第274話 人形の価値


 白い細身の甲胄人形ドールを先頭に、青灰色の甲冑人形ドールが左右2体ずつ。

 対峙するのは、シュンとユア、ユナの3人。こちらは生身のままだ。


 木々の疎らな場所を選び、地上に降りて向かい合っている。


『神の使者として来た』


 白い甲冑人形ドールが硬質な大音声で語りかけてきた。


「使徒では無いのか?」


 シュンは甲胄人形ドールを見上げて訊ねた。


『使徒はすでに討たれた。そちらの・・2人によって』


 白い甲冑人形ドールが、ユアとユナの方を指差した。


「そうか」


 シュンは、ユアとユナを見た。

 しかし、2人共、きょとんとして首を傾げている。どうやら、ユアとユナに覚えが無いらしい。


『我らの神が会談を求めている』


「断る」


 シュンは即答した。


『・・何故だろうか?』


「忙しい」


『多忙を理由に、神との会談を断るのか?』


「そうだ」


 シュンは頷いた。


『我らが使者では不足ということか?』


「忙しいと言ったはずだ」


『あくまでも、戦いによる決着を望むのか?』


 甲胄人形ドールから発せられる声音に変化は無い。


「狩るべき獲物ですら無い。無価値な人形に時間を割きたくない」


『人形では無い。神だ』


「同じ事だ。素材としての価値は極めて低い」


 シュンは、白い甲冑人形ドールを眺めながら言った。


 どちらも、グラーレの知識が基になった造作物だ。何体か鹵獲ろかくをしてグラーレに調べさせたが、何の進化もしていないらしい。グラーレが設計した通りの状態で、入手が困難な素材を省き、より廉価な代物になっているそうだ。


「解体をして価値がありそうなのは、ミザリデルンくらいだな」


『我らは生きている。人形では無い』


 白い甲冑人形ドールの声に、わずかな抑揚が生まれた。


「遠方に母船があり、そこに脳があり、遠隔で人形を操作する仕掛けだ。つまり、俺の目の前に居るのは人形だ」


 全て、グラーレから得た知識だ。


『・・その知識は、この世界には無いものだ』


 白い甲胄人形がいぶかしげに訊いた。


「母船ごと消滅させても良いが?」


『我らに交戦の意思は無い』


「一方的に攻め込み、敗色が濃くなったから戦いを止めたいと言う。人形の理屈だな」


 シュンは、居並んで動かない甲胄人形ドールを見回した。今のところ、言葉を発しているのは白い甲胄人形ドールだけだった。


『我らは立ち去る』


 白い甲冑人形ドールが言った。


「リセッタ・バグを撒き散らしてか?」


『あれはすでに対策され、効果を発揮しない』


「おまえ達は、今も違う種類のバグを散布中だ。いずれも対策済みだが・・俺は、交戦中だと認識している」


 異界民の母船から、リセッタ・バグと似通った"虫"が7種類放たれている。今現在も・・。


『使徒シュン・・』


「ミザリデルン、人形ごっこは飽きないか?」


 シュンは、白い甲胄人形ドールに訊ねた。

 この白い甲胄人形ドールだけは、異界民の"脳"では無く、機神ミザリデルンが操っている。


『我は・・』


「おまえ達の母船は半壊し、保管されていた"脳"は腐敗を始め、わずかに動く人形も40体を切った」


『・・見たような事を』


「見ているからな」


『馬鹿な・・この地は隔絶した空間の内部だ』


 白い甲冑人形ドールの声に動揺が滲む。


「うちのメンバーがよく入り込んで遊んでいるが・・おまえは神なのだろう? 本当に気付いていないのか?」


 かなり以前から、マリンが異界民の母船を遊び場にしているのだった。


『探知機に反応はない。出鱈目でたらめだ』


 白い甲胄人形ドールが唸るように言った。


「今、お前が見ている映像板は、正しい映像を映しているか?」


『・・何だと?』


「今、おまえが横たわっている機械仕掛けの台座は機能しているのか?」


 シュンは、淡々とした口調で問いかけた。


『何故だ?どうやって突き止めた? いや、どうやってこの空間に侵入したのだ?』


「この世界に侵入した時から、おまえ達は俺の獲物だ。ただ・・狩る価値が無いため後回しにしていた」


『価値か・・我を価値で測るのか』


「俺にとっては、重要な尺度だ。理屈抜きで大切に想う存在は少ない」


 シュンは、ユアとユナを見た。


「ユアのハートが火傷した!」


「ユナのハートが炎上した!」


 ユアとユナが、胸を押さえて大袈裟に仰け反って見せる。


『なるほど・・その者達が、使徒シュンの弱点であったか』


 白い甲冑人形ドールがユアとユナの方を向いた。


「弱点では無く、俺の最大の強みだな」


『強み・・だと?』


 白い甲胄人形ドールが訊き返す。


「この2人が居るからこそ、この世界に愛着が持てる。この2人が居るからこそ、世界がよく見える。俺にとっては、この世界の価値そのものだ」


 シュンは微かな笑みを浮かべながら言った。


「きゃぁ~・・」


「ひゃぁ~・・」


 後ろで、ユアとユナが手で顔を隠しながらしゃがみ込んだ。


『・・分からぬな。なぜ、敵性体である我に弱点を晒す』


 訊ねる白い甲冑人形ドールを見て、シュンはわずかに眉をひそめた。


「おまえは、神なのだろう?」


『なんだと?』


「まだ把握できないのか? それとも、異界の神は鈍いのか?」


『何を言っている?』


「・・所詮は人形か」


 シュンは嘆息混じりに呟いた。


 その時、


「馬鹿め、これは幻影ボッスだ」


「馬鹿め、ボッスはここに居ないのだ」


 ユアとユナが、シュンの身体に手を伸ばしながら言った。

 2人の手がシュンの身体を通り抜けて、身体の反対側へと突き出る。


『・・まさか』


 どこか呆然とした声を漏らしたと同時に、白い甲冑人形が姿勢を乱して、仰向けに倒れていった。


 シュンは、マリンが水霊糸を繋いだ場所へ瞬間移動できる。


 語った通り、いつでも処分できる状態だったのだ。

 時間を掛けていた一番の理由は、予備の命、霊体や別の容れ物の有無を慎重に確認していたためだ。



『まて、使徒シュン・・』


 金属の台座の上で、機神ミザリデルンが声を発した。


 すでに、両手両足にはテンタクル・ウィップが巻き付き、胸甲を"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"が貫き徹していた。


「遅い」


 シュンは、機神ミザリデルンを見下ろした。


『我は・・滅びぬ』


「予備の体は破壊した。器となる霊体も処分済みだ」


『我は・・』


「この空間は、バグで満ちている」


 シュンは"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を引き抜いた。


『バグは・・ここには撒いていない』


 機神ミザリデルンがゆっくりと首を動かした。


「迷宮の優秀な技術集団が生み出した新種のバグだ」


『・・この世界に、あれを生み出す技術は存在しない』


「リセッタ・バグと霊虫を渡したら、3日で作ってくれたぞ?」


 例によって職人ムジェリ達が興奮しながら生み出した品だった。ユアとユナがM・バグと命名した極めて獰猛な逸品バグである。


『有り得ない・・我らより優れた技術など・・存在しない』


「今も、おまえ達の母船を喰い、異界民の"脳"を喰い、そしておまえを喰っている」


『で、では・・我らの故障は全て・・』


「人形劇は終幕だ」


 シュンは、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を機神ミザリデルンの頭部へ突き立てた。


「カーミュ」


「はいです!」


 白翼の美少年が姿を現し、大きく息を吸い込むと純白の炎を噴射した。


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