第229話 龍神


 多頭の巨龍が上空へ向けて火炎を吐き、炎の帯が幾つも伸び上がって雲を焼き払う。

 翼のある龍が次々に飛翔して、上空を目指して急上昇を開始していた。



 ジリリリリリ・・・・



 霊気機関車"U3号"の後部車両に鋭く警報が鳴った。

 降下の合図である。

 最後尾に連結されていた格納車の側面に並んだ開閉扉が次々に開いて、銀色の甲冑人形が姿を現す。

 薄暗い筒の中で出撃の時を待ちわびていたルドラ・ナイト達が、それぞれの銃器を抱えたまま次の合図を待っている。


「殲滅戦だ。行け!」


 シュンの短い指示に背を押されるように、ルドラ・ナイトが次々に飛び出して行った。


 アレク、ロシータ、アオイ、タチヒコ、ミリアム、ユキシラ・・6体のルドラ・ナイトが降下して行く。


 続いて、2体の黒い水玉模様のルドラ・ナイトが飛び出した。

 最後に、アルマドラ・ナイトが出現すると、緩やかに降下をしながら"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を振りかぶった。




 ヒュイィィィィィィィィーーーーー・・・・




 青空に高らかに高周波音が鳴り始める。

 降下中のルドラ・ナイト達が一斉に散開して道を空けた。そこを、白銀の閃光が貫いて奔った。

 直後に、凄まじい衝撃波と熱風が荒れ狂い、地上空中を問わず巨龍達を薙ぎ倒し、圧壊して地上を均していく。


「突撃する」


 宣言と共に、アルマドラ・ナイトが降下を開始し、散開していたルドラ・ナイトも急降下を始めた。迎撃に出ていた巨龍達は跡形も無く消し飛んでいる。


 崩落した岩山の下、亀裂が走った地面の奥底に白い殻のような物が見えていた。


 "P号"が突き破って大穴を空けなければ、正確な場所を把握出来なかっただろう。本来ならば、幾重にも張られた結界に護られ、龍の秘法で生み出された防殻に覆われ、人は疎か、神々ですら見つけ出すことが困難な"龍の隠れ里"である。


 この場所を発見したのは、リールだった。

 かねてからシュンの指示を受けて、マーブル主神の世界に潜んでいる龍神の居場所を探していたのだ。魔王種の探知網の構築と、龍人、龍神の居場所の捜索がリールに課せられた任務だった。

 それらしい気配を感じたことはあったが、なかなか決め手になる痕跡を見つけられずに居たのだが・・。


 異界でシュンが仕留め損なった龍人を、異界に潜ませていた小悪魔インプで追尾したのだ。途中、転移をされてしまい異界の側では見失ってしまったのだが、折良く、別の小悪魔インプが探知中の域内に、傷ついた龍人が転移をして現れたおかげで"隠れ里"の場所を絞り込む事に成功した。


 念の為、怪しいと思われた他の地点にも"P号"を落としたが、当初の予想通り、険しい岩山が乱立した山岳地帯の地下に"龍の隠れ里"はあった。


 "P号"落下による衝撃で、覆い隠していた結界は消え去り、隠れ里を護っていた外殻も裂けて穴が空いていた。そこへ、アルマドラ・ナイトの攻撃である。地上に出ていた巨龍だけでなく、"隠れ里"の内部にも被害は及んでいるだろう。


 "P号"落下からの奇襲に対し、"龍の隠れ里"の対応は明らかに遅れていた。

 アルマドラ・ナイトとルドラ・ナイトが大地の亀裂に入り、白く見えている外殻の縁に取り付いた頃になって、ようやく龍人達が姿を現した。


 しかし、有無を言わさずに襲いかかったアルマドラ・ナイトに叩き斬られて即死する。その間に、ルドラ・ナイトが次々に外殻の亀裂から"隠れ里"の中へと侵入して行った。すぐさま銃撃が始まる。


 上空待機の霊気機関車"U3号"には、ディーンとジニー、そしてリールが残って留守を守っている。指揮車に佇むリールの手元には、球状の魔法陣が浮かび、無数の小悪魔インプ達を操って周辺の探索を続けていた。ついでに、地上に散乱した巨龍達の死骸をせっせと集めている。死にたての今なら死骸を操れるのだ。

 戦いが続き、人が死に、獣が死に、魔物が死ねば死ぬほど、リールの手駒は増えていく。吹き荒れる負の感情は悪魔リールの力になる。

 今のリールなら、生身で龍人を相手にしても引けを取らないだろう。


(・・じゃが、主殿には敵わぬ)


 魔法陣の操作に集中して眼を閉じている女悪魔の唇にほのかな笑みが浮かぶ。

 元より抵抗する意思など無いが、仮に戦ったとしても瞬殺されるだろう。術がどうこう、技がどうこうという問題では無い。どうしようも無い。

 リールの主人あるじは、幾多もの龍人を喰っている。そして、幾多の力を得ている。

 アルマドラ・ナイトという甲冑人形は脅威だ。テンタクル・ウィップも凄まじい。神から与えられたという銃器による攻撃も厄介だ。だが、一番厄介なのは、あの肉体そのものである。その気になれば、龍人など素手で殴り殺せるだろう。


(主殿が使徒なのじゃぞ? 主神に逆らう神々というのは、よほどの阿呆揃いじゃ)


 リールが密やかに喉を鳴らして笑った時、


『動きは無いか?』


 いきなり、"護耳の神珠"からシュンの声が聞こえた。


「・・目立った動きは無いぞ。予定通り、妾の結界で包んで良いかの?」


『やってくれ』


「お任せあれ、我があるじよ」


 リールが苦笑しつつ、球状の魔法陣とは別に、もう一つ、魔法陣を浮かび上がらせた。すでに小悪魔インプ達を使って仕込みを終えている。この一帯を包み込む結界の壁を構築するのだ。


「出でよ・・滅神獄」


 リールの呟きと共に、魔法陣が赤々と輝いて回り始めた。


*****


 緑鱗の龍人が一番多い。次いで、青鱗だろうか。残りは、赤鱗が多少混じる他は、黒鱗の龍人がほとんどだった。

 思っていたより個体数は多くない。

 成体は、ざっと200体程度。それに、まだ小柄な幼体が60体ほど。ルドラ・ナイトの銃撃を躱しながら、炎や雷息を吐き、剣や槍を使って攻撃を仕掛けてくる。


 龍人は決して弱くない。

 種族としてなら、最強種と言って良い。


 だが・・。


 種族という枠を踏み破った特異な存在が現れた。

 龍人の中でも上位種である黒鱗や白鱗ですら手に負えない化け物だった。

 先日は、白銀鱗までもが敗れ去った。異界神の使徒が助け出したおかげで死なずに済んだが、白銀鱗が負った心的な傷は深く重い。


 残るは、黄金鱗。そして、種族最強の異端種である白鱗だ。龍神から、ブラージュの名を授かり、使徒になった真珠色の鱗を持つ龍人である。

 白鱗の龍人は他にも居る。上位種として、それなりに強いのだが、ブラージュの強さは異常だった。第2、第3のブラージュが生まれるのではないかと、同じ白鱗の龍人は大切に扱われるようになったが、後にも先にも、特別な変異種はブラージュ一体だけだった。


 前の主神から龍神に対して、ブラージュを主神の使徒として譲らないかと持ちかけられた事があるほどに、神界の使徒達の中でも突出した強個体だった。


 龍神が前の主神に様々な交渉を行い、多くの譲歩を引き出すことが出来たのも、ブラージュという"剣"があればこそだ。龍人が叛乱を起こせば、神界はおろか、世界が無事では済まなくなる・・その可能性をチラつかせる事で、龍神は特権とも言える、世界の監督者という地位を手に入れたのだ。


 しかし、それら全てが瓦解しつつある。

 いや、もう崩れ去ってしまった後なのかもしれない。



(何故だ・・何故、こんなことになったのだ)


 城館の中で、龍神は玉座に座したまま項垂れていた。龍人と似通った姿形をしているが、かなりの肥満体型で全体に体が膨らんでいて重そうだった。


 龍神は、全ての龍人の祖であり、龍種で唯一、神格を有する存在だ。今世の主神がこの世に生じる遙か昔から"神"として存在している古種であった。


 神界の争乱時、龍神は太陽神の誘いに乗り、ブラージュ他を引き連れて調停を名目に神界へ乗り込んだ。

 太陽神が龍神を利用しようとしていることは見え透いていたが、逆に太陽神の動きを利用し、神界を力尽くで支配してしまおうと画策したのだ。切り札であるブラージュなら、太陽神側の切り札である凶神を斃せると考えていた。


 だが、凶神は闇の精霊あがりの卑神に抑え込まれ、頼みのブラージュは得体の知れぬオグノーズホーンという怪老に動きを阻まれ、危うく龍神自身が命を落とすところだった。

 龍神自身は、龍人が負ったどんな傷でも治癒できる神秘の力を持っていたが、敵と戦うための力や技、魔法などは乏しかった。


 命からがら神界から逃げおおせたまでは良かったが、あろうことか、道化と揶揄やゆされていた小僧が主神に成り上がってしまった。

 今にして思えば、あの小僧めは曲者だった。

 ブラージュと互角にやり合った怪老オグノーズホーンは、小僧のしもべだった。

 凶神を押さえ込み、追い払った卑神は、小僧の妻だという。

 おまけに、"龍人殺し"として糾弾していた人間は、小僧の使徒になった。

 あの小僧っ子は、手駒に恵まれすぎている。


(太陽神め、彼奴きゃつを軽く見おってからに・・何が道化だ! あの小僧っ子こそが最大の脅威ではないか!)


 前の主神を殺めようとする前に、あの小僧を始末するべきだったのだ。オグノーズホーンがブラージュと、闇の卑神が凶神とやり合っている時こそ、最大の好機だったのだ。


(・・襲って来たのは"龍人殺し"だけだ。小僧・・主神は動いておらぬ。闇の卑神めは凶神を追ったまま戻っておらぬし・・オグノーズホーンは主神の側を離れられまい。となれば、ここへ攻めて来た使徒に援軍は来ぬな?)


 各個に撃破をするしかない相手が、おあつらえ向きに単独でやってきた事になるのではないか?


(そうだ! これは好機ではないか!)


 この世の春を謳歌している小憎らしい主神めに、龍族の恐怖を思い出させる絶好の好機だ。


「ブラージュ!」


 龍神が玉座から立って声を張り上げた。


 その時、城館の天井を突き破って、黒鱗の龍人が降ってきた。間を置かず、黒い水玉柄をした白い甲冑人形が2体、派手派手しい神聖光を撒き散らしながら床の上に降り立った。

 無論、どれもブラージュでは無い。


「・・ぁ」


 咄嗟に声が出せず硬直した龍神が、我に返って玉座の肘掛けに立てかけてあった剣を握る。


『もっちり龍人、発見っ!』


『めたぼ龍人、発見っ!』


 黒い水玉柄の甲冑人形から、人間の少女の声が響き渡った。


「おのれっ!」


 咆吼をあげて剣を引き抜こうとした龍神だったが、いつの間に巻き付いたのか、全身に粘着性の霊糸が巻き付いて拘束されていた。


「雑兵めが! 儂を舐めるなっ!」


 龍神は、怒声と共に全身から神気を放って霊糸を引き千切ると、剣を抜いて斬りかかろうとした。しかし、またしても体の動きを止められてしまった。


「ぬっ・・く、くそっ!」


 今度も、粘着性の糸が巻き付いている。落ち着いて見回せば、天井辺りに浮かんでいる白い精霊獣に気付けるのだが・・。


「人間風情がぁーーー!」


 龍神は、口腔から神光を放った。かわす余地など無く、2体の甲冑人形を直撃する。

 しかし、黒い水玉柄の甲冑人形は微動だにせず立っていた。


『弱っちぃ?』


『お腹がおっきいだけぇ?』


 再び、人間の少女の声がして、2体の甲冑人形が黒っぽい銃器を構えた。


「なっ、何故だっ!」


 "龍人殺し"の他にも、こんな強者が居たとは・・。


 再び、神気を噴き上げて霊糸を千切った龍神だったが、今度は無数の銃弾を浴びて後ろへ弾かれてしまった。一発一発は威力は低い。だが、防御の魔法が意味を成さず、すべての銃弾が鱗を貫通して肉を抉って来るのだ。


「ぬうぅっ!」


 強引に前に出て距離を詰めようとするが、また足や胴体に粘着糸が巻き付いて動きを止められてしまった。


「くそっ! 誰か! 誰か、居らぬか!」


 龍神は助けを求めて声を上げた。こいつらには、神聖属性の龍息が効かない。近付こうにも、いちいち厄介な糸が絡みついて邪魔をされ、おまけに龍神の攻撃が届かない場所から、延々と銃弾が浴びせられる。


「・・ブラージュ!」


 声を上げ、何度も霊糸を引き千切って暴れようとする龍神だったが、どう足掻あがいても、2体の甲冑人形に攻撃が効かず、容赦無い連射を浴びせられて精神的に追い込まれていった。


 冷静に考えれば、まだ焦る必要は無い。

 まだまだ生命力はある。

 多少の傷は負っているが、命を脅かされるほどの攻撃力では無い。龍神の回復力の方が勝っている。

 だが、龍神は常に多くの龍人に護られ、自らが戦う経験をしてこなかっただけに、自身が傷つくことに恐怖を覚えて冷静さを取り戻せない。


「誰かっ! けがらわしい人間めが入り込んでおるぞ! 斃して武名を上げたい者はおらぬのか!」


 城館に響き渡る大声で呼び掛けるが、いつまで経っても龍人は駆けつけて来ない。


「おのれ、神聖属性が効かぬなら・・」


 火や風の魔法を操って攻撃を仕掛けるが、どうやら甲冑人形の周囲に防護壁があるらしく、虚しく掻き消されるばかりだ。

 黒い水玉柄の甲冑には傷一つ付けられない。


「何故だっ!」


 半狂乱になった龍神が遮二無二に体を捩って前に出た。瞬間、いきなり体が軽くなり、前のめりにつんのめって転倒しそうになった。


「・・ぁ?」


 龍神の両腕が肩の辺りから無くなっていた。

 呆然と振り返った後方に、宙吊りになって揺れる両腕があった。


「馬鹿な・・どうして儂の腕が取れる?」


 呆然と呟いたすきだらけの龍神の正面で、2体の甲冑人形が何処からともなく、長柄のもりを取り出して構えている。


『えいっ!』


『とうっ!』


 少女の声が響いて、2本のもりが龍神の胸板へ打ち込まれた。




======

12月11日、誤記修正。

人は愚か(誤)ー 人は疎か(正)

大穴を開け(誤)ー 大穴を空け(正)

戦ったしても(誤)ー 戦ったとしても(正)

穴か開いて(誤)ー 穴が空いて(正)



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