第164話 使徒討伐

 それは唐突だった。

 外の騒動をアオイ達に任せ、ホームへ戻った時の事だった。

 予め、神様から聴かされていたため、主神の所へ連れて行かれるのだろうと直感できたが・・。


 わずかな異変を周囲に感じた直後、シュンはユアとユナを振り返りながら、"霧隠れ"と水楯を使用した。即座に、全員が"ネームド"の戦闘服に換装する。


「防御優先だ」


「アイアイ」


「ラジャー」


 2人が物理防御と魔法防御、HP継続回復の魔法を付与していく。


「シュン様」


「主殿」


 サヤリとリールが近くへ寄った。すでに打合せ済みの行動である。


「マリン」


『はいです~』


 声だけが頭の中に響き、不可視の水霊糸が周囲へ張り巡らされる。


 その間に、"護耳""護目"を使用して、シュンはVSSを、ユアとユナはMP5SDを、サヤリはHK69を手に握る。


「妾も揃いの武器が欲しいのぅ」


 リールがぼそりと呟いた。

 その時、周囲に眩い光が充ち満ちて、足下に感じていた床が消失したようだった。


「落ち着け」


 シュンは短く声をかけた。


「落ちても大丈夫」


「浮いても大丈夫」


 ユアとユナが"護目"の下で目尻を下げる。


「死んでも大丈夫です」


 サヤリがくすりと笑い声を漏らす。



 周囲の光が鎮まった時、"ネームド"の5人は、円形の台座の上に並んで立っていた。


 かなり離れた位置に円台座があり、それぞれに人間が立っていた。覗くと、台座の下は底の見えない闇が澱んでいた。上には白い靄が広がっている。


「ほう、あれは妾が知っておる生き物じゃのぅ」


 リールが左方の円台に目を凝らして呟いた。


「悪魔か?」


「同郷じゃろう。どうにでも化けられるゆえ姿形では判断がつかぬが・・」


「沢山いる!」


「円盤だらけ!」


 ユアとユナが指さした。9つどころか、数百もの円形の台座が浮かんで、それぞれに人影が乗っていた。


「世界の使徒が大勢おるということじゃな?」


 リールが笑みを浮かべて言う。


「体格が極端に違う相手は居ないようだ。大きい奴でも5メートル足らずか」


 シュンはじっくりと観察しながら主神の姿を探した。



・・世界の忌み子達よ・・



・・神々に選ばれし鬼子達よ・・



・・己を導いた神を恨め・・



・・神を呪え・・



・・世界を一つに・・



・・すべてを一つに・・



・・力を示せ・・



・・力で勝ち取れ・・



 重々しい声が頭の中に響いてくる。



『来るです!』


 カーミュの声が聞こえた。


「水楯、多重展張」


 シュンは前方に手を差し向けて水楯を幾重も重ねて出現させた。

 直後、真っ正面から重たい突風が吹きつけてきて円形の台座を大きく揺らした。


 それだけだった。

 左右へ視線を配ると、円台から弾け飛んだり、振り落とされたりした者が下方の闇へ消えていた。




・・己の世界のために戦え・・



・・世界を賭けて戦え・・



『下なのです!』


「水楯、多重展張」


 シュンは床に手を当てて円形台座の底面に水楯を出現させた。

 先ほど同様、今度は真下から激しい衝撃がぶつかってきたようだった。


「風とも違う。力そのものじゃな」


 リールが呟いている。


『全部から来るです!』


 カーミュの声が聞こえた瞬間、シュンはユアを見た。


「聖なる楯っ!」


 すかさず、ユアがEX技を発動させた。


「光壁っ!」


 ユナが神聖魔法の防御壁を出現させた。

 シュンは底面に向けて水楯を出現させ続けている。


 全方位から眼に見えない力の暴流が押し寄せてきた。衝突の衝撃でシュンの水楯数枚が粉砕されるが、次々に出現する水楯がそのまま押し込む力を抑えて拮抗する。

 ユアの聖なる楯は、さすがの防御力を見せて、完全に防ぎ止めていた。しかし、押し寄せる不可視の力は止むこと無く続く。


「光壁っ!」


 ユアが神聖魔法に切り替えた。

 時間にして、10分ほど続いただろうか。不意に圧力が止み、押し寄せていた力の気配が消え去っていた。


「・・試練にしてはお粗末だな」


 シュンは周囲へ油断なく視線を配りながら呟いた。




・・風で落ちたか、哀れな忌み子よ・・



・・潰れて死んだか、惨めな鬼子よ・・



・・さあ、殺し合うが良い・・



・・さあ、喰らい合うが良い・・




「了解した。召喚っ、アルマドラナイト!」


 シュンは巨甲胄を喚び出した。

 黄金の縁取りが見事な巨大な黒甲冑が出現してシュンの正面に浮かぶ。


「我が甲冑と成れっ!」


 シュンの命令を受け、巨大な甲冑の胸甲が上下に開き、黄金色の光がシュンを包んで吸い込む。それと同時に、甲冑の脚が生え伸びて石床を踏みしめた。



 ブウゥゥゥーーーーン・・



 重い震動音が辺りに響き渡り、白い銀光のマントが巨甲冑の背へ拡がった。


「うはぁ・・もはや高層ビルディング」


「都庁を引っこ抜けちゃいそう」


 ユアとユナが両腰に手を当てて聳え立つ巨大甲胄を見上げた。


『防御に専念しろ』


 遙かな頭上から大音声が降って来る。


「アイアイ~」


「ラジャ~」


 2人が苦笑を浮かべつつ敬礼をした。


「ユナ、ガチで行くよ!」


「ユア、気合いと根性!」


 ユアとユナが自分の頬を軽く叩きつつ、防御魔法と継続回復魔法を連続して付与していく。さらに光壁、光法円を展開する。



 ヒュイィィィィィィィィーーーーー・・・・



 異様な高周波音が鳴り始めた。遙か上方で光が輝き、高熱が押し寄せて来る。


 やがて、巨大な甲冑騎士がゆったりとした動きで宙へ浮かび上がると、握っていた巨大な剣を振り下ろした。


 直後、大気を引き裂く轟音が鳴り響き、黄金の閃光が真っ向から前方を斬り割って抜けた。

 続いて襲って来た灼熱の暴流に浮かんでいた円盤が次々に消し飛び、乗っていた人影が何をする間も無く蒸発して消える。



 ヒュイィィィィィィィィーーーーー・・・・



 再び、高周波音が鳴り始めた。高々と舞い上がった巨大な甲胄が"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を袈裟に斬り下ろし、さらに振りかぶって逆袈裟に斬る。その度に、黄金の閃光が奔り抜けていき、高熱が吹き荒れる。


『光壁』


 白翼の美少年が姿を現して光の壁で2人を護った。


「カーミュちゃん、ありがとぉ~!」


「カーミュちゃん、天使過ぎるぅ~!」


 2人が賑やかに歓声をあげながら、消え去った防御魔法を張り直し、回復魔法を連続してかけ合った。


 その時、巨大なアルマドラ・ナイトが凶悪な大剣を振り下ろした。


「ぎゃぁーー」


「ぅきゃぁーーー」


 ユアとユナの悲鳴が賑やかに響き渡った。


「・・なんというか、凄まじい防御力じゃのぅ」


「お二人、まだまだ余裕がありそうですね」


 大騒ぎをしている2人の後ろでは、リールとサヤリが蘇生薬を握って立っていた。万が一、ユアとユナのどちらかが斃れた時には即座に薬をかける準備をしているのだが・・。

 熱波のほとんどをユアとユナが防ぎ止めていて、サヤリなど熱さをほとんど感じていない。


「ユナ、ボクもう疲れたよ・・」


「ユア、寝たらダメっ!」


 ユアとユナが、何かの寸劇をやりながら、同時に複数の防御魔法と回復魔法を展開し、リールやサヤリにまでHP継続回復の魔法を付与している。



 ヒュイィィィィィィィィーーーーー・・・・



 再び、遙かな頭上で高周波音が鳴り始めた。


「拝啓、使徒の皆様」


「うちのボスがすいません」


 ユアとユナが謝罪した。


 直後、



 ゴオォォォーーーーー・・



 熱の嵐が周囲を灼き払って奔り抜けて行った。




・・止めろ・・



・・忌み子よ、止めろ・・



・・もう止めろ・・




 どこからともなく声が響くが、巨大なアルマドラ・ナイトは委細構わずに"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を振り下ろし、薙ぎ払っていた。




・・止めろ・・



・・我が声を聴け・・



・・もう使徒はおらぬ・・



・・武装を解け・・



 ヒュイィィィィィィィィーーーーー・・・・



 異様な高周波音と共に、アルマドラ・ナイトが巨大な"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を振り下ろし、テンタクル・ウィップを縦横に打ち振るう。



・・すでに使徒はおらぬ・・



・・暴虐を止めよ・・



・・使徒はおらぬ・・



・・使徒は消滅した・・



・・暴虐を止めよ・・



・・もう止めよ・・



・・我が声を聴け・・



 制止の声が響き渡る中、



 ヒュイィィィィィィィィーーーーー・・・・



 アルマドラ・ナイトが"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を振りかぶり、そして振り下ろした。


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