第253話 人形の神
周囲に妙な力場が発生した。
そう感じた瞬間、
「・・ユア、ユナ」
シュンは、ユアとユナに声を掛けた。
「これ、神様の空間?」
「でも、ちょっと違う?」
2人がシュンの上着を掴みながら呟いている。
ややあって、3人は別の空間へと移動させられていた。マーブル主神に招かれる時とは異なり、真っ白な場所では無い。
『ここは、神々の与えし武具が封じられる空間だ。すでに馴染みだろう?』
声は後方から響き、気配は前方にあり、姿は上方に浮かんでいた。
『野蛮な世界の住人を迎えるために、野蛮な闘技場を用意した。見るが良い、石壁に覆われし巨大な闘技場を・・』
声の主が語りかけてくる。
『ただ立ち去るのはつまらぬ故』
『黙って出て行くのは業腹じゃ』
『できれば、世界を我らが壊してやりたかったが』
『放って置いても人々は死滅するであろう』
『最早、この世界は助からぬ』
『故に我らは旅立つのだ』
誰とも知らぬ男や女の声が、周囲から次々に語りかけてくる。近くから囁くように聞こえ、遠くから叫ぶように聞こえる。
「お化け屋敷?」
「亡霊ハウス?」
ユアとユナがシュンの脇腹にしがみついていた。半分は演技だったが・・。
「人形劇が始まるらしい」
シュンは苦笑しつつ周囲を見回した。
闘技場などでは無い。
聖堂のような趣の広々とした場所だ。天井は半球状で、眼を凝らさなければ見えないほどに天頂部が高い。
周囲の壁は黄金造りで、様々な彫刻が成されていた。窓は見当たらないが、明るい光が周囲から当てられ、シュン達を照らしている。
シュン達を取り囲んで無数の人形が並んでいた。やや古びた雰囲気がする甲胄人形である。
「・・中身が幽霊?」
「・・亡霊が操ってる?」
ユアとユナが指さしたのは、少し高い場所に浮かんでいる人形だった。
「ある意味、亡霊なのだろうな」
シュンは離れそうにない2人をそのままに、周囲に並んだ人形達をゆっくりと見回した。
『ふむ、これは少し侮り過ぎたな』
『幻覚薬が効かぬようじゃ』
『神力は封じたぞ』
『魔力も使えぬぞ』
人形達から声が聞こえてくる。
「・・問題無く、使えるようだが?」
シュンは人形に向けて水渦弾を放った。
渦を巻いて回転する水の弾は、人形に当たる寸前で、見えない障壁に防がれて飛散した。
『魔法を封じきれぬか』
『封印器が足らぬか』
『野蛮人め、力だけは認めてやろう』
「くだらない人形遊びだな」
シュンはテンタクル・ウィップを伸ばして、人形に巻き付けると、人形を護っている見えない障壁ごと、触手を締め上げて圧壊させた。
『魂が消えたです。でも、死の国へ行ってないのです』
カーミュが姿を消したまま耳元で囁いた。
「別の容器に移ったのか?」
シュンはテンタクル・ウィップを伸ばして次々に人形を捉えて破壊していった。
『消えるです。でも、何処へ行ったか見えないのです』
「ユア、ユナ?」
「魔力を抑え込まれてる」
「神力は無いので不明である」
2人が手を握ったり開いたりしながら首を傾げている。人形達が言っていた神力や魔力を封じる空間により、何らかの影響を受けているらしい。
「どの程度だ?」
シュンは訊ねた。
「ユアは、ポップコーン級のダメージを受けた」
「ユナは、ポテチ級のダメージを受けた」
2人がにんまりと笑みを浮かべた。
「・・なるほど」
無傷らしい。
この2人のポイポイ・ステッキには、ポテチも、ポップコーンも入っていないのだから。
『封神の間は効果が薄いようだ。しかし、甲胄兵は封じたぞ』
不意に、背後から女の声が聞こえた。
瞬間、シュンとユア、ユナが素早く背中を合わせて3方向へ"ディガンドの爪"を浮かべた。同時に、水楯と防護魔法を多重に展張する。
ガシィィィィーー・・
重い衝突音がユナの"ディガンドの爪"で弾けた。水楯を引き裂き、魔法の防護障壁を貫いた何かが、浮かべた楯を削って上方へ逸れて過ぎる。
「防護壁が紙のようだ!」
「楯がザリザリだ!」
ユアとユナが大急ぎで、魔法の防護壁を張り直す。ユナの"ディガンドの爪"は表面に三筋の溝が刻まれていた。
「変わった空間だな」
シュンは改めて周囲へ眼を向けた。
何かを抑制する力が発生しているのは分かる。だが、それは人形が語っていたような神力や魔力、霊力を抑え込むものでは無い。
甲胄兵・・恐らくは、アルマドラ・ナイトとルドラ・ナイトを封じるための何かだ。
「召喚、アルマドラ・ナイト」
シュンは試しに召喚を試みた。
魔法陣が床に拡がって、アルマドラ・ナイトの巨躯が現れかけるが・・。
「ん?」
魔法陣からアルマドラ・ナイトの兜から胸甲まで出かかったところで停止し、やがて魔法陣の消滅と共に消えていった。
初めて見る召喚の失敗だった。
『主神の使徒、シュンの力は分析している。私の力を持ってしても能力を抑えることは困難だが、甲胄兵の召喚を妨害することは可能だ。いかに、使徒シュンが強力であろうと、召喚陣から甲胄兵が出現する過程では、力を発揮することはできないからな』
女の声が上方から降って来る。
見上げた先に、やや幼さの残る顔立ちをした美しい少女が浮かんでいた。
「人形・・だが、これまでとは造りが違う」
シュンは"ディガンドの爪"とは別に、
「どうして少女体型?」
「袖なしのライダースーツ?」
ユアとユナが、ぶつぶつと言っている。
『元は愛玩用の人形だったのだ。異界の少女達よ』
「うっ、アンサー来た」
「意外に律儀なお人形」
ユアとユナが、素早くシュンの背中に隠れた。
『主神によって生み出された愛玩人形が我の素体である。能力を高めるために手を加えたおかげで、かなり造形は変化しているが、多少の原形は残してある』
「おまえが、異界の神か?」
シュンは、右手に"
『機神ミスティスと呼ばれる存在である。ミスティスと呼ぶが良い。使徒シュンよ』
「なぜ、わざわざ俺達を招いた? あのまま立ち去るなり、隠れるなりすれば、こちらを混乱させる事が出来ただろう?」
『必要な時間を稼ぐためだ』
機神ミスティスが即答した。
「・・何をしている?」
『離別だ』
「離別?」
シュンは眉根を寄せた。
『生存の可能性がある民を別の世界へ逃している。この世界に入植することは諦めたのだ』
「おまえは残るのか?」
『そうだ』
機神ミスティスが頷いた。
「なぜ、共に去らなかった?」
『人に神は不要だからだ』
「そうか」
シュンは小さく首肯した。
『使徒シュンは、神を必要としているのか?』
機神ミスティスが問いかける。
「必要だ」
シュンは即答した。
『使徒シュンに神は不要だ。なぜなら、神を超える生存能力を有しているからだ』
「ここは、主神様の世界だ。迷宮は主神様の恩恵がなければ維持できない」
主神様は、迷宮で暮らすために必要なものをもたらしてくれる。シュンの想い描く理想の生活ために、マーブル主神は不可欠な存在だ。
『神の恩恵など、優れた文明があれば代替を生み出せるものばかりだ』
「神の恩恵で済むのなら、文明とやらは必要無いだろう?」
『神の恩恵は限られた者にしか与えられない。それは極めて不公平だ。だが、優れた文明が生み出した恩恵は、等しく人々に与えられる』
機神ミスティスが、空中に何処かの光景を投影した。
無数の箱状の塔が立ち並び、小さな箱のような乗り物が行き交っている。続いて、海を進む巨大な金属の船。空へと舞い上がって行く乗り物・・。
『これらの恩恵を多くの民が受けられる。優れた文明は、神の恩恵よりも大勢の民を豊かにするのだ』
機神ミスティスが誇らしげに言う。
「主神様の恩恵があれば良い」
『だが、それは使徒シュンだけが豊かになる恩恵だ。万民に与えられることは無い』
「恩恵は得るものだ。与えられるものでは無い」
『それは強者の思考だ。弱者には望むことすら許されていない。極めて不公平な恩恵だ』
映像を消し、機神ミスティスがシュン達の前へと降りて来た。
『使徒シュンの思想は独善に過ぎる。多くの文明を滅ぼしてきた思想そのものだ』
「すべての生き物が等しく恩恵を受ける世界を妄想しろと?」
シュンは苦笑を漏らしつつ、周囲へ視線を巡らせた。
『前の主神が発生させた魔王種の出現は、大勢の人間を死に追いやっている。使徒シュンは、なぜ積極的に駆逐しない?』
機神ミスティスが話題を変えた。
会話が途切れることを嫌っているのだろう。
何とか会話を引き延ばして、シュン達を足留めしたいらしい。
「迷宮では、魔王種の駆除を徹底している。何の問題も無い」
シュンは、機神との会話に付き合うことにした。
『使徒シュンが護っているからだ。他の地域に暮らす人々は、対抗する力が無く、ただ絶望して死んでいくしかない』
「魔王種を斃せないなら、神に祈るしかないな」
『祈ってなんになる?』
「気持ちが楽になるそうだ」
シュンは無表情に答えた。
『・・そもそも、この世界の神々はもう絶えるぞ。霊虫に支配された神々の争乱により、多くの世界が消え去り、神界は崩壊寸前だ』
「主神様が無事である限り、神界は揺るがない」
『今の主神に付き従う神はいない。主神一柱で何ができる?』
「一柱では無い。女神様がいる。それに、神界の他にも神々は存在している」
会ったことは無いが、おそらく死の国の女王は神籍だろう。
『・・今更、このような世界で何をするのだ? 世界中に魔王種が溢れかえり、蛇身の化け物に変異する人間まで現れ・・世界は滅びの一途を辿っている。もう何者にも止められん』
「止める必要は無いだろう?」
シュンは不思議そうに訊いた。
『なんだと?』
「少し大型の虫や蛇といった生き物が増えただけだ。害になるなら討伐すれば良い。そうでなければ放っておけば良い」
『使徒シュンは何を言っているのだ?』
機神ミスティスが首を傾げる。
「おまえこそ、何を言っている?」
『私は世界の話をしているのだ』
「俺も世界の話をしている」
『世界が・・人の住み暮らす環境を失おうとしているのだ! 人の社会・・文明を築くことが許されない世界になっているのだ! 正しく終末の世なのだぞ?』
機神ミスティスの声が大きくなった。
「人には人の、鳥には鳥の、獣には獣の・・それぞれの社会があり、文明がある。人間が減ったなら、別の生き物が文明とやらを築くだけだろう?」
シュンは不思議そうにミスティスの顔を見た。
『文明とは、人間が作り上げるものだ!』
機神ミスティスが不快げに声を荒げた。
「誰が決めた? おまえか? 神か?」
『人間が作り出した高度な社会こそが文明なのだ! 鳥や獣に文明など無い!』
「文明の有無を誰が判別した? 鳥や獣と会話でもしたのか? 人間が魔物と呼ぶ生き物にも社会はあるぞ? それが高度では無いと、異界の人形が決めつけるのか?」
『鳥や獣どころか、魔物の社会だと? 使徒シュンは、主神の使徒でありながら魔物の存在を容認するのか?』
「容認する」
シュンは頷いた。
『それは神々への反逆だ』
「魔物を創ったのは主神様だ。神の作品を容認する事に何の問題がある?」
『・・使徒シュン。私にはおまえの思考が理解できない。共感することもできない』
「同感だ」
シュンの方も、露骨な時間稼ぎだと承知の上で、不毛な対話に付き合っているだけだ。
『使徒シュンは、世界に何を求める?』
まだ時間が必要なのだろうか。機神ミスティスが質問をぶつけてくる。
「聴いてどうする?」
『戦う前に、聴いておきたい・・使徒シュンは、私にとって謎そのものなのだ』
「俺は、迷宮で穏やかに暮らしたい。そのために迷宮を護っている」
『私は世界に・・世界をどうしたいのかと訊いたのだが?』
「俺にとっては、迷宮が世界だ」
『迷宮など・・世界の片隅の魔物の巣窟ではないか! そんな狭い世界の話では無い! 私は多くの人々が暮らす、この世界全体のことを語っているのだ!』
機神ミスティスが苛立ったように声をあげた。
「異界の侵略者が何を言う? 少なくとも、迷宮は2万を超える避難民を救っている」
『そのような
「2万は些末では無い。人という種を十分に保てる数だ。迷宮が無事である限り、この先も人間は滅びない」
『何という馬鹿げた・・全世界の人間の数からすれば、2万など・・』
「1が10になり、100になり、今は2万となった。いずれもっと数を増すだろう。迷宮は必要なだけ広くなり、大きくなり、大勢の人間が暮らす町や村が幾つも作られていく事になる」
シュンは、機神ミスティスを無表情に見つめたまま淡々とした口調で語った。
『迷宮は人の社会に迷惑を及ぼす場所だ! 魔物が生み出される悪所だ!』
「迷宮は豊かな生活を手に入れるための場所だ。主神様が人間に与えてくれた救済の場だ」
『あり得ない! 迷宮が救いだなどと正気で言えるはずが無い! 神はそのような思惑で迷宮を作らない!』
「主神様の思惑など人間に推し量れるはずが無いだろう? 俺は今の実態を語っているだけだ」
『・・理解できぬ』
「人形には、難しいだろう」
『私は神だ!』
機神ミスティスが、シュンに向けて光弾を放った。
「神を
シュンは動かずに受けた。光弾は水楯を貫くことができずに霧散した。
『よかろう・・無為な対話であったが、私の民達は完全なる脱出を完了した。ここからは、純粋に果たし合いをしよう。甲胄兵が無い身で勝てると思わぬことだ』
機神ミスティスが、両手に光る剣を生やした。
「生身なら勝てると考えたのか・・哀れな人形だな」
シュンは、"
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1月4日、誤記修正。
以外(誤)ー 意外(正)
主神神(誤)ー 主神(正)
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