第144話 彷徨う魂


 鏡の向こう側は宝物庫になっていた。


「すべて収納しておこう」


 シュンの指示で、ユアとユナ、サヤリが整然と並べられた何かの道具、武器や防具、薬品類などを収納していった。

 金属や宝石類、聖印貨幣、何かを記録した書き付けや帳簿、本も沢山あった。


「カーミュ、マリン、他に何かあるか?」


 シュンは、宙に浮かんでいるカーミュとマリンに声をかけた。


『ごしゅじん、ここ』


 マリンが床に降りて来て前脚で床を叩いて見せる。


「床下か?」


『何かあるです』


 カーミュも同じ場所を指さした。


「ここか?」


 シュンは床石を靴の底で軽く蹴ってみた。なるほど、下に空洞があるようだ。床石を壊す必要がありそうだが・・。


『ねじ、まわす?』


 床石の上で、マリンが首を傾げた。どうやら、床石の下に何があるのか把握できているようだ。


「回してくれ」


 シュンは頷いて見せた。マリンがネジと言っている物は、把手とってか何かだろう。

 元より、マリンはただの白い獣では無い。どうするのかと見ていると、水霊糸を床石の隙間から入り込ませたようだ。


 何かしらの魔導による仕掛けが発動するのかと身構えていると、どこからともなく金属の擦れる音が聞こえ、軽い地響きのような震動が伝わってきた。わずかに遅れて、奥の壁が上方へ持ち上がっていった。


「また隠し通路か」


 シュンは黙って見守っている3人を促して、通路へと踏み入った。


「カーミュ、マリン、同じような仕掛けがあったら教えてくれ」


 シュンの指示に、マリンが張り切った様子で空中を駆け抜けて奥へと消えた。カーミュはシュンを護るように浮かんだまま、きょろきょろと周囲の壁や床を見回していた。


「防御魔法を切らすな」


「アイアイ」


「ラジャー」


 シュンの指示に、ユアとユナが返事を返した。

 後方で壁が閉じた音がするが、誰も気に留めなかった。魔導の仕掛けでは無い。必要なら破壊すれば良いのだから。


 しばらく進んでいると、


『ごしゅじん、なにかいる』


 白い獣が風のように駆け戻って来た。ふわりと飛んでシュンの肩に乗るなり、長い尾を首に巻き付ける。


「人か? 魔神か? 悪魔か?」


『ひと、おじいさん』


「おじ・・老人か」


 シュンは通路の前方へ眼を凝らした。2人が並んで歩けば肩が擦りそうな通路幅だ。シュンは、"ディガンドの爪"を正面に浮かべ、水楯を展帳した。


格子こうし?」


 通路の奥に見えてきたのは、金属の格子扉だった。

 特に罠など無い。丈夫なだけの鋼製の格子だ。

 シュンは格子を手で掴んで左右に引き、通れるだけの隙間を作った。


「老人はこの先か?」


 シュンは尾を巻き付けたまま肩から離れないマリンにいた。


『おじいさん、そこ』


「ん?」


 シュンは足を止めた。


『そこに、おじいさん』


「・・どこだ?」


 シュンはVSSを構えたまま通路に視線を巡らせた。


 その時、白翼の美少年がふわりと移動して壁際を指さした。


『ご主人、老人の幽霊がそこにいるです』


「幽霊?」


 シュンはカーミュを見上げた。


『魂が旅立てないまま迷子になったです』


「俺には見えないが?」


 シュンはユアとユナを振り返った。


「・・どうした?」


 ユアとユナがシュンの背中にひっついて小さく身を縮めている。


「祈りを捧げている」


「冥福を祈る」


 ユアとユナが余裕の無い声音でささやいた。祈ると言うわりに、上着の背中を握り締めて身を硬くしているが・・。


「サヤリ?」


「私も、あまり得意ではありません」


 ややうつむき加減に、サヤリが言う。いつもは外へ出て来ない英霊ユラーナが浮かび上がってサヤリを護っていた。


「つまり・・なるほど、そういうことか」


 3人は幽霊を怖がっているわけだ。

 シュンは苦笑した。悪魔や魔神が相手なら平然として戦うくせに、死の国に行き損なっただけの霊魂を恐れるとは・・。


「カーミュ、お前はその老人と話せるのか?」


 シュンは、壁際に浮いているカーミュにたずねた。


『できるです』


「事情をいてくれ」


『はいです』


 頷いたカーミュが右方へ漂い、覗き込むようにして壁の辺りを見ている。

 ユアとユナ、そしてついにサヤリまでもがシュンの背中へ身を寄せた。


「おまえ達の神聖術なら簡単に浄化できるだろう?」


「怨霊なら容赦しない!」


「お化けは駆除する!」


 勇ましい事を言っているが、2人とも声は小さく、シュンの背中から離れようとはしなかった。


「・・そういえば、骸骨が苦手だったな」


 シュンはそれ以上は追求せずに、カーミュの様子を見守った。

 当然と言えば当然だが、声に出して会話をするわけでは無いらしい。カーミュは無言のまま、壁の辺りを見つめて動かなかった。


『ごしゅじん、こわくない?』


 マリンが尾をシュンの首に巻きつけたままいてくる。どうやら、この精霊獣も、幽霊を怖がっているらしい。


「何の被害も受けていないからな・・それとも、何か危険を感じるような容姿をしているのか?」


『おじいさん、めがない』


「眼?」


 シュンは軽く眉をひそめた。


『おじいさん、みみがない』


「耳・・」


『おじいさん、はながない』


「・・鼻もか」


『おじいさん、くちがあかない』


「口? 開かない?」


 どうやら、見えないままの方が良さそうだ。


「ボス、マリンちゃんとお話?」


「マリンちゃん、何て言ってる?」


「老人の外見についての説明だ。知らない方が良いと思う」


「・・見ざる」


「・・聞かざる」


 背中で2人が小さく頷いた。

 そこへ、カーミュが近付いて来た。


『前の王様なのです』


「そこの・・老人が?」


『はいです。お酒を飲んだら眠り薬が入ってたです。気が付いたら牢屋に繋がれてたです』


 カーミュが、老人の幽霊から聴いた身の上話を語り始めた。

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