第62話 ムジェリの里


「使用者は、シュン、ユア、ユナ、ジェルミーだ」



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『所有者及び使用者の名称登録を完了しました。続いて、魔力の登録を行います。指定の魔法紋にお触れ下さい』


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「これか・・?」


 シュン達の目の前に、それぞれ白く光る魔法紋が浮かんでいた。よく分からないまま手を置くと、



****


『所有者:シュンの魔力を登録完了』


『使用者:ユアの魔力を登録完了』


『使用者:ユナの魔力を登録完了』


『使用者:ジェルミーの魔力を登録完了』


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 何をどう区別しているのか、心配していたジェルミーの登録もあっさりと完了した。



****


『ゲートを解放します』


****



 文字が浮かび上がり、石碑の壁面が淡く光ったかと思うと、昼光色の明かりが外に漏れ出た。立っているシュン達からでは中の様子はうかがい知れないが、これも転移門の一種だろう。


「入ってみよう」


 シュンから最初に光の中へ入った。

 どこかへ落ちたり飛ばされたりするのかと覚悟していたが、最初に足裏に感じたのは硬い石の床を踏んだ感触だった。


「・・なんだここ?」


 シュンは素直な疑問を口にしつつ眼を見開いた。


「おおっ!」


「おおっ!」


 続いて入って来たユアとユナが驚きを声に出した。


 そこは深く澄んだ湖の中だった。

 湖のただ中に小さな円形の台座があり、青白い石碑が置かれている。その台座の上、今にも湖水に洗われそうな水位ぎりぎりの足場に3人は立っていた。

 風に湖面がさざめいているが、この石碑の置かれた円形の台座は揺れはしないらしい。


(見えないが・・水中に柱でもあるのか?)


 どこまでも深く澄み切った湖水を覗くが、それらしい物は見えない。


「親分、舟であります」


「ボス、小さな舟が来た」


 双子が湖岸を指さして言った。


「人?・・が乗っているな」


 小さな船が一艘、湖岸の方から近付いて来る。舳先へさきに小柄な人影が座っていた。頭巾のある外套を羽織っていて顔の様子などは見えない。

 ぎ手はおらず、帆も張っていないのに小舟は滑るように一直線に近付いて来た。


「怪しさMAX」


「どう見ても罠」


 ユアとユナがぼそぼそと呟く。


「お客人は初めてだね?」


 小舟の舳先へさきに座っていた小柄な人影が口を開いた。


「・・今、来たばかりだ。おまえは?」


 シュンは頭巾の下に見える顔を注視した。


「ムジェリ。この箱庭の水先案内人」


「ムジェリ?・・名前か?」


「ここを護っている者の総称だね、お客人・・みんなムジェリだね」


「顔が見えない相手と話したのは初めてだ」


「ムジェリは顔が無い者という意味だね、お客人」


 そう言って外套の頭巾を持ち上げて見せる。

 そこには、つるりとした水色の塊があるだけで、目鼻や口は見当たらなかった。


「粘体なのか?」


 シュンは頭巾を摘まんだ手を見た。手も頭部と同じで水色の塊だった。ずんぐりと下ぶくれの人型をした粘体が外套を羽織っているようだ。


「粘体とは違うね。でも、もしかしたらご先祖は一緒かもしれないね」


 何しろつくったのは同じ神様だからね・・と、ムジェリが言った。


「ここは何だ?」


 シュンは周囲を見回して訊いた。


「回復の湖だね、お客人。ステータスを見ると良いね」


「ステータスを?」


 シュンは左手の甲に浮かんだ表示を見た。


「ボス、回復してる」


「凄い勢い」


「・・ここは、そういう場所なのか」


 シュンのHP、MP、SPも、とんでもない勢いで回復していた。レベルが上がり、練度や身体能力が上がったためか、かつては3秒に3ポイントの回復量だったMPが毎秒50ポイントになっている。だが、それにしたって1分に3000ポイント、10分で3万ポイントしか回復しない。


 それが、この場所に居ると百倍近い速度で回復していく。


「これは凄い」


「おかしいね」


 ムジェリが首を傾げるような仕草をした。


「どうした?」


「お客人は、レベルが80に届いて無いね?」


「まだ17だが?」


「有り得ないね・・ここは、レベル80になった人だけが訪れることを許される場所だね」


「これと同じような物で転移して来たんだが?」


 シュンは、青白い石碑を指さした。


「不具合かね?修理しないと駄目だね・・困ったね。お客人はここに来るレベルじゃ無いね」


「転移石が壊れていたのか・・それなら、すぐ戻らないといけないな」


「待つね。転移の事故は怖いね。ちゃんと修理をしてから戻るね」


 ムジェリが言った。相変わらず、どこから発声しているのか不明だ。男とも女ともとれる中性的な声だった。


「・・どのくらい時間がかかる?」


「調べてみないと分からないね」


「そうか」


「迷子でもお客人はお客人だね。村に案内するから休んで行くね」


「村があるのか?」


「小さな村ね。お客人が来た時だけ村を作るね。久しぶりだから慌てたね」


「レベル80になった人が居たんだな」


 レベル25になれば外に出られるのに、危険な迷宮に籠もり続けた先人が居たらしい。


「そりゃあ居るね。ここが創られてから随分と長い時が経っているんだからね」


 ムジェリが小舟に乗るよう身振りで示す。


「乗せて貰おう」


 シュンは固唾かたずを呑んで見守っている2人を促して小舟に乗り込んだ。ユアとユナが恐る恐る乗ってくる。


「3分とかからないね」


 ムジェリが言うと、小舟が向きを変えて湖面を滑り始めた。振り返ると、青白い石碑がぐんぐん遠ざかって行く。

 ユアとユナは、シュンの背中に隠れて舳先のムジェリを見ている。


 ムジェリの言った通り、行く手に陸地らしきものが見えてきた。


「大きな亀の甲羅の上だね。今日明日くらいは潜らないでいてくれるね」


 疑問を口にする前に説明してくれた。

 小島のような土地が左から右へとかなりの速さで動いて行くのだ。

 小舟が随伴するように向きを変えて、陸地に向きを合わせつつ寄せて行く。


「これが亀の甲羅なのか」


 シュンは、視界いっぱいに近付いて来る岩山を見上げた。

 どうするのかと見ていたら、岩山の縁に別のムジェリが姿を見せて手を振った。白い石の円盤が上から降りてくると、小舟の船縁に近付いて来た。


「乗ると良いね、お客人。上に運んでくれる乗り物だね」


 小舟のムジェリに促され、


「・・分かった」


 シュンは円盤へと移った。双子が大急ぎでついて来る。


「わぅっ・・」


「ひゃっ・・」


 円盤がふわりと浮き上がってムジェリが待つ岩山の上へ移動し始めた。


「アナウンス希望」


「発車ベルを鳴らすべき」


 双子が左右からシュンにしがみつきながら文句を言っている。


 高さにして、100メートルほどを一気に上昇した円盤が、待っていたムジェリの前に停まる。次のムジェリは黒い上着だけを羽織っていた。


「お客人、これはフローティングボード。落ちることは無いね」


 そう言いながら、ムジェリも円盤に乗って来た。


「さ・・先に言うべき!」


「知ってたし!」


 双子がシュンの手を掴んだまま強がる。


「速いな」


 地面の上50センチほどを凄い速度で移動し始めたのだ。揺れはほとんど無いが、ちょっと体験した事が無いほどの速度だった。

 円盤の上に立っているだけの状態で、壁も手摺てすりも何も無い。


(ぶつかると即死しそうだ)


 ムジェリの様子を見ながら、シュンは過ぎ去る景色を見回した。これだけの速度で移動しているのに風が当たらない。何らかの力で守られているらしい。


「あれが村だね」


 ムジェリが振り返って言った。

 進行方向に、大きな天幕が見えて来た。


「大きいな。柱とか、どうなっているんだ?」


 周囲に何も無い、なだらかに登った頂上辺りに、中央が尖った大きな円錐形の天幕テントがいくつも連なって建てられている。真っ青な生地に波のような模様や何かの紋章らしい図柄が銀糸で刺繍されていた。高い部分で50メートルほど、中が繋がっているのなら端から端まで100メートルはありそうだ。


天幕テントが自分で浮かんでいるからね。そういう魔法だね」


「凄いな。生まれて初めて見たよ。こんな大きな天幕テントなんて」


「お客人、喜んでくれて嬉しいね。ゲートの修理は多分1日くらいだからね。楽しむと良いね」


「ありがとう。貴重な経験が出来そうだ。感謝する」


 シュンはムジェリに礼を言って、近づいて来た巨大天幕テントを見上げて口元を綻ばせた。


「次は、宿のムジェリが待っているね」


 空飛ぶ円盤が速度を落として、天幕テントの入り口らしい垂れ幕前で停止した。

 途端、シュンより早く、2人が地面に降りた。

 垂れ幕が持ち上がり、またムジェリが出て来た。これも黒上着を着ている。


「宿に案内するね」


 そう言って、先に立って進み始める。振り返ると、もう円盤はどこかへ消えていた。

 双子よりも小さなムジェリの背を追って天幕に入ると、3人は軽く息を呑んで立ち尽くした。ムジェリの言う村は、3人が思い描いていたものを超えていた。真っ直ぐに伸びる一本道の左右に、垂れ幕で仕切って店屋が並び、中央部分に宿となる天幕があった。


「他にお客人が居ないからね。宿は貸し切りだね」


「買い物は、デンやデギンで払えるのか?」


「ここの通貨は、オジャ。外で狩った魔物を売ってオジャを手に入れるね」


 黒服の宿ムジェリが言った。


「なるほど」


「宿と宿での食事は無料タダだからね」


「ああ、それは助かるな」


「店に良い道具あったりするからね。オジャはいっぱいあった方が良いね」


「魔物はどこで売れば良い?」


「宿で買い取るね。良い魔物は食材に使うからね」


「なら、先ずは魔物を出すから買い取りを頼む」


「宿の裏に行くね。中央広場に、職人ムジェリが集めるから、そこで売ると良いね。ムジェリは公平だからね。ムジェリにとっての価値をオジャで表すね」


 ムジェリに連れられて入った天幕には、大きなたらいや箱、大きな台などが準備されていた。


「武器職人のムジェリ、防具職人のムジェリ、魔道具職人のムジェリ、錬金術師のムジェリ、料理人のムジェリ、薬師のムジェリ」


 6人のムジェリを紹介された。職人ムジェリは、全員が丈夫そうな前掛けを着けていた。


「何を売ろうか?」


「親分に任せる」


「全部お任せ」


 2人はムジェリ達を前に腰が引けているらしい。


「なら、まずは・・」


 シュンは、シュザーガードを解体した部位を出していった。ムジェリが大いに喜び、興奮してりのような事を始めた。


「いきなり、素晴らしい逸品だね。ムジェリの大好物。滅多に獲れない最高級品ね!」


「そうなのか」


 シュンは続いてランゴンの部位を出していった。今度は、ムジェリ達が狂乱して大騒ぎになった。


「海の悪魔・・ずる賢く姿を見せないね。どうやって仕留めたね?この悪魔、たくさんの船を沈めた。ムジェリ、排除しようと狙ってたね」


「たまたまだな。広域の魔法に巻き込んだらしい」


「普通の魔法は当たらないね。ランゴンはずる賢い。隠れるの上手だからね」


「買い取れるか?」


「もちろん、至高の逸品だね。解体も凄く上手だね」


「よろしく頼む。使える装備品があれば購入したいからな」


「何でも買えるね。ランゴンより高価な物はムジェリの村に無いね」


「そうなのか」


 ただの気味の悪い巨人じゃなかったらしい。気味の悪いただれた皮、触腕、心臓・・オジャで表現する事が難しい究極の逸品だと、職人ムジェリ達が騒ぎ立て、取り合いが起きそうな勢いで買取りが行われていった。


「お客人、欲しい物は何かね?」


 職人ムジェリ達が周りに集まって来た。


「性能の良い防具が欲しい」


「お客人の装備を預けるね。サイズ・フィットの魔法があっても、最初のサイズは大切だからね。要望はできるだけ聴くからね。なんでも言って欲しいね」


「分かった。打ち合わせをさせてくれ」


「お客人は、海の悪魔を討伐してくれたね。ムジェリ職人の誇りに賭けて至高の逸品を用意するね」


「職人殿に質問がある」


「おまけで普段着もお願い」


「問題無いね。どんな物にしたいのかね?」


 職人ムジェリが双子を見上げた。


「絵を描く」


「ラフデザインを描く」


 双子が自信ありげに言った。


「それは助かるね。それなら、先にサイズを測っておこうかね」


 職人ムジェリが言った。

 表情が無いので何とも言えないが、声の感じからして笑っているのかもしれない。

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