第284話 拡張
『戻ったです~』
『もどったです~』
元気な声がして、カーミュとマリンが宙空に姿を現した。
カーミュがシュンの目の前へ舞い降り、マリンはいつものように肩に乗って首に長い尾を巻き付けた。
シュンは、ムジェリの里へ立ち寄って所用を済ませ、エスクードへ帰還したところである。
「女王様はお変わりなかったか?」
『とっても喜んでいたです』
『おにがいっぱいです~』
「・・そうか」
シュンは、笑みを浮かべて頷いた。
先日の御礼に、チョコレートをカーミュに持たせたのだ。もちろん、すべてユアとユナが厳選した逸品だった。
『次は、
カーミュが笑う。
「了解した。最近、新しい物も排出されるようになったから、またユアとユナに選別して貰おう」
シュンは頬に頭を擦りつけてくるマリンを撫でながら、商工ギルドへと入って行った。すぐさま、
「統括! 丁度良かったです!」
「何かあったか?」
シュンは、商工ギルド内を見回した。
探索者達が掲示板を見上げている他は、これといって変化は無い。外では色々と騒動をやっているが、迷宮内は通常通りだった。今も多くの探索者が各層で魔物討伐をやっていたり、採取をしていたり・・見たところ、加工品を売買する掲示板が一番充実しているだろう。次いで、露店情報が列記された板か。
「・・あれは、もう完成したのか?」
シュンは、探索者が数名集まって見上げている掲示板に眼を止めた。
グラーレに依頼していた品だ。
「そうなんです! 今、試験的に使用中なんですけど、とても良い感じです!」
羽根妖精の少年が頷きながら掲示板の説明を始めた。
今、ロシータが中心となって、各地に"アリテシア神殿"という名の城塞を築いている。
神殿町の学園を卒業した者達の最初の仕事として、魔王種を掃討した地域に、数百名が立て籠もれる城塞を造っている。現場責任者は、エラードだ。
堅牢な城壁に護られた城塞内には、冒険者協会の支部を設け、衣食に必要な物品の購入、販売を行い、討伐の依頼、支援や救助の依頼を受け付けて、迷宮の探索者を派遣する仕組みを構築する。
無論、支援は受けたいがアリテシア教には入信しないというような人間は排除し、助けが欲しければ入信しろと、はっきりと伝える事になっている。
現在は、神殿町とロキサンド、エスクードに設置された掲示板、通称"外部板"と、各地に建設されているアリテシア神殿内の掲示板を接続して試験運用をしている最中だった。
「外部板は、大きく分けて3つ。派遣板、売買板、通信板があります」
「今後は、迷宮の領域を大陸全土へ拡げ、大陸全てを迷宮内に取り込むつもりだ。アリテシア神殿を中心にした町が各地に造られる事になるだろう」
シュンは、掲示板の動きを眺めながら言った。
途端、周囲に集まっていた探索者達がどよめいた。
「すげぇ! それ本当ですか?」
「そんなの出来ちゃうんだ?」
探索者達が眼を輝かせて声をあげる。
「俺達も外に出られますかね? あっ、今レベル90なんで、まだ駄目っすか?」
「まだレベル71だから、遠いなぁ」
「さっさと魔物狩りに行けや! 町でサボってんじゃねぇよ!」
言い合う口調は乱暴だが、どの探索者も表情は明るい。
「そうだな。今は、レベル100を目安に線引きをしているが、もう少し魔王種の掃討が進めばレベル75まで下げるつもりだ。統計では、迷宮内の探索者の6割が該当するらしいから、かなりの者が外へ行けるようになるだろう」
シュンは掲示板の動きを眺めながら言った。
「ええっ! そうなんですか?」
「あ、あのっ・・」
少し離れた場所に居た女性の探索者が挙手しながら近付いて来た。
「"パンプキン・シード"のミカといいます。レベル80です。まだ天職を獲得していないのですが、レベル75以外の条件はあるのでしょうか?」
「考えていないし、必要無いと思っている」
シュンは即答した。
「その時は、今の・・武器とか魔法とか、外でも使えるんですよね?」
「当然だ。道具類も同じように使える。それに・・」
シュンは集まって来た探索者達の顔を見回した。
「俺は、大陸全てを迷宮の領域にして貰うつもりだ。もちろん、主神様の許可が得られたらの話だが・・」
「おおお・・」
「すっげぇ! マジかよ!」
「それって、外へ自由に行けるって事ですよね?」
探索者達が騒ぎ始めた。
「構想の詰めをやっている段階だが、大陸を何らかの方法で区切って魔物の生息地を限定し、迷宮の50階辺りまでの魔物を繁殖させてはどうかと考えている」
シュンは"通信板"に眼を向けた。
「50階程度の魔物なら、迷宮の探索者にとっては脅威にならない。あのような依頼は、数人の探索者でこなせるだろう」
シュンが顎をしゃくって示したのは、大型の
「統括は、大陸全部を迷宮にするんですか?」
「この大陸は、世界の陸地の約3割を占める。小舟で渡れる島、その海域まで含めれば世界の4割に達する。その全てを迷宮として領域内に取り込む事で、迷宮外に原住民が暮らせる土地を残しつつ、魔物が繁殖する十分な土地を確保可能だ」
「えっと、でも・・それだと、原住民が怒るんじゃないですか?」
「アリテシア教に入信する者は保護し、各地に造っている城塞・・アリテシア神殿内で暮らせるようにする。アリテシア教では無い者には別の大陸へ送る」
「でも、戦争になったりしませんか?」
訊ねたのは、先ほど挙手していた探索者の少女だった。
「この迷宮まで辿り着ける兵隊が居ればいいが・・地下に暮らしている可能性があるにしても、地表に残っている町は数が少ない。"狐のお宿"や"竜の巣"が接触したが、住人達は先の不安ばかりを口にしているようだ」
他の異邦人達も興味があるのだろう。いつの間にか周囲に人垣が出来ている。
「貴族も居るようだが、もう秩序は崩壊していて、統治者と呼べる存在は居ない。少し腕っ節の強い連中が顔役のようなことをやっているだけのようだ」
シュンは、アオイの報告にあった内容を思い出しながら言った。
「こっちに避難してきた人達は、神殿町に居るんですか?」
「アリテシア教に入信した人間は全て受け入れる。拒んだ者は、シータエリア外に町を造って暮らしている」
もちろん、迷宮から支援を続けているし、魔王種や魔物が近付けば討伐をしている。
「シュンさん・・いいですか?」
別の少年が手を挙げた。
「どうした?」
「迷宮の領域が拡がるって、こう・・外の森とか山とか、全部が迷宮になるんですか?」
「単に迷宮内と同じ理に支配される土地になるというだけだ。風景などは変わらない」
「それって、魔物を斃したら地面に吸われて消えるとか?」
「そうなる。どちらにしても、主神様に許可を貰うことが先だ。決まれば報せよう」
そう言って、シュンは集まっていた探索者達を左右へ分けて商工ギルドの受け付けに向かった。
(迷宮を拡げるためにも、まず宵闇の女神を仕留めないとな)
魔神ズヴィルが取り憑いたスコットから、宵闇の女神についての情報は仕入れた。
「死の国はどう動く?」
『ちゃんと狩り出してくれるです』
カーミュが笑みを浮かべた。
宵闇の女神は、死の国に分体を潜ませている。片方が斃されても、片方が残っていれば再生できる状態である。だからこそ、前の主神に討たれた時でも復活したのだ。
それを知ったシュンは、カーミュに手土産を持たせて死の国へ送った。分体の居場所の特定と、死の国との関係を調べるために・・。
『女王様から提案があったです』
カーミュが言った。
「宵闇について?」
『女王様は、宵闇の女神をよく知ってるです。本体と分体を一つに戻す方法を知ってるです』
「・・どうすればいい?」
『女王様からお手紙なのです』
「内容は?」
『狩り場を用意する。鬼兵の調練を兼ねて、魔王種の討伐に招待しなさい・・と、笑っていたです』
カーミュが、死の国の女王からの手紙を差し出した。
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