第148話 怯える神様


『君を指名したのはボクだからね。すべての責任はボクにある!』


 震え声で言った少年神の背後に、輪廻の女神が少し過剰に身を寄せていた。


『なんて凛々りりしい・・慈悲深い神様』


『あ、あぁ、そういうわけで、ボクは君のやらかした事をゆるそう!』


 余裕の無い表情で、少年神がシュンに向かって宣言する。


『素敵です! 神様ぁ・・』


『・・闇ちゃんの初めての信徒だからね。ボクからのほんの気持ちさ』


『ありがとうございます!』


『そういうわけで・・聴いてる?』


「えっ? はい、聴いています」


 足下を眺めていたシュンが顔をあげた。

 功罪入り交じりながらも、結論としては良好な成果だという事だろう。


「悪魔・・リールはこのままメンバーという事でよろしいですか?」


『ええと、悪魔はどうしようか、闇ちゃん? 信徒に悪魔が混じってたらマズイよねぇ? 討伐させちゃう?』


 少年神が背中の女神に声をかけた。


『全ての世界、全ての種族を等しく受け入れますわ。死ねばみんな同じなのですから』


『お、おう・・うん、そうだね! さすが闇ちゃん、心が雄大だね!』


『神様の妻として相応しくあろうと背伸びをしているだけですわ』


 女神が恥ずかしそうに答える。

 深刻な懸念を顔いっぱいに表現しながら、少年神がシュンを睨みつけた。


『・・君っ、そういうわけだから、サクッと報酬をあげちゃうよ。ボクは忙しいから、あちこち行かないといけないからね!』


「はい」


 シュンに異論は無い。異論があるとすれば、宗教を作れという部分だけだが・・。


『君達ネームドのレベルを40に引き上げます。闇ちゃんの騎士がレベル40未満じゃ格好がつかないからね。ご祝儀ってやつさ』


「40・・」


 これは、まったくの望外の報酬だ。少し過剰な気がするが・・? いきなり、どうしたというのか?


『さらに、棒金5万本! 準備資金が必要だろうからね! それから、全員に神威の紋章を授けます。これによって、闇ちゃんの加護を得られるようになります』


「ありがとうございます」


 シュンは素直に礼を言った。


『赤炎の龍人を食べたことで、君達には炎熱に対する耐性がついたよ。ついでに、赤龍鱗相当の防御力が加算、筋力基礎値が増加、龍人の再生能力が身につきました。脳みそ食べちゃったのは・・今回は全員食べたのかぁ~・・そうかぁ~』


 少年神が手で顔を覆った。


『赤炎の龍人は・・ああ、精神耐性だったかな? ちょっと頭を触らせて』


 少年神の手がシュンの額に当てられた。意外なくらいに温かい手だった。


『あれ? これは、ボクの勘違いだ。これ・・龍閃だね』


「龍閃?」


『ああ、人間の武技にも似たようなのがあるよね? 体の動きが速くなるやつ』


「速く・・ですか」


 シュンの知らない技だ。そもそも武技というものを意識した事がないが、身体強化の類だろうか。


『使ってみれば分かるよ。SPを消費するから、無限に使えるって訳じゃ無いけどね。まあ良かったんじゃない?』


 少年神が話は終わりとばかりに離れて行った。いや、離れようとしたところで、背後ににじり寄っていた輪廻の女神にぶつかって止まった。シュンの方を向いたまま、神様の顔が戦慄で引きる。


『・・や、闇ちゃん?』


『神様、とても良い事を思い付きました』


 少年神の背に頬を寄せながら女神がささやいた。


『へ、へぇ? どんな事だい?』


 神様が、猛獣に見つかった小動物のように身を硬くしている。


『人の世に善き規範を与え、善き習慣を植え付けるためには、私は相応しくないと思います。だって、私は精霊あがりですし・・』


『いや、そんな事はない。君はもう立派な・・』


『ですから、ねぇ~、そこのあなた?』


 女神がシュンに声をかけた。


「はい?」


『神様と私を一緒にまつってくださらないかしら?』


かしこまりました」


 まつる神様は1柱も2柱も同じことである。


『いやいやいやいや、何を言っているんだい! これは闇ちゃんを女神として世に広めるためにやっている事なんだよ? ボクがまつられちゃったら意味が無いでしょ?』


『だって、なんだか心細くって』


 女神が少年神を見つめる。


「では、そういう事でよろしいですか?」


 シュンとしては、その辺はどうでも良い。どうするのか、決めて欲しいのだが・・。


『いや、君、何を言ってんの? 違うでしょ? 闇ちゃんをまつる宗教でしょ?』


『神様、私と一緒ではお嫌なのですか?』


『そんな事は無いよ! でも、それとこれは違うでしょ? 闇ちゃんをまつる宗教なんだからね?』


 かたくなに前を向いたまま、少年神が背中の女神と話している。


『だって、私だけなんて・・信仰してくれる人間がいるとは思えませんわ』


 女神が小さく頭を振って少年神の背に頬を擦りつけた。


『い、いやっ、そんな事は無い! きっと沢山の信者が集まるはずさ!』


『そうでしょうか?』


『よ、よしっ! 騎士君にボクの神紋を授けようじゃないか! ちゃんと応援している証になるだろう?』


 少年神がまくし立てる。


『まぁっ、神紋だなんて! なんてお優しい! 我儘わがままを申したようで申し訳ありません。さぞかし愚かな女に思われたでしょうね? どうか軽蔑なさらないで下さいまし』


『ははは、軽蔑なんてとんでもない! いつも助けてくれる闇ちゃんへの、ささやかな御礼だよ』


 未だ、前を向いたまま少年神が声をあげる。


『あぁ、神様ぁ!』


 女神が少年神の背にしがみついた。


『そういう事だからっ! 君っ? 分かったね?』


「女神様、教義については何かご希望が?」


 シュンは神様の背に隠れて見えない女神に訊ねた。


『私をあがめる事が、神様をあがめることになるようにしてちょうだい』


 女神の言葉を聴いて、シュンはちらっと神様の顔を見た。少年神が小さく頷いて見せる。


「女神様の名前はどうしましょう?」


『女神となって名を消す前は、闇のアリテシアと呼ばれていたわ』


「では、女神アリテシアと記すようにします」


 シュンは手帳を取り出して記した。


『あなた、名前は?』


「シュンです」


『シュンね?』


「はい」


『神様、私の騎士に翼を与えたいのですが、如何でしょうか?』


『翼? 闇ちゃんがあげたやつかい?』


『いいえ、神様がお持ちの神具に、眷属に翼を貸与できる品があったかと。これから広く世界を巡るとなると、移動する手段が必要だと思うのです。駄目でしょうか?』


 以前、ユアとユナが貰った翼とは違うものらしい。


『う~ん・・アレは・・う~ん・・』


 少年神が唸り始めた。


『・・ああっ、申し訳ございません! 神様を悩ませるような事を申しました。お忘れ下さいませ』


『いや・・まあ、空を飛ぶくらい良いのかな? よし、堕天使の翼を与えよう! 他の神具と同じく貸与できるように設定しておくよ。空は飛べるけど、神界には入れない。行ける場所と行けない場所があるから注意したまえ』


 少年神が手を振ると、シュンの手首の内側にある"文明の恵み"の横に、1対の翼の紋章が現れた。


『ああ、神様、ありがとうございます!』


「ありがとうございます」


 感激した様子の女神に倣って、シュンも御礼を言った。


『シュン、その翼で私の祠へ行きなさい。祠の財宝をすべてあなた達に与えましょう。場所は私の闇烏が案内します』


「・・感謝致します」


 女神の言葉に、シュンは低頭した。


『さあ、そろそろ行かないといけないね。龍神が主神に泣きついたとなると、単純な陣取りゲームじゃ済まなくなる』


 立ち去りそうな雰囲気の神様を、シュンは軽く手をあげて呼び止めた。


「神様、かなりの数の魔核や魂石を拾得しました。アルマドラ・ナイトの強化をお願いしたいのですが?」


『・・やるの?』


 少年神の顔が曇る。


「お願いします」


『分かったよ』


 嘆息した少年神の前に、シュンがポイポイ・ステッキから魔核を取り出して並べる。一つ、二つと数が増えるにつれ、神様の顔が引きり、しだいに青ざめていった。






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9月21日、誤記修正。

入り混じりがらも(誤)ー 入り交じりながらも(正)

増えるつれ(誤)ー 増えるにつれ(正)

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