第157話 乱獲

「遠目には、キラキラ綺麗なクリスタル~」


「入ってビックリ、アイスキューブ~」


 ユアとユナが腕組みをして頷いている。"ネームド"の氷雪地帯仕様の野戦服を着ていた。


「とても素敵です~」


「これは良いものです~」


 床も壁も鏡面のように姿を映している。当然のように、迷路の中は冷凍庫と言って良い極低温だった。


「良い出来だな」


 シュンは、永久氷塊の表面を素手で触れて確かめながら頷いていた。これは思った以上に強力な防壁になった。


「わははぁ~」


「うははぁ~」


 右から左へ、ユアとユナが滑る床の上を器用に滑っていく。


 シータラインからベータライン、そしてアルファラインまで、永久氷塊の迷路が埋め尽くしていた。


「まあ、アルマドラ・ナイトによる精密作業の訓練にはなったか」


『まりんも~』


 ユアとユナを追いかけて、白い水霊獣が氷の上を駆けて行く。残念ながら滑るという芸当はできないようだが、2人を追いかけて走り回るだけで楽しいらしい。

 きゃあきゃあ歓声をあげて滑るユアとユナが回転したり、宙返りをしたりして見せれば、マリンも真似て回り、宙で身を丸めて回転する。


「ゴブに防寒着配る~?」


「コボルトは毛皮で平気~?」


 両手を拡げてくるくると回りながら、ユアとユナが氷上を滑って来ると、身軽く宙返りをしてシュンの眼の前に着氷して止まった。マリンがユアとユナの手から手へ跳び移りながら、2人に合わせ宙返りをしてシュンの頭の上に舞い降りる。


小鬼ゴブリンは駄目だな」


 予定していた小鬼ゴブリン犬鬼コボルトの配置は取りやめて別の魔物を選ばないといけない。


「低温地帯になると魔物の選択肢が少ない」


 頭にマリンを乗せたまま、シュンは迷宮内の魔物を思い浮かべた。

 迷宮には一部にしか寒冷地帯は無い。気温に関係なく動ける死霊レイスの類が良いのかもしれない。


「この迷路によって、ひとまず迷宮への直接攻撃は止むだろう」


「わはは、迷路最強っ!」


「うはは、我らが迷路に敵無しっ!」


 腕組みをした双子が鼻高々に上体を反らす。


「・・おぅ」


「・・むぁ」


 ユアとユナが奇妙な声を漏らした。


「どうし・・」


 訊ねかけて、シュンは2人が見ている斜め上方を仰ぎ見た。


 空に、天馬ペガサスの騎士が隊列を組んで浮かんでいた。

 シータエリアから1キロほど離れた空に500騎近い数の天馬ペガサス騎士が浮いていた。


「敵襲?」


「空襲?」


「さあどうだろう?」


 シータエリアの上空から迷宮までは、ガンマエリアである。一見すると何も無い空間のようだが、少し前にマリンが走り回って水霊糸を張り巡らせている。天馬騎士達があのまま突入して来れば、バラバラに寸断されて迷路へ降り注ぐことになるが・・。


 シュンは、"護耳の神珠"に指を当てた。


「リール、見えているか?」


天馬ペガサスの騎士団じゃな?』


「全周を警戒しておけ。あれが陽動なら、逆方向か、地下から来る」


『了解した。飼っておる妖蟲を出しておこう』


『ごしゅじん、あれ、なぁに?』


 マリンがシュンの首に尾を巻き付けながら訊いた。


「空飛ぶ馬だな。近くで見てみようか」


『うまぁ?』


「先制する?」


「先手必勝?」


 ユアとユナが背に小翼を生やし、手にはMP5SDを抱え持っている。


「危険を感じない。攻撃を受けきってから反撃しよう。手強いようならアルマドラ・ナイトを出す」


 シュンは水楯を展張し、霧隠れを使用した。


「アイアイ」


「ラジャー」


 ユアとユナが、防御魔法の重ねがけを始める。


「カーミュ、マリン、俺が許可するまで攻撃は禁止だ」


『はいです!』


『はいですぅ』


 守護霊カーミュ精霊獣マリンが先行して空に浮かび上がりながら返事をする。


「ユキシラ、高空まで上がって狙撃準備」


 上空に少し雲がさしてきている。


「はっ」


 狙撃銃を手にした麗人が首肯して浮かび上がる。


「行くぞ」


 シュンは黒翼を軽く翻して急上昇を開始した。すかさず、ユアとユナが続く。


 天馬ペガサス騎士は、目視で509騎。

 武装は槍と盾。全ての騎士が白い軽甲冑を着ていた。兜はひさしの短い鉢金状の物で、顔が見えている。

 リールの報告にあった通り、騎士達は女ばかりだった。


「神聖魔法を唱えてる」


「聖水を降らすやつ」


 ユアとユナが囁いた。


「・・なんのつもりだ?」


 シュンはいぶかしげに眉をひそめた。


「嫌がらせ?」


「服を濡らす?」


「攻撃なのかどうか・・分からないな」


 これを攻撃と受け取るべきかどうか微妙過ぎて困惑してしまう。聖なる雨で濡れたところで、シュン達は何も困らない。水を操り、衣服を乾かして終わりだ。


「奥の方で別の魔法」


「知らない魔法」


 ユアとユナが大きな眼を見開いて、天馬ペガサス騎士達を観察している。


「そちらも神聖魔法か?」


「そうみたい」


「5人だけ、魔力が高い」


 小声で会話をしながら、シュン達は天馬騎士達と高度を揃えると正面から接近を始めた。


『上に90騎、別働隊です』


 高空へ上がったユキシラから報告が入った。


「それにしても、数が少ないな?」


 やはり、こちらは陽動で、迷宮の反対側や地下などから本隊が侵攻してきているのだろうか?


「リール、転移の気配はあるか?」


『感知しておらぬ。妾の眼をかいくぐったとしても、羽根妖精が厳しく見回っておるからのぅ』


「しかし・・こんな寡兵で攻めてくるとは考えにくい」


 単なる自殺ではないか。


『妾の柔肌を貫く程度の槍踊りがやれる連中じゃ。自信があるのやもしれんぞ?』


「高空の別働隊を合わせて600程度で、迷宮を攻めるのか? 桁が二つ三つ足りないだろう?」


『あははは・・主殿よ。こちらが向こうを知らぬように、向こうも迷宮の事を知らぬのじゃ』


 リールが笑う。


「力を測りに来ているということか」


 シュンは、未だに魔法を唱え続けている天馬ペガサス騎士達を見回した。詠唱があまりに遅すぎる。


「ユア、ユナ、雨を降らせてやれ。見ていて哀れだ」


「アイアイサー」


「ラジャー」


 シュンの指示に、2人がにんまりと相好を崩して敬礼した。


 直後に、聖なる雨が盛大に降り始めた。

 シュン達はもちろん、天馬ペガサス騎士を聖水の豪雨が包み込む。言うまでも無く、双子による無詠唱の神聖魔法だった。


 前も見えぬほどの聖水の豪雨に、詠唱中だった天馬ペガサス騎士達が狼狽うろたえ騒ぎ始めた。


「ユキシラ?」


『動揺しています。どうやら、援護に向かう様子』


 短く報告をするユキシラの声に苦笑が混じる。


「やっと魔法が来る!」


「やっと発動する!」


 ユアとユナが期待を込めた眼差しで天馬ペガサス騎士団を見つめた。


 聖水でぐっしょりと濡れた天馬ペガサス騎士達の中から、銀光に包まれた細い線が無数に飛来した。そして、シュンの水楯に当たって虚しく消え散っていった。


「ダメじゃん」


「ガッカリじゃん」


 2人が肩を落とした。


「神聖魔法の鎖か?」


 シュンは霧散した魔光の残滓を眺めながら呟いた。


「う~んと・・」


「う~んと・・」


 ユアとユナが額に指を当てて少し俯いた。


「こう?」


「こう?」


 2人が指を正面へ向けて振った。

 途端、黄金色の太い魔法鎖が無数に出現して天馬ペガサス騎士達へ巻き付いていった。


「上の連中も捕らえてくれ」


「アイアイ」


「ラジャー」


 答えた2人が上方から援護に降りてくる天馬ペガサス騎士を見た。それだけで、黄金鎖が双子の体から放出されて上空へ伸びていった。


「ふっ、つまらぬ術を使ってしまった」


「ふっ、同情を禁じ得ない」


 ユアとユナが大量の黄金鎖を束ねて肩に担ぎ持っている。下には、天馬ペガサスごと鎖に巻かれた女騎士達が大量に吊り下げられていた。





=====

9月30日、誤記修正。

鎖に巻かれて吊るされた女騎士(誤)ー 鎖に巻かれた女騎士(正)

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