第247話 変貌


 蛇身の巨人が現れた。

 一体二体では無い。数百という数で出現した。

 その中には、勇者と使徒が含まれている。

 あと数十メートルで、天馬ペガサス騎士が担当する防衛線に踏み入るというところで、1500人近く居た武装集団が一斉に苦しみ始め、突如として身体が膨らみ黒々と色を変じながら巨大化し、腰から下が大蛇となったのだ。

 集団を囮に、北へ回り込んでいた勇者達6名も同様だった。


「何が起きている? 何かの幻術か?」


 ジータレイドは、我が眼を疑うように周囲の女騎士達に問いかけた。


「・・大型の魔物が集団で迫っているということです」


 ルクーネが軽く眉根を寄せながら答えた。ルクーネに幻覚は通じない。ルクーネが大型の魔物だというのなら、それは大型の魔物なのだ。例え、最前まで人間だったとしても・・。


「そう・・だな。その通りだ」


 ジータレイドは、苦笑気味に表情を和らげた。


「シュン様、ご覧の通りです。人が蛇身の巨人になりました」


 "護耳の神珠"で報告をする。重複しようとしまいと、見聞きした異変は全て報告するようにと厳命されている。


『リールを向かわせた』


 シュンから短い応答があった。


「了解しました」


 ジータレードは、ルクーネに向かって頷いて見せた。


「リール殿が来て下さいます。我らも、ルドラ・ナイトで出ましょう」


「畏まりました。副長っ!」


「はっ!」


 上空で望遠鏡を使っていたアリウスが巧みに天馬ペガサスを操って降りてきた。


「全隊、ルドラ・ナイトに騎乗。化け蛇を掃討する」


 ルクーネの指示に、アリウスが右の拳を自分の左肩へ打ち付けるように敬礼して天馬ペガサスを急上昇させる。



 ピュイィィィーーーー・・


 ピュイィィィーーーー・・


 ピュイィィィーーーー・・



 アリウスが上空で放った円筒が、甲高い警笛音を響かせた。


 それを合図に、蛇身の巨人の周囲を飛び交い、投げ槍や魔法で攻撃をしていた天馬ペガサス騎士達が一斉に馬首を返して砦へ舞い戻って来る。


「全隊、ルドラ・ナイトに騎乗っ! 化け蛇を蹴散らすぞぉ!」


 アリウスの大音声が砦中に響き渡る。

 身体は小さいのだが、声はとんでもなく大きい。物心ついた時には、声に魔力を乗せて歌うことを覚えていたらしく、その"大声"で騎士団に採用されたという名物騎士である。もちろん、今は天馬ペガサス騎士の称号に恥じない実力者だ。


 主人を降ろした天馬ペガサス達が厩舎へ向かって飛び去る。

 それを見送る間も無く、女騎士達が神具の紋章を握った。

 次々に、召喚光が輝いて、防壁外に白銀の甲胄人形が出現していく。


「では、我らは勇者を討ち取りに参りましょうか」


 ジータレイドは、ルクーネを連れて砦の北側から迫って来る蛇身の巨人達を見ながら、紋章を胸元に抱きしめるようにして、小声で祈りを捧げた。


「武神よ・・我が身に敵を打ち倒す力をお授け下さい」


 召喚光がジータレイドを包み込み、白銀の甲胄人形が出現した。すぐ隣に、ルクーネの甲胄人形も聳え立つ。

 どちらも、大型の騎士楯と分厚い長剣を握っていた。


『少し、さびを落とします』


 ジータレイドのルドラ・ナイトが真っ直ぐに前に踏み出した。


 その背に、


『ほどほどに・・剣姫様』


 笑いを含んだルクーネの声が掛けられた。


『本物の強者を知ると、その二つ名が気恥ずかしくなるわね』


 苦笑しながらも無造作に歩くジータレイドのルドラ・ナイトめがけ、蛇身の勇者を先頭に蛇身の巨人達が襲いかかった。

 体格はさほど変わらない。巨人が下半身の蛇身を伸ばせばルドラより高くなるくらいか。身体の大きさに合わせ、装備品もそのまま大きくなったらしく、上半身に着けていた防具はそのままに、大きくなった剣や槍を手にしている。


 ジータレイドのルドラ・ナイトは、左右に分かれて槍と剣で突いてくる蛇身の巨人の攻撃を騎士楯で軽くいなし、牽制で突きを繰り出して突進を阻むと、真っ正面から斬りつけて来た蛇身の勇者の懐へ踏み込み、ルドラ・ナイトの肩甲で勇者の剣の柄頭をかち上げた。

 そのまま、低く腰を落とし、鋭く踏み込んで楯をぶつける。



 ドシィィッ・・



 重い打撃音が響き、蛇身の勇者が大きく弾き跳ばされ、後続の巨人を巻き込んで転がった。


『ルドラ・ナイト・・よく動く』


 ジータレイドが感心したように呟きつつ、真っ直ぐに蛇身の勇者めがけて進んだ。

 そうはさせじと、左右へ回り込んでいた蛇身の巨人が挟撃する。


 瞬間、真っ直ぐに歩いていたはずのルドラ・ナイトが左右へ分かれて2体になった。いや、実際には、そんなはずは無いのだが・・。

 左右から挟撃したはずの蛇身の巨人達が、騎士楯で殴り飛ばされ、長剣で肩口を斬り割られて、それぞれ地面に打ち倒されていた。

 強さに圧倒され、6体の蛇身の巨人達が慎重になって半包囲の形で武器を構える。それを睥睨するかのように兜を巡らせ、ジータレイドのルドラ・ナイトが剣をだらりと地面に向けたまま前に出る。


『やはり、鈍っています。まったく・・歳は取りたくないですね』


 ジータレイドの声を聴いて、ルクーネが苦笑を漏らした。

 ジータレイドは、天馬ペガサス騎士の創設者だ。

 公主になる前には天馬ペガサス騎士を率いる総大将として戦場を転戦していた生粋の武人である。

 アルダナ公国は、一騎打ちが盛んな国柄であったため、将になるためには指揮能力だけでなく、個人の武勇を求められる。

 妾腹のジータレイドは血筋で言えば最下位であった。他に有力な候補が大勢いたにも関わらず、それらを黙らせて公主にまで上り詰めたのは、その凄まじい武勇があってこそだ。


『今の、ちゃんと二重に分かれて見えたかしら?』


『ええ、はっきりと2体出現したように見えました』


 ルクーネが答えた。


『そう・・このルドラ・ナイトは、本当に甲胄と同じ感覚で動いてくれるのね』


 感心したように呟いたジータレイドのルドラ・ナイトが騎士楯を構えながら前に出た。


 直後、正面から蛇身の女巨人が雷撃の魔法を放って来た。

 寸前で右方へ回避したジータレイドのルドラ・ナイトを追って、残る巨人達が一斉に火炎の魔法を放つ。

 剣による近接戦では勝てないと悟ったらしく、戦い方を中間距離からの魔法戦に切り替えたようだ。

 判断の速さは褒められるべきだが・・。

 蛇身の巨人にとっての中間距離は、ジータレイドにとっては未だ近接距離であった。


 左右へ上体を揺らしたかのように見えたルドラ・ナイトが、蛇身の巨人達の視界から消えた。

 雷撃も火炎も虚しく奔り抜けて地面を焼き払う。

 直後、一番後ろに控えていた蛇身の女巨人の首が転がり落ちた。

 その胸を割って長剣の切っ先が覗いている。一瞬で背後に回り込んだジータレイドのルドラ・ナイトが、蛇身の女巨人を背後から刺し貫いたのだ。


 思わず動きを止めた別の女巨人めがけて、剣で突き刺したままの蛇身の女を楯にして、ルドラ・ナイトが接近した。


 援護に行こうと動いた蛇身の勇者めがけて、首を失った蛇身の女巨人を投げつけ、ジータレイドのルドラ・ナイトは別の巨人へ襲いかかった。騎士楯を構えて体当たりし、姿勢を乱した巨人の首に剣先を突き立て側面へ駆け抜けながら捻じ切っていた。


 直後、蛇身の使徒が放った雷光を回避したルドラ・ナイトがまた2体に分かれた。

 次の攻撃を仕掛けようとした蛇身の巨人達が、対応に迷いながら、それぞれが分かれたルドラ・ナイトを追って魔法を放つ。それら全てが虚しく消え去った時、白銀の甲胄人形は、回復の魔法を使っている蛇身の女巨人の真後ろに立っていた。


 蛇身となった勇者と使徒が慌てて助けに入ろうとする眼前で、肩口から脇腹まで斜めに切断された蛇身の女巨人がゆっくりと倒れていった。


 軽く長剣に振りをくれ、ジータレイドのルドラ・ナイトが勇者と使徒へ迫る。


 蛇身の使徒が前に出て槍を繰り出した。

 その穂先に、ルドラ・ナイトの長剣が絡みついて払われる。

 危うく槍を取り落としかけた蛇身の使徒を庇い、蛇身の勇者が割って入ると強引に剣を振り下ろした。

 その手から指が切れ跳び、握っていた剣が地面へ転がり落ちる。軽く合わせるように突き出したルドラ・ナイトの長剣が、剣を握る勇者の指を突き切ったのだ。



 ガァァァーーーー・・



 蛇身の勇者の口から苦鳴が漏れた。

 その口中へジータレイドのルドラ・ナイトが長剣を突き入れる。

 だが、今度は蛇身の使徒が懸命に槍で打ち払った。

 剣の切っ先は勇者の頬から耳まで突き裂いて抜けている。

 そこへ、立て続けに魔法が撃ち込まれた。


 ジータレイドのルドラ・ナイトは無理に追撃せず、騎士楯を構えながら後退していく。そのルドラ・ナイトを追って、蛇身の巨人が左手から炎の魔法を放ちつつ、右手に剣を振りかぶって突進する。


 瞬転、凄まじい速度で前へ出たルドラ・ナイトが、連続した刺突を放った。


 蛇身の巨人の腹部から胸部、喉元、顔面・・長剣の切っ先が抉る。

 それでも魔法を放とうとする巨人の腕を掴んだルドラ・ナイトが脇から長剣を突き入れて胸奥を抉った。



 ガハァァァーー・・



 苦しげに呼気を吐き出した蛇身の巨人が、巨躯を痙攣させて動きを止めた。瞬間、首から上がね斬られていた。


『これほど時間がかかるとは・・これが老いというものなのですね』


 ジータレイドが沈んだ声音で呟いている。


「副団長、状況を報告せよ」


 ルクーネは"護耳の神珠"を使ってアリウスに連絡を取った。


『敵、蛇巨人は連携が取れず! こちら、波状突撃にて殲滅中! 第五列、楯構えっ! 突撃っ!』


 アリウスの大声が聞こえて、ルクーネは思わず耳を遠ざけようと首を傾けた。


『リール殿の龍が後方を封鎖してくれました。1体たりとも逃していません! 第一列、楯構えっ!』


 どうやら、百騎ずつ横列で波状突撃を仕掛けているらしい。


『ルクーネ!』


 危急を報せるジータレイドの声に、弾かれたようにルクーネが視線を戻した。

 正面から、蛇身の妖女が迫っていた。

 他の蛇巨人とは違う。背に黒い翼のある妖艶な容姿の女だった。


 咄嗟に持ち上げた騎士楯が紙でも裂くように斬り裂かれ、寸前で身を屈めたルドラ・ナイトの肩口を裂傷が抉る。半身になりながら振り抜いた長剣は、妖女の指に伸びた長い爪で弾かれていた。



 ドギイィィィーーン・・



 重たい金属音が響いて、ひしゃげた騎士楯がもう一枚、宙を舞って地面に落ちた。ジータレイドのルドラ・ナイトが持っていた楯だった。


『公主っ!』


『前公主・・です!』


 ジータレイドのルドラ・ナイトは、鋭く伸びる槍穂をくぐり、長剣で受け流しながら距離を取ると、眼前に長剣を直立させ、楯を失った左手を腰の後ろ当てて姿勢を正した。

 睨み付ける先には、真珠色の鱗をした龍人が立っていた。蛇身の勇者や使徒とは別次元の強敵である。

 ルクーネのルドラ・ナイトも、蛇身の妖女の追撃を凌ぎきって長剣を構えていた。


 その時、


『ちと、邪魔をするぞ』


 ジータレイドとルクーネの"護耳の神珠"からリールの声が聞こえた。

 ほぼ同時に、辺り一帯に黒々とした魔法陣が出現した。


『・・逃れよ』


 リールの声に促されるまま、ジータレイドとルクーネのルドラ・ナイトが魔法陣の外へと跳ぶ。


 直後、地面に拡がった魔法陣から黒々とした鉤爪を生やした無数の腕が生え伸びて、真珠色の龍人と蛇身の妖女に掴みかかった。

 真珠色の龍人が槍を一旋して腕を打ち払う。蛇身の妖女が驚いた顔をしながら、蛇身の勇者と使徒の近くへ寄ると、何かを呟きながら腕を振った。


『ルクーネ!』


『はっ!』


 ジータレイドとルクーネのルドラ・ナイトが投げ打った長剣が交差して過ぎる中、龍人と妖女、さらには蛇身と化した勇者と使徒が消え去っていた。


『すまぬ。逃した』


『いえ・・助かりました。あの龍人は手に余ります』


 ジータレイドは大きく息を吐いた。






=====

12月30日、誤記修正。

武装集団一斉(誤)ー 武装集団が一斉(正)

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