第145話 ユキシラ・サヤリ

 魔物が聖王に化けて成り代わっているのだと、老人の幽霊は言っているらしい。


「魔物は、ここに居るのか?」


『ここは、魔物が作った地下牢なのです。玉座の下に入口があるです』


「階段は無いようだが・・落とされたのか?」


 シュンは天井に開いている縦穴を見上げた。

 老人が繋がれていたという岩室からは、格子戸を潜った先にある横穴と、真上へ伸びる縦穴しか出入りする場所が無い。横穴は、シュン達が神殿の鏡から入った宝物殿に通じる通路だ。


「幽霊なら、格子戸をすり抜けて何処へでも行けるだろう? どうして留まっている?」


『城のみんなに、今の王が魔物だって報せたいのです』


 老人がカーミュに頼んで来たらしい。


「無理だろう。姿の見えない者の言葉を信じる奴がいるか? そもそも会話すら成立していない」


 シュンは取り合わなかった。


『紙に書いたりしたです』


 幽霊自身で色々試したようだが・・。


「落書き扱いされただろうな」


『そうだったみたいなのです』


「感情としては理解できるが、死んだ以上、あきらめて死の国へ行くべきだ」


 シュンは狭い岩室を見回した。

 壁際に杭が打ち込まれ、太い鎖がぶら下がっている。鎖の先には鋼の輪があり、周囲に白骨が散乱していた。


 シュンは白骨の前に屈み込み、骨を拾って状態を確かめた。状態が良くないのは当たり前だが、老人の骨の割に硬さはしっかり残っている。ただ、全体に細い。


「・・女だな」


『ご主人?』


 隣で見ていたカーミュが小首を傾げた。


「この骨は、その老人の物では無い。これは女の骨だ」


 シュンはちらとカーミュの顔を見た。

 視線の先で、白翼の美少年が唇を噛みしめ拳を握っていた。老人の幽霊に騙された事に気が付いたのだ。


「もう一度、事情をいてくれ」


『・・はいです!』


 カーミュが憤然とした様子で、そこに居るのだろう幽霊を睨み付けた。今にも白炎を噴きそうな気配だが、そうなったらそうなったで構わない。元々、幽霊の話などに耳を貸すつもりは無かった。


 シュンは床を削った傷を指でなぞり、鎖や杭の金属を確かめてからポイポイ・ステッキで収納した。


「首はどこだ?」


 頭蓋骨が無かった。

 シュンは朽ちた木片や石床の隙間から生えたこけに指で触れながら、石室の中を調べていった。


「・・そこか」


 呟いたシュンの姿が石室から消えた。

 背中にしがみついていたユア、ユナ、サヤリも一緒に消えた。


 直後、鈍い殴打音が上方で鳴って、シュンが縦穴から降りて来た。ユア、ユナ、サヤリも一緒に降って来る。

 最後に、黒い触手で巻かれた老人が落ちて来た。


 ギァッ・・


 短く苦鳴が響いた。

 シュンが老人の腹部をアンナの短刀で貫いて石床に縫い刺しにしたのだ。その上で、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を右手に握っている。



 ギアァッ・・


 シィィアッ・・



 獣じみた声をあげて老人が暴れようとする。


「これが魔物か?」


 シュンはいぶかしく思いながらも"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"の剣先を老人の口中へ突き入れて黙らせた。


『骨の人は、娘さんなのです』


「娘?」


 シュンは床の骨を見た。


『首は魔物に奪われたです』


「・・あれか?」


 ここへ来る途中、少女の姿をした魔物を仕留めている。心当たりは、あれくらいだが? 他にも犠牲者がいるのだろうか?


『首を奪って変化する魔物なのです』


「こいつも?」


 シュンは、身動き取れないまま荒い呼気を繰り返す老人を見た。


『自分は魔神の下僕だと言ってるです。魔神が仕返しに来ると脅しているです』


「そうか」


 シュンは"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を突き入れた。さらにアンナの短刀を引き抜いてから、暴れる胴体部分めがけて"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を突き入れる。


「まだか? 魔神はいつ来る?」


 シュンは縦穴の上方を見上げつつ"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を振り下ろした。


「ぁ・・」


 わずか数回斬りつけただけで、あっけなく塵になって崩れ、魔核を遺して散ってしまった。


『まだ残ってるです』


 カーミュが顔をしかめている。どうやら、老人の姿をした幽霊は消えていないらしい。


「"ネジュラ・ジーの魔核"か」


 シュンは魔核を収納して名称の確認をした。


「シュン様」


「どうした?」


 呼ばれて、シュンは背後のサヤリを振り返った。


「ユキシラが・・この国の貴族だったのは御存じでしょうか?」


「初耳だ」


 貴族と聴いて、シュンがわずかに顔をしかめる。


「男爵の家に生まれたそうです。男爵だった父親が討ち死に、母親と姉が自害、幼かったユキシラは親戚の助命嘆願により叔母に預けられ、15歳になった後、孤児として迷宮に入りました」


 サヤリが穏やかな声音でユキシラの身の上を語り始めた。


「イルフォニア神殿の司教がユキシラの母親に邪な想いを抱き、よく顔が似ていた姉共々、神殿へ呼びだして手籠めにしたようです。母も姉も身を投げて自害しました」


「む・・」


「男爵は手勢を引き連れて神殿に討ち入りましたが、神殿騎士によって射殺されました。ユキシラは、迷宮で力をつけた後、イルフォニア神殿の司教に復讐を果たすつもりでいたようです」


「当然、そうするべきだ」


 シュンは頷いた。どのような事情があろうと許すべきでは無い。


「終わってしまいました」


 サヤリが小さく息をついた。


「・・ん?」


「復讐の相手は、総本山の司教・・そしてイルフォニア神殿だったのです」


「総本山・・まさか?」


 シュンはサヤリが言わんとする事に気が付いた。尋問をしてから止めを刺した中に司教が2人いたはずだ。


「それは悪い事をした。言ってくれれば代わったのだが・・」


「何度も夢に見ていたそうです。イルフォニア神殿、その総本山を魔法で焼き払う夢を・・」


 サヤリが俯いて唇を噛みしめた。ユキシラと記憶だけでなく、感情も共有しているのだろうか。


「それだけのことがあって、セルフォリアの聖王は神殿を野放しか?」


「聖王は、敬虔なイルフォニア教の信者ですし、司教は教皇の甥でしたからね」


 サヤリが昏い笑みを浮かべる。


「教皇の血縁か」


「ですが、シュン様のおかげで、教皇も司教も・・総本山そのものを消し去ることができました。本当に、夢のようです。感謝致します」


 サヤリが身を折って深々と頭を下げた。





=====

9月18日、誤記修正。

状態を確かた。(誤)ー 状態を確かめた。(正)

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