棟の中で、ユキシラが報告をする。


『了解・・次番"P号"射出準備っ!』


 応答する声に重なるように、"P号"射出警報が鳴り響く。


「目標直上に"眼"が到着。誘導器を投下」


『"P号"管制、誘導器を認識・・秒読み開始』


「・・シュン様」


 ユキシラは、"護耳の神珠"でシュンに連絡を取った。


『どうした?』


 シュンが応答する。


「固有名ブラージュ、新顔の蛇女が転移を繰り返しております」


『こちらの動きを警戒してくれているようだな』


「転移時、例の勇者と使徒の姿はありませんでした」


 先ほど転移をして現れた真珠色の龍人と有翼の蛇女の近くには、蛇身化した勇者の少年と使徒の女が見当たらなかったのだ。


『隠したか。地上で蛇身化した人間の数はどうだ?』


「迷宮の領域外に居た人間の・・およそ3割近くに達すると思われます」


 さすがに正確な数を数えて回るわけにはいかないが、上空の"眼"で見える範囲では、蛇身化した巨人と従前どおりの人間の数は、4対6程度。空から見えていない人間の数を含めれば、3対7くらいになるという予測だ。


『無事な者の方が多いな。どう考える?』


 シュンが意外そうに訊ねた。


「蛇身化が起きた時間、あの時に屋外・・地上に居た者が変異していると推察致します」


『なるほど・・霊虫のようなものかと思ったが、人間にだけ変異を起こす物が降ったのか?』


 速効性の何かを浴びたか吸ったか・・それが原因で、地上の人間達は変異をさせられた。

 他の動植物には何の異変も見られず、人間にだけ異変が起きているのだった。


「何かの魔法でしょうか?」


 迷宮の領域内に居た者達は全員が無事だった。

 加えて、迷宮外で、遺棄された人々の救助に向かっていた別動の天馬ペガサス騎士や"狐のお宿"の二番隊などにも、異変は起こっていない。

 ただ、勇者一行が遺棄した老人や怪我人は、運搬途中で蛇身化してしまった。


「何らかの耐性の有無で、蛇身化をするしないが分かれたようですが・・」


 これが魔法なら、魔法に対する耐性が高ければ耐えられるという事になる。

 あるいは、他の要因があるのか?


『ブラージュと居た新顔の蛇女だが、リールに心当たりがあるらしい。魔法の事なら、あいつが詳しいだろう』


「現在リール殿は、接触を持ったジータレイドとルクーネに会っているようです」


『後で報告させてくれ。ブラージュが行動を共にする相手だ。警戒は必要だが・・やることは変わらない』


「はい」


 敵を発見し、撃滅する。

 行動は単純明快だ。


『"P号"射出完了』


 通話器から女騎士の声が聞こえ、ユキシラは広域を映した画面へ視線を向けた。


 また、転移で逃れるはずだ。

 ユキシラは肉眼で転移などの魔法が行使される予兆を捉えることができる。

 そして、その予兆は転移先にも顕れるのだ。

 例え、転移場所が地上では無くても、ユキシラの眼を逃れることは出来ない。


 ほどなく到着した"P号"が高熱を帯びて大地へと突き刺さっていく。

 寸前で、転移の"揺らぎ"が見えた。

 同時に、遙かに離れた森の中に、同じく"揺らぎ"が出現する。

 真珠色の龍人と蛇身の妖女だ。

 見られている事に気が付いているのだろう。蛇身の妖女が、続けて転移を行った。


「・・こちら、観測棟。"P号"発射を要請」


『管制室、了解』



 ジリリリリ・・



 通話器の向こうで、即座に合図の警報が鳴り始めた。


「目標位置、変わらず。繰り返す、目標位置に変化無し」


 転移をして見せた龍人と蛇女は幻影だった。転移をしたと見せて、動かずに居残っている。ユキシラでなければ、欺かれていただろう見事な術だが・・。


『次番"P号"射出準備完了っ!』


「誘導器、投下」


『"P号"管制、誘導器を認識。射出・・秒読み開始します』


 管制の女騎士の声が響いている間も、ユキシラの視線は座席周りを囲んだ画面の上を忙しく往き来している。


『"P号"射出完了』


「・・転移確認」


 呟いたユキシラの双眸が右上の画面へ向けられた。


「こちら、観測棟。次番"P号"発射を要請」


 ユキシラの淡々とした声が観測室に響く。


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