第102話 フリダシ


 ゴアァァァァァーーー



 ガァァァァーーーーー



 闘技場の中央で、白龍人が咆吼をあげ、雷息を吐き散らして床を蹴りつけ、辺り構わず赤い光刃を放っている。カーミュに焼かれた体はすでに再生していた。


 白龍人の放つ雷息と光刃によって、床がえぐられ、闘技場を囲んだ壁もあちらこちらが裂け、崩落している箇所もあった。


んでるです』


 唐突に、カーミュが告げた。


ぶ?」


 シュンは訊き返した。


『眷属をぶです』


「・・そうか」


 シュンは、"護耳の神珠"を指で押さえた。


「ユキシラ?」


『はい』


 すぐに返事が返る。アレク達の近くへ居るはずだった。


「どうやら魔物の数が増えそうだ。アレク達に伝えてくれ」


『承知しました』


「ユア、ユナ?」


 石畳に寝そべって休憩中の双子を見る。


「MPもうちょい」


「あと4分欲しい」


「よし・・」


 シュンの"ディガンドの爪"は、7割ほどまで再生している。戦闘服の方は修復済みだ。


(この障壁さえ無ければ・・)


 カーミュの白炎に灼かれて白龍人が半狂乱の状態になった時、眼に見えない壁のようなものに遮られて、無理矢理に遠ざけられてしまったのだ。


 本来なら、冷静さを失った獲物を仕留める絶好の機会なのだが、銃器はもちろん、魔法も、カーミュの白炎すら白龍人に届かない状態になっていた。


 今は待つしか無い。


『たぶん、神様の仕掛けです。カーミュの炎が消されるです』


 白翼の美少年は機嫌が悪そうだ。迷宮そのものが神様の仕掛けのようなものなのだから、神様の都合でどうにでもなるのだろう。一々腹を立てても仕方が無いのだが・・。


『ぁ・・』


「どうした?」


『ご主人、振り出しに戻ったです』


 白翼の美少年が不満げに頬を膨らませた。


「ふりだし?」


『"厩舎"に龍が出たです』


「・・なるほど」


 どうも巨龍が弱すぎると思っていたら、こういう仕組みだったのか。


(つまり、何度も蘇る魔物だから弱かったわけだな)


 斃してもドロップ品を出さなかったし、カーミュは魂がおかしいと言っていた。その理由が分かった気がする。

 白龍人は階層主と呼ぶに相応しい手強さだが、四方の巨龍は正直なところただの大きな蜥蜴トカゲだった。


『ユキシラ』


 シュンは、"護耳の神珠"で呼びかけた。ちょうど、シュン達が居る位置とは真逆の北側の観覧席に、アレクやアオイのレギオンが陣取っている。その付近に、ユキシラが伝令役を兼ねて待機していた。


『はい』


「四方の龍が復活したようだ。俺は闘技場内で迎え撃とうと考えている」


『伝えますか?』


「ああ、伝えてくれ」


 シュンはちらと白龍人を見た。心なしか、先ほどまでとは大きさが一回り大きくなっている。身の丈が3メートル近くになったようだ。


「ボス、復活?」


「ボス、何がフリダシ?」


 ユアとユナが寝そべったままいてくる。


「あの白い奴が叫んだことで、四方の龍が復活したらしい」


 シュンは闘技場内の白龍人を見ながら、カーミュとの会話をざっと話して聴かせた。


「あらら・・今度は中に集める?」


「闘技場で一網打尽?」


「そのつもりだ。あの白い奴がどう動くかで対応が変わるが・・」


 "厩舎"の巨龍を呼んでいるのか、白龍人は闘技場の中央で何度も咆吼を放っていた。


「カーミュ、白龍人というのは死なないのか?」


『死ぬです。死の国にも何人か居たです。とても強いです』


「ふうん・・」


 従前のままなら対処に困らないが、体が大きくなって前のままという事は無いだろう。より強くなったと考えるべきか。


『ご主人が斬ったから、白龍人の再生速度が遅くなったです。体の治りが遅いから、用心して近付いて来ないです』


「俺が斬ったから?」


『"魔神殺しの呪薔薇"は、とても危ない武器なのです。白龍人にも効いているです』


 大剣には特殊な効果が秘められているらしい。カーミュが"危ない"と表現しているのだ。名前倒れという事は無さそうだった。


「肉体が再生しないとHPはどうなる? HPやMPは肉体そのものとは別物だろう?」


『肉体が損壊すればその部位に合わせて総量が減るです。手が無くなれば、手の分だけHPとMP、SPが無くなっちゃうです』


「カーミュが燃やした脚は生えたな?」


『まだ、再生が遅くなっただけなのです。時間が経てば欠損しても治るです。でも、もうちょっと斬れば再生できないです』


 "魔神殺し"で何度も斬りつければ、いずれ再生することすら出来なくなるそうだ。


『再生阻害は、技能や特性で習得できるです。でも、阻害できるのは少しだけなのです。何度攻撃しても、同じ人による阻害効果は重複しないです』


「再生阻害の技能か」


 阻害できる量はわずかなものらしい。


「複数人が行えば、効果は高まるのか?」


『はいです。レギオンが有効なのは大人数による再生阻害効果が高まるからなのです。でも"魔神殺しの呪薔薇"は1回斬るだけで半減させるです。何度か斬れば再生能力そのものを斬ってしまうです。ご主人は、1人でレギオン以上の阻害効果を与えることができるです』


「凄い剣なんだな」


 お菓子の景品で出たような大剣だったが・・。


『危ない剣なのです。前にご主人が迷宮を斬ったです。迷宮の壁や床の再生が遅くなったです』


「ああ、あれはそういう理屈か」


 シュンは得心がいった顔で頷いた。


「ボス、龍が来た」


「ボス、首が増えた」


 ユアとユナが身を起こして石段に腰掛けた。南通路の奥から、重たい地響きをたてながら巨龍が歩いてくる。両手を大きく伸ばしたり、膝の屈伸をしたりしながら2人が"護目"を装着し、"ディガンドの爪"を浮かべる。


「警戒警報ぉ~」


「住民の皆さんは避難してプリ~ズ」


 2人がケイナの"陣地"に向かって声を張り上げた。

 すぐさま、ミリアムだろう、散弾銃の銃声が上空めがけて轟く。"ガジェット"の方は準備が出来ているようだ。


『シュン様』


 "護耳の神珠"から、ユキシラの声がした。


「どうした?」


 シュンはVSSの照準器サイトスコープ越しに、北龍、西龍の姿をとらえながらいた。


『アオイ、タチヒコ、アレク、ロシータの4名が戦いの見通しを知りたいと申しております。場合によっては、エスクードへ帰還転移を行うと』


「龍が闘技場に入ったら"ネームド"が殲滅せんめつする。それが見通しだ。帰還転移は各人の自由。"狩人倶楽部"に構わず、エスクードに戻ってくれて良い」


『伝えます』


 答えたユキシラの声に少し笑いが含まれたようだった。

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